
地震で休園していた偕楽園に行き、真っ先に霧島の花を見た。
地震とは無関係なのであろうが、老醜あらわで見るも無残な姿であった。
花は端正そのものでも、幹は斬られ病も蔓延っていて往時の樹勢は見る影もない。
発芽してから200年近くの歳月、杉のように天に聳えることもできず、3メートル程度の小振りのまま生き続けてきたのであるからいたしかたない。
*
偕楽園創園の二十数年後、梅の花は咲き果実も豊富に生産できた頃、斉昭公のブレーンであった藤田東湖が安政大地震で圧死した。
斉昭公は憔悴し、その後の藩政は乱脈を極め幕政との関係も悪化し、桜田門外事件等のテロ藩士を生み、弓折れ矢尽きて永久蟄居の中で逝った。
生きとし生けるもの栄枯盛衰は否定できないし、その予兆は厳然としてその身近に孕んでいる。
片や、石は不動のものと考えていたが、5メートル近くもある灯篭などがバタバタと倒れている姿を見ると、人間の浅知恵を断罪されているとしか思えなかった。
--
PR
キーワードサーチ
カレンダー
New!
ビッグジョン7777さん
New!
隠居人はせじぃさん
New!
たっちゃん9244さん
まー(シモパ)さん
* くぅ *さんフリーページ