2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
2019
2018
2017
2016
2015
2014
2013
2012
2011
2010
2009
2008
2007
2006
2005
全26件 (26件中 1-26件目)
1
わたしの友人で、オペ(手術)の成功確立2%と言われた友人がいます。先生達は、オペしても絶対直らないと言いオペを拒んでいました。でも、彼女は、後には引かず、「ダメ元でいいから、絶対オペして欲しい!」と先生達に訴えるように言いました。そして、先生達を何とか説得し、オペをしたなら、成功確立2%と言われていたオペが成功したのです。先生方は、その奇跡的に成功した彼女を称え、どんなに励まされた事か・・・彼女は、後には、引かなかった・・・「ダメ元でいいからやって見なくちゃ分からない」そう思って頭で考えるより、先生方に自分の意志を伝えたのです。「親を喜ばせてあげたい・・・健康になりたい・・・やるだけの事をやってから退院したい」すごい意志です。彼女は、ダメで元々、今自分に出来る事をやって後悔したくなかった・・・彼女のように勇気のある患者さんは、見たことありませんでした。実際、初めアイアームも、回りの人たちに反対されました。障害を持っているわたしにそんな事出来るわけ無い!売れるわけ無いと・・・でも、わたしは、そんな事には、耳を貸しませんでした。それでも、自分を信じて多くの三角巾で困っている人たちの力になりたい自分が、三角巾を使っててひどい思いをしたから、他の人たちには、そんな思いをしてもらいたくない・・・そんな気持ちが、ふくれ上がり今、売込みをしています。すると、困っている人たちから連絡があり、今、徐々に売れ始まりまったのです。途中で、何度も追い込まれる事もありました。でも、やって見て良かった・・・これからも、いろいろな屈辱を受けるかもしれない・・・でも、根性で走り出した事止めたくはありません。今日も、また連絡がありました・・・喜んでもらえると思うと一本売れるだけですごく嬉しい・・・人には、そんな一本売れただけでそんなに喜んでと言われるけれど、わたしは、その喜びを当たり前だとは、思いたくはありません。いつも、感動して生きていきたいから・・・何でも、やって見なくちゃ分かりません営業などの仕事は、ダメ元根性を持たなくては、仕事など出来ません。それには、とても勇気が必要です。物事なんでもそうだと思います。結婚 子供の教育 離婚学校に行く事 話す事・・・行動するのには、とても、勇気がいりますわたしは、その勇気をつんで欲しくありませんうまく行くか行かないかなんてやってみなくちゃ分からない・・・今、やれるだけの事やってみよう・・・せっかく生まれてきたのだから
2004年05月26日
コメント(50)
上を見すぎて焦ってしまう事があります。でも、上を見すぎると今の自分を見失ってしまう・・・今の自分を見失ってしまうとどうしていいか分からず自分の首を締めてしまう事があります。何故?どうして?これじゃダメだ・・・いろいろな重いが、重なって苦しくなってしまうのです。そんな自分を苦しめるような半生をわたしは、生きて来ました。長年病気を持って・・・早く病気を治さなくちゃもうこれ以上みんなを苦しめたくない・・・そして、病気になった自分を責め、病気を治せない自分を責め、何故生まれてきたんだ何の為に生まれてきたんだと自分を責めもがき苦しみました。でも、ある日、自分が人生につまずいて転んでる事に築いたのです・・病気を治したいみんなに心配させたくない・・・・それこそ鬱状態が、続きっぱなしでした。運命と言うものに築きもせずを受け入れる事をしなかっただけだった。わたしは、ふたごで産まれてカタワレの栄養を全部取ってしまい生まれてきた・・・ブレーキの利かない自転車に乗って崖から落ちても、無傷で帰れた・・・オペをしたものの薬は、離せない・・・この病気になったのは、何か目的があるはず・・・その目的とは、開き直って今を生きる事・・・上を見すぎると苦しくなって身動きが取れなくなってしまう今を生きなかったなら、その次が無いかもしれない・・・・もしかしたなら事故で・・・病気で・・・だから上を見すぎてつまずいて転んで、痛い思いをしてしまわないよう先の事は先の事・・・上をみて歩いてばかりいないで、下に石ころが無いかどうかを見ながら今を歩いていこう・・・一歩一歩 焦らずに歩いていけばいい・・・
2004年05月25日
コメント(6)
今日1年に一回のアパートの回りの一括清掃の日でした。去年取ったはずの雑草がまた同じところに根付いているのです。道端にすごく大きな雑草があって刈るのに大変な思いをしました。雑草とは、いくら取ってもまた生えてきます。どんなに踏まれても、何をされても・・・雨風に耐え強く強く根付いている・・・わたしは、みなさんに今どんなに、苦しくても、雑草のように強くなって欲しいどんな悲しい事が合ってもどんなに苦しくても・・・踏まれても踏まれても生き抜いて欲しいあの大きな雑草のように・・・たくましくなって欲しい・・・でも、たまには、弱音を吐いてもいいよ人は誰しも弱いところは、持っているもん強い人ばかりじゃないよだって、人間なんだもんだけどお願いだから根(命)だけはつまないで・・・「日の当たる日は必ず来るから感謝できる日がきっと来るから頑張ろう・・・・」
2004年05月24日
コメント(6)
