不定期にかかってくる酩酊状態の夫からの電話だけが情報源だったので不安は昨晩から今朝にかけてピークだったかもしれない。
退院しても会話もままならず、フラフラと出歩かれては
どうするべきか。
夫が落ち着いて家にいてくれるのであれば最悪私が稼ぎに出れば良いが、それすら出来ない状況になってしまったら詰んだな、と考えていた。
本当にそうなってしまったとしてもなんとかはなるし、
なんとかはするつもりではいる。
元々ないならないなりに工夫してやればいいという考えなので、そうなったらまた考えよう。
だが息子や義母の事を思うと胸が痛んだ。
夫が今のままなのか、というのが一番気にかかるところだ。
呂律の回らない口調で独り言のようにボソボソと喋る姿はまるで別人だ。
夫と話をしているはずなのに寂しさが増幅するばかり。
昨晩最後に
「うちの茶色いヤツのこと、覚えてる?」とLINEを入れていたが既読がつかないまま朝を迎えた。
そして今朝
「陽に会いたい。
いうえるうちに会えるかなぁ?」
これは、、、今までの会話と少し雰囲気が変わった。
まだ後半は謎単語だけど、、
「生きてるうちに」かな?
あと数日で退院できるよ!と返信を返すと
「仕事はねーかもしれねーけど。」とまたつっけんどんな返信が来た。
内容はともかく明らかに昨日までとは違う気がした。
「まだ入院して一週間しか経ってないから大丈夫だよ。」と一応フォロー入れた。
そこから返信はなく、仕事の始まる頃にまた電話が掛かってきた。
「今日行くね。
着替え持っていくけど他何かいる?」
「・・・ふりかけ。のりたまかゆかり。」
あ、今普通っぽい会話してる、と思った。
だが声のトーンは相変わらず低い。
「膵臓の経過はどうなの?お医者さんはなんて?」
「明日退院。」
「あれ?金曜日じゃなかった?」
「・・・金曜日だった。」
「退院はするけど、石を砕く手術?はするんでしょ?
他院紹介してもらって。」
「・・・しない。」
「あれ?そうなの?」
「そんな1000万もかけてやりますかっての!!」
そして電話を切られた。
う、うーん。
なんとなく昨日よりは会話になるけど
思い込みが強いというか、
色々ちょっとずつ間違った情報を思い込んでいる感じだ。
ちなみに膵石を砕く機械を調べたら10〜20万くらいのようだったので、金額も思い込みだったのか?
それに発言がネガティブな感じ…。
鬱っぽくなっているのか?
それが午前中のこと。
午後の昼休憩を少し後ろ倒しにして面会に行った。
正直会ってもまた会話にならなかったら、と思うと
恐怖を感じた。
個室に入ると窓際に椅子を置いて座りながらスマホに目を落としている夫がいた。
その横には点滴が置いてある。
「おつー。着替え、持ってきた。」
「・・・そこ置いて。」
全くアガらないテンションで一言だけ。
スマホに視線を向けたまま。
く、暗っ。
「ご飯は食べられる陽になった?」
「・・・」
その時、ガラっとスライドドアが開いて
「どうされました?」と看護師さんが顔を覗かせた。
夫がナースコール押したのか?
「…風呂、入りたいんすけど。って、言ったんすけど。」
「あーお風呂?今からだと14時半か16時だけ空いてるけど…、予約した?」
「してない。」
「入る?」
「入るたい。」
「わかった!14時半で予約入れとくね!」
どうやら私が来る前にやりとりしてたのか。
風呂か。
いつぶりに入るんだろうと聞いてみたら
「毎日入ってる」とは言うが、
この数日間は意識ほぼなかったんじゃ?
「入れたの?」
「入れた、、てない。けど体は拭いたる。」
たまに言葉おかしいのと、
やっぱり記憶にところどころ誤認識がありそう。
また違う看護師さんが部屋に入ってきて
担当だと挨拶してくれた。
そのまま夫と会話をしつつ手際良く点滴の管を外してくれた。
そうか。お風呂に入るからか。
よくよく考えると私来たとこなのにお風呂行っちゃうの?
…なのだが、それもまだイマイチ意識が回っていない証拠なのか。
そんなにはかからないと言うので部屋で待っていることにした。
部屋は個室なのでウロウロしながら待っていると
「呼びました?」とまた看護師さんが入ってきた。
いや、、夫は風呂だし、私は呼んでません、、、。
適当に会釈すると看護師さんは戻って行った。
どゆこと?!?と部屋を見回して理解した。
入り口前に段ボールのようなものが床に貼られていて
それにはコードが繋がっており、
それがナースコールに続いていた。
ははん。
夫が勝手にフラフラ出歩きでもするのかと
ひとりで納得してしまった。
これを踏むとナースコールが鳴るのか。
それだけ夫がフラフラしてたんだろう。
ご迷惑をおかけして申し訳ない、、、。
それからまたしばらく
夫が座っていた椅子に腰掛けて待っていると
さっぱりした夫が戻ってきた。
「さっぱりした。」
心なしか声音もさっきよりハッキリしたような。
それから持ってきてと言われていたが
持ってくるのを私が忘れてしまった
ふりかけを一緒にコンビニに買いに行った。
デザートコーナーで足を止める夫。
チョコレートに手を伸ばした。
「あれ?もう食べていいの?」
「・・・ダメ。食べたい。」
普段甘いものなんて食べない人だ。
さすがに食べたい欲求が出てきたんだなと思い、
つまりそれは生きてるって事だからと
見ていて嬉しかった。
それからも「りんごが食べたい」とか
スティックのチョコバーを眺めていたりとかして
結局ヨーグルトドリンクを購入。
あとはふりかけとマンガ本。
そのマンガ本というのが寿司職人の話のようだった。
…あ、食べたいのか。苦笑
なんだか笑ってしまう。
まだいつもの夫からすると口数は少なかったが
動きが少しおぼつかないのと、
あまり周りが見えていないような言動はあるものの
昨日までの明らかにおかしい感じとは違い、
意思を感じられる時もあったのでホッとした。
部屋に戻る時も手前の個室に入りそうになったりと
やはりどこかで認知のズレがありそうだったが
「そこだったっけ?」と問いかければ
「あ、違った。」と返ってくる。
夫を部屋に届け、私は仕事もあるため帰る事にした。
「あのドアのやつ、踏むと看護師さん来るんだね。」
帰りがけに何気なくそう聞くと
「…俺がどこか行こうとすると、5人くらい、着いてくるんだよ。囚われの宇宙人みたいだ。」
少し口角を上げて笑ったように見えた。
あ、笑った。
その会話を聞いて安心できた。
夫は大丈夫。
ちゃんと戻ってくる。
帰り道で、
自転車を漕ぎながら渡った橋の下を流れる川は
日の光でキラキラ光っていた。
昨日までの鬱鬱とした気分が晴れた気がする。
そしてまた夕方。
息子と出かけに見た夕日は先週見たものとよく似た色をしていたが、先週に比べると晴れやかな色合いに感じられた。
世界の見え方がまるで昨日と違う。
このまま明日が来て、
そして来週には元通りの毎日が待っている事を願うばかりだ。
快活な夫に戻ってきてほしい。
まだ何も終わっていないけれど、
長い一週間だったな。
金曜日。(入院9日目) 2025.05.16
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