1

アニメ「ONE PIECE」の主題歌で知られる歌手・大槻マキの公式サイトが29日に更新され、28日に上海・西岸ドームアートセンターで開催された「バンダイナムコフェスティバル2025」のパフォーマンス中に歌唱を中断したことを報告した。 事務所スタッフによる報告で「11月28日(金)、11月29日(土)『バンダイナムコフェスティバル2025』」と題した文章をアップ。「このたび、11月28日および29日に上海・西岸ドームアートセンターにて開催されている『バンダイナムコフェスティバル2025』に関しまして、28日のステージにつきましては、パフォーマンス中ではございましたが、やむを得ない諸事情により急遽中断せざるを得ない状況となってしまいました」と伝えた。 「また、29日の出演につきましても、同様の事情により中止となっております」と説明。「出演を楽しみにお待ちくださっていたファンの皆さまには、急なご案内となりましたことを深くお詫び申し上げます。何卒ご理解賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」とファンに謝罪した。 「バンダイナムコフェスティバル」は2023年から毎年開催されているイベントで、「ガンダム」や「ワンピース」など日本の人気アニメのキャラクターを集め、アニメソングを歌う日本人歌手によるライブが予定されていた。28~30日まで開催予定だった。【スポーツ報知ネット版から引用】 政治と文化は別、のはずなんだけど、あの国は一緒なんですよ。だから、あの国がらみのイベントはこういうことになることも想定していなかったのかな。所詮は共産党一党独裁の国だから、文化は政治によって左右されるものと考えれば、あの国との文化交流は危険が伴うということですね。あの国にも日本の文化を理解してファンが多いだろうし、楽しみにしている人たちもたくさんいるでしょう。でも、あの国の政府やキンペーの命令でそういうこともできなくなる、なんとも残念ですね。 それにしても、パフォーマンス中に突然強制終了なんて、演者に対して失礼な話ですよね。こんな室血をされるのであれば、演者としても「あの国にファンがいるのはありがたいけど、あの国にはかかわりたくない」というのが本音かもしれませんよ。これを機会に、全世界のアーティストの皆さんがあの国におけるライブなどを見直すきっかけにしてほしいと思っています。 それから、本文にはありませんが。映画の上映についても中止になっているようですけど、これもあんな国で上映する必要なんてないよね。
2025年11月29日
閲覧総数 41
2

今日は金曜日、カレーの日ということで、今日食べた家のカレーです。 今日はカレーの他に、サラダとつみれの入ったスープもつきました。 サイドメニューが多くていいでしょ。おいしくいただきました。
2025年11月28日
閲覧総数 94
3

昨日紹介した水間鉄道では、1990年まで使われていたのは501系と呼ばれる車両でした。 この車両は、南海電鉄で使われていた1201形でした。南海電鉄では1973年に使用電圧が600Vから1500Vに昇圧した際にそれまで使われていた1201形が水間鉄道へと移籍しました。1201形は1934年から1944年まで製造され、まだ当時は車齢30年程度だったこともあって移籍したのでしょうね。 1990年に現在使用されている1000系(導入当時は7000系)導入に伴い引退しましたが、一両だけ保存されています。 これが一両残された501系の553号です。すっかりボロボロになっていますね。雨風と天日にさらされているから・・・。 この553号は南海時代は1240号、水間鉄道に移籍して510を経て制御車化されて553号となっています。 車体には、かつての水間鉄道のマークも残されていました。 この553号は1944年に製造された車両ですが、その後の更新で窓はアルミサッシになっているようです。 保存といっても屋根か何かしてくれたらいいんですけどね。 南海の名車だった1201形は、南海から福井県の京福電気鉄道(現・えちぜん鉄道)とこの水間鉄道、それと南海電鉄の路線と直接つながっていない貴志川線(現・わかやま電鐵)に移籍しましたが、すべて廃車されてしまいました。残されたのはこの553号と貴志川線で使われていた1202号の二両だけ。そのうち1202号は保存されていた京都府の加悦SL広場が2020年3月限りで閉園、1202号はどのようになったのか不明となっていますので、この553号が唯一残った名車ということになります。 現状はボロボロですけど、うまく活用してくれたらいいなぁと思いました。
2023年01月29日
閲覧総数 337
4

今月15日は七五三ですね。もうすでにお参りされた方も多いかと思われますが、私のところは先月末に行ってきました。奈良には橿原神宮や大神神社など有名な神社がありますが、私は実家のある大阪・堺市の大鳥大社へ行ってきました。 ところで、七五三では女の子はきれいな着物で着飾って華やかなんですが、うちはそこまでしませんでした。男の子っていうのもあるんだけどね。また、10月にお参りするとまだまだ七五三のにぎやかさはなくて、神事を待っている人はなくてすぐに御祓いをしてもらいました。ちなみに、神事って身が引き締まる思いでしたが、子どもたちはどうだったのかな? 写真は子どもがいただいたものです。千歳飴がないって思われるかもしれませんが、この写真を撮る前に食べられてしまいました・・・。PS.今夜と明日の更新は行いません。17日にがんばって更新いたします。
2006年11月15日
閲覧総数 742
5

今日、家族で買いものに行ったスーパーで北海道物産展(大げさなものじゃないけど)をやっていました。今年北海道へ行っているのに、こういうイベントは大好きで毎回用がなくてもグルリとみてしまいます。そんな中でいつも探しているものは、サッポロクラシック(北海道限定のビール)と表題の「源助さんのパン」です。今回はその源助さんのパンについてです。 源助さんのパンは、(株)北海道村という会社が製造している菓子パンなんですが、あまりなじみはないですよね。私は北海道へ行くときの新日本海フェリーの売店でよく買っていました。道内では売っていたかもしれませんが、とりあえず今年北海道へ行った時に立ち寄った新千歳空港には売っていませんでした。 このパンの特徴は、表面がちょっとしっとりしていてほんのりと甘く、中はパサパサなんですがそれが何とも絶妙なんですよ。 ↑ 源助さんのパン 牛乳パンです この源助パンとの出会いは90年に初めてフェリーに自分の車を乗せて北海道へ行ったときのことです。当時は舞鶴から小樽まで約30時間かけて航行していました。船内での楽しみといえばひたすら寝ることなんですが、やはりそうしていてもお腹は空く。でも、若い時は北海道へ行くのに必死でお金の余裕のない貧乏旅行ですから、なるべく安く上げるために缶詰やインスタントラーメンでごまかしていました。 そんなときにフェリーの売店で見つけたのが、この源助パンでした。同じ食事ばかりで飽き飽きしていたときだったので、間に合わせに買ったこのパンが私の味覚にぴったりとはまりまして、あわててもう一つ買い足しに行ったくらいです。それ以降も北海道へ行く時には、まずフェリーに乗るとすぐに売店でこのパンを買い込みました。もちろん、帰りもね。 新婚旅行で北海道へ行った時もそれ以降に行った時も買い求めましたが、今年行ったときには見かけませんでした。売店の係りの人に聞いたところ、今は置いていないとのこと。船での楽しみがなくなってなんだかがっかりしてしまったのですが、まさかスーパーでみつけることができるとは・・・。 ところで、この源助パンは楽天市場でも買うことができるようですが、私の好きな牛乳パンのみ買うことができないようです。同じ源助パンシリーズの他の味のパンもセット販売となっているのです。他のパンの味は、まぁ普通の味ですからね・・・、そこが困ったところなんですわー 北海道物産展の中では意外と見かけないかもしれませんが、もし見かけたらお試し下さい。~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~PS.食べてみました。 ちょっともちっとした食感が懐かしい。北海道へ行くフェリーの中で食べていたのを思い出します。 貧乏旅行だったけど、楽しかったなー このパンは下の子どもも大好きで、パクパクと食べていました。
2006年10月09日
閲覧総数 1413
6