わたしが、入院していた病院は、日本で初めて出来たてんかん専門病院で、そこには、日本全国から、てんかんを持った患者さんが集まっている病院でした。今、医学が発達し、今までは、不治の病と言われていたてんかんが、手術で治るようになってきました。わたしは、そこ(現・静岡神経医療センター)で、オペ(手術)入院していた時のことです。わたしは、入院中二人部屋にいました。ひとつのベットは、いつも、オペをする患者さんの付き添いの親御さん(親)たちでした。患者さんの親御さん(親)の言う事は、みんな同じ悩みを抱えていました。自分が、「こんな病気にさせたんだ」と親の立場から自分を責め、その患者さん達のオペの最中悩み苦しんでいました。わたしは、そんな親御さんたちを見、自分も満二歳の頃から親を苦しめてきていた。でも、オペをし、半身不随に自分はなったけど、この病院(静岡神経医療センター)に来て、オペをし、病気を治すことが出来ました。最初「半身不随になるかもしれないけどオペする?」と言われましたが、わたしは、それを承知でオペをしました。何故半身不随になる事を知っていながらと思う人も多いでしょう。わたしは、満二歳の頃からてんかんという病を持ち親を苦しめてきました。わたしに出来る親孝行は、何かと考えた時、わたしに出来る親孝行は、この病気を治す事だと思ったのです。患者さん達も同じ思いで、病気を直しに来ているはず、そう思い、そんな親たちの姿を見ていられなくなり、もう、苦しんで欲しくないそう思ってその親御さんたちと話した事がありました。「もう、そんなに自分を責めないで、だって、もう、何十年も苦しんできたのだから・・・子供の頃からいつ出るか分からない発作を持った子供をここまで、ちゃんと大きく育ててこれたそれだけでもすごいと思います。この病院とめぐり合えてここまで来たのだから、ここの先生の事を信用してください。そうじゃなかったなら、何の為にこんな遠くの病院にきたかわからないじゃないですか。今、彼(彼女)は、親孝行をする為に大きなオペをし、頑張っているのだから・・・少し落ち着いてオペが終わるのを待ちましょう・・・」そう言うと多くの親御さんたちは、落ち着いてくれました。親と言うのは、自分は、どうなってもいい・・・子供の為になら何でもしてあげたいと思うのですオペで直ると言っても、わたしのように半身不随になる事を恐れオペに踏み切れない人も多かった・・・嫌多いはず・・・でも、発作がでなくなり、親を安心させることができるなら、とても重大な決心がいる時が必要です。何かを踏み切る事も大切な事だと言う事・・・親が自分の身をけずってでも自分を支えてくれようとしているなら親に対して、自分達も身をけずってでも、親孝行しなくてはいけない時もあると思います。わたしは、オペする前、後遺症がでても、それを克服する為、一生懸命リハビリしていた友人たちがいました。彼らは、とても明るく何も負けたくないそんな強い意志を持っていました。そんな友人達と出会い勇気を持つ事が出来、これは、私に出来る親孝行なんだと思う事ができ、オペに踏み切ったのです。そして、今そんな障害をを抱えながら彼らは、結婚もし、会社で働き(トヨタ自動車etc・・)や市役所などで元気に働いています。「病気だと言う事に少しもハンディを持っていないそれどころか健康な者には感じられないモノを感じ取ろうとして夢中であたりを探っている」わたしは、何にでも負けて欲しくない考え方次第で、ビクビクしなくてすむ事を知って欲しい親孝行とは「子供が生きる事!」それだけでも親孝行をしているんだよ自分に出来る事だけでいい・・・やるだけの事やってみよう 命あるかぎり・・・
2004年05月23日
コメント(7)
わたしは、バス停で、バスを待っている時間 空き缶のプルタブをとったり、投げ捨ててあるタバコの吸殻を空き缶に拾っていたりしますが、それを人は見てみない不利をしていく・・・わたしは、「可笑しいと思われててもいい・・・・いつかは認めれもらえる日がくる・・・・解っていてくれる人は解ってくれる(認めてくれる人は認めてくれる)認めてくれない人はそれだけの人無理に理解してもらおうなんて思うとすごいプレッシャーがかかって苦しくなっちゃう」そう思っていますだって、ゴミを回収する叔父さん達や掃除をするおばさんは自分に誇りを持っていると思う・・・それってすごい事ですよね・・・近所では、わたしのしている事が、みんな気になって気になって仕方ないらしくいつも、家にいるわたしを仕事しないで何やってるんだろう??わたしの親も、そう思ってるかもしれない 町に久しぶりに行って見ると「な~に仕事しないでぷらぷら何やってるんだ」わたしは、今、アイアームの通信販売をしていると言うと「そんな事やったって何になるんだ」と言われる事があります。そんな事ってどんな事?人が喜ぶことして何が悪いのか分かりません。わたしは、別に人に何いわれても気にしない事が身についてしまったので自分は自分らしく生きたい・・・「ちょっと人と違っててもいいじゃない・・・」わたしは、自分にそういつも言い聞かせています。これは、金八先生の言葉に自分の考えをくっつけた事ですが、「偉いっていう字はね人とちがうって書くんだと・・・人と違うことするってすごいんだゴミ拾いでもトイレ掃除でも・・・恥ずかしがらないで チャレンジしてみよう可笑しいと思われててもいいじゃない いつかは認めれもらえる日がくる・・・・ 解っていてくれる人は解ってくれるんだ (認めてくれる人は認めてくれるんだ) 認めてくれない人はそれだけの人 それでいいじゃない・・・ 無理に理解してもらおうなんて思うと すごいプレッシャーがかかって苦しくなっちゃう人の嫌がる事(善)をするって勇気が必要なんだそれってすごい事なんだ 人に認めてもらえるチャンスかも・・・・」みなさんにもちょっとした勇気でいいもって欲しい・・・人は、物事を過大評価しすぎます・・・特に井戸端会議・・・マスコミじゃないんだから、物事をあまり過大評価しすぎると自分たちも身動きが取れなくなってしまいその話にもう突進してしまうそんな事よりも、今自分達はどう生きるべきかどうするべきかのほうが、大切だと思いますあなたは、恥ずかしがりや?もう、ちょっと勇気を出そう
2004年05月22日
コメント(6)
わたしの親は、わたしが子供の頃から病気を持っていたので、あれをしちゃダメこれをしちゃダメと言われながら育ちました。わたしは、それが嫌で嫌で仕方有りませんでした。みなさん知っているでしょうか?子供には、3回反抗期があることを??3歳・5歳・7歳が反抗期なのです。ですから、覚えるのには、「753」と覚えるといいです。これを知っていれば、急に反抗してきた時驚かなくてすみます。でも、わたしは、今でも反抗期を迎えているのかもしれない・・・前にも書きましたが、わたしの家族は、わたしが、一人暮らしを始めてもう、3年も経つのに家に遊びにも電話もかけてきません。何故か?それは、わたしが、家族に反抗ばかりしてきたから・・・わたしは、あれをしちゃダメこれをしちゃダメと言われ、みんな出来て何故わたしだけがやっちゃいけないの?「嫌だあたしもやる」親の言うことも聞かずに今でもやりたい放題周りでは、そんなわたしを見て、どんな思いでいただろう・・・でも、「親に子供の自由を奪う権利は無い」のです。