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青森弁とフランス語 本日は与太話し。 随分前だが、東北新幹線に乗って仙台に行ったときに直前の席の一人が小声で電話していた。 やれやれ東北の人間はデッキで通話するマナーを知らないのかと思っていたら、フランス語のようだ。ま、外人なら仕方がない、そう思っていたらその人物が立ち上がってどこかへ行ったのである。 日本人であった。ほう、フランス語かと感心していたら、まてよ、ひょっとしたら青森弁? 日本語は抑揚がないが(それに対し、米語はアクセントの強弱で話す)、それでも日本語は母音のアイウエオははっきりしている。ところが青森出身の寺山修司はサシスセソがはっきりしない。 サシスセソがどちらかというと、スススセソに聴こえるのである。これは東北が寒いので、口をしっかり開けなければならないサと口を横に開かなければならないシが口をあまり開けないので、サがス、シもスになると考えられるのである。 だから、スシはススとなる。チラシズシはチラシズスとなる。 で、フランス語である。 さすがにフランス語でサとシの発音がないとは言わないが、サとシを発音するときに控えめに発音するとフランス語らしく聴こえるのである。同時に、抑揚をつけないでボソボソと話すのがフランス語のコツである(ホンマカイナ)。 以上、おいらは昔からこのことが気になっており、誰か科学的にこのことを説明してくれる人がいないかのぅ~。
May 21, 2026
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一葉落ちて天下の秋を知る「一葉落ちて天下の秋を知る」とは相場の格言のことである。 株は、遠慮した方がよかろうとのサインのことである。 先月中旬、証券会社に勤務していた大学同期と飲んでいたときのことである。酒の上での与太話ではあるが、Tさんは株の現役選手であるし、その道のプロでもあるから飲む度に今後の株の見通しを聴くことにしている。 いつもは進軍ラッパを吹く彼が珍しく、「長期金利が2.5%を超えると株は手仕舞いした方がいい」とのご宣託であった。 おいおい~。株の教科書の「金利と株の相関関係」(注)を持ち出すまでもなく、彼自身が平然と手仕舞いするということには少々驚いた。 言わずもがなだが、長期金利とは、日本の場合、10年物国債の利回りのことをいう。その金利が彼のいう2.5%を超えて、現在は2.5%から2.8%までをうろうろしている。これは国債の暴落を意味している。 株は危険水域に入ったのだろうか。 そして、昨日、同じく大学同期のWさんからも米国の主要株式指数が軒並み低下したことや信用売り残の高値更新などを受け、株が下がるのではないかとのご連絡をいただくことになった。 おいらはそういうこともあって(こういうタイミングになると投資ではなく、投機(ギャンブル)に近くなる)、AI関連銘柄などを先週初めに手仕舞いし、当面の利確としていた。 今は、君子、危うきに近寄らずか。当たるも八卦、当たらぬも八卦。何のこっちゃ。(注)株価は、理論的には将来生み出す利益を、現在の価値に割り引いたものとして計算する。したがって、金利が上昇すれば割引率が上がり、将来の利益の現在価値(=株価)が下がる(株価に下押し圧力がかかる)。逆に、金利が低下すれば割引率が下がり、将来利益の価値が高まるので株価は上昇する。
May 18, 2026
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周囲のカープ選手も吸っていた 本日(26年5月15日)の広島地裁で元カープの羽月選手が「周囲のカープ選手も(違法薬物を)吸っていた」との重大証言をしたとの報道がなされた。 おいおい~。 この「他にも使用者がいた」という証言に、傍聴席は騒然となったようだ。ということは、カープ内に薬物が蔓延していた可能性もある。犯人探しが始まるだろうし、これではカープは野球どころではなくなるのぅ。 いや、カープだけではない可能性もある。プロ野球では数年前に「オンラインカジノ」でも不祥事を起こした経緯もある。 恐らくこの問題は当局が既に調査済みであり、その内、続報が出るのだろう。いや、それより先に来週の週刊誌がスクープするのか。 月並みだが、徹底的な事実解明とプロ野球界の自浄が望まれる。それがなければプロ野球に未来はない。
