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さすらいの天才不良文学中年
お金と人生 薩摩治郎八
マカオ・カジノ急伸
中国政府公認のマカオのカジノが本家である米国ラス・ベガスのカジノの売り上げを抜く勢いだという。
これには、二つ訳があるようだ。一つは、2002年に中国政府が対外開放を認めたことである。外国資本が参入し、ラス・ベガスのカジノ王、スティーブ・ウイン氏が840億円もかけたリゾート・カジノがオープンし、さらにマカオのカジノの経営権を取得した外資は既に5社に上るという。
二つ目は、中国本土からマカオへの個人旅行が解禁になったことだ。中国本土の膨大なチャイナ・マネーがマカオに流れているのである。ただし、個人客の多くは高級公務員で、汚職や横領で得た金が多くを占めているとの指摘もある。マネー・ロンダリングの温床になっているらしい。
数年前に香港経由でマカオに行ったときは、売り上げ急伸という片鱗は微塵もなく、うらぶれたカジノが多いという記憶しかなかったが、変われば変わるものである。
それに付けても、博打の魅力は尽きない。文明を飛躍的に発達させたのは、戦争(軍事力)とセックスというのが定説だが、ギャンブルもそれらに負けず劣らじであろう。しかも、マーケットはあの中国本土である。金襴緞子を飾ったど派手な鉄火場も現れたりして、世界一のカジノの街になる日も近いんだろうなぁ。
日本の個人金融資産
大前研一氏によれば、「欧米では、実質資産のピークは55歳から64歳で、その後は減少に転じ、死亡時に金融資産そのものはほとんどゼロになる。
ところが、日本の場合、年齢を重ねる毎に金融資産は増え続け、一人平均3,500万円を抱えたまま、あの世へ旅立つ」という。
その原因は、「漠然とした経済的な不安、お金の使い道を考えていない、ライフプランの欠如の3点」であり、日本人は死ぬまで貯蓄を続けると喝破している。
氏は、この塩漬けにされた1,500億円の個人金融資産をマーケットに流すだけで日本経済は再生すると説く(大前研一「心理経済学」)。
基本的には氏の云うとおりだろう。しかし、何故かそのとおりにならないのが、今の日本である。
おいらは思う。人間は何のために生きているのだろう。
端的にいえば、幸福になるためではないのか。金のために生きているのではなかろう。
しかし、身も蓋もないが、資本主義社会の行き着く先は金である。道具としての金に死ぬまで支配されるのである。それにしても、死ぬまで金を貯め続け、死んだときが一番の金持ちというのはどういう了見だろう。
残された身内のためか。だったら、子孫に美田を残すべきではなかろう。たかだか、3,500万円で子孫の人生をスポイルすべきではない。
かつての日本人は云っていた。
「命あってのもの種」、「死んで花実が咲くものか、生きているうちが華なのよ」と。
人間は一回しか生きられない。
心の遺産
東急東横線の沿線に住んでいる。
降車する駅にお寺があり、そこに標語が貼ってある。
定期的に貼り替えているのだろう、最近、目に留まったのが、次のアフォリズムである。
「分けても減らない心の遺産 他は三代食いつぶし」
一瞬、書いてある意味を考えるのに時間がかかった。
しかし、思わずその内容に唸ってしまった。解説は不要である。
西原理恵子は只者ではない
西原理恵子は只者ではない。
<只者ではない>と云うだけであれば、他の類似の自虐的な話しと差が無いだけだと思われるが、その質が違う。
西原女史は筋が通っているのである。自分の世界を持っているのである。だから、読後感が悪くない。むしろ、カタルシスを覚えるほどである。
さて、このサイン本「西原理恵子の太腕繁盛記(FXでガチンコ勝負!編)」の中身。
西原女史と元金融マンの青山氏がFX取引(為替相場)で討ち死にする話しである。
西原女史は自宅の隣地にアトリエを設立するための資金1千万をFX取引につぎ込む。
西原女史が博打を知っていると分かるのは、<経費などを貰ってその金で相場に手を出すのではない>からである。この相場に、命の次に大切な自分のカネをつぎ込んで見事に<はまる>のである。人の金を使って博打で負けても、何の感動もない。
このサイン本は、この過程をマンガにした奇書という訳である。
しかし、二人で、ん千万!をスル話し、やっぱ迫力あるわぁ~。
この本の教訓
二人が<はまって>大損を出したのに、西原女史は、