どんなに心配されても、自分に出来る事がしたかった・・・こんな病気を持ってるからって心配されすぎると苦痛になってきてしまう病気を持ってるからってあまり心配されすぎると疲れてしまうことがあります。これは、病気を持ってないお子さんもそうだと思います。心配されすぎると今度独り立ちが出来なくなってしまう・・・「親はいつまでも生きていない」それなら、自分で生きて行くことを教えてあげなければいけない・・・わたしは、最近、家族が、家に遊びにも電話もかけてこないのは、わたしに独り立ちの勉強をさせてくれているのだと思う事が出来ました。子供には、子どもの人生がある・・・・「子供にも旅立ちの時ってあるんだ その子の中に隠された可能性ってあるんだよ それを見守ってあげる・・・それだけでいい」「可愛い子には旅をさせろ」 ママそんなにきつく抱きしめられると 痛いよ 身動きできないよ・・・ でもありがとう抱きしめてくれて!わたしに独り立ちをさせてくれている家族に感謝を・・・・両親に感謝しよう!(ちょっと照れくさいけど‘ありがとう’を言おう) この世に誕生させてくれたんだもん・・・生れてこなければ喜びも悲しみも分からなかったじゃない 生きる糧を教えてくれたよね!今こうして居られる事に感謝しようよ そして親が元気な事に感謝しようよだって居なくなくなっちゃったら寂しいよ声も聞けなく成っちゃうだもん 親はいつまでも生きていないんだよ
2004年05月21日
コメント(7)
わたしの知り合いは、とても知り合いのレパートリーが広く、いろいろな人からいろいろな話を耳にします。お姑さんの愚痴・お嫁さんの愚痴会社で働いている社員の人達の愚痴・会社のお偉方さんの愚痴友達とケンカした時の愚痴 etc・・・わたしは、そんな愚痴を聞かされ、昔の自分と重ね合わせてしまう・・・わたしも、この病気になって、随分愚痴に近い事を言って来ました。「何故わたしだけが、こんな目に・・・」親を責め、回りの人たちに随分いやな思いをさせてしまいました。わたしは、この病気と付き合うようになってから、感謝の気持ちを忘れていました。病気になって、人の気持ちをわかってあげられる人間になれた事に感謝する事を忘れていました。それから、どんな事にでも感謝出来る様になりました。お姑さんやお嫁さんの話には、お姑さん(お嫁さん)とは、血は通っていなくても、もう一人の家族ができた・・・「良かったじゃないもうひとり親が出来て感謝しなくちゃ」「お嫁さん来てくれてよかったじゃない息子が結婚できたんだもん娘が出来たって感謝しなくちゃ」その二人がぶつかってもケンカできる相手が出来てよかった思えばいい・・・前、働いている所のパートのおばさんがこんな事を言って仕事をしていた事があります。「この会社に働かせてもらっているんだ。感謝しなくちゃね」わたしは、その言葉を聞きその時、その頃働いていた会社に感謝をしなくてはいけない事をおしえられました。そして、その思いがエスカレートし、社長に感謝の手紙を送った事もありました。「障害を持っているわたしを働かせて頂きありがとうございます」と・・・前、知り合いの社長さんに社員の愚痴に近い事を聞かされたことがありました。その時、わたしは、ちょっと生意気だったかもしれませんが「働いてくれている社員がいるから会社って成り立つんだよ こんなに大きな会社になれたのは、働いてくれている人たちがいるからじゃない?」わたしは、その社長に感謝の気持ちを持って欲しかった。夫婦喧嘩だって友達とケンカしたのだって全部相手がいるから・・・お互いその相手に感謝しなくては・・・・そうすれば、愚痴も少なくなるはず・・・・生きている事に感謝を・・・・
2004年05月20日
コメント(5)
別に気にすることは無いと思うのですがよく女性は、顔のしわを気にします。しわと言うのは、その人の年輪であって、その人がどんな人生を送ってきたか分かります。わたしは、いつも思う事が、「笑いジワがあったほうがいいか?怒りジワがあったほうがいいか?」もちろん笑いジワがあったほうがいい・・・若い頃から苦労をしたからといって怒りジワがある人がいる人仕事が忙しいからといって怒りジワを作ってしまう人家庭で怒ってばかりいて怒りジワを作ってしまう人それぞれですわたしは、怒りジワを作って欲しくない・・・出来るだけ、心にゆとりを持って生きていって欲しいいつも書いていますが、「発想の転換と気の持ち様」でどうにでもなります。考え方次第で苦労が苦労じゃなくなる忙しいのも、もしかしたなら気ばかりが焦っているのかもしれない感謝の気持ちを持ち生活していれば、家庭で怒らなくてすむ事だっていっぱいあるはずわたしは、みんなに明るくシワを作り、年とってからいい人生だったねと言われたい「あなたは、怒りジワがあったほうがいい?笑いジワがあったほうがいい?」
2004年05月19日
コメント(4)
わたしは、人生とは、綱渡りのようなものだと思う・・・生きているといい事も悪い事もある・・・そのすれすれの処をみんな生きているいつ事故に遭うか分からないし、リストラ・離婚・病気生きていれば必ず何かしら困難に遭遇する事があるみんなそれを乗り越えながら生きている・・・その綱からどう落ちないで生きていけるか?綱から落ちそうになると言うのは、転機でもあるのです。人は、生きている間に何度も転機という出来事に遭遇するそれをどう乗り越えて生きていけばいいか?転機とは、困難にあった時、善い方に受け止められるか受け止められないかにかかっています善い方に受け止められれば、自ずといいほうの人生を迎えられその困難に負け、善い方に受け止められなければ、あまり、いい人生を迎えられなくなってしまう・・・みんなに綱から落ちないようヒントを教えてあげたいな上手に綱渡りが出来る様に・・・「たった一人しかない自分を たった一度の人生を ほんとうに生かさなかったら 人生 生れてきた甲斐が無いじゃないか」 山本有三
2004年05月18日
コメント(2)