May 15, 2026
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死について考える 今週、大学同期のTさんが亡くなった。同じ年の同胞が亡くなるのは辛い。 辛い理由の一つに死が身近になったと気付くことである。人生の先輩が旅立たれるのはさもありなむ(歳を取ると人は死ぬ)だが、昨日まで一緒に酒を飲んでいた同年齢がないなくなるというのは、次はお前だということでもある。 今回の友人の死因は老衰なのだが(ただし、老衰に至る経緯があり、食事を取れなくなったことが副次的な要因のようだ)、調べてみると、老衰は死因第3位である。おいおい~。 最近の日本人の死因の順位は、1位・ガン、2位・心疾患、3位・老衰、4位・脳血管疾患、5位・肺炎、6位・誤嚥性肺炎、7位・不慮の事故らしい。 おいらの親父はガンで死亡、母は脳血管疾患の後に肺炎で亡くなっており、おいらは1位と4位と5位で死ぬ可能性が高い。もともとおいらには心疾患の可能性もあり、また、日ごろの酒の飲み過ぎで誤嚥性肺炎も怖い。最近、足腰が弱ってきているから、こけたりして不慮の事故の可能性もある。 だから、老衰だけは考えていなかったのだが、3位とは恐れ入った。しかし、考えてみれば老衰とは経年劣化のことだから、後期高齢者であれば皆がその予備軍である。 オトロシカバイ。 要するに75歳を超えたら、誰でも明日死ぬ可能性があるということである。 これは、Tさんがおいらに教えてくれたのである。彼の死を無駄にしてはいけない。生きているうちにやりたいことを後回しにせず、できるだけ後悔しないように生きろということである。 まだやり残したことが山ほどある。ありていに言えば、優先順位を付けて終活にはげめ、ということでもある。今日からはそう心がけたい。
May 13, 2026
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バカでも達者がよい「バカでも達者がよい(多少出来が悪くても心身共に健康である方がよい)」と昔から言われてきたが、後期高齢者になるとそれが身に染みる。 今年後半に紐育に行こうかと考えていたが、円安と世界情勢の不安から海外に出向くのはタイミングが悪い。それに米国はおいらが好きだった国とは真逆の国になってしまったので、躊躇せざるを得ない。 だが、それ以前に歳と健康はカネで買えないと心底思うようになった。 要するに、老後には健康(ある程度の健康で充分だが)が一番大切なのである。 なぜなら75歳を過ぎて(後期高齢者になって)から海外旅行をしようとしても、円安や世界情勢以前の問題として病気になっていれば物理的に無理だ。病気でなくても体力がなければ海外など行けるわけがない。 いくらお金があっても歳と健康はカネでは買えないのである。 逆に言えば、お金があるなら生きているうちに使わないとお金の意味がない。 大学同期のFさんが口癖とする「お前、カネを貯めてどうすんだ」というのは至言である。 バカでも達者がよい。達者であれば、やりたいことを今すぐにやるべし。カネはあの世には持っていけないし、カネで買えないものは多い。
May 11, 2026
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弱すぎて話しにならんわカープ この連休に横浜スタジアムに行ってきた。 無論、カープ観戦のためである。思い起こせばおいらが球場に出向いてカープ観戦をすると、これまで7連敗(昨年と一昨年を通じて)である。 今年の皮切りも負けると8連敗となるが、二年越しとはならんだろうと筋金入りのカープファンであるS氏とハマスタに足を運んだ。 試合開始早々、つまり、カープが先攻でノーアウト満塁となり、4番の坂倉が一振りすると打球はライトスタンドに吸い込まれた。これをグランドスラムと言い、カープは1回表で4対0としたのである。 生きててえがった、えがった。ビールが進む! しかも、本日の先発はクオリティスタートの大瀬良である。 甘楽菅ら(かんらかんら)。余裕である。連敗は7でストップである。ビール売り子のおねえちゃんにチップでもはずもう、となる。 ところが、その大瀬良が大乱調、2回裏に乱打で同点にされ、3回もたず、中継ぎの辻も滅多打ちで4回を終われば、11対4の大逆転。 カープはその後追いすがって11対8までにしたが、時すでに遅しである。 負け方が悪いよなぁ。4対0から大敗するか? 