サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.07.31
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
― うへ、「何事ならん。この世に、恨み残るべく思ふ事やあらん。法師は、聖といへども、あるまじき横ざまの嫉み深く、うたてある物を」と思して、
 「いはけなかりし時より、隔て思ふ事なきを。そこには、かく、しのび残されたる事ありけるをなむ、つらく思ひぬる」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)

 帝は、「何事であろう。この世に、恨みが残るほど思うところがあるのか。法師というのは、聖の身であるといえども、あってはならぬねじけた嫉み心が深くて、うっとうしい所もある(らしい)」とお思いになって、
「幼い頃から、分け隔てなく思っているのに。そなたの方が、このように、隠し事をしていたとは、情けなく思う」

 ここで大事なのは、法要や加持祈祷などで表向き重用される僧都たちの存在が、宮廷の中で必ずしも信用されていなかったであろうと想像されることで、これは後の「乙女」の帖に出てくる、権威ぶった文章博士たちに対する貴族たちの反応にも露骨に表れているのですが、ここの場面での僧都の扱いは決して尊貴に対する筆致ではありません。冷泉帝の「あるまじき横ざまの嫉み深く、うたてある物」という思いは、彼が当時十四歳ほどであることを考えると、そうした宮廷一般の聖職やインテリに対する気持を反映したものかと思われます。
 むしろおしゃべりな僧都という揶揄を含んだ語られかたをしているので、これは紫式部一人の見識ではなく、たぶんこの時代の宮廷社会に通有の気分であったでしょう。平安朝というのは奈良の平城宮の政務において、大徳たちの目に余る跋扈を嫌って、京都に遷都したという歴史がありますよね。

 面白いのは、そうした「聖といへども、あるまじき横ざまの」僧都によって、秘密の暴露が行われる、という筋書きを考えついた紫式部の才にあるので、私たちは「そうした信用できない人物たちなら、さもありそう」と、ごく自然に、この突然立ち上がってくる場面を受け入れてしまうのです。
 冷泉帝の問いに対して、

 「あなかしこ。さらに、仏のいさめ守り給ふ真言の深き道をだに、かくしとゞむる事なく、ひろめ仕うまつり侍り。まして、心に隈ある事、何ごとにか侍らん。これは、「来し方・行く先の大事」と侍ることを、過ぎおはしましにし、院・きさいの宮、たゞ今世をまつりごち給ふおとゞの御ため、すべて、かへりて、よからぬ事にや、漏り出で侍らん。かゝる老法師の身には、たとひ、愁へ侍りとも、何の悔いか侍らん。仏天の告げあるによりて、奏し侍るなり。 … 」 ― (山岸徳平校注、岩波文庫)



 と、ここまでは前口上で、いわゆる世の僧や学者など、権威の衣を身にまとうもの通有の、もったいぶったもの言いが、先の「古体(こたい)にうちしはぶきつゝ」といったしぐさも含めて、紫式部はずいぶん辛らつに描いていますね。爾来、聖職者とか学者あるいは警官など、その姿かたちで権威を着飾らないと、体面を維持できない人たちというのは、一般人にとって常に畏れとか尊敬のレベルと等価で、笑いや揶揄の対象とされるところがあって、その感情は今でも変わりがありません(チャップリンの映画を観てごらんなさい)。

― つづく ―





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Last updated  2009.07.31 10:23:45
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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