先日、私が東京から帰ってきた日に、妻から驚きの話が。 「サンバーのルームミラーが突然落ちた・・・。」ルームミラーって、普通は落ないものだけど、って思いながらみてみると、両面テープで止められていたルームミラーが・・・。とりあえず様子をみてみると、こんな感じでした。 ルームミラーをとめていたネジが見えますね。 落ちてしまったルームミラーです。 さて、どうするか。このままでは運転できないということだし、そもそも車検も通らないだろうしね・・・。ちなみに、私の場合は、ルームミラーがなくても運転できますが。っていうか、デリカのリアガラスには、カーテンをとりつけていてルームミラーから後ろは見えません。見えなくても、サイドミラーで運転できますし。 こんな時に役に立つのが、ネット情報。「サンバー ルームミラー 脱落」で検索してみると、私と全く同じような症状になってしまって、このように修繕したという話が複数掲載されていました。 おぉー、全国のサンバーファンのみなさん、ありがとう! その貴重な意見を参考にして、修繕することにしました。 それによると、まずは車体側に残ったネジを取り去ることから始まります。このネジって、まさかの「プラネジ」なんですよ。プラネジだから、熱などで劣化してきたんでしょうね。っていうか、こんなところにプラネジなんか使うか? このあたりが富士重工の変なこだわりだったりします・・・。 ただ、このプラネジ、なかなかしぶとくて取るのにかなり時間がかかりました。プラスのドライバーを突っ込んで、無理やりひねるまくって取りました・・・。 プラネジの取り去ったあとの状況です。ここに再びネジを差し込んでルームミラーを取り付けます。その新しいネジとは・・・。 これです、普通の「さら小ネジ」。大きさも、このM8×25のピッチが1.25のものです。家の近くのホームセンターにはなかったのですが、大きなホームセンターで見つけました。 こんなネジで取り付けられるのかを、って思いましたが、サンバーファンの方の書き込みにはこれで取り付けられるとのこと。半信半疑でやってみました。 なんと、ぴったりとつきましたよ! これで二度と落ちてくることはないです。っていうか、富士重工も、最初からこのようなネジでつけといてくれよ・・・。ちなみに、今、新車で販売しているサンバーは、ダイハツで作られているハイゼットのOEMなのでこんなことはないだろうけど、富士重工で最後までつくられていたサンバーも、もしかしたらプラネジだったのかな? とりあえず、きちんと復活してよかったです。
2015年05月11日
閲覧総数 3870
7

22、23日と和歌山方面へ出張でした。最近は日が長くなってきましたね。そのため、仕事が終わって乗車した南海本線のみさき公園駅でフラッと下車して、みさき公園駅から多奈川駅を結んでいる南海多奈川線に乗って見ました。 この路線はかつては沿線の深日港と淡路島並びに四国を結んでいた航路があって、その利用客のために南海難波駅から直通の急行が運転されていることもありました。でも、航路の泉佐野港への移転(その後廃止)に伴って直通の急行は廃止され、線内のみの折り返し運転となりました。私自身はこの線を利用して深日港からフェリーに乗ったことはありませんが、車で深日港まで来てフェリーには乗ったことがあります。 なお、この線は終点の多奈川にあった軍需工場への輸送を目的としていたようです。 前置きが長くなりましたが、みさき公園から多奈川行きに乗車、終点の多奈川ではなく、深日港で下車しました。↑ 広々とした構内はかつての利用客の多さを物語っているのでしょうか↑ 臨時改札だったでしょうか? 深日港駅構内は広くて、かつての利用客の多さが感じられましたが、駅前はとても寂しかったです。 なお、駅前には古い木造の旅館もありましたが、今も営業されているのでしょうか。かつてはここで宿泊して淡路島や四国、大阪や和歌山へ移動していたのかもしれませんね。↑ 深日港から深日港駅を見る ↑ かつては船乗り場のあったところです かつては商店街だったんでしょうね その後、歩いて多奈川駅ではなく、ひとつ手前の深日町駅へ。「深日町」という名称は1944年以前のこの辺りの名称で1955年に周辺の自治体が合併して現在の岬町になったそうです。↑ 国道26号線に面している深日町駅、高架駅となっています 深日町駅は交通量の多い国道26号線に面しています。そのためというわけではありませんが、高架駅となっていて特徴的なアーチ橋を見ることができます。 また、この深日町駅にはかつて計画されていたのか多奈川線の複線化のための跡をみることができます。↑ 線路の右側にもホームがありますが、元から使われていないようです。国道26号線をまたぐ鉄橋も同様 深日町駅も元々長い編成の車両が運転されていたので、ホームが長いです。 また、高架駅のために町を見通すことができます。遠くに関西電力の多奈川第二発電所をみることができました。↑ 6両編成分の長さがあるようです ↑ 高い煙突は関西電力の多奈川第二発電所です ところで、この多奈川線を走っている車両は2200系と呼ばれる車両で、かつては南海高野線の橋本以南の急勾配を走るために1969年から作られた車両で、新しい車両の投入に伴ってこのような支線用に転用されたものです。表紙の写真にもあるように、2扉車の17mで2両編成で使うことができるためかこの多奈川線以外にも南海の支線で使われています。 ちょっとした時間であわただしく行ってみましたが、のんびりとした時間が流れているようで面白かったです。
2008年05月24日
閲覧総数 3359
8

