サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2009.12.16
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テーマ: 古典の日(312)
カテゴリ: 文学
 それは、これまでの物語の中でも、従者や乳母あるいは下級の女房といった、いわば脇役がたいした字数も割いていないのに、ずいぶん鮮やかなキャラを示しているのに現れているので、彼女は何人もの人物を描き分けているうちに、その由って来たる理由を何度も考えたことでしょう。
 ここで話しているのは、たんに対象が下級の人々だったから書きやすかったのだろう、といったレベルの話ではなく、生身のザラリとした人間の心の手触り感というのが、どういうところから出て来るのか、といったことです。紫式部がそうした人の心の奥底に潜むドロドロした何物かに、強い関心を持っていたであろうことは、すでに登場した六条御息所や藤壺の宮などの描き方に沸々と現れていたので、昔物語の意匠をまといながらも、ごく初期からさまざまに試みてきたことではありました。
 しかし、そのテーマをハッキリと了解し真正面から立ち向かうには、彼女にはまだまだ時間が必要だったようです。すでに何度も触れましたが、六条御息所と藤壺の宮との最初の馴れ初めは、本編(光源氏の物語)の最重要の動因(その後の光源氏の行動=振るまいかたを決定している、という意味で)である、と思われるにもかかわらず省かれているので、いわば回避戦術でもって描かれたような印象がありましたね。

 ここにはこのテーマそのものを、もっと見究めるという難題とともに、彼女の置かれた公的な立場もまた影響していたはずで、すでにこのころ希代の物語上手として、宮廷内で名を成していたであろう彼女は、ときには読者への口当たりの良いサービスの必要も感じたでしょう。「玉鬘」以下の数帖はそうした難儀なテーマに対する試行錯誤と、読者サービスの過剰が重なった部分であるような気が私はしています。
 いずれにしても生身の人間のザラリとした深層心理の触感を、上級貴族の殿や姫で「あまりなるまで」描き切るには、ある種の覚悟が必要だったはずで、いわゆる「玉鬘十帖」の終りのほうは、その見事な一つの結実をなしているようにも見え、ようやくそこに来て彼女の腰は完全に据わったのではないか、と今は思っているのですが。

 それはさておき、紫の上のはなはだノリの悪い応答に対して、今や得意の絶頂期である光源氏はまったく意に介するところが無い(かの)ように振るまってみせる。

― 「まことに、君をこそ、いまの心ならましかば、さやうに、もてなして見つべかりけれ。いと、無心に、しなしてしわざぞかし」
とて、笑ひ給ふに、おもて赤みておはする、いと若う、をかしげなり。硯ひき寄せて、手習に、
  恋ひわたる身はそれなれど玉鬘 いかなる筋をたづねきつらん


 「ホントは、あなたをこそ、今のような気持であったなら、この(玉鬘の)ようにも、お世話して(周囲を騒がせて)みたかったものだ。(若過ぎて)たいした、考えもなしに、(あなたとは)一緒になってしまったことよ」
と、お笑いになるので、(紫の上は)お顔を赤らめていらっしゃる、(それがまた)とても若やいで、美しい。(殿は)硯を引き寄せて、手習いのように、
 ― 恋ひわたる身はそれなれど玉鬘 いかなる筋をたづねきつらん ―
  (夕顔を)ずうっと恋い慕ってきたわが身ではあるけれど(玉鬘よ、御身は)どのような縁を辿って(ここへ)来たのだね
(と書かれて)「哀れなことよのう」と、しばし、独り言ちていらっしゃる。「やはり、(とても)深情けを掛けられたお方の忘れ形見なのだわ」と、(紫の上は)推量なさった。

― つづく ―





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Last updated  2009.12.16 14:15:24
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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