わたしは、人を信じ随分いろいろな事で裏切られ生きてきました。約束は、破られ、騙されその繰り返し・・・でも、その約束をした一瞬でも、喜びを感じらた・・・騙される事を知っていても、人を信じる事が出来た・・・約束は、破られ、騙されその繰り返しの人生だったかもしれないでも、わたしは、人を信じてよかったと思います後悔はしていない・・・人は人を信じられなくなったなら悲しい・・・裏切られた事を恨んでばかり考えていては、次へのステップが踏めません。それよりも、裏切った人へ感謝を持つ事にしました一瞬でも、物事(人)を信じる喜びを味わう事が出来た・・・そして、その裏切られた事で自分を強くすることが出来た・・・色んな思いをして今の自分を築きあげられた・・・今では、何かあっても笑い飛ばせるように自分を強くしてくれた人たちに感謝を・・・「信じてよかった・・・人は、裏切られても人を信じる人を信じる事に喜びを感じ人に裏切られ傷つき自分を築き上げる」
2004年05月17日
コメント(8)
何故戦争があるんだろう?いつの世も宗教戦争がある・・・・何故?わたしは、子供の頃から病気を抱え母が、宗教に走った事がありました。でも、その宗教宗教の行き着き処は同じ・・・幸せになろう・・・それなのに今宗教戦争がある同じ思いなのに何故戦わなくてはいけないの?思いやり同士がぶつかってしまう・・・わたしのところにも色々な宗教の勧誘が着ますが、何故?みんな同じ思いなのに・・・国境って何?同じ人間なのに差別があったりする・・・国境なんか作るからうまく行く事も行かなくなる・・・人間とは、悲しい生き物なのか??わたしにはわからないわたしは、みんなに愛し合って生きていってもらいたいあまり仲間意識をもたずに思いやりを忘れずにいてほしい
2004年05月16日
コメント(6)
わたしは、昔から頑張りすぎてしまう事が多くて、ストレスをためよく発作を出していました。頑張りすぎてしまうと、いつも「大変だ 大変だ」「忙しい 忙しい」と愚痴のように言っていました。そんなわたしに母が亡くなる前に言った言葉は、「あんまり頑張りすぎるなよ」頑張りすぎると発作が出るのを知ってかのように・・・頑張りすぎると何でも大変になってしまいます。「大変だ 大変だ」「忙しい 忙しい」と言うと人は、頑張りすぎる・・・案外大変じゃない事でも、「大変だ 大変だ」「忙しい 忙しい」そう自分で言う事で自分を追い込んで、身動きを出来なくしていってしまう・・・そして、挙句の果て身体を壊してしまいます。わたしは、愚痴のように「大変だ 大変だ」「忙しい 忙しい」と言うのが口癖だったので友人を無くしてきました。「大変だ 大変だ」「忙しい 忙しい」と言う人のところには、人と言うのは、寄り付かないようになる・・・それは、その人がそんなに大変なら忙しいならそっとしておこうと言う思いやりなのかもしれません。それとも、嫌がるか・・・でも、そうなると寂しくなります。だから、わたしは、こう思うようにしました。もしかしたならその大変だと思ってることが大変なことじゃないかも知れないそう思い、もしかしたなら物事を自分で過大評価しすぎているのはないだろうか?その頃、わたしは、感謝の気持ちを持ってもって居なかったのです。そして、そんな自分をセーブし、あまり「忙しい」とか「大変だ」と言わなくしました。すると発作も少なくなってきました。わたしは、発作が出ますが、普通発作を持っていない人でも、同じ事・・・「物事大変だと思うことが多いその大変だという事をいやだと思う事をちょっと客観的に見る癖をつけてみよう」「あまり、物事過大評価しすぎると頭がマッチ棒にしちゃってその内火がついちゃうよ」みなさんもちょっと物事を一歩置いて見てみては?たまには、ホドホドに・・・P・SBBフォンって知っていますか?わたしは、今BBフォンですBBフォン同志なら通話料無料なんですもし、BBフォンなら、お話が出来たなら嬉しいですその時は、メッセしてくださいね
2004年05月15日
コメント(10)
中学の頃の修学旅行の時の事です。わたしは、子供の頃から病気を持っていたので、両親は、とても心配して、修学旅行に行くのを反対しました。「発作を出しては、みんなに迷惑かける」と思い行かないようにわたしは、言われていました。その時は、とても悲しくて空しくて「何故みんな行けるのに自分だけはいつも特別扱いされるのだろう」いつもそう思っていました。そして、あれをやっちゃいけないこれをやっちゃいけないそう言われると余計発作が出ていました。すると、その頃の学級委員をやってた子ともうひとりの友人が、家を訪れて来て、両親に「修学旅行に行かせて上げてほしい」と、言ってくれ両親達は、最初は猛反対していましたが、自分たちが面倒見るから行かせてあげて」わたしを自分たちと一緒に修学旅行に連れて行ってあげたいと一生懸命頼んでくれました。その時その言葉に両親もとても喜んで、修学旅行に行かせてくれました。その旅行でわたしを虐めていた友人達と初めて輪が持てました。わたしは、あの時彼女達の友情に感謝し、涙した事を一生懸命忘れられない思い出として残っています。その友人に合える事があったならも一度言いたい「ありがとう」と・・・「思い出だけじゃ生きていけないって言うけど 大切な思い出をひとつ持ってるだけで生きていける事もある・・・・」ひとりでも、分かってくれる人がいるただそれだけでいい・・・・
2004年05月14日
コメント(7)
良く仕事が大変だから嫌だとか学校に行くのが嫌だとか嫌な事ってたくさんあります。わたしのその解決策は、何でも趣味として考える・・・・悩む事・仕事・ケンカ・・・全部趣味と考えると悩む事・仕事・ケンカ楽しく思えてくる・・・そう思うのは難しいかもしれないけれど案外簡単な事ですそれは、「生きてることに感謝する事」そうすると、悩むのも楽しくなるし仕事・ケンカも楽しくなってしまうわたしは、子供の頃から死との背中合わせの人生を送ってきました。すると、みなさんは、可笑しいと思うでしょうが、今では、生きる事が、趣味のようにも思えてくる・・・・「だから、落ち込まないで気軽に物事考えてもいいんじゃない?もうちょっと肩の力を抜いて・・・・」
2004年05月13日
コメント(9)
今日は、何故かバスであった事が忘れられない・・・これは、本館のコラムに載せるような事ですが、みなさんにちょっと早めにお教えしましょうある日、バス停で、バスを待っていて、一番先に乗ろうとしたなら一度開いたバスの扉が急に閉まって顔をはさんでしまいました。その事があったので、今度は、最後に乗ろうとしたなら、扉が閉まってバスは、行ってしまった・・・何とわたしと言う人間はついてないんだろう・・・みなさんは、こんな経験ありますか?皆さんの中で自分が付いていないと思ってる方がいたなら、まだ自分は、ましなほうだと思ってください・・・「悪い事は、続かないそのうちいいことあるさ」
