ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2003年11月25日
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 どうにか最悪の峠を越え、風邪は快方へ向かっています。ひと安心。

「よくなる」という希望が、回復の力になるのかもしれませんね。逆にいえば、「もう治らないんじゃないだろうか」という不安感や悲観は、病状を悪くこそすれ、良くはしない。
今回の私の体験でいえば、喉の痛みがあまりにもひどいので、ネットで検索してみたら、「扁桃腺の腫れ」「化膿」「手術」といった恐ろしい情報に行き当たり、思い悩んで余計に具合が悪くなったものです。

 しかしまあ、こんな程度でビクついているうちはまだまだ幸せで、高齢者、他に病気や障害を抱えている人、一人暮らしの人、経済的・社会的不安を抱えている人は、一度、心の中に入り込んだ悲観は、ずんずん大きくなり、病状をひどく悪化さえてしまうのではないでしょうか。

 忙しい医療従事者には、とてもそんなヒマはないでしょうけれど、だからこそ、ケアワーカーやボランティアの人たちが、「恵まれない患者」の方々に対して「悲観のケア」を行う必要があるのではないかと思い至りました。しかし、

「どうせ私は長くないのだから」
「どうせ助からないのだから」

 と、悲観する人たちに対して、どのような言葉をかければいいのでしょうか。

「いまという瞬間を、もっと楽しみましょうよ」

 と、言いたいところですが、悲観している人たちは、とてもそんな気持ちになれないのかもしれません。うつ病の人に対するケアも、同じような袋小路に入り込みがちですね。

 音楽、小動物とのふれあい、朗読、マッサージ……そうした魂の「浄化」につながるものはどうかしら。この連休中、ひとりぼっちで寝ていたあいだ、わが愛猫「あいちゃん」が時々布団のそばにやってきて、顔を寄せてくれたのが、なんとも嬉しかったよなあ。

 心を通いあわすことのできる友達や家族とのふれあいがあれば、もっと救われるでしょうけれども、そういう人たちが身近にいない場合もあるでしょう。

 私もこのまま独り身で年を取ったら、最期のほうはどうなることやら。

 昨夜、徹夜仕事の気分転換にネットの中をうろついていたら、こんなニュースを発見しました。長くなるけど、ちょっと引用します。

<最期はどこで?>自宅希望は2割だけ 厚労省調査

「住み慣れた自宅で最期を迎えたい」と望む国民は約2割しかいないことが、厚生労働省が実施した「終末期医療に関する調査」で明らかになった。介護する家族の負担や経済的な負担を懸念しているためで、6割以上は一般の病院や老人ホームなどでの最期を希望していた。幸せな死を迎える理想の場所として自宅が挙げられることが多いが、今回の調査は理想と現実のギャップを浮かび上がらせた。

 同調査は、望ましい終末期医療(ターミナルケア)のあり方を探るのが目的で、対象は全国の20歳以上の国民5000人と医師2000人、看護師、介護職員各3000人(回収率50.7%)。92、97年に次いで3回目の調査だが、今回初めて、「自分が最期まで療養したい場所」などについて尋ねた。

 その結果、国民が望む最期の場所としては「病院」が38.2%で一番多く、次いで「老人ホーム」が24.8%。「自宅」は22.7%に過ぎなかった。「自分の家族が療養してほしい場所」でも、最も多かったのは「病院」の41.2%で、「自宅」は26.7%だった。

 自宅以外を望む理由には「家族の看護などの負担が大きい」「緊急時に迷惑をかける」「経済的負担」「最期に痛みで苦しむかもしれないから」などが挙げられた。

 一方、医師の49%、看護師の41%、介護職員の38%は「自宅」での最期を希望し、一般の国民との違いが際立った。「住み慣れた場所で最期を」「家族との時間を多く」などが主な理由だった。

 この結果について、厚労省の終末期医療検討会委員の鎌田實さん(諏訪中央病院管理者)は「介護負担を懸念する国民と、病院では必ずしも幸せな最期を迎えられないことを知っている医療関係者の現実を、よく反映した調査結果だ。在宅医療の阻害要因を取り除くなど、終末期医療のあり方を国全体で考える時期に来ている」と話す。毎日新聞)

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20031123-00000015-mai-soci


「一般の人々」がいかに家族を気遣っているかが分かり、ちょっと胸が痛みます。介護労働は、確かに大変だと思います。介護保険制度ができたとはいえ、お金もかかるしね。よく言われるように、障害を抱えた高齢者介護の場合は、育児と違って何年かかるか先が見通せない難しさもあります。

 でもね、人間らしい生き方というものを突き詰めて考えると、もっともっと介護技術のハード、ソフト、両面についての向上があってもいいんじゃないか。

 戦争や軍備に費やすお金と知恵はもっと節約して、こうした「不自由さを抱えて生きる」「不安を抱えて生きる」ことを援助するテクノロジーの進化のために振り向けてほしいものです。

 テクノロジーだけではもちろん、解決できない問題です。家族、介護のプロ、福祉のプロ、ボランティア、地域、友人関係等々、多くの人で負担感なくストレスなく支え合うことはできないものでしょうか。

 先の調査では、医師や看護師といった、医療のプロのほうが、一般の人々よりも、病院より自宅で最期のときを迎えたいと答えた割合が多かったというのが印象的でした。

 そうなんだろうなあ。

 どちらが人間的かというと、やっぱりね。







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最終更新日  2003年11月25日 17時04分12秒


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