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苫治安

苫治安

2006.02.28
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カテゴリ: カテゴリ未分類
監督・主演:トミー・リー・ジョーンズ

出演:バリー・ペッパー、ドワイト・ヨーカム、ジャニュアリー・ジョーンズ、メリッサ・レオ、フリオ・セサール・セディージョほか

試写会に行ってきた。
昨年の東京国際映画祭にも来ていた映画だ。
私は映画祭には行かなかったが、「変なタイトル」と思ったことだけよく覚えている。

あらすじ:
メルキアデス・エストラーダは、ある日突然、放牧場で銃弾に倒れる。親友のピート・パーキンズは彼とある約束を交わしていた。「俺が死んだら故郷ヒメネスに埋めてくれ」。ピートは犯人である国境警備員マイク・ノートンを追い詰めて拉致。メルキアデスの遺体を掘り起こさせラバに担がせる。約束を守り抜こうとする男、人を殺めた男、最後に夢をかなえて欲しい男。それぞれの思いが交差する中、3人は心張り裂けるほど美しい故郷ヒメネスを目指す。旅の果てに彼らが見たものとは?

いやー難しい映画だった。
何が難しいって、各場面の時制をつかむのがえらいたいへんだった。

そしてストーリー自体もなんつーか……いわくいいがたし。筋はシンプルなんだけど。

以下、ネタバレが出て来るので、これから観に行くひとは読まないでください。
(だいたい滅茶苦茶な印象が書かれているだけなので、何の参考にもなりませんきっと……)

文章にまとめようと思っていたけど、全然まとまらない。というわけで、箇条書きに逃げてみる。

●人称のこと
マイクはピートに拉致されてからずっとピートのことを Man だの You だの「あんた、おっさん」みたいな呼び方で呼ぶ。「Hey, man」って感じ。ピートが自分の名前を告げたあとも、ずっとそうだった。
それが、最後に存在しないヒメネスに着いて、「ここに違いない。なぁ、写真のとおりじゃないか」と同意を求められたときに「ああ、見つけたな、ピート」と名前を呼ぶ(「You made it, Pete」みたいな感じだった)。
あんまり自分の記憶に自信はないけれど、それまでマイクが彼のことを名前で呼んだことはなかったような気がする。そこで初めて名を呼んだんじゃないか。
Man や You のような一般的な呼称ではなく、その人の名前を呼ぶということは、相手と対個人の関係性を持つということだ(ひらたく言えば「親しくなる」ってこと)。
マイクはこのとき初めてピートの悲しみを思いやったんだろう。

実はピートの側にも人称の仕掛け(?)があって、彼はマイクのことは呼びもしない。

それが、最後に別れる前に「若造」とマイクに呼びかける。
英語では「Son」だ。
非常に親しみを込めて呼ぶ呼称である。
マイクの贖罪が果たされて、彼は初めてマイクを人として認めたのかもしれない。
そうではなくて、ずっと「Son」のように思っていたから、憎まれようが追われようがお構いなしに、最後までしつこく連れていったのかもしれない。


さて、お騒がせにも国境警備員(マイク)を攫ってまで行こう、行かせようとしたメルキアデスの故郷ヒメネスであるが、実はどこにもない。
彼に教わった道順どおりに進んで、あと少しというところでヒメネスの場所を尋ねると、だれも知らないと言う。そんな村はない、と。
しかもメルキアデスが自分の妻だと語っていた女性は、(女性の側からすれば)見も知らぬ他人で、さらに赤の他人の奥さんである。
メルキアデスが嘘を言っていたかどうかはおくとしても、彼の故郷が現に「存在しない」のは確かだ。

正直、このエピソードがどういう意味を持つのかは、よくわからない。
ただ、メキシコの人々のアイデンティティってこういうものなのかなとぼんやり思った。
メシカ(日本でいうアステカ)が滅ぼされて以来、かの地では混血が進み、旧来の言語も失われ、文化もスペイン文化と分かちがたく交じり合ってしまった。
だから、自分たちのルーツを求めるのが非常に難しい。
何年も前に、ナショナル・ジオグラフィックのメキシコ特集で十字架を背負った男の影が映る写真があって、非常に印象的だった。
その十字が外来のキリスト教のものなのか、在来の土着の信仰のものなのか、わからないのだ(土着で十字に対する信仰があったゆえにキリスト教の浸透が早かったというのはわりと有名な話だろう)。
渾然としてルーツを求めようにも求められない、アイデンティティの危うさを、彼らはおしなべて持っている気がする。
長くなってしまったが、私には「ヒメネス」が彼らのルーツのように思えた。存在するように語られるが、現実に行ってみると存在しない。在るはずで無い故郷。

って、何を書いてるかわからなくなってきたぞ。
やめよう。女優たちについてもいろいろ思っていたけど忘れちゃったし。
だいたい半分以上はこっちの勝手な思い込みで、適正な感想にはなってないだろう。

最後に一言だけ。
たぶん。
いろいろな感想があるだろうけど、たぶん。
この映画は、見て、「人生、捨てたもんじゃないかもしれない」と思わせる側の映画だろう。
マイクは最初、死んでいたも同じだった。他人のことは考えず、食って寝る動物のような男。女と寝るのも生理的欲求を満たすためだけ。彼にとって現実感を伴うのは暴力を行使するときだけで(でも暴力的な人間というわけでは本来ない)、怠惰に日々を過ごす無感覚さは、本当に死人のようだった。
それがピートに拉致され、逃げようと試みながらも最後に贖罪を成し遂げた彼は、生きた人間だった。
これは役者が素晴らしかったんだろうと思うが、本当に「今ここで生まれた」感じがした。
最後に、自分を解放し去ってゆこうとするピートに、マイクは後ろから声をかける。
「ひとりで大丈夫か?」と。
これは強烈だった。
ものすごい転換。
現実の人間、それも固定されたオトナにそんな転換が訪れるなんて。
ストーリー的に見れば中途半端なようで、深く印象に残るエンディングだった。





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Last updated  2006.03.31 13:04:23


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