2004年05月12日
コメント(7)
わたしは、人の考えられない事ばかりして、人を笑わす・・・今日から少しの間、コラムに書いてないドジ話を書こうこれで、みんなが明るくなってもらえるように前、頭を手術して、一人暮らしを始めた頃の事です。わたしのアパートは、2階建てで、下がキッチンとお風呂場・トイレがあり、上が6丈一間の4.5丈一間のアパートです。階段が急で、細い・・・その階段を慌てて上り、上りきったところに壁がある・・・わたしは、慌てて上り、階段につまずき、壁に頭をぶつけこぶを作ってしまいました。次ぎの日、静岡の病院に言って「頭ぶつけてこぶできた・・・」と言うと先生が驚き、脳波を摂りました。すると先生は、慌てて「tonoさんなんかね頭ぶつけたから心配したんだけど脳波の波が良くなってるんだけど・・!!」今度は、その階段を降りる時、足を滑らせて滑り台のように滑り落ちた事があります。その夜、お風呂の入ってビックリ・・・・お尻にモウコハンが・・・・この間、アサリの酒蒸を作るのに日本酒が無くて焼酎で作ったなら酔っぱらってキッチンから20分間動けなかった事も・・・まだまだ、たくさんドジ話は、ありますが、そんな事をしてて始めは、みんなビックリして、噂をするけれど何時の間にか、「あっ!またやってる・・・」噂をしなくなるのです。わたしは、たまに自分が分からなくなる事があります・・・これでいいのかなぁと・・・でも、一人位こんな人間がいてもいいじゃない??いつも、そう思って生きているどんな噂なんかに負けないで、楽しい方に持っていけばいい一回きりの人生だもの楽しく生きようわたしは、自分が、ピエロになってもいいみんなが笑顔になってくれるなら・・・あなたの笑顔が見たいんだ・・・それだけで嬉しい・・・
2004年05月11日
コメント(9)
わたしが入院中の事です。病院と言うのは、小社会で世の中に出て行く練習の場でした。人間関係と言うモノは、どこでも、つきものです。もちろん病院でも、人間関係で悩む人たちがたくさんいました。わたしは、入院生活は、長かったので、子供の頃は、分かりませんでしたけれど、人間関係で悩む事を知り始めた頃、もう、一生こんな事で悩んでいくのかなぁ?いつまでこんな事で悩んでいくと事が続くのか?色々な病院を回りその病院で違う患者さん達と出会いまた違う人間模様が繰り替えされました。どこの病院に行っても患者さん達は、真剣に悩みすぎて、体を壊したり、泥沼にはまっていく人も・・・いろいろな病院で、みんな全然違う悩みを持っている・・・でも、そんなに悩む事なのか?ただ、「人生の中で言ったなら入院なんて本の一瞬に過ぎない」のに・・・それは、何処でも職場・学校・家庭でもそうだと思います。ちょっとした事で、つまずいて悩み苦しみ苦しむ・・・・でも、それは、一生死ぬまで悩んでいく訳では無い・・・それなら、今をどう明るく生きていけるか?それだけ考えればいい・・・・人生につまずいて、その一瞬を無駄に過ごすか?思い切り大榎するか?それは自分次第・・・・もっと肩の荷を下ろして生きていって欲しい「人生の本のわずかな時間(一年・数ヶ月・数日・数時間)そう考えれば何でこんな事で立ち止まっていたんだろう・・・ばかばかしい・・・・一回きりの短い人生なんだ楽しく前向きに生きて行かなければいけない・・・そう思えて来ない?」くよくよしないで 一瞬の出来事なんだから・・・
2004年05月10日
コメント(10)
わたしは、地元では、噂に耐えない一人だと思います。次々といろいろな噂が飛び交う・・・人と言うのは、とても、噂好きです。でも、その噂は、その時だけ 「噂も75日」こんな事は、みなさんも体験済みだと思いますが、わたしが、男友達と歩いてると、いらぬ勘繰りをされて、「結婚するの?」「あの人は男ったらし」「あの人とんかんなんだって」わたしが、アイアーム(本館参)の営業で歩き回ると「何に仕事もしないで出歩いてるんだろう」「何もしないで遊びまくってる」挙句の果てにわたしは、実家に居る時、家族とうまく行かなかったので、庭にプレハブの部屋を作ってもらいそこにいました。すると今度は、「何で、わたしだけがプレハブのうちに居るのか?」と噂をし始め、「わたしは、父が、浮気して出来た子供だから仕方なく、引き取ってるんじゃない?だから庭に部屋立てて住ませてるんだよ」それなら、何故子供の時からの病気を両親はいくつモノ病院を変えてまで必死にわたしの病気を直そうとしたのか?あきれ返って何も言えませんでした。噂とは、真実からずれた事・・・噂されたからと言って落ち込まないで噂は、時間が解決してくれるのだから・・・噂になんか負けないで・・・「言いたい人には、言わせておけばいい・・・」でも、みなさんは、可笑しいと思うかもしれませんが、わたしは、いい噂でも悪い噂でも噂になるって嬉しい・・・だって「生きてる証だもの」こんなに噂になってるなら噂の人間になってやろうなんて思う事があります特に「本館のコラム」のような事で笑いながら噂をしてくれる事が一番嬉しい・・・みんなが喜んでくれるならそれでいい・・・噂なんかいちいち気にしてたなら自分を追い詰めるて苦しめるだけ・・・そのうち分かってくれる日が来るよ・・・だからみんなに落ち込まないでほしい胸を張って生きよう
2004年05月09日
コメント(8)
わたしは、入院生活が長かったので、青春と言うモノがなんなのか分かりません。友人・知人は、「わたしの青春時代は、入院してたのねかわいそうに」と言う人も居ますが、わたしは、自分が可哀想だとは思いません・・いえ、思わないようにしています。(落ち込むと身体に悪いから)良く青春時代が懐かしいと言う言葉を耳にします。わたしは、青春とは、一生続くものだと思います。「青春時代」とは、悩み・苦しみ・喜びを乗り越えた時思い出して言うと思いますが、悩み・苦しみ・喜びは、すべて一生続く・・・人は、それを乗り越えて生きて行きますそれが、青春・・・人は、一生感動し生き続けて行く・・・感動とは、感じて動くと書きます人は、一生感じて行動する・・・老人ホームで結婚式を挙げたカップルもいる青春は、年は関係ありません・・・素晴らしい事じゃないですか・・・「一生青春 一生感動」人は、いくつになっても青春しているのです。生きている限りいつまでも・・・