先日、近鉄で移動した際に大和西大寺駅(西大寺)で特急の切り離し作業を見ることができました。列車の切り離し作業は、私が利用するJR王寺駅でも行われていますし、近鉄でも例えば近鉄大阪線の名張駅でも増解結されるのですが、特急を切り離すというのは初めてでした。 近鉄京都駅から6両編成の特急が到着しました。前の4両編成の1~4号車が橿原神宮前行き、後ろの2両編成のA及びB号車が近鉄奈良行きとなっています。向かって右側が橿原神宮前行、左側が近鉄奈良行きです。 接続されていた貫通路の幌が外されていきます。 車両の中に幌が引き込まれました。 きちんと幌が車体に収められました。 車両の貫通扉が閉められようとしています。 向かって右側の車両の貫通扉が閉められました。 左側の車両の貫通扉も閉まって、駅員が旗を降って左側の車両が後ろに下がる準備をしています。 旗の合図で下がっていきます。 左側の車両が少し下がって停車しました。 完了しました。 もちろん、左側の車両が下がる際には、安全のために客室用の乗降用の扉は閉められています。かつて国鉄時代は、意外と開いたまま作業しているのを見かけたことがあります。今では考えられませんけどね。 それにしても、こういう光景って私だけではなく、ほかの人たちも見守っていました。西大寺において一日どの程度このような作業が行われているかは知りませんけど、近鉄の場合は、近鉄京都から奈良、伊勢志摩方面への特急が運転されていますから、この西大寺だけでなく、八木でも行われていると思います。また、タイミングが合えばみてみたいと思います。
2017年04月22日
閲覧総数 1149
9

今日は、堺の私の実家の引っ越し作業の立ち合いに行きました。母親が住んでいたのですが、施設に入ったことから実家にある荷物やタンスはすべて不要ということで、先日来撤去作業を続けていました。そして今日、業者に入ってもらって撤去作業を開始しました。母親は物持ちがよく、押し入れなどに大切に保管していたのですが、今となってはすべて不要になったということでなんだかとてももったいないのですが、それも仕方ないということですよね・・・。業者の方では、今日はまとめて持って帰っていますが、もしかしたら使えるものと判断すれば整備して使うのかな、わからないけど。 ところで、タンスなど大物は明日撤去することになりました。 これらのタンスは、私がまだ大阪市内のあびこに住んでいた時からのものです。 長年使っていたタンスだからいろんな思い出があります。 私は結婚してこの家を出ていますが、たまに帰ってきてこれらのタンスを見ると、なんだかホッとしたような感じかな。「いつもそこにあるもの」だったからね。 これを明日運び出すわけですが、私の両親が1972年に引っ越してここに設置して以来、動かすことはなかったのですが、ついに動かすことになるんですね・・・。どんな景色になるんだろうか・・・。 ところで、仏壇もありましたが、仏壇は家具扱いではないということを言われました。新しい仏壇はすでに購入して私の家に設置しましたが、実家で使っていた仏壇の措置をどうするか。そこで、私の家にある仏壇を購入したお店に相談すると「引き取ります」とのことでしたので、夕方にもっていきました。引き取り費用はかかりましたが、引き取ってもらえてよかったです。この仏壇も結構いい値段した記憶があるんですけど、引き取ってもらうときに運んでくれたそのお店の人、「これはなかなかいい仏壇だよな」と話をしていました。 母親に今回の引っ越しをどう思っているのかなぁということで、今日の夕方に施設へ行って母親に報告してその写真を見せてきました。しかし、「・・・」とあまり反応はありませんでした。そうなんです、最近あまり感情の変化がなくなってきているのです。ついこの間までは話もできたんですけどね・・・。だんだん弱ってきているようで、それはそれで心配です。
2025年11月22日
閲覧総数 129
10

年末年始が近づくにつれて、忘年会・新年会の話も出てくる時期になってきていますね。私の部署は日程調整中ですが、昨日は私が以前在籍していた部署の有志が集まっての宴会がありました。これはその当時の元上司のYさんが来年3月いっぱいで退職することから、Yさんに世話になった有志で集まってみんなで飲もうというものでした。 11人のメンバーが集まって、当時の仕事の話とかで大いに盛り上がりました。私は2009年から2年間Yさんと仕事をしましたが、その頃のYさんは年齢とともに性格が丸くなっておられたと思うのですが、私よりももっと前に一緒だったメンバーの話では、かなりきつかったらしいです・・・。それでも、当時を懐かしみながら有志が集まるということは、厳しいながらもYさんから受けた指導がよかったからかなって思っています。 参加したメンバーも普段なかなか一緒に飲みに行く機会がないメンバーもいたので、他愛のない話で盛り上がっていました(笑)。
2025年11月27日
閲覧総数 107
11

先月、東京で勤務していた時に休みをいただいて神奈川県藤沢市にある「ISUZU PLAZA」に行きました。ここは、あらかじめ予約をしておかないといけないのですけどね・・・。 最寄駅は、小田急江ノ島線の湘南台駅。ここから専用のバスで向かいます。バス停の行き先には「いすゞ」と書かれています。 やってきたのは、いすゞの観光バス、ガーラ。(写真を撮ったのは、ISUZU PLAZAですが) これで向かいました。 いすゞのマークです。古い車両にはこのエンブレムでしたね。いすゞはこのマーク以外にもありました。そういえば、私が子どもの頃は「ゞ」が「ご」に見えて、「いすご」だと思っていました。 早速見学に行きます。一階にはいすゞの歴史ある車両と最新の車両が展示されていました。 これは、いすゞが最初に作ったトラックの「ウーズレーCP型」。正確には東京石川島造船がイギリスのウーズレー社と提携して1924年に作ったものだそうですが、日本の自動車の歴史はトラックやバスから始まっているんですね。 いすゞの路線バスのエルガです。地元の奈良交通はいすゞの車両を多く入れているし、最近はいすゞと日野自動車がバス部門を統合してJ-BUSを作ったため、日野製であってもいすゞ製と外観も中も変わらないのが残念ですけどね・・・。 車内です。あまりにもお馴染みすぎるのですが・・・。 ノンステップバスが全国的に増えていますが、中扉から後ろへ行くにはステップがあるんですよね。 自衛隊に納入されているSKWです。ベースはGIGAかな・・・。 このSKWは、東日本大震災の時に海沿いの基地において浸水の被害があったものの、多少の修理ですぐに動いたとか。強靭な足回りとエンジン周りなんですね。 運転席にも座ることができました。 今は、自衛隊のトラックといえどもATなんですね。もちろん、PWも標準でしょうし。 ところで、屋根って幌仕様なんですね。もちろん、鋼板仕様もあるんですけど、幌仕様があるとは知りませんでした。 荷台部分は、こんな感じ。簡易な椅子もあるんですね。 快適装備は、エアコンくらいでしょうけど、これとて最近のものでしょうね。 もちろん、現行の車両も展示されています。 これは、小型トラックのエルフ。小型トラックの代名詞みたいなものですね。このクラスは、三菱のキャンター、トヨタのダイナがあります。他にも日産のアトラス、マツダのタイタンがありますが、これらはエルフのOEMになっています。 こちらは、中型トラックのフォワード。パッと見はエルフと同じスタイルになってしまいました。 先ほどのエルフもそうなんですが、フォワードも運転席に座ることができます。 ただ、小型トラックも中型トラックもATなんですね・・・。 運輸業界もMTでははやらないのかな・・・。MT車好きにはなんとも肩身が狭いものです・・・。 そんな中で気になる一台が。これはタイで販売されているmu-xというSUV車です。 堂々としたスタイルはいいですね。全長4850×全幅1860×全高1830とかなり大きいです。 なんとこの車、MTだったんです。やるじゃん、いすゞ! バックのギアの位置が1速の左上にあるちょっと特徴的なシフトパターンなのですけど、実際にクラッチ踏んで操作してみると、「やっぱ、MTだよな」ってMT乗りでも思います(笑)。 ちなみに、この車について日本での発売について質問してみたところ、販売予定なしとか。なんとも残念です。もう少しダウンサイジングすれば売れると思うんだけどな。ただ、MT車ということもあって「同じような要望はよくあります」とのことでした。 さて、2階には別の楽しい展示がありました。(続きはまた今度)
2018年04月04日
閲覧総数 884
12