8点取って負けるか? 話しにならん。聞けば今年のマツダスタジアムも観客の入りが悪いらしい。そりゃ、そうだろう。ストレスを貯めに球場に行くお人好しはそうそういないからである。 誰も書かないから、おいらが書く。昨年後半からの新井采配はおかしい。 例えば、投手の変え時である。この日の大瀬良は明らかに球威がなかった。ベテランに気兼ねして変え時を失したのである。二番手の準備ができていなかった可能性もあるが、それも計算に入れた投手を用意すべきではなかったか。 打順でも5番に野間を据えている。この日も得点圏のチャンスでバッター野間が凡打。打順を変えるか、代打だろう。 監督を変えるべきである。それができないなら(松田オーナーが許さないなら)、いっそのことAIに采配をさせればよい。 弱いチームでも采配次第で勝負に勝つのである。カープ再生は落合監督(72歳)以外にないと思っていたが、AIでいい。史上初のAI監督、絶対優勝だな。
May 9, 2026
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濱田さんの作品展開催中 このブログで再三紹介している濱田愼悟さんの絵画展が昨日の(26年)5月3日から10日まで横浜石川町の「ぎゃるりじん」で開催中である。 濱田さんはセミプロの画人でありながら、吉田類さんのNHK句会でおいらと一緒のメンバーでもあられる。昭和の演歌を彷彿とさせる味わいのある句をお造りになられる、手練れの俳句人でもある。 その濱田さんの個展は今回が4回目。 初回は、古希(70歳)を契機としてそれまで書き溜めておられた、主として水彩画をご披露された。 その後、数年おきに作品展を開催され、今回は傘寿(80歳)の記念として4回目の絵画展となられた。 入り口を入ってすぐ右側には、濱田さん初期の油彩(娘さんが幼少のころの作品)が展示してある。 今回の絵画展を記念として過去の油彩をご披露されているのだろう。娘さんへの愛情が彷彿とする秀作である。 その他は濱田さんがお得意とされる水産画のオンパレードである。写真は作品群を前にご本人。 今回の作品展を契機として濱田さんの画風を第1回から第4回まで見直してみた。 すると、濱田節ともいうべき独特の線描は初期のころからそのまま継続されているが、初期の複雑な線描は熟練によって簡素な線描に近づき、枯れた美とでも言おうか、味わいのある画風が確立されている。 枯れの美は、シンプルにあり。 絵を観ていつも思うのが、その人の「画風の確立」である。人真似ではないオリジナリティである。絵を観る愉しみとは、そのオリジナリティを味わうことにある。濱田氏の線描も独自のオリジナリティである。 さて、能書きはここまで。百の言葉は一見に如かず。首都圏在住の諸兄よ、横浜の「ぎゃるりじん」(中区石川町2-85)に急げ。開催はこの10日まで。
May 6, 2026
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憲法9条がなかったら 本日は連休の真っただ中なのでこの拙ブログをお休みにしようかと思っていたが、憲法記念日であることを思い出し、それについてカキコする。 高市氏は今春の訪米にあたって、トランプに土産(みやげ)を渡すつもりであった。そうでないと外交にならない。 土産とは、無論「自衛艦のホルムズ海峡派遣」である。そのことをトランプに確約するつもりで訪米したかったのである。 派遣して、日本が米国と共に戦えば日本は米国にとって「真の同盟国」となる。欧州(NATO)が派遣に反対しているのに、日本だけが米国に助けを出せば、トランプは高市氏への恩義を忘れない。彼女はそうもくろんだのである。 しかし、自衛隊の派遣には憲法9条の壁がある。国是は覆すことができない。「ごめんね、ドナルド」である。結果は憲法のお陰で、メデタシ、メデタシである。 と、いうのがこれまでの通説であったが、おいらの解釈は違う。トランプは高市氏が憲法を無視してまで、自衛艦を派遣してくれると思っていたのである。なぜなら、彼は合衆国憲法など眼中になく、彼も憲法違反をしているからである。 そこで、彼女はこう密約をした。「分かりました。帰国したら改憲します(憲法の改正ではない。改憲である)」である。 彼女はこう考えたのかも知れない。「憲法のお陰で日本が助かったのではない。憲法のお陰で私のメンツがつぶれた。だったら、憲法を変えればよい」である。 