ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2003年11月26日
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 ノートには2種類あった。ひとつは語彙のノート。いまは懐かしい縦書きの国語ノートを使い、上から7センチぐらいのところに定規で横棒を1本引き、その枠の中に意味の分からなかった言葉を書き、下に辞書で調べた意味を書き写す。これは高校時代からの「良き習慣」として根付いたものだった。

 もう1冊は、本を読んでいるときに感動した部分、忘れたくない部分を抜き書きし、それに短い感想文を添えたもの。いつも身近に持って何度も何度も繰り返し読んだので、やがて血肉化していったんじゃないだろうか。社会評論やルポルタージュが多かった。後で卒論を書くときに大いに重宝したものだった。ちなみに卒論のタイトルは、「個人と社会」。

 どちらのノートも消えないように、細字のサインペンを使って書いたものだ。

 編集プロダクションの社員になってからも、しばらくこの2冊の読書ノートを肌身離さず持っていたけれど、やがて読書の時間も少なくなり、いまでは家の本棚のどこか奥深くに押し込んである。

 抜き書き&感想コメントのノートのほうは、表紙が国防色って感じの地味なコクヨのルーズリーフのノートを使い、赤マジックペンで好きなロックの曲の歌詞を書いたりしていた。“Comfortably Numb”とかね。あたかも、私の宝物のありかを示す印のように(^^;)

 ワープロやパソコンを使うようになってから、「書き写す」という行為をほとんどしなくなった。

 この「書き写す」という行為は、自分のオリジナルの文章を書くための基礎的な訓練になる。身体と頭脳を同時に使い、その過程で目の前に成果物である「文章」がどんどんたまっていく。この感じがとってもステキだ。単に読んでいるのと違って、まさに「血肉化」する感じがある。辞書を食べて覚える人がいるそうだが、まさにそんなイメージに近い。

 いつもいつも書き写しているんじゃ能がないし、そんな時間もなくなるので、やがて読むだけでも「血肉化」させる技術ができてくる。「暗記」とは違う。自分の中に取り込んで、消化して、化学反応を起こさせて、栄養素だけ残すという比喩がまさにピッタリの感じ。時々未消化のものが残ったり、消化不良や便秘になることもあるけれどね。

 記憶(保存)するより、消化し、そのときに得られたエネルギーでまた新たなものを再生産したほうが効率がいいし、単に本を読むだけよりもお金になるし……ということが後年分かったわけで。

 まあ、そんなふうにして、私は書く技術=生活費を稼ぐ技術を身に付けてきたのでした。もちろん、これ以外にも先輩からダメ出しを食らい、何度も何度も書き直すという鍛錬も山ほど経験したけれどね。

 なーんて思い出話をしたいわけじゃなくて。

 前々から気になっていた『救急精神科病棟』(野村進著、講談社)を遂に読んだ。読み応えのあるルポルタージュだった。ずしりと重量級。

 忘れないうちに、印象に残った箇所を「読書ノート」ふうに抜き書きしておこうと思って。

>「近代>会の成立・完成、それと精神分裂病という疾患形態の成立・完成は同時であり、表裏の関係にある」(149頁)

>分裂病者は、まさしく社会から死へと追いやられる人々の一群かもしれませんね。実は、『病むこと』で、なんとか死に至ることを回避しようとしている姿が分裂病なんじゃないかな。分裂病は多くの自殺者を出すけれど、自殺が分裂病からの回復過程でよく起こることは、このことを暗示しているような気がします。病いから治っていくときに、社会からの排除の力、つまり死のシグナルを再び受けやすくなるからかもしれないですね。(173頁)

>現代の生命倫理学を語る上で必須の言葉は、「オートノミー」である。「自律性」という日本語があてられているこの「オートノミー」をクーゼは、「自分自身について考える能力であり、人生の自分自身による計画を設計し、修正し、追求する能力」と定義している。(194頁)

>「分裂病は不治の病い」とする昔ながらの業病観は、治療の現場では確実に過去のものになろうとしている。(202頁)

>強迫性障害の専門家である精神科医の成田善弘は、強迫性障害者の内的世界を、「やさしさもふれあいもない、競争と弱肉強食原理の支配する荒涼とした世界、その中の孤独で無力な自己」(『強迫症の臨床研究』)と描き出す。(209頁)

>「高度経済成長政策で、一次産業から三次産業へと巨大な人口の流動があったわけだよね。それで、住んでいるところも変わった。家族のあり方も変わった。曖昧なものを曖昧なまま包み込んでくれる村の人間関係から、急に丸裸にされて、街の中で労働者として生きていかなきゃならないということになった。ようするに、個人の契約関係が強く問われる社会になってきた結果が、精神障害の増加という現実だよ」(352頁)


 いま、働く人たちは「高い賃金がほしければ成果を出せ」「能力を示せ」「どの職場で通用する能力を身に付けろ」というシビアな要求を突きつけられ、サバイバル競争に勝ち残るのに躍起になっている。

 自立と自己責任、自己決定……なんてことを言い過ぎると、病人を増やす結果になるよなあ。

 そこが実は「優秀な」キャリアカウンセラーのねらいかもしれない。病人とその手前の混乱しきった人が増えれば、商売になるものね。

 カウンセリングは、ソフトな心の管理技術であると、オザケンのお母様である小沢牧子氏が批判しているのも、当たっているかもしれないね。






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最終更新日  2003年11月26日 22時57分26秒


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