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某テレビ局で、週末に各地で「安保反対運動」がシュプレヒコールと共に、ラップ状態で行われていると流れました。
やっと、今時代の若者たちも主義・主張をしているのだ、、、と安心と共に共感も覚え、70年安保時代のアノ若者たちのことも脳裏に浮かびました。
当時私の父は某大学に勤務して、大学の裏の宿舎に私達一家は住んでいました。
70年安保は激しく、大学構内よりメイン道路などで、機動隊員と大学生やら、高校生やら・・小競り合い、火炎瓶、パトカー出動など、それはそれは、犠牲者が出たほどの激しさでした。
「安保粉砕!闘争勝利!」「安保粉砕!闘争勝利!」のかけ声と共に、ジグザグデモでした。
また、思想・主義・主張で学生たちは分裂し、全共闘、中核派、黒ヘル・赤ヘルやらで旗を掲げての大デモで、今のようにラップで主張するという悠著な時代ではありませんでした。
当時、私は高校生でしたが、深夜、宿舎の庭に逃げ込んできたデモ学生さんに、窓越しより「水」をあげると、真っ赤な血を顔から流しながら「ありがとう」と一言。
同級生女の子の同い年のボーイフレンドは、過激派に属していて、留置され、彼女は何度も彼に手弁当持参で面会に行っていたのを思い出します。
やがて、彼女も彼の思想に属し、退学処分となり・・・あの頃の時代の若者たちは、本当に全身全霊で社会と向き合っていたと思います。、
当時の私は、とてもカルチャーショックを覚えました。
年齢も、さほど変わらない彼らの勢いは、其の後の日本をきっと担ってくれるだろうと信じてしまうほどの強さがあったからです。
性別・年齢・思想問わずに、「経済大国の平和主義である日本」は、過去に戦争という大きな犠牲があり、日本の「いしずえ」になった多くの命が在ったという事を、私達は再認識して安保法案を考えていただきたいなぁと・・思いました。
私の母は戦争体験を2度しています。
母が10代後半で、「槍」を持たされ、敵兵士が来たときのために「突きあう練習」をさせられたと言います。防空後に入ったこともあるのですが、母はあまり体験話をしたくないようです。
したくないというよりも・・・深く傷つき、思い出したくもないのだろうと感じます。
戦争は「お国」のためなら、個人はありません・・・。戦争は、殺し合いだからてす。そこには、ルールもモラルもあり得ないと思っています。
私は戦争を知らない良い時代に生まれ、それでも山あり、谷ありだと思っていましたが、、結局のところは今までは「平和に守られた」人生だったと思います。
そう考えると、国をひとつの家に例えると「お父さん、今までありがとう、貴方のおかげで、私の人生は平和で幸せです」と、、今夜でもビール飲みながら言ってみようかなぁと思いました。