「(前略)株であろうがFXであろうがパチンコであろうが、基本はすべてバクチです。遊びのお金でやらなきゃいけないし、負けたら文句なしというのが基本。一千万負けちゃったけど、すごい楽しかった」(同書。83頁)
とある。
これで分かること。彼女は根っからの博打打ちである。おみそれいたしました。
薩摩治郎八というお大尽がいた(その1)
かつての勤務先の先輩であるKさんより聞いた話しから始める。
このKさんの知り合いで、現役の第一線からそろそろ身を引こうかという年齢の要職の方がおられた(写真上は、巴里日本館。Kさんとは関係ない)。
既に充分リッチな身分の人である。
Kさんがそのお方に「これ以上お金を貯めても遣いきれないでしょう」と話したところ、「いやいやお金の遣いみちはいくらでもありますよ。その気になれば、いくらでも遣うことはできます」と豪語されたそうである。
解説をすると、その知り合いの方は外資系の企業を渡り歩き、その世界では有名人である。
実はKさんからその話しを聞いて、おいらとKさんは顔を見合わせたのである。
いくらお金を貯めてもあの世には持っていけない。晩節で物欲に踊らされるのはみっともない。ま、そんな感じで二人は眉をひそめたのである。
この考え方は今でも変わっていないのだが、最近、薩摩治郎八(さつまじろはち。通称、「バロン薩摩」)に関する資料を読み漁り、世の中には全く違う物差しを持って生まれた人もいるのだと恐れ入った次第であり、書く。
薩摩治郎八は、1901年(明治34年)東京日本橋に生まれた。実家は糸偏で大儲けした木綿問屋である。後継ぎとなった治郎八は三代目である。
ここで「唐様で売家と書く三代目」の出番である。
これを直訳すると、没落して家を売るのに普通は単に「売家」と書けばよいのだが、風流の極みである唐様の書体で売家と書く、という意味である。
これはすなわち、初代が苦労して家業を興し、二代目がそれを軌道に乗せ、苦労知らずの三代目がその家を食い潰すと云う典型的なパターンである。
三代目は家業を専ら番頭に任せ、家業よりも趣味や女に没頭するのである。初代も二代目も風流には程遠いが、三代目は生粋の風流人に育つのである。
しかし、家業は没落し、三代目に残されたのは風流のみである。そこで、売家と書くのも風流が邪魔をして唐様で書くのである。江戸時代、文化の先端は中国であるから唐の字体を書くことは風流至極である(この項続く)。
薩摩治郎八というお大尽がいた(その2)
さて、その薩摩治郎八(写真)も三代目である。
鹿島茂氏によれば、蓄財された富が二代目や三代目によって食い潰されるときに文化が生まれるものらしい。
欧米の爛熟期の文化が花開いたのはそういう背景があったからこそであり、日本のようにけちなプチブルからは決して爛熟した文化は生まれない。
1920年代のヨーロッパ、ローリング・トゥェンティズ(20‘S)において、米国や英国から億万長者の二代目や三代目が花の都パリに結集し、親の身代を食い潰しているときに、東洋の一青年が10年間に渡って600億円を散財したのだから半端ではない。
単純計算すると、1年に60億円遣った勘定になる。おいおい、6億円ではないよ、60億円だよ、毎月5億円遣ったのだよ。
その一青年の名こそ、薩摩治郎八である。
まず、生まれた家が桁外れの金持ちであった。
薩摩治郎八は明治34年生まれである。当時は現在の税制と異なり累進課税ではないことから、一発商売を当てれば金持ちになることができたのだ。
つまり、富は集中したのである。そして、金は金を生む。畢竟、当時の実業家の財力は捨てたものではなくなると云う背景があったことを忘れてはならない。
さて、その薩摩家の初代の薩摩治兵衛である。
近江商人であり、江戸末期に日本橋の呉服屋に奉公した後、木綿商として独立した。
この初代が商売の鬼である。
上野の山に彰義隊がこもったときは一軒だけ店を開けて財を成し、西南戦争のときは木綿の払拭を見込んで買占めを行うなどして、巨万の富を築いたという。
この初代は働き続け、日本一の木綿問屋となる。しかも、倹約一筋の人生を押し通したので、二代目に身代を継がせるときは全国長者番付のベストテンに入っていたというからすごい。
結局、この莫大な金全てを一人で蕩尽したのが薩摩治郎八である(この項続く。なお、本稿は鹿島茂氏の「蜃気楼を追いつづけた男」(芸術新潮98年12月号)に負うところが大きい)。