私が仕事でよく行く姫路市内で、気になる広告のロゴを紹介します。スーパーマーケットといえば、一時期出店も多かったのが「ダイエー」ですよね。日本最初のスーパーマーケットなんて言われていて、プロ野球の球団を持ったこともありましたよね。その後は低迷してしまって、かつての勢いはありませんが・・・。 多く出店していたダイエーも、同業他社の競争に敗れて閉店に追い込まれたところもあるようでして、関西のどこへ行っても見ることができたダイエーの広告看板も、いつの間にか見られなくなりました。 この写真のように、閉店に伴いロゴマークを取り外したものの、うっすらと残っているのは珍しいのかもしれません。ホント、一時期は関西のどこへ行っても、オレンジ色のこのロゴマークを見かけていたと思います。今では、ロゴも変わってしまっていますね。 さて、この広告看板は、JR播但線の野里駅近くにありまして、「花の北モール」というショッピングセンターのものです。同センターのHPによると、1982年にダイエー花北店として開業、2002年に閉店したそうです。このような残り方をしている広告看板をみると、ちょっともの悲しいものですね・・・。
2014年08月28日
閲覧総数 2042
13

昨日、私の実家の引っ越し作業について紹介しました。昨日は、主に小物だったのですが、今日はいよいよタンスとか冷蔵庫など大物の撤去となります。これがなくなれば、部屋はドンガラ状態となります。今日も9時にリサイクルショップの人がやってきて、今日は大物があるということで昨日よりも1名増えて3名で対応されていました。 当初の予定では、一日で終わらないかもとのことだったのですが、順調に作業は進んで昼前にはすべての大物が運び出されました。特に昨日の写真にあった背の高いタンスが一番ネックだろうと思っていたのですが、上半分と下半分に分割可能だったことがわかり、またそれ以外のものでやや難儀するものはありましたが、なんとか完了。その後は、タンスなどを撤去した後の掃き掃除。長らくタンスの裏なんて掃除しませんでしたから、綿埃というよりも文字通り「綿」がたまっていました。これを掃除機で吸ったところでフィルターが詰まるだけということで、帚と塵取りを100均ショップへ買いに行ってそれで対応しました。 昨日の写真で紹介した部屋はこんな感じになりました。畳は50年の間に一度交換しているのですが、それでも25年ほど前だったかな・・・。だからタンスの載っていたところは色が違いますね。 亡き父や母がいた部屋もこのとおり。 台所もこんな感じに。 家族4人が食卓を囲んだこの部屋もすっかり物がなくなるとこんなに広かったかなぁってね。 ベランダ側から見るとこんな感じ。3DKという当時では比較的広めの規格の団地だったと思います。 前にも書きましたが、引っ越してきたのが1972年。当時は新しい団地ができると抽選があって、当時住んでいた大阪のあびこのアパートから少しでも広い団地へ、ということで亡き父もいろいろ抽選に応募していたんでしょうね。そして、その抽選に当たった1972年に引っ越してきて今年で53年。引っ越してきた当時は、この団地の周りはスーパーもなくて不便なところでしたが、その後スーパーはできて、そのスーパーはなくなってしまいましたが、高速道路のインターチェンジが近くにできて交通の便は格段に良くなりました。ただ、どの団地も同じかもしれませんが、高齢化が進んだこともあって、この団地も入居停止になっているということであとは現在入居されている方が退去されれば、解体される運命かもしれません。 部屋にはいろいろ思い入れもあったし、亡き父が快適に過ごせるようにということで、壁紙を張り替えたり風呂や水回りにも手を加えていました。そういうのを改めて見て、そしてそれらを撤去しながら家族のことを思っていろいろ対応してくれていたんだなと感謝しました。 これらの作業は、弟と一緒に作業しましたが、掃き掃除や拭き掃除を行って53年分の塵をきれいにしました。 作業が終わって弟と昼食に行ってから、墓参りをして亡き父に部屋に入っていたものを処分するとともに、53年間住んだ団地を引き払う報告をしました。
2025年11月23日
閲覧総数 116
14