2004年05月08日
コメント(5)
今日は、感謝を・・・・みなさんいつもこの日記を見に来てくてれてありがとうございますわたしは、今まで、自分に共感してくれる人がいませんでした。前の日記をお読みになった方は、驚くかもしれませんが、わたしは、鬱病を持っています。わたしの病気(てんかん)は、落ち込んだり、情緒不安定になると発作が出るので、発作を出さない為に鬱の薬(精神安定剤)を飲んでいます。「まさか?」とお思いでしょうが、本当なのです。普通の人は、鬱になっても発作が出ません・・・でも、わたしは、てんかんと言う発作が出ると言うその差があります。 ですから、わたしは、自分を鬱病だとは、思わないことにしました。自分が鬱病だと思い込むと余計鬱に突入してしまい気持ちが沈み発作が出るからです。だから、今までの日記に書いた「思考の転換」を身に付けいつもプラス志向でいるのです。明るくしてれば、鬱にはならない・・・あまり考え込まないで何でもホドホドにするといい・・・そう考える事にしたのです。鬱は、考えはじまると止まらなくなります。マイナス思考でいるとどんどんそれにはまっていって身動きが出来なくなります。鬱になるととても暗くなり周りの人まで影響させ心配をかけます。自分の言う事が通らないと空しくなります。 わたしは、子供の頃から病気を持ち14箇所も病院を変え、15年間の入院生活をしました。その30年間の内どれだけの虐めにあったか?今までわたしは、いつも、鬱と戦いながら生きてきました。わたしは、今でも、てんかんの薬は、手放せませんが、自分が鬱だと言う事は思わない様にしています。母は、わたしの為に鬱病になりどんなに心を病んだか?それでも、母はみんなを明るく受け入れてくれていました。わたしに教えるかのように・・・わたしは、何でも、悪い方に悪い方に考えてしまい自殺未遂を3回も繰り返しました。 わたしは、いつも、反対の事を言われてきました。子供の頃注射を打たれ、泣きそうになると「我慢しなさい!」子供と言うのは、泣きたい時に泣かせてあげなくてはいけないのに・・・親は、「発作が出たなどいうな心配するだろう」「金が無くてもある振りしろそれじゃないとみんなに嫌われる!」自分の子供の病気に関して無頓着で病院に任せて置けばいいんだ。と思っている親でした。でも、今考えるとその親がわたしにした事とは、試練であったのです。そして、わたしは、親に言われた事を思考を変えて考えました。「金が無くてもある振りしろそれじゃないとみんなに嫌われる!」これは、「元気が無くてもある振りしなくては、いけない」「明るい人には、人は、付いてくるけれど暗い人には、人は付いてこない」と解釈しました。そうすると、今まで暗かった自分が段々明るくなり、発作の回数も少なくなってきました。ですから、発作が、学校で起きて、家に帰ると母が必ず言ってくる言葉が「発作あった?」それに対して、「なかったよ」と言うと親は安心する・・・親を安心させたと思うと、自分も嬉しくなって発作が出なったのです。 鬱に一番必要なのは、「気の持ちよう(逆転の発想)嫌な事もプラスにして気を紛らわせて自分でやりたい事をし、明るく暮らす事、自分と共感でき合える喜びを分かち合える人(事)を持つこと」だと思います。 鬱と言うのは、誰でも持っています。神経科の病院で相談などするとほとんど普通の人でも、「鬱病ですね」と診断されることも・・・人は誰でも、「陰と陽」を持っています。たとえば、病気になると病気の事ばかり考えて暗くなり、仕事でうまく行かないとそのうまく行かない事ばかり考えて暗くなります。自分たちは、築かないけれどそれって鬱なのです。一つのことばかり考えていると鬱になりやすい だから、わたしは、一つのことばかり考えない様にするのに自分で自分を明るくする為にいろいろな事をしています。周りの人達には、「色んなことして気が散漫しすぎだ」とか「自分勝手だ」とか「本当に好き勝手して」といろんな批判もされます。でも、「言いたい人には言わせておけばいい・・・」わたしは、自分の身体の事を考えたなら鬱になる事はできません。いろいろな事にトライして、気を明るくもって多くの人たちと共感しあいたいです。そうする事で、発作は出ないのだから・・・ わたしは、みんなに明るくなって欲しい・・・それには、共感し合える喜びを持つこと・・・ 『母が言った言葉「発作あった?」それに対して、わたしは、「発作なかったよ」と言うと親は安心しました。親を安心させたと思うと、自分も嬉しくなって発作が出なった事がありました。』 今、昔と同じ事が起きています。このURLで、みなさんに喜んでもらえ、わたしの考えに共感できると言う多くのレスを頂き、嬉しくてこの2ヶ月間発作が出ません。これは、異例の事で病院の先生も喜んでくれています。この日記を読んでくれているみんなに感謝です・・・ 「銀の雫がながれる時わたしの心は霧にけむる ロンドンの街のように 慰めてくれる人は 誰もいないでもいつかは来るだろう・・・霧が晴れるようにわたしの心にも 太陽が・・・」 (自作・小学6年時)今は、光が差し込んでいないけれどいつかは、光が差し込む日が来ます みなさんのお陰でやっとわたしの心にも太陽が差し掛かってきました。 いつも嬉しいレスをありがとう・・・
2004年05月07日
コメント(11)
今日は、わたしが励まされた人たちの事を書こうおばあさんのコートわたしが、リハビリに行ってる病院で、74歳のおばあさんと出会いました。おばあさんは、緑内障で、目が見えなくなっていて、両方の視力が0.05でした。昔、家政女学校を出たと言って、かすかしか見えない目で、手縫いでコートを作り、今まで目が見えなくなって来た時から作った洋服を見せてくれたのです。わたしは驚き「そんな・・・目大丈夫なの?」と言うと「うん こんな事出来るの今の内だけだから、あたし作るの好きなんだよね」と言い、「これあたし作ったんだけどあげるよ」と、黒の素敵コートを差し出されました。そのコートは、今では、わたしの一番のお気に入りです。わたしは、目が見えなくなってきても、好きな洋裁をし、その現実を受け止めているそして、とても明るいおばあさん 「頑張れコール」ありがとう・・・今を生きる・・・やるだけの事をやらなくてはいけない、自分に出来る事をすればいいと言われたようでした。 