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2009年10月03日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

「宋書」 とは4~5世紀のことが書かれた中国の国史です。

ここにも「旧唐書」や「隋書」のように、

この頃の日本のことが紹介されています。

あの有名な 「讃・珍・済・興・武」 と呼ばれた 「倭の五王」 です。

この倭国の五人の王が、西暦421年から478年まで、

当時の中国(宋)と交わした外交が記録されています。

そこには、 ざっとこんなことが書かれています。

「『私たち倭国は国家統一するために、

 周囲の野蛮人たちをやっつけてきました。

 そしてだいたい平定することができました。

 だから親分である中国から将軍の称号がほしいんです』

 という倭国の要望に対して、それぞれ5人に将軍の称号を与えた」

まーこんな感じの内容です。

ではそれに対して、日本の文献である日本書紀では、

この5世紀のことをどのように書いているんでしょうか。

書記では讃・珍・済・興・武などと呼ばれた天皇はでてきません。

この時代は仁徳天皇や雄略天皇などのことが書かれてるんですが、

名前も一致しないし、その説話にもほとんど共通点がありません。

宋書を読む限りでは、当時の倭王は外に向かって

戦いに明け暮れていたイメージなんですが、

書記にある天皇の説話は、内政に力を入れたり、

王家内の内紛を主に書いています。

何の先入観もなく、5世紀のことを書いた

宋書と書記を読み比べてみると、

まったく別のことが書かれていると感じるはずです。

では、その文献的事実を「定説」では どう解釈してるんでしょうか。

次回それを追ってみます。

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最終更新日  2009年10月03日 18時13分54秒コメント(0) | コメントを書く


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