28日に行われたプロ野球のドラフト会議で、巨人は中大・沢村拓一投手(22)の単独指名に成功した。空前の「豊作ドラフト」と言われ、中でも早大・斎藤、大石とともに沢村は「ビッグ3」として競合は必至とみられていた。それが、ふたを開けてみれば、沢村を指名したのは巨人だけ。情報の勝利ともいえるが、他球団関係者からは「ドラフト制度を形骸化させる」と懸念の声も上がっている。 本来、日本学生野球協会が定める規定により、沢村自身が希望球団を口にすることはできない。だが、今月8日、読売新聞系列のスポーツ報知が「関係者の話を総合すると」という書き方で「沢村の巨人に対する思いは強く、ドラフト会議で他の11球団から指名を受けた場合には、メジャー行きや浪人も辞さない決意を示しているという」と報道。他球団の指名を牽制するかのような動きに出た。 それでもまだ、他球団の中には沢村を強行指名する動きはあったのだが、とどめを刺したのはドラフト直前の26日に出た「米大リーグのヤンキースが沢村の身分照会を行った」という情報だ。これを報じたのは他のスポーツ紙だったが、巨人とヤンキースは業務提携している間柄。これで「巨人でなければメジャーも」という可能性が一気に高まり、他球団は途端に及び腰になった。 また、中大の高橋善正監督(66)も「嫌なところに当たって『どうですか?』と聞かれたとき、答えに困る。『なんで指名したんだよ』と言いたくなる」として、巨人以外からの指名を受けた際はドラフト当日の会見を拒否する姿勢を打ち出し、周囲を慌てさせた。この高橋監督も巨人OBで、「行きたいチームがあるのに、そう言えないのはおかしい」というのが持論だ。(中略) だが、他球団のプロ野球ファンからは「出来レースじゃないか」との批判が噴出。プロ野球関係者の間からも「メディアを使って希望球団を明かして、入団拒否をちらつかせるやり方は、実質的に逆指名と同じ。入札抽選制度の意味がない」と問題視する声が上がっている。 まんまと情報戦を制した巨人、意中の球団に引き当てられた沢村ともに大喜びのドラフトとなったが、今後はそのやり方をめぐって、新たな議論を呼ぶことにもなりそうだ。【産経新聞ネット版から引用】 まだ今年の日本シリーズがやっているときにドラフトなんて違和感ありまくりなのですが、昨日のドラフトでは意中の選手が取れた球団もあれば、3回連続してくじを外すという球団もあったりしてなかなかおもしろい結果になりましたね。 昔のドラフトといえば、故・パンチョ伊東さんの甲高い声で選択希望選手の名前を読み上げるというのがおなじみだったんですけど、最近は様変わりしていますね。それから、少し前には「逆指名」なんていう馬鹿げたルールもあったりしてホントわけわかりませんでした。もっと以前には「○○しか入らない」なんてゴネて浪人までした人もいたし、「空白の一日」なんかで入った人もいましたが、いずれも巨人の選手でしたね。 ところで、現在ではドラフトされる選手側から希望球団を口にすることはできないルールになっているそうで、これは逆指名のルールがなくなってからかどうかはわかりません。だから、「ハンカチ王子」とよばれた早大の斎藤投手をはじめ、ドラフト候補の選手それぞれが意中の球団はあったでしょうけどそういうルールを守っていたのがほとんどだったのです。 ところがそういうルールを守らないはどんな組織にもいるもので、しかもそういう風に仕向けたのではないかと思われるのが「自称・球界の盟主」の巨人なんですよね。自称・球界の盟主といいながら、ドラフトではこんなことばかりですよね・・・。本文にも書かれていましたけど、本人の口からはコメントされてないのかもしれませんが、こういう記事が表に出ると他の球団としては「競合するよりも・・・」って指名回避につながるし、仮に首尾よく指名できても逃げられる可能性だってあるわけです。 また、中大の高橋監督の「行きたいチームがあるのに云々」というコメントも、ドラフトがどういった経緯で導入されたのかわかっていないみたいですね。この人、完全試合も達成したプロ野球選手だったんですけど・・・。まぁ、「△△球団が希望です」っていうことはNGにしなくてもいいかもしれないけど、それがいろんな憶測を呼ぶことだってあるわけですから、ベストではないけど今のようなルールにしているんでしょうね・・・。 「プロで野球をするのだから、どのチームに入っても同じ」と思っているのですが、チームの状況はまちまちですし、横浜のようにチーム自体がなくなってしまうかもしれない状況のところもありますからね。社会人の選手ならある程度社会の動きというものもわかっているかもしれませんが、大学生や高校生ではどうなんでしょうね・・・。 まだ日本シリーズがやっていますが、来年のチームの状況がどうなるのか今から楽しみです。特にパ・リーグは面白くなりそうですね。
2010年10月30日
閲覧総数 6
15

今日は職場の忘年会で大阪・ミナミへ行きました。忘年会といっても決して贅沢なものを食するようなことはしていませんけどね・・・。 さて、その忘年会の会場で芸能人を発見しました。場所柄かもしれませんが、桂きん枝師匠と中田ボタン師匠がスタッフか関係者だと思うのですが、同じ会場で宴会をされておられました。そして、向こうが先に終わって帰るときに私たちのお座敷の前の通路を通るときに、きん枝師匠は私たちに気がついて会釈して通り過ぎました。私たちは拍手して見送りました。ただ、ボタン師匠はお連れの方と話していて、気がつかずに通り過ぎていきましたが・・・。 きん枝師匠はかつてトラブルがあって苦労されたそうなので、私たちのような素人にもあたかかく接してくれているのかもしれません。 それにしても、場所柄とはいえ、芸能人に出会えるとは思いませんでした。個人的にはあまり有名人にあったことはないんですよね・・・。だからちょっとうれしかったです。
2008年12月16日
閲覧総数 12
16

今年の長いペナントレースが終わろうとしているこの時期に、新聞のスポーツ欄には「戦力外通告」とか「引退」という文字が載っているのを見かけます。「引退」ならば、本人もやりきった感があると思いますが、戦力外通告はイコールその球団からクビ宣告ですからね。野球でずっとやってきた人にとっては、受け入れがたい現実かもしれません。 くしくも、今日は「俺たちはプロ野球選手だった」という番組がやっていまして、私にとっても懐かしい選手の今の状況をみることができましたが、なかなか現実は厳しいものですね。 プロ野球をやめて、現実を受け入れて「野球に見切りを付けるかどうか」ということが如何に早くできるか、その辺がポイントのように感じました。まだまだ自分はできる、これで諦めたくないという気持ちはわからなくはないけど、家族を養っていかなければならないのであれば、そうはいかないでしょうし。 私の亡き義父さんは、高校球児でノンプロの日本国有鉄道(国鉄)に所属していました。晩年の体型からは想像できませんが、瞬足巧打の外野手だったそうです。時代は1950年代、ドラフトなんかない自由競争の時代ですから、プロ野球からの誘いもあって、国鉄スワローズはもちろんのこと、阪神タイガースや阪急ブレーブスからも声がかかったそうです。 でも、プロへは進まずそのままノンプロのチームに所属し続け、野球をやめてからも国鉄に残ってある大きな駅の駅員を長く勤めておられました。プロへ行かなかったのは、プロになってまでやる自信がなかったのかもしれませんが、もしかしたら人生設計を考えた上で行かなかったのかもしれません。 すなわち、プロで大活躍できる選手はほんのひと握り。活躍できなくても、引退してコーチなどで残れるのもなかなか難しいとすれば、野球は好きだけど自分の生活を考えて、野球は仕事ではなく楽しんでやっていこう、という考えもありかもしれません。 まぁそうはいっても、せっかく小さい頃からプロ野球選手になって、大活躍することを夢見てきた人たちにそれを諦めろ、現実をよく見ろ、なんていうことも言えません。本人の進むべき道だからね。ただ、それがダメになったときには、少しでも早い切り替えが必要なのかな、って思いました。 ところで、今年はプロ野球の一時代を築いた選手が辞めていくのが多いなぁって思います。カープの前田選手、スワローズの宮本選手、タイガースの檜山選手、ライオンズの石井投手などなど。みんなすごい選手でしたよね。 また、戦力外になる選手は、この先のチーム編成やドラフト、トレードの結果によってさらに増えてくるでしょうから、プロ野球ファンにとっては複雑な気持ちです・・・。
2013年10月08日
閲覧総数 2
17