スポーツわたしの知人で車いすに乗っている知り合いが居ます。その人は、高校の時に鉄棒から落ちて、脊髄損傷になってしまい、それ以来、40年間車いす生活をしているのですでも、スポーツが大好きで、パラリンピックで、アームレスリングで優勝した事があり、車いすなのに テニス・陸上・ダイビング何にでも挑戦してる・・・驚くべき車いすのスポーツマンに脱帽 一人暮らしわたしの知り合いのおじさんで、目が見えないのに一人暮らしをしている78歳のおじいさんがいました。その頃3年前に奥さんを亡くしてから一人暮らしだというのです。その亡くなった奥さんも目が見えなかったそうです。亡くなった奥さんは、目が見えないのにカラオケが好きでカラオケ大会にも出て、優勝した事も・・・だから、そのおじさんもカラオケが好きで、良くカラオケに連れて行ってもらったことがありました。どうやって歌うかと言うと耳元で歌詞を言うと音程をはずす事無く歌うのです。でも、途中からもういいと言い、自分ひとりで歌う・・・器用なもので、1週間に一度ヘルパーさんは、来ますが、料理・洗濯全部自分でやるのです。わたしは、そのすごさに圧倒されました。その知人達から教わったのは、「好きな事は最後まで諦めないで・・・」と言うことでした・・・わたしは、その人たちに言いたい・・・「勇気をありがとう」と・・・周りにすごい人が居すぎて勉強する事ばかりです・・・今の自分が居るのもその方たちのお陰でもあります・・・だから、今やれるだけの事をしよう先の事に不安がらずに・・・自分に出来るだけに事をすればいいのだから・・・
2004年05月06日
コメント(4)
良くわたしは、失敗を繰り返します。その時、いつも思うのは、人生って「チャレンジ=反省=あきらめ=開き直り」の繰り返しなんだという事・・・物事は、やって見なくちゃ分からないその物事にチャレンジして、ダメだったなら落ち込むのでは無く反省して 時には、諦めなくてはいない時もあります。でも、あきらめてばかりいては、何も出来なくなってしまう・・・だから、いつまでも、くよくよしないで開き直って、次ぎの事にチャレンジします。人生なんてその繰り返し・・・「食事だって、食べてみなければ、美味しいかまずいか分からない・・・・歩かなければ、目的地には着かない・・・言って見なければ、分からない・・・・やって見なければ、出来るか出来ないかなんて分からない・・・」そう考えると「人生〓チャレンジ=反省=あきらめ=開き直り」の繰り返しなんだという事が分かると思います。それを繰り返して、人と言うのは、強くなれるのです。だから、怖がらないで自分で思った事にチャレンジして見る・・・そうすると、胸につかえていたものもとれるはず物事にチャレンジできるのは、生きているうち・・・やるだけの事をやってみようわたしは、みんなに強くなって欲しい・・・
2004年05月05日
コメント(11)
今回のみなさんのGWはいかがだったでしょうか?わたしのGWは、悲惨なものでした・・・GWの為にお金を下ろしてきたのにガスの集金に来られてしまって、おせっかく卸して来たお金を集金に払ってしまって、GW初日まだ、残金4000円分も残っていたバスカードを落としてしまい何処にも出られなくなってしまいました。 後2日の我慢・・・ 普通、残金4000円分も残っていたバスカードを落としてしまったりすると、とても落ち込みますが、わたしの場合こう言う時いつもの「発想の転換」と言うのが役立ちます。「お金は、下ろさなかったと思えばいい・・・」「バスカードは、残金100円か10円くらいしかなかったんだと思えば落ち込まなくてすむ」とこんな具合に・・・ わたしは、今、障害年金生活ですが、今、アイアーム(本館・参)を通信販売しています。障害年金生活をしているからと言って、何もしなかったなら障害年金だけでは、食べていけないし、お金は、入って来ません。 お金って「おあし」って言う言葉を知っているでしょうか?お金って使えば歩いて行っちゃうけど何かをすれば歩いて来る事もあるのです仕事をすれば、お金が歩いてくる・・・・宝くじを買えば、もしかしたなら、当たるかもしれない・・・自分が何か行動してれば心配無いと思います・・・そう思って今、どうなるか先の事は分からないけれど色んな事にでも挑戦(チャレンジ〓行動)をしています。 バスカードを落としても、「あっ!バスカード歩いて行っちゃった・・・」その内また、歩いてくるよ・・・・わたしと言うのは、なんと言う楽天家なんだろうか? でも、物事を重く考えるより楽天的に考えたほうがいい・・・頭の中で考えているよりも何かする(行動に移す)事で、お金は、歩いてくるのですそれは、宝くじを買う事でも、何でもいいやってみよう・・・実行力ですわたしは、いつも楽天的に物事を考え、行動する・・・それが、絶対お金の為という考え方ではなくても・・・ 今は、なくても、お金は、「おあし」って言って歩いてくる時は、歩いて来るんだもんたまにヒス起こして出て行っちゃうこともあるけどね・・・「自分が動かなくちゃ何も始まらない失敗を恐れたなら何も出来ない」わたしは、何もしないで後悔するよりも、何かをやって、後悔した方がいい・・・それは、生きている証にもなるのだから・・・お金に変えられない事だもの ここは、楽天日記 楽天的にいこう・・・
2004年05月04日
コメント(8)
わたしは、静かなのが苦手でいつも、音楽をかけていないと気がすみませんこんな事をタマに思う事があります。「人から唄(歌)や音楽を取ってしまったならどうなるのだろう?」歌は、誰でも聞けます。耳の聞こえない人は?文字で・・・目の見えない人は?耳で・・・ 変かもしれないけれどわたしは、「僕らはみんな生きている」とか「アタックナンバーワン」の主題歌の歌詞「苦しくったって♪」のところと「ど根性ガエル」の主題歌の歌詞「根性根性ど根性・・・泣いて笑ってけんかして♪」のところが、大好きでタマに口ずさむ事がある・・・・それを聞くと「そうだよ今苦しくても、根性で頑張ればどうにかなるよ!」そう思う事ができるのです。 みんなそれぞれ、自分を励ます為に口ずさむ曲があると思いますが、「それが無くなったならどうなるんだろう?」と考えた事は有りませんか?