サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.05.27
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カテゴリ: 文学
 これは当時の一般的な読者に対して、予定調和的な安心感を与えるためのサービスであったかとも思われ、今どきの私たちにははなはだ憤懣モノのくだりなのですが、この物語の特徴は、古びた昔物語ふうの下敷きと、驚くほど今ふうの人間心理の克明な記述が、あたりまえの話ですが、何の前触れもなく庭石をころがしたように、混交して語られていくということにあるので、このあたりガマンのしどころかもしれません。

 はたして次に描かれる明石に送る乳母と源氏のやりとりは、私にははなはだ面白いのです。
 何しろ鄙で我が姫君を育てるのが不安で、源氏はしかるべき乳母を選んで、都から明石に送ることにします。故院に仕えた宣旨(宮中女官)の娘で今は落剥している女を見つけて、明石行きを勧めます。使いを出して意向を聞いたところが、「まだ、若く、何心もなき人にて」というわけで、あっさり「引き受けます」という返事。
 しかし源氏としては、大事な姫君の乳母とて、もう一度確かめておこうということでしょう。お忍びでその女に直接会いに行く。すると案の定、受けはしたものの、何しろ都落ちですから、出立すべきか迷っている。
 このあたり、源氏の人の心理や行動の確認など、何か 事を成すに行き届いたさま がよく出ていますね。今どきの大人でも指示の出しっぱなしで、後の確認(本当に実行しているか、その気になっているか)をしないまま、仕事をした気になっている人って結構多いですよね。

―  (源氏)「あやしう、思ひやりなきやうなれど、思ふさま殊なる事にてなむ。身づからも、おぼえぬ住まひに、むすぼほれたりし例(ためし)を、思ひよそへて、しばし念じ給へ」
など、ことの有様、くはしく語らひ給ふ。上の宮仕へ、時々せしかば、見給ふ折もありしを、いたう衰へにけり。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 源氏の君は、「いかにもひどく、思いやりのない仕業と思われるかもしれないが、私にはことさら考える事があってのことなのだ。私自身、思いがけず苦労した住まいで、侘しくしていた例にも、思いやって、しばらく我慢して下さらんか」


 時の移り変わりで、落剥している様子を、直接会って、家の様子などで瞬時に見抜き、さて彼女をどうやって安心させて、明石に向かわせるかというと、

 ― 人のさま、若やかに、をかしければ、御覧じはなたれず。とかく、たはぶれ給ひて、「とりかへしつべき心地こそすれ。いかに」と、のたまふにつけても、(女)「げに、おなじうは、御身近うも仕うまつり馴れば、憂き身も慰みなまし」と、みたてまつる。 ― (山岸徳平校注、岩波文庫()筆者)

 (やつれてはいるが)女の様子は、若やいで、いかにも可愛いので、そのまま見過ごす気にもなれず、何やかやと、お戯れなさって、「何だかこちらに取り返したい気がしてきた。どうだい」と、おっしゃるので、女は、「なるほど、同じなら、源氏の君の近くでお仕えし馴じんで行けば、はかない我が身の上も慰められるかしら」と、お見上げしている。

 ここのところ、いつもの源氏の好き心かといえば、どうもそうではなくて、一種の 戦略としての「たはぶれ」 があるので、大野さんや丸谷さんは、こうした場面での性的な「たはぶれ」というのは、当時は侍女に対する懐柔策として一般であったのではないか、少なくとも紫式部は光源氏をそのような男として認知していたのではないか、とされます(『光る源氏の物語』大野晋、丸谷才一対談 中央公論社1987)。
 二十年ほど前にこの本が出たとき、ここの説明はよく分からなかったし、本文はもちろん読んでいなかったので、そのまま放ってあったのですが、今あらためて本文と、この本のくだりを読んでみると「何や、そんなこと今でもあるやん」という感じがします。
 ひと言でいえば、これは人を使うにあたって、「手なずける」あるいは「懐かせる」手法としての「たはぶれ」だったのではないか?

― つづく ―





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Last updated  2009.05.27 14:14:01
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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