函館から札幌へは特急「スーパー北斗13号」で向かいました。 JR北海道のキハ261系です。 函館から特急で移動するのは初めてです。青函連絡船があった当時だったら、ここから札幌、釧路や旭川を経由して網走へ特急が運転されていたし、急行も同じ区間や稚内などへも運転されていたでしょうけど、今ではそんな面影はありません。 当日の切符です。 JR北海道の区間の利用ですが、購入したのは地元の王寺駅。だから、切符の地模様はJR西日本仕用となっています。 さて、北海道新幹線との接続駅である新北見北斗駅で新幹線からの乗り継ぎ客で車内はいっぱいとなりましたが、私の隣の席は札幌まで空いたままでした。札幌着は1753、函館から4時間もかかりました。車両は良くなってスピードアップされていますが、それでも4時間もかかるんですね。北海道って広いです。 ところで、函館駅には函館本線の起点となる0キロポストが駅構内にありました。 札幌市内では、札幌市電に乗車しました。写真の255は1961年に登場した車両で、昔の札幌市電の標準的な表情の車両です。古い吊り掛けモーターを響かせながら走っていました。 この写真は3303号、1999年にさらに古い車両の車体などを更新して製造されたもので、車体は新しいが音は古い吊り掛けモーターでした。札幌市電には新しい車両もあるのですが、私は鈍重な音を響かせて走る車両が好きです。 ところで、この3303号の正面の行き先表示をみていただくと、「循環」とかかれていますね。普通は行き先が書いてあるはずなのに、循環行きなのか? そうではなくて、札幌市電は路面電車では珍しい循環運転をしているんです。要するに大阪環状線や山手線のように「外回り」「内回り」というイメージですね。元々はそんなことはしていなかったのですが、2015年にすすきのと西四丁目の間を接続して循環運転ができるようにしたんですね。すすきのと西四丁目が近かったこともあるんでしょうけど、循環運転するようになって利用客数が増えているとか・・・。
2020年02月17日
閲覧総数 695
18

正月三が日の最終日は、子どもたちが「アウトレットに行きたい」ということで連れていくことにしました。アウトレットモールは、りんくうとかマリンピア神戸とかに行ったことはありますが、今回はお店の関係で「神戸三田へ行きたい」とのこと。かなり大きなところで混雑必至ということがネットに書かれていたので、8時に出発。高速を飛ばしていきました。だいたい1時間強で到着できるとのことだったのですが、高速道路の渋滞情報やiPhoneのマップ機能でのリアルタイムの渋滞情報で、高速を降りる予定の大沢ICから渋滞しているようなことが書いてあったので、手前の西宮北ICで降りて下道で向かいました。おかげで神戸三田アウトレットモール近くで渋滞しただけで、快適に向かうことができまして9時半くらいに現着しました。 天気が良かったし、三が日最終日ということもあって、かなり混雑していました。 子どもたちはお目当てのお店があるらしく、混雑状況を先に確認して行っていました。ただ、お店によっては入場制限をしているので、すでに長蛇の列になっているところもありました。 さて、私は特にほしいものがありませんでしたので、車に戻って休んでいました。 これは私が車を置いた駐車場です。ここは、アウトレットモールの横にあるイオン神戸北店の駐車場でアウトレットモールと共通利用となっていました。最初、私は立駐の方に置いていたのですが、出庫時に時間がかかりそうな気がしたので、この写真の駐車場に移動させました。移動させたときは、この駐車場の三分の一くらいしか車が停まっていなかったのですが、昼頃にはこの状況に。 アウトレットモールからもどってきた子どもたちは、この状況を見て「ユニバの駐車場みたい」っていうくらいの大混雑でした。 ここから車を出すのは、車を置いた場所の関係からすぐに出せたのですが、この駐車場近辺の道路は当然大混雑。でも、抜け道を駆使して再び西宮北ICへと移動、そこから高速で帰りました。おかげで中国道の宝塚の下りで恒例の渋滞にかかることもなく帰ることができました。 ちなみに、子どもたちはほしかったものがほぼ買うことができて満足したとのこと。遠くまでやってきましたが、大きな渋滞にかかることなかったのでそれはそれでよかったと思っています。 明日から普通に仕事、いきなり現実に戻されます・・・。
2022年01月03日
閲覧総数 104
19

阪神電気鉄道は2日、普通電車として1977年から阪神本線で運行し、「青胴車」の愛称で親しまれてきた車両5001形が近く引退すると明らかにした。国内最高水準の加減速性能を持ち、「ジェット・カー」とも呼ばれている。17日に「さよならイベント」として、同社の尼崎車庫(尼崎市北城内)で撮影会を開く。撮影会は有料、定員あり。 クリーム色と青の車体色が特徴で、77~81年に8編成32両を製造。駅間距離が短い路線で後続の急行系車両に追い付かれないよう、1秒ごとに時速4・5キロずつ加速し、同5キロずつ減速する。後継車両は乗り心地を重視して性能を抑えたため、現在も同社で性能を超える車両はないという。【神戸新聞NEXTから引用】 結婚して一時期阪神沿線に住んでいた私にとって、阪神のジェットカーは気になる存在でした。私が住んでいたのは甲子園ですから、いわゆる「赤胴車」の急行系の車両に乗ることが多くて、ジェットカーの青胴車はたまにしか乗らなかったのですが、本文にもありましたように「加速力」はすごくて乗るのが楽しみでした。加速するときにつり革がかなりの角度で傾くを何度も見たことがあります。また、運転席の速度計の針がみるみるうちにあがっていくのをみるのも楽しみでした。 阪神の駅間は間隔が短いところが多いので、「素早く加速・素早く減速」しなければ後からやってくる急行系の車両の邪魔になるからこのジェットカーのような性能が必要なんですね。 この車両がジェットカーの5000系。古くからの阪神顔の車両もこの車両が最後になってしまいました。ジェットカーは普通に見かけていたのであまりにも当たり前の存在だったのですが、このところ阪神を利用すると普通列車では新しい車両を見かけることが多かったので気にしていたのですが、ついに引退するんですね。 そういえば、阪神の車両は古くは四国の高松琴平電鉄へ移籍したり、車体だけ京福電気鉄道(当時)へ移籍することがあったのですが、この5000系はそのような話はなく、解体されてしまう運命なのでしょうね・・・。 近いうちに阪神に乗る機会があるのですが、タイミングよく乗ることができたらいいなあってね。
2024年02月02日
閲覧総数 766
20

今日は金曜日、カレーの日ということで例によって今日ではありませんが、今週食べたカレーです。これまた、何に代わり映えのしないものですけどね。 梅田の「ミンガス」のチキンカツカレーです。この日は、午後から出張だったので気合を入れるためにチキンカツカレーでした。 ところで、店内には懐かしい写真が掲げられています。この写真は、移転前の「ミンガス」の店内です。元々は、阪神電車の西改札口の東側(ちなみに地下鉄御堂筋線に近い方は東改札口)にあったのですが、大阪駅地下の改修に伴い現在の位置に移転しています。私自身「ミンガス」に行くようになったのは、1996年に結婚して阪神甲子園駅近くに住むようになってからなのですが、このお店の雰囲気は好きでした。注文してほどなくカレーがやってくる。しかもチキンカツも熱々なのがうれしかったなあ。そのパターンは今でも変わりませんけどね。
2024年02月23日
閲覧総数 70
21

