サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.04.02
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カテゴリ: 文学
 「幼児返り」した光源氏を、いわば「大人の対応」で押し返した藤壺の宮ですが、その後若干すねた感じで消息文もよこさない源氏に対し、宮の下した決断はきわめて賢明なものでした。藤壺の宮の存在感が急に大きくクローズアップされてくる場面で、彼女はこの長い物語の主役を、ここで一回だけ務めたあと、その後は結局ほとんど登場しません。
 その意味では、六条御息所と藤壺の宮という、十五歳ごろから二五歳ごろの約十年ほど、源氏の女遍歴の動機づけに大きくかかわったであろう、この二人の女性は、「賢木」の帖で表舞台からは、ほぼ姿を消すことになるのです。いわば彼の青春と幼年の記憶として残されたわけで、それはこの後につづく「須磨」「明石」の帖が流寓という英雄の試練と再生の話であるのと並んで、主人公が成年に到る最終段階に入っていることも示唆しているようにも思えます。

 さてその藤壺の宮の下した決断とは、我が身の 出家 ということなのですが、寂聴さんが「源氏物語」は「出家物語」と指摘されるとおり、この物語に数多く出てくる出家遁世行動のなかで、彼女の出家はその嚆矢をなすものです。この「出家」という行動様式というか、人生の選択というのは、当時どのように一般に考えられていたのか、そして何より紫式部はそれをどのように捉えていたのか、というのは、この物語の一方の大きなテーマでもあって、ここで簡単に結論めいたことを出すわけにはいきません。

 「出家」とはWikipediaによれば、
― 世俗を離れ、家庭生活を捨てて仏門に入ることである。落飾ともいう。―
とありますが、ひじょうに建てまえ的な考えかたをすれば、生きながらの 一種の自死行為 ともとれ、自分の過去のいっさい(家庭、財産、係累)を捨て、世俗を遮断してひたすら仏道に励む、ということを意味します。しかし当時でも、すでに「出家」行動というのが、一般にはなかば世俗化されて、後の引退や隠居とまでは云えないまでも、わりあい世間との断絶も緩やかであったというのは、その後の藤壺の宮の行動を見ていても明らかなので、登場人物たちが大騒ぎするレベルは、多少割り引いて考える必要があるでしょう。
 で、紫式部は「出家」という行動様式についても、これまた他のテーマと同じく、白地からいちいち見直していったかと思われ、登場人物たちがさかんに口にする宿世だの出家だのという仏教用語と、彼女が捉えようとしていた「宿世」や「出家」の意味はおのずと異なるのです(それが証拠に、さかんに出家を口にしていた主人公の光源氏も、「宇治十帖」の薫も、少なくとも本文ではそれを許されません)。


1. 光源氏のこれ以上の懸想を止める
2. 中宮の座を降り、尼になることで、右大臣派の圧力をかわす
3. そして何よりも、一人息子の東宮の安泰を図る
といったところです。

― つづく ―





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Last updated  2009.04.02 15:36:17
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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