ライフキャリア総研★主筆の部屋

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2004年02月22日
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 若者が本を読まなくなっていると、よく聞く。大学生協の全国組織である全国大学生活協同組合連合会が毎年行っている「学生の消費生活に関する実態調査」にも、本離れの実態が如実に表れている。

 1カ月に書籍費をどのくらい使っているかというデータの変遷を追ってみると、自宅外生の場合は20年前から半減している。

 5,170円(83年)⇒4,320円(88年)⇒3,830円(93年)⇒3,410円(98年)⇒2,560円(03年)

 これを支出合計に占める割合でみると、

 5.5%⇒4.0%⇒3.0%⇒2.5%⇒2.1%という減り方だ。ガクン、ガクン、ガクンと音を立てるよう。

 ちなみに自宅生のほうがまだしも書籍代にお金をかけている。アルバイトや家事などに時間を取られない分、読書をする余裕があるということだろうか。

 8.9%⇒6.4%⇒5.6%⇒4.8%⇒3.7%

 ただし、書籍代の減少=本離れと即断することもできない。ブックオフなどで安価な古書を求めて節約しているのかもしれないし、図書館で借りて読むという方法もある。データ収集ならば、本を買って読むよりインターネットのほうが手っ取り早い。

 それにしても、1カ月わずか2,560円(=自宅外生。自宅生は2,170円)の支出というのは、トホホじゃないだろうか、大学生諸君。



「基本的な本」というのは、昔の大学生だったら当たり前に読んだマルクス、ヘーゲル、カント、サルトル、カミュ、ドストエフスキー……あたりかな(なんて書くと年がバレバレだなあ)。

 私が大学生のころは、まあ、わりと本を読んだほうだと思う。前述の学生生協のデータによると、私が大学3年生だった80年当時の平均書籍代は自宅生4,240円、自宅外生5,350円。私は恐らくその2倍以上は支出していたはずだ。何しろ、家庭教師や塾教師のアルバイトで月に5万円以上は稼いでいたから……。

 大江健三郎が何かのエッセイに「大学生のときは1日1000ページのノルマを課して読んでいた」と書いていて、「よおし!私も」と刺激されたことを覚えている。全然、足元にも及ばなかったけれどね。ただ、好きな本は徹夜で読みふけって、ふらふらの状態で学校へ行った事もあった。

 大学での勉強は、高校までの勉強とは決定的に違う。高校までの勉強は、与えられた教科書を覚えるのみ。簡単に言ってしまえば、記憶力のトレーニング一辺倒だ。教科書の内容を疑ったり、もっと別の「あり方」があるなどと考えることは許されない。

 批判的に考えるということは、大学へ入って初めて教えられるのではないだろうか。しかし、うっかりすると、学ばずに卒業してしまう。

 たとえば、歴史。大学で反天皇制の見地から日本史を教える教授の講義に出るたび、目からウロコがポロポロ落ち続けた。単純な私は、「高校の歴史教科書はウソばかり教えやがって!」と腹が立ったものだ。

 史実はひとつかもしれないが、その意味はどのようにでも解釈できる。歴史観だ。

 世の中にさまざまな価値観がある。何でもアリだ。そのどれを選ぶか、選んだことに対して責任をどう取るか。そんなことをああでもない、こうでもないと、あれこれ悩む時間というものが、人間には必要だ。大学の4年間というのは、それに最も適した「旬の時期」と言える。

 選ぶには選択肢が必要だ。大学側から一方的に与えられた教科書だけに満足していたのでは、選択肢が狭過ぎる。ジャンルを問わず、なるべく多くの書物に触れることで、選択肢の幅が広がり、人間としての幅が広がるのではないだろうか。

 この世の中のありようは、いま、自分の目に見えているこのようなありようだけではなく、もっと別の可能性があるし、そもそも、自分の目が曇っているか、「視力」が良くないために、そのようにしか見えないのではないか。

 そんなふうに懐疑的、批判的に考える習慣、洞察力――というのは、大学時代に多くの書物に触れ、考える訓練を積まないと養われにくいと思う。






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最終更新日  2004年02月22日 13時24分06秒


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