トトロ だいえっと日記

トトロ だいえっと日記

2005年04月08日
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今日は仕事(特に午前中)を休めなかったので、とりあえずそれだけは済ませて、早退して医者に行った。よりによって、かかりつけのノブテル先生が休診だったので、近所の呼吸器科に行く。とりあえず、風邪の症状だけで、喘息の発作が起きるような兆候は見られなかったので、ほっとして帰宅する。

家で、布団の中に入ってテレビを見る。今日は、ローマ法王、ヨハネ・パウロ2世の葬儀が、バチカンで執り行われる日である。夕方のニュースで、その映像を見ながら、心の中で法王に別れを告げる。洗礼は受けていないけれど、子供の頃教会に通っていた経験のある私にとって、法王は心の中で常に身近に感じる存在であったのだ・・・
遺体は、サン・ピエトロ寺院の、歴代法王の眠る地下霊廟に、埋葬された。

法王はポーランド人であった。法王就任後半年後に、最初に書かれた遺書には、「私の葬儀はポーランドで行い、ポーランドに埋葬してほしい」とあったらしい。後に、それは書き換えられた。法王はバチカンに埋葬される、という慣例に従ってのことらしいが、それを新聞で読んだとき、私は同じポーランド人で、パリで亡くなったショパンのことを連想した。

ショパンはポーランドを出国後、二度と母国に帰ることが出来なかった。ロシアの圧政に反対したショパンは、パリのロシア領事館への出頭を拒否し、ポーランドのパスポートが失効してしまったためである。つまり、彼は政治的亡命者でもあったのである。
そのため、彼は父親との再会も、チェコのマリエンバードでしなければならなかったのだ。

しかし、彼は生涯その胸に祖国ポーランドへの熱い思いを抱きつづけていた。ポーランドの民族音楽である、ポロネーズ、マズルカを生涯作曲し続けたのは、彼の祖国に対する愛情の表れに他ならない。

人それぞれ、意見は分かれると思うが、私自身はショパンの白鳥の歌は絶筆となったマズルカヘ短調作品68-4だと考えている。

実は、マズルカというのはポーランド舞曲(マズル、オペレック、クヤヴィアク)を総称して、ポーランド以外の国で用いられた言葉なのだ。(便宜上、総称のマズルカを用いるが)この、作品68-4は、そのうちのクヤヴィアクに該当する曲である。


写真でしか見たことがないが、自筆譜の筆跡は乱れ、最後の気力を振り絞って楽譜をしたためたのが、見て取れる。生涯の最後に、母の故郷の舞曲を、残る力のすべてを搾り出すようにして書いた、マズルカヘ短調作品68-4。音楽の完成度からすれば他に候補があると思うが、私にはこの曲こそがショパンの白鳥の歌に他ならない、と思えてならない。

ショパンは死後、その心臓だけが故国ポーランドに帰国した。その心臓は今、ワルシャワの聖十字架教会に眠っている。

もしかしたら法王も、そんな形で帰国したかったかもしれない・・・





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最終更新日  2005年04月09日 20時47分07秒
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