わたしは、そんな事を考えると寂しくて悲しくなります・・・これは、わたしの考えなくてもいい事を考えてしまう・・・悪い癖 前、もう亡くなりましたが、河島英吾が、ビートルズの「ヘイジュ-ド」を何かの番組で歌っていた事がありました。その時、初めて「ヘイジュ-ド」の歌詞の意味を知りました。わたしは、今まで英語でしか聞いた事が有りませんでした。その河島英五も、もちろん英語で歌っていました・・・わたしは、その時まで「ヘイジュード」の意味もわからずいい曲だなと思って聞いていました。すると、画面の下にその歌詞が日本語で書いてあったのを見て驚きました。 『ヘイジュ-ド』 しっかりしろ くさるな 心を打ち開ければうまくいく ビクビクするなよ嫌な事は避けて通れ何もかも自分で背負い込むなよかっこつけたってつまらない自分を追い詰めるだけだ しっかりしろよすべては君次第だって事を忘れるなよ悲しい歌に浸ってないで君が彼女に心を開けばうまくいく 彼女には君しか居ない 彼女の心を掴めばうまく行く! わたしは、この詩を読んで、何故?あのビートルズが今も不滅なのか分かった気がしました。そして、この歌がきっかけで、歌の歌詞を気にしながら音楽を聞くようになりました。歌の歌詞と言うのは、口に出せない人生そのものだと思います。 人生にもドラマがあると同じく音楽にもドラマがある・・・その時の自分の心境を口ずさむ事で、励まされる・・・ですから、わたしは、苦しい時でも、悲しい時でも歌を忘れたない・・・歌や音楽と言うものは人にもっとも必要なもの・・・貴方の中にあるのは、どんな歌ですか? 歌や音楽で人は、心を癒されることもある・・・
2004年05月03日
コメント(12)
わたしの入院していた病院は、「てんかん専門」の病院でした。病院には、ラジオ体操用のステレオが置いてありました。入院していると身体がなまる・・・でも、外にはでる事が出来ない・・・そこで、思いついたのが、ディスコ・・・外出した時にディスコのレコードを買ってきてそのステレオでディスコを流し、病院で踊っていた事がありました。すると、案の定看護婦さんが、「やめなさい!」仕方なく病室に帰ったのは、いいけれどそれで、落ち込むわたしでは有りませんでした。今度は、カセットテープに吹き込んであるディスコ曲を流し、病室のベットをみんな端に寄せ、患者さん達を集め、踊りだしたのです。こんなに患者さんが盛り上がることは有りませんでした。そうなると看護婦さんも何も言えない・・・楽しい事をしてると発作はなくなるのです。わたしは、それを押さえつけようとする病院に猛反発しました。それには、看護婦さんも先生も何もいえなくなってしまった事がありました。ある日、病院の食事を何故か食べなくなってしまった患者さんがいました。でも、何も食べないと身体が悪くなるそう思ったわたしは、賄いのおばさんに厨房を借りておにぎりを作ってあげました。すると、とても、美味しそうにおにぎりを食べてくれたのです。こんな事病院では、出来ませんよねわたしは、患者なのに何しに入院してるんだろう???わたしの笑い声は、とても大きくて入院当時、みんなと話してて笑っていた事がありました。すると、看護婦さんに「ここは、病院なんだから静かにしなさい」と言われました。わたしは、病院だから静かにする・・・わたしは、15年間入院して来てもう、暗くなりたくありませんでした。笑うのも止められたなら、病気を治しに着てるのに余計病気になってしまうと言う考えでいました。普通の人でも笑うのを止めたなら病気になってしまいます。それなのに病人に「笑うな」と言う・・・でも、わたしは、そんなのは、無視しました。病院は静かに・・・それが普通?病気になると多くの人は、沈みがちになります。でも、これだけは、知ってて欲しい・・・これは、先日知ったのですが、笑うと体の中の免疫の中のナチュラルキラー細胞が、活発になってがん細胞をやっつけてくれるそうです。だから、みんなに笑顔でいて欲しい・・・みんなが笑顔になってくれる・・・ただそれだけでいい・・・わたしは、周りが、何を言っても・・・笑われてもいい・・・・普通にしてて体を壊すより、明るく生きていきたい・・・・一回きりの人生だもの
2004年05月02日
コメント(12)
わたしは、満二歳の頃40度の高熱を出し、脊髄の水(髄腋)をボロボロにされ、頭に熱のウイルスが入ってしまい、病院の先生に「20歳までの命」と宣告されました。その時の両親のショックは、すごいものだったと思います・・・先生のその言葉に絶句し絶望感で頭が混乱したと思いますそして、12年が過ぎ、他の病院で「これは、20歳までの命では無い」と言われた時の両親達は、張り詰めていた糸が切れたのでしょう・・・20歳までの命では無いと知ってから両親は、「ホッ!」疲れが出てしまったのでしょうそれから、わたしを心配する事がなくなりました。両親は、12年間「いつ死んでしまうのか?」と心配で、心配で仕方なかったと思います・・・でも、トウの本人は、けろっとしてて、「人間いつかは死ぬ時がくるんだ」などと、あっけらかんとしていたものですから、みんなあきれ果ててしまったのではないでしょうか・・・そんなわたしからここで、ちょっとアドバイスを・・・人は、困難や病気の前に立つと心の病気になりがちです。心の病気に成ると言うのは、疲れるもの・・・わたしは、疲れる生き方は、したくありません。だから、行動にうつす・・・やるだけの事は、やってみよう やって見なくちゃ分からない心配ばかりしていたなら「頭に火がついちゃうよ」すごく心配していたことが案外「ナ~ンダ!」っていうこともあるのですから・・・気持ちを大きく持って「なるようになるさ!」と思う事も必要な事です。時が解決してくれる事もあるのです。逆転の発想を持つ事も大切だと思います。わたしは、自分がいつ死ぬのか?などという事は、考えないようにしています。10回も死と生をさまよい本当は、この世に居ない人間だったのかもしれないんです・・・奇跡的に命を取り留め生きている・・・だから、あまり心配と言う事で、頭を悩ませないようにしています。今まで疲れる人生を送ってきたから・・・心配事は、誰でも持っていますでも、ほっておくのもひとつの手段・・・あまり自分を疲れさせないで・・・わたしは、両親が、すごく疲れさせてしまったからできるだけ、誰にも疲れて欲しくない・・・心に余裕を持って生きていって欲しい・・・
2004年05月01日
コメント(10)
全26件 (26件中 1-26件目)
1