薩摩治郎八というお大尽がいた(その3)
さて、二代目を継いだ薩摩治兵衛(襲名している)は専ら経営を番頭に任せ、自分はひたすら趣味の世界に没頭した。典型的な二代目気質である(下の写真は薩摩治郎八)。
一般的に二代目が親の跡を継いで商売の世界に入ると、親を超えようとして自滅する例が多い。
親を超えるのは難しいにもかかわらず(何せ親はカリスマである)、親よりも自分を誇示しようとして無理をするからである。
古くは武田勝頼が甲斐を滅ぼした例や、昭和の例でも息子に社長を継がせたダイエーが倒産するなどこの手の話しは枚挙に暇がない。ヤナセでも二代目社長を解任して初代の創設者が再び社長に返り咲くという事件があった。
だからではないが、二代目は初代の親父がやる商売のえげつなさを身近に見ているため、その反動で商売は現状維持で良しとし易い。つまり、金儲けには興味を示さなくなるのである。
反面、贅沢には慣れており、金の使い方を知るようになるのが二代目である。薩摩家の二代目も桂離宮に似た豪邸を建てたり、蘭の花や洋書を趣味とするようになる。
しかし、この二代目は趣味で身代を潰すほどの度胸は持ち合わせていない。親父と血の滲むような努力を見ているので、自然と放蕩に歯止めがかかるのである。
ここで特筆しなければならないことがある。
それは、二代目の妻、つまり治郎八の母も金持ちの係累だったことである。母は、両国の東京キャリコ製鐵会社社長の娘であった。
獅子文六は、「どっちかが、普通の家だったら、彼の生い立ちも、少しは変わったろうが、両方金持ちではかなわない」と本質をついている。
となると、これは、もう始末とか、辛抱とか、冗費の節約とか、おいらが幼少のときに叩き込まれた精神とは無縁の世界である。ましてや貧乏の意味などがお分かりのはずがない。
そうして、「猫に木天蓼(またたび)」というのであろう、治郎八の物心がついたときに、薩摩家の全財産がただ使うためのだけに目の前に現れたのである(この項続く)。
薩摩治郎八というお大尽がいた(その4)
では、治郎八はどう云う放蕩三昧をしたのだろうか(写真は「薩摩館」のフジタの絵)。
冶郎八は見事に薩摩家の富を散在し、彼の手元に残ったものは何もなかったのである。金を湯水の如く遣う、というのはこういうことを云うのである。
大正11年、冶郎八はパリ16区の高級住宅街に豪奢な住居を構え、カンヌなどのリゾート地を頻繁に行き来するようになる。
しかし、そこではただ金を遣うだけではない。本物の金持ちと云うのは、社交界で名が通ることである。冶朗八は欧州の貴族社会の中でも引けを取ることなく、車は銀製のクライスラー・インペリアルを特注し、妻(「マダム・サツマ」と呼ばれた)と共に披露し、カーレースで優勝するのである。
また、コクトーやイサドラ・ダンカンなどの文化人とも知己の間柄となった。
さらに、当時のパリで苦労していた日本人画家たちのパトロンにもなり、藤田嗣治や高野三三男(みさお)を支援したのである(ただし、佐伯祐三の絵は嫌いで支援しない)。
日本の芸術をパリに紹介するということでは、「修善寺物語」のパリ公演などの資金援助もする。彼が偉いのは、金は出すが口は出さない、である。どこかのタニマチとは違うのである。
また、フランス政府は留学生のための宿泊研修施設(パリ14区のモンスーリ公園に隣接したパリ国際大学都市に建設)を各国政府に働きかけたのだが、日本政府には金がないということでこれを渋った。
このため、西園寺公望の要請を受けた冶朗八はこのプロジェクトのスポンサーになって全額を出資し、「日本館」を建設するのである(昭和4年)。日本館は薩摩の名をとって「薩摩館」とも呼ばれることになる(写真下)。
この日本館にはフジタの絵も描かれており(写真一番上)、この絵に関連した幻の大作が92年に発見され、その修復が終了した後、日本でも2008年に展示がされたのは記憶に新しいところである。
なお、冶郎八は、後にこれらの活動によってフランス政府から「レジオンドヌール勲章」が与えられることになった。
結局、冶郎八はパリ滞在中に六百億円を散財し、残ったのはこの日本館だけである。
本当の金の遣い方というのはこういうのを云うのである。世のため、人のために金を遣うのである。だから、冶郎八のやったことはある意味で冨の再配分である(この項終わり)。
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