となると、憲法を変えるために何でもやると思う。そもそも憲法改悪なのに、憲法「改正」と銘打つこと自体がうさんくさいではないか。 連休なので週刊誌は暇つぶし記事しかないのかと思っていたら、文春砲が再びさく裂した。 今年初めに行われた衆院選で、高市氏の陣営が野党中傷動画を投稿したと「週刊文春」がすっぱ抜いたのである。匿名アカウントを通じた動画の作成・拡散に公設第一秘書が関与していたとされ、選挙期間中の組織的なネガティブキャンペーンを行っていたことを証拠となる動画とあわせて報じた(写真上)。 要するに、彼女には「目的達成のためには何でもあり」なのである。武器供与で「×の商人」にもなるのである(もうなった)。改憲のためには、今後、同じことをしたとしてもおかしくはない。 おいらはもともと改憲論者だが、彼女が総理のときだけは憲法を変えることに反対に回る。そうしなければ、いつの間にか日本は戦争する国になっているだろう。追伸 国は、憲法を改正して国のできること(戦争を含む)を広げたい(ある意味で当然ではあるが)。しかし、憲法とは主権である国民の権利を守り、国に規制を加えるのが本来の目的である。つまり、憲法とは国民を守るためのものであり、王様(国)のためにあるものではない。それを忘れてはならない。
May 3, 2026
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神保町は変わりつつある 本の街、神保町に新たなランドマークが誕生した。 神保町交差点の新しい三省堂書店ビル(三省堂本店)である。前にもこのブログでカキコしたが、地上13階、高さ57.40m(最高61.40m)、延べ面積12,525㎡の店舗併設オフィスビルで、 一階から四階まで三省堂書店が入る。 今年(26年)1月に竣工したというが、神保町に行く機会に恵まれず、このほど北澤書店で吉田類さんの講演会があるというので、訪れた。 写真上がその三省堂だが、あいにくの雨であった。 一階内部の写真。 ファッションの店かと思う書架の並べ方である。書架と書架の間に座ることができるスペースがあり、これは助かる。 従来は確か、八階建てで八階が催し物場であり、一階から七階まであらゆるジャンルの本がほとんど揃っていたという記憶がある。 新しい本屋をみつけた場合、おいらのその店の品定めは、フジタ(藤田嗣治)とヨコオ(横尾忠則)の本がどの程度収納されているか、また、おいらの専門分野(割愛)の書籍がどれほど置いてあるかによって決まると考えている。 その結果、フジタとヨコオは従来の三省堂では新刊を含めてほぼ網羅していたが、新三省堂ではこれが弱いのである。池袋のジュンク堂のように本を網羅しようという気がない。 新刊と売れ筋の本だけ置くというコンセプトのような気がする。おいおい~。この戦略は当たるのだろうか。 ただ、一階に古本コーナーも置くなど(従来もそうしていた)、顧客の目を惹こうとしている努力は続けている。 おいらはこの後、東京堂書店により、サイン本コーナーを覗いたが残念ながら目ぼしいものはない。 その足で北澤書店に向かう。類さんの講演会は午後7時開始。神保町の書店は午後6時半には皆、閉店となる。都内とは思えない。 北澤書店の二階が会場。会場入り口は行列。 この日は約50人が入る小ホールで、類さんの百低山をテーマにした講演が行われた。相変わらず軽妙洒脱な吉田類節で、午後9時には講演が終了。 その後、一階に場所を変え、類さんとお酒を飲みながらの懇親会。句会のメンバーもおいらを入れて4人が集まっており、旧交を温めることになった。 充分に楽しめた一日であったことを記して、本日はオシマイ。
April 29, 2026
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飲み会に生産性はあるか ネットを散策していたら、日刊スポーツ(260420)に「カズレーザー“飲み会”めぐり断言『行ったところで何も得るものはない。何の生産性もない』というのを見つけた。 さもありなむ、である。特においらのような高齢者(しかも後期)となると、主な話題は二つとなる。一つは、「病気」、もう一つは「孫」である。 だから、呑むのを止めたという人もいる。 ま、そう思えば止めるがいい。それは、その人の自由だからである。 しかし、例えば、おいらの場合、先日の飲み会で二つの新発見をした。今回は、それについて述べる。 一つは、「カラフ」である。 