広大な麦畑と丘陵。どこまでもつづく長い、長い一本の道。
その道は主人公の少女チャン・ツイィーと最愛の夫である小学校の先生との四十年以上にもおよぶ真っ直ぐな愛の象徴である。
その一本の道には、彼女の喜び、感動、笑顔、涙、悲しみが散りばめられている。
悲願の新校舎建設を目前にして、最愛の夫が急死してしまう。悲しみに暮れる彼女は、夫を担いで帰りたいと頑なに言い張り、息子や村長をてこずらせる。
古くから村に伝わる、仏さんが家路を忘れないように担いで帰るという、現在では廃れてしまった風習に忠実でありたいからだ。
なぜなら、家路=一本道は、彼女にとって亡き夫との人生そのものだからだ。
彼女の顔に刻まれた見事な皺が、幸福で充実しきった人生を物語る。
そんな年老いた妻の姿を映したモノクロの導入部分が、カラーに変わり回想シーンへと遡る。
緩やかな丘陵の一本道を馬車がやってくる。
黄金色に輝く草原を羊の群れが駆けていく。色鮮やかな風景に、可憐で、初々しいあどけない顔の中にも芯の強さを秘めたチャン・ツイィーのクローズアップが挿入される。
馬車に乗ってやってきた先生を、まるでおとぎの国から王子様が現れたかのような感覚で見守る彼女の心は、幸福感で満たされ笑顔が弾む。
若い先生と瞳が合い、顔を赤らめた少女は、一瞬にして先生の虜となる。
そしてまた、我々もはにかんで俯いた彼女の笑顔に一目惚れしてしまうのである。
笑顔の彼女が、振り返りながら、
背中を可愛く揺らし、家路へと向かう姿を観ているだけで、我々の心は洗われ、暖かな陽だまりのような気持ちに包まれる。
彼女のまわりには、甘酸っぱいレモンの香りが漂っているのだ。
先生に一目惚れをしたその日以来、彼女の瞳は、彼を見つめるためだけの物となる。
彼女は恋のハンターとなったのだ。
初恋を成就させるための一途で強烈な想い。
火傷しそうなくらい熱くて純粋な恋心には、気まぐれな愛の女神も応援せずにはおれないだろう。
先生に食べてもらいたい一身で作った料理の数々。そのどれもに彼女の全霊がこもっている。
先生が、家の遠い子供たちを送って帰ると知った少女は、途中の一本道で待ち伏せる。
その健気な恋心が、やっと先生にも伝わり、「あの子は誰?」と生徒に尋ねる。
「先生が、名前を聞いたよ!」と茶化す生徒の声に、ポケットに手を入れ、三つ編みの髪が弾む肩を小さく揺らし、うつむいて返って行く少女の後姿が輝いて見える。
だが、彼女に小さな不幸が訪れる。先生が町へ呼び戻されたのだ。
初めて先生を食事に招いたときに、彼から、「赤い袷に良く似合うよ」といわれ赤い髪留めをプレゼントされた少女は、先生の大好物のきのこ餃子を瀬戸物の器に入れると、町へ行く先生を乗せた馬車を何処までも追い駆ける。
我々観客の間に合ってくれという祈りも空しく、少女は、丘陵の坂で転び瀬戸物を割ってしまう。そして、髪留めをなくしたことにも気付く。悲しみに暮れるチャン・ツイィーの涙は、スクリーンをも濡らしてしまう。
来る日も、来る日も、彼女は先生を待って長く延びた一本道に立つ。彼女にとっては、地球のはてまでもつづいているような長い道に思えたことだろう。
吹雪の中。朝靄の中。少女は待ちつづけ、そして立ちつづける。
見ているものは、胸を締めつけられ、早く帰ってきて!と心の中で叫ばずにはいられない。
無理がたたり、彼女は高熱を出して倒れてしまう。
知らせを聞いた先生は、無断で町を離れ、村に戻る。
翌朝、学校から、国語を朗読している先生の声が聴こえて来る。
彼女は、朗読する先生の声が大好きなのだ。
少女が、喜び勇んで学校へ駆けつけたのはいうまでもないだろう。
それから、四十年余。夫婦となってからも一日も欠かさず、彼女は朗読を聴きに学校へ足を運んだのだ。
清らかで爽やかな愛。一途で熱い愛。
誰もが憧れる理想の初恋を、四十年以上のながきに渡って貫き通した奇跡的な、夫婦の愛の物語である。
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