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苫治安

苫治安

2005.10.06
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カテゴリ: カテゴリ未分類
書名:『鳳仙花』

出版社:新潮社(新潮文庫)
発行年月:1982年10月
ISBN:4101274010
本体価格:552円(税込 579円)

本当は読み終わったの昨日なんだけど、昨日は布切りバサミのことを書いてしまったのでこっちで。

あらすじはこんなふうに紹介されている。
海光る三月。私生児としての生い立ちに昏い痛みを覚えながらも、美しく利発な娘に成長したフサは、十五になった春、生まれ育った南紀の町をあとにした。若々しい肉体の目覚めとともに恋を知り、子を孕み、母となって宿命の地に根をおろすフサ。しかし、貧しくも幸福な日々は、夫の死によって突然に断ち切られた。子供を抱え、戦時下を生き延びる過酷な暮らしの中で、再び燃え立つ女の業…。実母をモデルに、その波乱の半生を雄大な物語へと昇華させた中上健次の傑作長編―匂い立つ“母の物語”。

そうか女の業か。そうなるのか。


先に読んだ『枯木灘』の主人公・秋幸(裏主人公はその実父みたいだけど)の母親フサの物語。
私生児であるという生い立ちやその後の境遇、特に好き合って結婚した夫に若くして死なれ、財産もなく女手一つで4人の子どもを育てねばならず、戦争を生き抜き戦後を生き抜くそのさまは、客観的に見れば「不幸」な人生のはずである。だが、どうしてかあまり不幸の影を感じない。
もちろん、レビューに「昏い痛み」あるように、フサは私生児であることを繰り返し自分自身に問いかける。自分の母はどんな思いで木屑を腹に打ち付けていたのか、と。
また、男に抱かれに行くとき、自分がとても淫乱な女のような気がして悲しみに身を浸す。
それでも、たくましく日々を生き抜くフサの姿は、むしろ明るさに満ちている。
日の光に照らされれば物事がはっきりすると思い、光を浴びて立つようなとき、フサがまとうのは日の明るさ、大らかさである。
善いも悪いもなくただ生きるために生きる、それこそ前向きに生きるということなのかもしれない。

ここで語られるフサの人生は生々しい。
現代ではお目にかかれなくなってきた、未分化の人生だ。
現代社会ではすべてが分析される。暴力を振るえばその原因が分析され、結果が分析され、それが主体と客体の記号となる。
だがこの物語では何も分析されない。

その生々しさを目にすると、むしろ私のこれまでの人生のほうが嘘(虚構)ではないかと思いさえする。

だからここではフサを記号化することはしない。
「母としての偉大さ」「母権社会」「心の母親像」などというありきたりの分析はしない。
兄への思慕も夫と死別した後の女の業らしきものも分析しない。
フサは娘であり妹であり女であり母でありそれらまるごとでフサだった。



鳳仙花





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Last updated  2005.10.07 12:57:26


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