今日は午前中はまずまずの天気だった奈良地方です。早朝に畑へ行ってじゃがいもの様子を見ると、新5号畝のじゃがいもが収穫できそうだったので試し掘りしてみると、いい感じでした。 あまり大きくないですね、数も多くないし。 こちらは、新6号畝。もう少しこちらは様子を見ます。雑草が多いですね、このあと撤去しました。 新5号畝の全部のじゃがいもを掘るとこんな感じでした。あまり数は多くないですね。 ついでにいうと、ハタネズミにやられたやつも・・・。この先、サツマイモを植える予定ですが、迷ってしまいます。 きゅうりもまずまずの状況でした。
2024年06月08日
閲覧総数 105
22

先日、久しぶりにJR阪和線の支線である通称「羽衣線」に乗車しました。羽衣線は鳳~東羽衣を結んでいる路線です。この線は、長らく103系の3両編成が運転されていたのですが、阪和線の車両統一かに伴い、223/225系化されただけでなく4両編成になりました。223/225系の編成単位が4両なので仕方ないのですが、わずか1.7kmの路線に4両編成は明らかに過剰なのですが、仕方ないですよね。 このように阪和線や紀勢本線で使用されている4両編成の223/225系が運転されています。一時期は荷物電車のクモニ143を改造したクモハ123が閑散する時間帯に1両編成で運転されていた時期もあったのですが、それと比べるとやはり過剰に思えてしまいます・・・。 なお、もともと3両編成分の長さしかなかったホーム長も4両編成分に延長されています。 このような短い支線にもロングシートではなくて転換クロスシートの車両なので、贅沢といえば贅沢ですよね。ちょっとお得な気分でした。 ちなみに、103系で運転されていた当時の紹介は、こちらをご覧ください。
2024年09月05日
閲覧総数 271
23

先日の九州鉄道記念館の続きです。 先日のブログにて紹介した関門トンネルを専用に運転されていたEF30の前に活躍していたのがこのEF10でした。関門トンネルが開通したのは1942年、その当時に活躍して性能も安定していたであろうこのEF10が使われたのではないかと思います。先日紹介したEF30もそうでしたが、海底トンネルという性格上、普通鋼では腐食が心配されるのでステンレス車体となっていましたが、このEF10も塗装はされていますがステンレス車体となっています。 電気部分は芝浦電機、車体などは汽車会社で製造されたプレートが取り付けられています。 その奥には、ED72が展示されていました。この車両は鹿児島本線などで客車列車をけん引するために製造されたもので、1号機は試作車となっています。このため、ヘッドライトに特徴があります。横から見ると車体が「くの字」になっています。要するに車体下部の方に向けて絞られているような感じです。 このED72は1961年に東芝で製造されたもの。赤い車体は交流電気機関車の特徴です。今のJR貨物でも交流区間を走る電気機関車には赤い色が使われていますね。 このED72が活躍している時代には、生で見たことはありませんが、九州の鉄道の歴史を語る上でも大事な車両なので、このように展示されているのはありがたいです。
2024年11月02日
閲覧総数 150
24

先月東京へ行った際に食したもの、お気に入りのものが多いのです・・・。 まずは、四ツ谷のたい焼き屋さんの「わかば」へ。ここは平日の水曜日が休み(日曜日も)ということで23日の祝日はあいているかどうか不安だったのですが、ちゃんとやっていました。休みの日ということもあって、この混雑・・・。でも、もっと並んでいることもあったかと思うので、迷わず並びました。だいたい40分くらいで買い求めることができました。 自宅用の他にこのお店で1ついただきました。 こんなに薄皮、しかも一本ずつを焼き上げるいわゆる「天然もの」、上品な甘さがいいですね。 ちなみに、先の写真にたい焼きの横にだんごがありますが、毎日午前11時から販売されているとのことで、タイミングよく買い求めることができました。残念ながら日持ちしないので、これは翌朝のデザートにしました。 秋葉原駅構内の「ミルクスタンド」にも行きました。日中でも混んでいるんですね。さすが東京だわ・・・。 Perfumuのライブが終わって大井町に戻りましたが、晩御飯を食べていなかったのでホテル近くの「丸吉飯店」へ。ここも人気店で、22時近くだったにもかかわらず並んでいました。 何とか順番が来て、カウンターの端っこでいただいたのがこれ。餃子と炒飯、ビールです。餃子は割と大振りだったんですね。大井町には魅力的なお店がたくさんあるのですが、このお店は私のお気に入りの一つです。 東京からの帰りは、やはりこれ、崎陽軒の「シウマイ弁当」です。東京の他の駅弁も試してみたいのですが、やはりこれに落ち着いてしまいます。 この日は「のぞみ79号」のグリーン車で帰りました。シウマイ弁当を食べながら、ビールをいただきながらゆったりと帰りました。
2025年10月07日
閲覧総数 131
25

ふらっと立ち寄った駅を紹介するこのシリーズ、第70回目はJR福知山線の柏原駅です。 「柏原」と書いて「かいばら」と読みます。 ちなみに、「柏原」という駅はこのほかに私がいつも利用するJR大和路線の「かしわら」駅、JR東海道本線の「かしわばら」駅がありまして、読み方が違うんです。 私はこの柏原へやってくるのは二回目かな、以前在籍していた部署の仕事でやってきて以来約30年ぶりです。 柏原駅は、なかなか特徴的な木造の駅となっています。この駅は、1990年に開催された花博(花と緑の博覧会)で使用された駅をここに移設したものです。私は今年開催された万博も行っていませんが、花博も行っていません(笑)。今年の万博は全く行く気がありませんでしたが、花博は行ってみたいと思っていました。しかも、職場のイベントの抽選でチケットが当たったにも関わらず、仕事などで結局は行くことができませんでした。当時まだ23歳、バタバタとしていてそんな余裕はなかったんかな・・・。 それはさておき、花博で使用されていた駅が移設されて活用されるのは、この柏原駅の他にこのブログでも紹介したことがあったかと思いますが、JR小浜線の若狭本郷駅もその一つです。 先日このブログで紹介した丹波の黒豆の枝豆は、こんな感じで販売されていました。お代は駅併設の喫茶店でお支払いしました。
2025年10月29日
閲覧総数 146
26