某個室居酒屋でおいらがアイパッドによる注文をしようとしたら(アイパッドが苦手な連中と飲んだのである)、ワインの注文形態に「カラフ」というのがあった。 ん!? 同席したフランス語堪能なUさん(パリ駐在長し)に「何じゃこりゃ」と尋ねたら「〇〇さん、同じクラスでフランス語を習ったよね」と念を押され、デカンタもどき(注1、2)だと教わった。(注1)仏語でCarafeと書き、発音は「カラフ」(最後のeは発音しない)。英語でも同じスペルとなり、発音も同じ。これが伊料理となると、Caraffa(伊語)となり、発音は「カラファ」となる。(注2)カラフの効用は、新しいワインを開かせる(空気と触れさせ、余分な臭みを飛ばす)ことにある。デカンタ(デキャンタ)も同じ効果があるが、デカンタはさらに澱み(よどみ)を沈殿させるという効能を持つ。 ウヘ~。ハイ、勉強ニナリマシタ。 次に、同じくアイパッドで焼酎を注文しようとしたら、「だいやめ」(注3)というのがあった。 何じゃこりゃ!? すると同席の鹿児島ラサール出身Nさんがすかさず、「お~、だいやめが置いてあるんか」と嬉しそうな顔をした。 聞けば、「だいやめ」とは鹿児島の方言で「晩酌して疲れを癒す」という意味で、家族や友人と盃を交わし一日の疲れを癒す鹿児島の伝統的な食習慣のことだという。(注3)それを商標にした「だいやめ(DAIYAME)」は鹿児島の濱田酒造がつくる芋焼酎で、飲んでみるとライチのような香りがする人気の焼酎である。 知らなんだ。全く、驚くことばかりだよなぁ。… ということで、「飲み会にも生産性がない分けではない」というのがおいらの結論である。何じゃ、そりゃ~。
April 26, 2026
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高市氏の靖国参拝 行くも地獄、行かぬも地獄 高市氏は自民党政調会長だった時代(22年)、自分が首相になった場合でも靖国神社へ参拝に行き続けると講演で名言していたのである。 しかるに、今月になって靖国神社へ行かぬとした。 行くも地獄、行かぬも地獄である。 政治家は結果で評価される。有言不実行となれば、いくら威勢のいいことを言っても、それだけの人である(これを口先番長という)。 ただ、誰が考えても今の国際情勢で首相が靖国参拝するのはまずいと思われるのだから、氏はまともになったとも考えられる。 台湾有事発言以来、国会答弁では官僚の作文を読んでいるし、ぶら下がり取材でも毒にも薬にもならない発言しかしていないので波風が立たない。 これをどう見るか。 月刊誌「選択」(2026年4月号)では、3月24日夜に今井尚哉内閣官房参与との確執で激高した高市首相が退陣をほのめかしたと報道された。 また、文春砲(「週刊文春」4月23日号)でも、4月10日に大ファンの「ディープ・パープル」と面会した際、高市首相が感動のあまりに「いつ総理を辞めてもいい」と漏らしたとされる。 辞めてもいいと思っているからこういう対応になったのか、それとも、長期政権を目指したいとして変節したのか。 細川内閣が瓦解したときのことを思い出す。あのときはぶん投げたよなぁ。なんだかなぁ。
April 22, 2026
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イーロン・マスクには全く驚くよなぁ(後篇) では、シンギュラリティ到達以降の世界は、どうなるのか。 イーロン・マスクの予想は続く。 それは、全く新しい「デジタル文明」の立ち上がりである。 衣食住を含むすべてのモノとサービスがAIとロボティクスによって潤沢に提供される「普遍的高所得(Universal High Income)」の世界の完成である。 どういうこと? 人類は、誰もが必要とする物資やサービスに無料でアクセスできるようになる。すべてをAIとロボットがやってくれるからである。 夢のような世界だが、半面、将来の老後のために資金を蓄えるという資本主義的な行為自体が意味を持たなくなる。すなわち、労働や貯蓄の無意味化と、資本主義の崩壊を意味することになる。 これまでの需要と供給に支えられた市場の原理は崩れ去り、資本主義のルールは根本から崩壊する。 未来の世界では、人々はAIとロボットが生産する豊富なモノやサービスの供給を受けるだけの存在となり、働くという経済的な必要性は消滅し、仕事はやりたい人だけがやる趣味となる。 