サリエリの独り言日記

サリエリの独り言日記

2020.09.13
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平成の終わり 3.

 ところで安倍さんご自身は、いつぞや「民主党政権の暗黒の3年間」という言いかたをされていましたが、それはそうではないだろう、ご自身も含めたその前の自民党政権3年間も含めて、「日本憲政史上の暗黒の6年間」と言うべきではないか。肝心なのは、その暗黒部分から目を逸らさずに、何がダメで何が生かせるのか、しっかりとした検証をそれぞれがどこまでやったかということだと思う。旧民主党はそこでの読みを完全に間違えた、末期的醜態を繰り返す自民党にうんざりして、国民がなぜ民主党に政権を附託する気になったのかといえば、時の民主党が多少なりと現実的な路線を示したからでしょう。しかし政権を奪取したとたん、急速に元の教条主義的な左に戻ろうとしたので、完全に信頼を失ったのです。

 自民党はそのあたり、やはりしたたかというか、よく世間の空気の移り行きを心得ている。なかんずく安倍さんは自身の失敗から逃げずに、ずいぶん反省したのではないか。第二次以降の安倍政権は、先ほども言ったように元々安倍さんが把持していた、いわば原理主義的党派性をコモにくるんで、より現実主義的な政権のイメージを打ち出したことで成功したのです。結果として、彼の元からの岩盤の支持者からは、欲求不満の声が常に立ち上がってくるし、さりとて、いわゆるオールドリベラルな層からも、微温的かつ不毛な意義申し立てはあったのですが、国民全体としてはこのバランスの取れた政権のありようを長く支持したのでしょう。
 株高と雇用安定をベースにした民心の安定と、いかにも軽いフットワークによる外交政策は、国民にたんに安心感を与えるだけでなく、一種の晴れがましさを感じさせたのではないか?こうした晴れがましい気分というのは、今までの日本の政治家にはなかったものなのです。

 外交の各論において、「拉致問題」や「北方領土」、はたまた尖閣や竹島問題などなど、具体的な成果は何一つ達成されてないどころか、課題山積じゃないかという声が当然出て来ますが、肝心なのは、であるにもかかわらず、この政権ほどこうした問題に真正面から取り組み、具体的な行動を起こした政権は今までなかった。文句をつけるのは簡単ですが、言っている当の本人たちが、具体的な行動や施策を打ち出しているかと言えば、もちろん何も行っていないし持っていない。オールドメディアやオールドリベラルな人たちは、この未解決の課題の一つでいいから、具体的な解決案を持って物を言ってもらいたい。衆目はすべてそれらを見て、比較考慮しているのです。
 喫緊の課題を数多く残しているとはいえ、それでもなお評価すべき具体的な成果として「平和安全法制」の整備や、日米印豪にインドネシアなどを加えた「インド太平洋戦略構想」、一度流産しかかったTTPの日本主導による再構築とTPP11の発効、さらにはEUとのEPA締結などは、将来的な経済安全保障を見据えた、壮大な外交的達成であったというべきでしょう。

 しかし、そうした専門分野における評価は、政治経済の評論家諸氏に任せるとして、一番肝心なことは、戦後の日本の政治家において、安倍さんははじめて「日本人としての範たる事例」を、示し得た点にあるのだと私は思う。ひらたく言えば「親が子供に堂々と話すことが出来る政治家」ということです(岸さんも佐藤さんも立派な政治家でしたが、やはりちょっと怯むところがあるじゃないですか)。
 青山さんがしきりとおっしゃってましたが、国会における議員さんたちの立ち位振る舞いは、およそ社会人としての則を逸脱し、妙な業界用語と阿吽の空気が全体を領する、ごく特殊的な世界のようです。とうてい子供には聞かせられない罵詈雑言(早い話、当の本人が家で、同様の言葉づかいをしているとは思えない)が飛び交い、不毛な議論の応酬と選挙目当てとしか思えない、揚げ足取りの発言ばかり。この様子を見て、若者に政治に興味を持てだの、選挙は国民の重大な権利と言っても、誰も聞く耳を持たないし、教育熱心な親御さんも、わが子をこういう世界に送り出そうとは思わないでしょう。
 結果、全員とはもちろん言わないけれど、そうした特殊業界内の専門用語や振舞いに慣れ親しんだ二世三世議員や、一発逆転を狙う山師的エートスの持ち主が幅を利かせる世界となって行くのです。こうした特殊業界的空気というのは、外部の人間を拒む代わり、その内側にいる者にとっては、(与野党問わず)よほど居心地のいいものであるらしい。これは何も国会議員の世界だけじゃなく、オールドメディアをはじめ他の業界においても、多かれ少なかれ見られる様態なのでしょうが。


 ディベートが賛成側反対側に分かれて行われる討論なのだとすれば、その目的は結局「勝ち負け」に帰せられる。極論すれば中味の正誤より、結果に価値が置かれる議論だということです。この場合、議論によってお互いが以前より少しでも賢くなり得る、という機会は想定されていません。これの典型的な例と言えば、弁護士の弁論というのがそれに当たりますね。「すべては依頼人の利益のため」という前提に立てば、「勝つ」ことだけが目的化して、その弁論の中味自体が当事者たちの価値を高めるということには、もちろんつながらないでしょう(まあ、スキルの強化にはなるかもしれないけれども)。

 爾来、日本人はディベートが苦手で、ディスカッションが好きと言われますが、それはだから「日本人は話下手なのだ」などという話ではもちろんなくて、「勝ち負け」だけが目的化した議論が、しばしば不毛を呈し、ややもすれば勝っても負けても、お互い「品下がる」気分になるのが嫌だからなのではないか?
 「品下がる」とは、要は自身の容儀が何やら卑しく見えて、「気色悪い」ということでしょう。日本の議会制民主主義はとっくに百年以上の歴史を経たにもかかわらず、いっこうに人の心に届く議論や弁論というのが出てくる気配がしないのは、それらによって互いが少しでも賢くなった、叡智が付加されたという気分に到底なり得なかったからでしょう。

 安倍総理の米国議会における歴史的な演説、例によって日本ではオールドメディアによって過少評価されていますが、その決して上手いとは言えない英語の発語でも、アメリカ人の琴線に届くところが大いにあったらしく、背後に並んでいる席にいる議員の中には、ハンカチで目をぬぐっている人もいましたね。スタンディングオベーションは、儀礼的でよくあることとしても、あの「泣いてはいけないアメリカ文化」の議会人が泣くというのは、よほどの事態と言うべきですよ。
 それはたんに不幸な過去の反省と和解といったフレーズの中にあるのではなく、新たな「歴史の叡智」をここに記しつつあるという、その演説の趣旨に共感したからではないか?





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Last updated  2020.09.14 09:36:22
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TNサリエリ @ Re[1]:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) ナガノさんへ  コメントいただき、ありが…
ナガノ@ Re:Kyoto Tachibana High School Green Band 10.(09/07) 2年遅れで、この文章を読んで泣けてしまっ…
TNサリエリ@ ふたたび、コメントありがとうございます。 cocolateさんへ 私自身、彼女の演奏に刺激…
cocolate@ Re:エレクトーンというガラパゴス 1.(06/17) 再びおじゃまします。 826askaさんのYouT…
cocolateさんへ@ コメントありがとうございます。 三年ほど前に826asukaさんのことを知り、…

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