今日は、娘の出産が近いということでその準備のためのものをいろいろ買いに行きました。その中で、かつて私の妻が勤めていた某大手アパレル会社のお店へも行きました。その某大手アパレル会社は、モノが良くて娘がまだ赤ちゃんの頃もよく買っていたのですが、さすがにモノがいい反面高いのです。しかも、依然と比べるとかなり値段も上がっている。それでもやはり、気になるのはそっちということなんですね。 まぁ必要なものすべてをそのブランドで買いそろえる、なんていうことは今となっては無理なので、かなり吟味して買っていました。 ところで、その対応をしてくれたお店の方をみていると、私の妻もかつてはこんな感じで接客して、お客さんの要望を聞いてアレンジしていたんだろうなって思うと、なかなか大変な仕事をしていたんだなぁって改めて思いました。 今日はそんな買い物を朝から夕方まで行いまして、疲れました・・・。
2025年11月08日
閲覧総数 27
27

今日は、娘の出産が近いということでその準備のためのものをいろいろ買いに行きました。その中で、かつて私の妻が勤めていた某大手アパレル会社のお店へも行きました。その某大手アパレル会社は、モノが良くて娘がまだ赤ちゃんの頃もよく買っていたのですが、さすがにモノがいい反面高いのです。しかも、依然と比べるとかなり値段も上がっている。それでもやはり、気になるのはそっちということなんですね。 まぁ必要なものすべてをそのブランドで買いそろえる、なんていうことは今となっては無理なので、かなり吟味して買っていました。 ところで、その対応をしてくれたお店の方をみていると、私の妻もかつてはこんな感じで接客して、お客さんの要望を聞いてアレンジしていたんだろうなって思うと、なかなか大変な仕事をしていたんだなぁって改めて思いました。 今日はそんな買い物を朝から夕方まで行いまして、疲れました・・・。
2025年11月08日
閲覧総数 73
28

先日出張で行った綾部駅は、山陰本線と舞鶴線の合流する駅。京都からやってきた特急「きのさき」または「はしだて」と「まいづる」をこの駅で切り離し、あるいは併合します。ちょうどその作業をみることができました。 こちらは東舞鶴からやってきた特急「まいづる」号です。車両は287系、普段は閉まっている貫通扉がこんな感じで開くんですね。国鉄当時の485系だったら、ここで開くなぁっていうのがわかったのですが、最近の車輛は貫通扉が開くイメージが少ないからこんな感じなんだって思いました。 向こう側は天橋立からやってきた特急「きのさき」号。こうして連結することで「きのさき」から「まいづる」へ車内での移動ができるようになります。意外と行き来することはないと思うのですが、こうやって貫通路が使えるのはいいなぁってね。 ところで、久しぶりにこの山陰本線の特急に乗りましたが、JR西日本の在来線の特急は全席指定席というのが多くなっています。今回乗った特急「きのさき」では、その指定席券を持たずに乗ってくる客が多いこと。まず、私の座った席の通路を挟んだ反対側に外国人4人が2列にわたって座っていました。そこへ途中駅から乗ってきた客が切符を見せると、そそくさとほかの座席へ移動・・・。外国人だから仕方ないか、って思わなかったですね。駅のホームでの案内でも「全席指定席」って英語で書いているんだから、「分かってやっとるじゃろ?」って言いたくなりますね。満席だったらどうするつもりなんだろうってね。そんなのが外国人だけかと思ったら、日本人でも・・・。もうね、お前らわかってやっとるやろ! ネット情報でも、このようなパターンでトラブルになっているというケースもあるようですが、鉄道営業法により処罰するか、その列車からつまみ出しても文句は言えんわな。だいたい厚かましいんだよ、座席確保したかったら、最初から対応しろって! 話を戻して、この日は平日ということもあって空いていたので快適でした。天気だけが雨だったのが残念だったかな・・・。
2025年11月13日
閲覧総数 157
29

高市早苗総理の台湾有事をめぐる国会答弁を発端に、日中関係が急速に冷え込むなか、北京日報のSNSは20日、専門家の見解として、「両国関係の緊張が続けば、中国はパンダの新たな貸し出しを停止し、日本からはパンダがいなくなる可能性がある」と伝えた。 現在国内にいるパンダは東京・上野動物園のシャオシャオとレイレイの2頭のみで、来年2月、中国に返還される予定だ。【ABEMA Timesから引用】 「両国関係の緊張が続けば、中国はパンダの新たな貸し出しを停止し、日本からはパンダがいなくなる可能性がある」→ そうですか、それは仕方ないですねぇ~ そうとしか言えないですね、我が国が「パンダいないと絶対困る」という姿勢ならわかりますが、そうでもないんじゃないの? 確かにかわいいかもしれないけど、だからといってどうしてもいないと困るというわけではない。黒柳徹子さんは困るかもしれないか・・。 あの国としては、「パンダがいないと困るやろ、ほれほれ早よ例の発言、撤回せぇや!」と言いたそうですけど、我が国としては「別にいなくなっても困らんし、なにか?」ということでいいと思います。むしろ、あの国からレンタルされていると思うと、そんなもんいらんわっていうことでOKかと。 パンダも引き上げてもらうついでに、我が国で違法民泊や違法白タクやっているボンクラ共も引き上げてくれるか? 訪日を自粛しているんだったら我が国に滞在する必要ないし、訪日してこないんだから仕事もないわけで、犯罪に手を染められるくらいなら強制的にでも我が国からの退去命令出してくれたらいいんやで、キンペーよ。 ところで、あの国からは「訪日自粛」の指令が出ているわけでその影響も出てきているとのこと。でも、観光地であの連中を見なくて済むわけで、ちょっとは観光地が静かになると思うからいいんじゃない? そうなったら我が国にとっては願ったりかなったりじゃん。オーバーツーリズムも少しはマシになればいいし、特に京都市のバス利用客にとっては混雑が解消されたらいいなぁと思うけどなぁ・・・。
2025年11月21日
閲覧総数 124
30

今日は久しぶりに草野球の練習試合がありました。グラウンドがとれてもメンバーが集まらなかったり、雨で流れてしまったりして、今年はわずか5試合しかできませんでした。今日はそんな6試合目、桜ノ宮野球場で大阪ドリームズさんとの対戦でした。今日は11人の参加で、キャッチャーで出場。H12さんと久しぶりのバッテリーでした。 試合は、相手打線が好調で序盤から大量得点を取られ、またリリーフしたI5さんも追加点を取られました。ガゼルスは、相手投手の緩急つけた投球に翻弄されて、途中までノーヒットノーラン状態。最終回にY29さんやH12さんのタイムリーで3点返したのがせいいっぱい。結局12-3で負けました。私はキャッチャーでH12さんとI5さんをリードしましたが、全然ダメでした・・・。すみません。打つ方も全然ダメでしたし。 今年の試合はこれで終了、来年3月まで休止です。それまでは、メンバーと会えないのが寂しいかな。新年会は行う予定だし、3月までに練習しようとは話していますけどね・・・。【今日の成績】一打席目 遊飛二打席目 投ゴロ【今年の成績】10打数1安打1打点1三振2死球 打率.100
2025年11月24日
閲覧総数 97