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先日、このブログでも時々コメントくださる幹雄319さんとのアイボールを新横浜ラーメン博物館にて行いました。ここは昭和33年の街を再現したような作りになっていまして、当時はまだ産まれていないものの、その当時に制作された映画で見た光景が広がっておりました。その中からいくつか紹介します。
まずは、全景。空が薄暗いのは夕方をイメージしているのでしょうね。それがまた雰囲気を盛り上げています。
続いて映画の予告看板の数々。まずは、「地球防衛軍」。これは私は見たことがありません・・・。
ここには看板が二種類ありました。
出演されている俳優さんの名前が書かれていますが、佐原健二さんとか平田明彦さんといった名前が並んでいます。佐原健二さんといえば伝説の刑事ドラマ「西部警察」のラウンジのマスター、朝比奈さん役でしたね。平田明彦さんは、特撮における参謀役とか博士役がはまり役でした。
「大菩薩峠」「喜びと悲しみも幾年月」、こちらも見たことがないんです・・・。
「大菩薩峠」には片岡千恵蔵さんや中村錦之助さん、「
喜びと悲しみも幾年月」には高峰秀子さんや佐田啓二さんの名前が並んでいます。この時代の看板は、写真ではないけど迫力があっていいなぁってね。
「鳴門秘帳」、これも見たことがないなぁ・・・。
他の映画看板にも共通なのですが、監督の名前が入っているものが多い中で、この
「鳴門秘帳」は制作者の名前も入っています。永田雅一さん、そう「永田ラッパ」と言われた映画の大映の社長で、プロ野球大毎オリオンズのオーナーでもあり、野球好きが高じて私財を投じて東京スタジアム(東京球場)という球場までこしらえた人でしたね。
そんな映画看板の中で、私が唯一見たことがある(といってもテレビでですが)のがこの「嵐を呼ぶ男」です。ビデオやDVDでも借りたかな。この映画では、石原裕次郎さんや北原三枝さんといった後年夫婦となる方もこの当時は共演者だったんですよね。でも、私にとってはこの「嵐を呼ぶ男」に出演されていた芦川いづみさんがとても好きなんです。芦川いづみさんは、この映画で見たのが初めてではなくて「陽の当たる坂道」だったのですが、本当にかわいらしくてね・・・(笑)。初めて見たときには衝撃でした。その後藤竜也さんと結婚されて表舞台には出ることはなくなりましたけど・・・。
今の映画館は、座席が選べたりチケットを購入するのもネットが使えたりしますので便利ですけど、この当時は人気の映画ともなればチケット買うだけで長蛇の列だったのでしょう。売り上げたお金(特にお札)はりんごの木箱に入れて、それでも入りきれないから足で踏んづけながら入れていたとか、聞いたことがあります。映画が娯楽の大きなウエイトを占めていた時代なんですね。
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