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2009年10月04日
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カテゴリ: カテゴリ未分類

5世紀の倭国のことをつづった宋書倭国伝と、

日本書紀に書かれた倭国の内容はまったく一致しない。

前回書いたことですが、

では「定説」ではこの事実矛盾をどう解釈してるんでしょうか。

・・・・・

なんとこの矛盾に言及している研究書は ほとんどないんです。

では5世紀の研究書ではどんなことが書かれているんでしょう。

それは「倭の五王」がどの天皇に当てはまるか、

この議論に終始しています。

しかもその当てはめ方が実に悲しい・・・

およそ学問とは言いがたい方法です。

どんなかっていうと、

まず5人目の「武」。

この男は22代雄略天皇(大泊瀬幼武/オオハッセワカタケル)

であることは間違いない。

そうほとんどの学者が言っています。

だからそれからさかのぼって、

「興」は21代安康(穴穂/アナホ)

「済」は20代允恭(雄朝津間稚子/オアサツマノワクコ)

「珍」は19代反正(瑞歯別/ミズハワケ)

「讃」は18代履中(去来穂別/イサホワケ)

に当てはめています。

ところが問題が起きるんです。

これを精査してみると、

宋書と日本書紀に書かれている年代が、

特に「讃」についての年代が合わないんです。

そこで次に考えられた説(那珂通世氏)は、

「讃」を16代仁徳に当てはめることでした。

しかし今度は系図が合わない・・・・

これに対する学者の言い訳は、

「宋書では親子と記載されているが、兄弟と間違えたんだろう」

など、自説の都合で原文改定をしています。

最初に上げた「讃」=履中説はもっとひどい。

年代が合わないことについては、

「もともと中国史書は当てにならないので、 単純に年代を間違えたんだろう」

そうアッサリ切り捨てているんです。

おいらトリムは信じられな~い!

本来文献学の基本は、

原文改定をする際には、厳密な文献批判を繰り返す必要があるのに、

それをまったくせずに、自説の都合だけで改定を行う・・・・

しかも学者の多くが認めている前提、

「武」=雄略、

この根拠も実に脆弱なんです。

やっぱり年代が合わないんです。

しかも26年も・・・

それを井上光貞氏などは、

「年代的にはだいたい一致するのである」と。

よくもシャーシャーを言えるモンだと感心しちゃいますよね。

26年といえば一世代の違いがあるんですから。

要するに学者たちは、

「宋書に書かれた倭の五王は 大和朝廷内にいる」

これをまったく疑っていないんです。

さて5世紀の中国の宋王朝も、

倭国=大和朝廷とは認識していなかった。

宋書からこのことがわかりました。

では真実の倭国はどこにあったのか?

このヒントはこの宋書に書かれていました。

次回そこに迫ります。

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最終更新日  2009年10月04日 16時24分27秒 コメントを書く


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