『椿三十郎』を観るのは三度目だ。初めて見たのは、銀座の並木座。二度目は、黒澤明監督が死去したときにビデオで。
そして、9年ぶりにDVDで再見したという訳である。
いまさらいうまでも無いが、やはり、黒澤明は傑出している。まぎれもなく、偉大な映画作家の一人といっていいだろう。
実際、彼を師と仰ぐ、フランシスフォード・コッポラ、スチーブン・スピルバーグ、ジョージ・ルーカスの三人や、その他大勢の黒澤崇拝者が束になってかかっても、黒澤明の前には跪くしかあるまい。
それぐらい黒澤作品の活劇性は、ずば抜けている。どの作品も黒澤明にしか撮れない映画なのだ。
今回、『椿三十郎』を観直してみて、あらためて黒澤明の卓越した演出力とシナリオの完成度の高さに舌を巻いた。
もちろん、黒澤明の代表作に何を挙げるかは人によって異なるだろう。
『七人の侍』を挙げる人もいるだろうし、『羅生門』を挙げる人もいるだろう。また、『生きる』を挙げる人もいるはずだ。
だが、黒澤明の時代劇を観たことのない人に、おすすめは?と問われれば、僕は迷うことなく、『椿三十郎』を挙げる。
98分という上演時間の短さ。軽妙なテンポと笑い。黒澤映画の入門にはもってこいだと思う。
『スター・ウォーズ』を好きな人になら、その翻案である『隠し砦の三悪人』を薦めてみるのもいいかもしれない。
現代劇なら、『天国と地獄』。この作品を観れば、『踊る大捜査線』の中で織田裕二がなぜ、「天国と地獄」と呟いたのかわかるだろう。
薄暗い社殿で密談を交わす若侍の「やっりだめか?」から、大あくびを欠きながら、彼らの前に突然姿をあらわした三船敏郎演じる椿三十郎が、「盗みぎぎってのはいいもんだぜ。岡目八目、話している奴より話の本筋が良く見える」といって若侍たちを驚かす場面までの省略のきいた無駄の無い台詞と絶妙なカット割り。
そうすることで物語と人間関係を説明し、躍動感とサスペンスを醸し出す。
一瞬のうちに観客を惹き込む鮮やかな導入部は、何度観ても素晴らしい。非のうちどころが無いのだ。
映画監督やシナリオライターを志す若い人には、この巧みな語り口はとても良い手本となるに違いない。
隣の暗闇からヌッとあらわれた薄汚い浪人に、最初は全員が警戒感を抱き、立ったまま話をしていたが、浪人の話に説得力を覚えた数名の若侍が無言で座る。
説明的な台詞を言わせず、浪人と若侍の関係性の変化を視覚的に説明してしまう旨さ。
このシーンに限らず、画面における人物の配置と出し入れが絶妙なのだ。加えて、人物の造形も魅力的である。
若さと正義感には溢れているが、知力に欠ける若侍九人。
機略、才知に富んではいるが、人間的にギラギラしすぎた浪人、椿三十郎。
そんな三船敏郎演じる浪人が、かっては自分にもあっただろう若侍の純粋さに打たれ、「十人だ!」と叫び、九人の若侍に的確な指示を与えていくさまは、とにかく痛快だ。
そのほかにも、城代家老の奥方と娘が干草に寄りかかり、「ああ、気持ちいい・・・」と感に堪えぬ声を洩らすなど、黒澤映画に登場する女性としては極めて珍しい典雅な風情が、映画に彩を与えているし、捕らえられた小林桂樹演じる侍が、押入れを出たり入ったりする様は、観ているだけで可笑しい。
しかし、この作品の最大の美徳は、98分という上演時間の短さにある。
凡庸な、映画監督や脚本家であったなら、軽く2時間を超えたであろうこの作品を、黒澤明と菊島隆三、小国英雄という名脚本家三人は、見事に凝縮してみせる。
テレビ局が製作する、どこを切っても金太郎飴のような弛緩したフィルムではなく、切れば鮮血が飛び散るような緊張したフィルム。
観客は、そんな活劇性を娯楽作品に求めているのである。
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