サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.05.14
XML
カテゴリ: 文学
 大いなる不安を明石の一家に残したまま、源氏の一行は都に戻って行くわけですが、彼らにとっては過ぎ去った明石より、来るべき政界復帰のほうに頭が行ってしまうのは無理からぬことではありました。しかし本人たちの不安と期待とは関係なく、この須磨流遇からの帰還以後、源氏一門や左大臣一派の政界への復帰は、とんとん拍子に進んでしまうので、はなはだAnti‐climaxな印象を与えます。
 こうした印象というのは、この流遇譚が「貴種流離譚」を下敷きにしながらも、今様のヒーローであるべき光源氏に昔物語風の英雄活劇を期待するわけにもいかず、あらたに「神仙譚」の味つけを加えて、軽く済ませようとしたための結果なのです。もとより物語の筋としては、鄙で美しい姫君と合い子供をもうけた、という出来事があれば、a系冒頭「桐壺」の帖に出てくる高麗の相人が語る「帝王に昇るべき相ではなく、かといって朝廷の重鎮となって政務を仕切るわけでもない」という予言に呼応する話としては充分なのでした。
 もともと無理な設定の話を進めるために、いろいろ仕掛けを施したり、中国の故事をさかんに引いたりしていますが、さて同じような怪奇譚として「夕顔」や「葵」で描かれたような「物の怪」話に比べて、ここの「神仙譚的貴種流離譚」が面白いかと云われれば、何度も言いますが退屈なのです。その理由もすでに何度か触れましたが、「物の怪」話が光源氏の内心の恐怖の投影として、今の私たちの心理にも、とても生き生きとよみがえるのに対し、こちらはさまざまな道具立てが、王朝夢物語というa系の筋書きの展開のためにしか、使われていないために生じたのでしょう。

 これは言い換えれば、紫式部自身が「夕顔」や「葵」のとき、ほとんど彼女自身が戦慄しながら「物の怪」を描いて、当時の風俗であった「物の怪」を、登場人物の心内の恐怖として見事に再創造したのに対し、ここでは彼女の 登場人物たちへの心理的な共感 というのがまったく感じられないので、それがひいては明石の君の、はなはだ月並みな印象にも繋がっているような気がします。六条御息所は言うに及ばず、軽いノリで源氏との逢う瀬を楽しんだ朧月夜に比べてさえ、今のところ彼女ははるかに魅力に乏しいということになってしまいました。
 ちょっと、くさし過ぎなのかもしれませんが、「葵」「賢木」の帖を経た読者なら、当時から同じような印象を受けた人もきっといただろうというのが、私の相変わらずの妄想で、だからこそ、ここでガッカリする人が多くなったせいで、いつしか「須磨源氏」なる言葉が生まれたのではないかと思っています。期待がふくらみ過ぎて、反動も大きかったというところでしょうか。

 というわけで、この「明石」「須磨」の帖の魅力は、繰り返しになりますが、明石入道に見い出される「夢を信じた人々」と、それを取り囲む家族や従者などとのやりとりにあるので、結局私が取り上げたパラグラフも、そっちばかりが中心になってしまいました。面白がって我流で訳したりしているのですが、これはもちろん碩学の先達の向こうを張るというのではなく、私流に読めばこう読めるという意味で、間違ってもこれを現代訳などと思ってはいけません(一種のシャレですから、仮にも受験の解答に使ったら、エラいめに合いますよ。もちろんそんなことはないと思いますが)。

 さて夢をひたすら信じて、その実現のために結局世間的な地位を放擲し、ことと次第でその志が遂げられない場合には、娘に「海に入って死ね」と言い放って憚るところなかった明石入道という人物像、西郷さんは当時の社会認識としてそうした人物もありえただろうとされますが、ここでの描かれかたは、先に見たように一種の滑稽譚になっていて、その滑稽さの本質は、物語中の奥さんや乳母、従者たちに少々バカにされて見られていることでも明らかなように、超俗と世俗の相克にあるのです。
 つまり当時としても、この種の志し頑ななる人は、恰好の物笑いの種となるべきキャラクターであったわけで、そのあたり、あるいは今も昔も世俗の眼(世間的常識)的振るまいというのは、あまり変わってないのかもしれません。 世俗は常に超俗の足を引っ張ることで、溜飲を下げたい
 大事なのは、それを描く紫式部の筆致が、入道にきわめて親和的で、例の八の宮のように、残した娘たちを最終的に破局に導くというようなことをしない(どころか、彼の大願はすべて成就する)ので、その根拠が話の中では、彼の経済的裏づけにあったことは前にも触れました。このあたり彼女の指向性を推し量るうえで、何となく参考になるのです。

 さてこの話も、またまた例によって長くなってしまったので、いったんお休みということにし、退屈さを軽減する意味でも、光源氏が都に帰ってからの話は、多少書きかたをリニューアルして再開したいと思っています。この山はあまりにも大きい。だからこそ、こちらもあせらずに思いっきりスローダウンして、話して行きたいと思っているのですが … 。 

― 源氏1000年 その二 おわり ―





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2009.05.14 14:37:53
コメント(0) | コメントを書く


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

PR

×

Calendar

Archives

2026.06
2026.05
2026.04
2026.03
2026.02

Profile

TNサリエリ

TNサリエリ

Comments

TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

Favorite Blog

まだ登録されていません

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: