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「しろ」さん
rururu77さんみなさんからの励ましコメント、とても嬉しく読ませていただきました。
ありがとうございます。返信する余裕がなくて本当にすいません・・・
父の状態ですが、先週の日曜に主治医から 「かなり厳しい状況です」 と言われ、その日から母は泊り込むことになりました。
透析は毎日となり、酸素吸入はめいっぱい、点滴で血圧を上げて、やっとやっと呼吸ができている感じ。胸が苦しいと訴える父になにもしてあげることができず、病室にいても本当につらくて・・・
何か喋っても、入れ歯をはずしているし、酸素マスクもしているため、全然わからなくて。でも、「ばあちゃんは?」 と母を探す声だけはしっかりとわかります。
そして最初に告知を受けた 「早ければ2週間」 のちょうど火曜、朝の回診で腎臓内科の先生が病室に来られて、私を病室の外に連れ出し、とても言いにくそうに、でもはっきりとおっしゃいました。
主治医の先生とも相談したのですが、今の状態では透析に耐えられません。透析ができないことや血圧が薬でやっとコントロールできていることなど考えて、もうこれ以上期待できないと思います。残念ですが・・・
いよいよ覚悟のときが来たと思いました。妹とは、これまでもいつどうなるかわからないから、私たちだけでも覚悟はしっかりしておこうね、と話していたけど母にどう説明しようか、悩みました。
でも、それとなく話をすると母も、こんなに苦しんでいるのはかわいそうだから、もういい。と言います。ちょうど発表会後で仕事も休みだったので、病室で母と一緒に最後となるかもしれないこの日を、ずっと父の側にいました。
なぜかこの日はずっと起きていて、いろんなことを話しています。ほとんどがよくわからないのだけれど、祈る仕草をしながら 「助けてください」「負けてしまう・・・」(病気に)「家族葬考えて」そう言いながらも「まだまだ死なん!」と言ったり。
夜もかなり苦しがっていました。神様はこんな目にあわないと楽にしてくれないのか、とも思ったりしました。明け方何時間くらいかなぁ、少し眠っていたのでこのまま・・・なのかな、と思っていたんです。
それが・・・
目を覚ました父は、「なんだか楽だ」 ってはっきりした言葉で言って、目もぱっちり!!
それからはあれよ、あれよと、どんどん状態がよくなり、この日つまり水曜の午後には、胸の苦しさはすっかり取れ、酸素濃度も少なくなり、血圧の薬も減り、次の日透析できるかもしれないところまできたのです。
なんだか信じられない回復力で、家族も先生もびっくり。病室にやってくる看護師さんたちもみなさん一様に驚いています。なにがおこったんでしょう・・・
意識がしっかりした父が言うには、ベッドのまわりに黒い亡霊がいたので追い払ったんだとか。カラスもたくさんいたのでそれも追い払ったんだと・・・今は、誰もいないし何もいない、頭の中もすっきりしていると言います。
話している言葉ははっきりと聞き取れるんです。今までわからなかったのは、入れ歯の問題ではなかったんですね。
それにしても、こんなことってあるんですね。
水曜は、疲れている母を家に帰し、私が泊まりましたが、夜も苦しむことなく時々だるくなる体をさすってあげるくらいでした。
そして今日現在は、絶好調。
まだ酸素マスクはしているし、体を起こせるわけではないけれど、血圧の点滴はなくなったし、なんといっても声のはりが違う!笑顔も見せてくれて病室に笑い声が聞こえるようになりました。
お気に入りの看護師さんと嬉しそうに話している様子は、まるで元気だったころの父そのものです (笑) 若くてかわいい女の子が大好きですからね~
主治医からは、なんとか土俵ぎわぎりぎりのところをふんばってくれましたね。次のステップに行けるかもしれません。と言われました。
私はすもうより野球のほうがわかりやすいので、野球でたとえるけれど、9回裏ランナーなしから一発で同点にしてなんとか延長戦にもちこんだ・・・というところでしょうか。
これからもたくさんピンチがあるだろうけれど、がんばってふんばって守りきって、再試合までいけたらなぁ。
病気が治ったわけではないけれど、あのまま苦しいままでお別れしなければならなかったかもしれないことを考えると、ほんのしばらくの時間かもしれなくても、この穏やかなときが持てたことは感謝しかありません。
それに、「こんなに楽しい人だったんですね」って病室に来てくれる何人もの看護師さんたちから言われて、本来の父を知ってもらえることが嬉しくて。
あの苦しい状態の父しか知らないままなんてあまりに悲しいもの。
延長戦の期間ができるだけ長く続くことを願いながら、家族全員で父を支えていこうと思います。