つまり、未来において人間の知能はAIの知能の1%未満となり、人間は支配者ではなく、圧倒的な知能の「同乗者」として新たな時代を歩むことになるという予想である。 では、問題はないのか。 AIの進化の最大のボトルネックとして、「電力」と「冷却」のエネルギー問題が発生する。 AIの進化のスピードに対し、データセンターへの電力の供給と熱の冷却が間に合わず、地球上のエネルギーでは賄いきれない状況になるというのである。 これについては解決策があるというのだが(割愛)、イーロン・マスクには恐れ入った。 話し半分として、未来に起こりえない予測ではない。 だが、人類はAIの支配者ではなく、AIの「同乗者」となるとの目論見であるが、果たしてそうか。映画「ターミネイター」の世界のようにAIの暴走も当然予測される。 原爆の発明と同じで、科学者は新しいものを創りたがるのである。しかし、一旦創ると人類は元には戻れない。 しかも、AIが人類と運命共同体という保証はどこにもない。人類は戦争を起こす、人類は地球をこれまで散々壊してきたと考えれば、AIから駆逐されても不思議ではない。 高齢者がスマホの操作に難儀している時代である。便利になったが、同時に不便にもなった。しかし、それ以上にAIに翻弄される時代が眼の前に来たと思うべきか。人類はどこへ行くのか(この項終わり)。
April 20, 2026
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イーロン・マスクには全く驚くよなぁ(中篇) イーロン・マスクは続ける。6.今年の「汎用人工知能(AGI)」到達を起点とし、2030年までにAIが人類の知能を上回る「シンギュラリティ―」が到来すると語る。 イーロン・マスクの理論の背景には、人工知能が自らを進化させる技術的特異点を持つことにある。要は、AI自身が自ら進化するというのである。彼はこの進化を「超音速の津波」と表現している。7.これにより、AI自身が人間には理解できない速度で自己改善を続け、数学や物理学などの学術分野で次々と新たな発見を生み出すようになる。 さらに、科学だけの分野ではなく、芸術や感性、創造性の分野にも及ぶ。人類の想像を超えた音楽や絵画、映像、物語をAIが産み出すというのである。 つまり、これまで人間にしかできないとされてきた分野をAIが完全に掌握する。8.2030年までの「シンギュラリティ―」の到来により、AIとロボットが地球規模で労働力を代替することになる。 それは、モノやサービスを生産するコストから「人件費」が消滅し、最終的な製品価格は「原材料費と電気代」のみに暴落するという新たなデフレの誕生を意味する。9.その結果、社会構造および経済の過渡的な変化によって人類は一時的に大量の失業と貧富の差の拡大という厳しい時期が生まれる(ただし、生産性は劇的に向上するため、あらゆる高度なモノやサービスが限りなく無料に近い状態で提供されるようになると予測している)。 以上がイーロン・マスクの未来予測の導入部分である。要は、「シンギュラリティ―」の到来により、人間のあり様が変わり、社会構造および経済まで今後は激変するというものである。 では、それに伴い、人類は、社会はその先どうなるのか(この項続く)。
April 17, 2026
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イーロン・マスクには驚くよなぁ(前篇) イーロン・マスクは好きではない。 いや、嫌いと言った方が正解だろう。なぜなら、あんな非常識な人物が傍にいたらそれだけでストレスがたまるからだ。恐らく、トランプもそうなんだろう。礼儀も常識もあったものではない。だから、逆に異端児として世に名を残すことができたのだろう。 何が言いたいのか。 イーロン・マスクが予言する未来のことである。常識人ではない彼が予測する未来は、ところが、さもありなむの世界である。 彼は近時のメディア番組での対談を通じ、AIの進化と人類の未来に関する最新の予測を述べたのである。 簡潔に述べれば、1.今年26年中にあらゆる人間の知的作業がこなせる「汎用人工知能(AGI)」が実現する(と予測する)。2.AGIに達すると、ホワイトカラーの仕事(キーボードやマウスを使ってモニター上で行う仕事)は真っ先にAIの代替対象となる。 つまり、情報を処理し分析することを付加価値としてきたビジネスモデルはなくなる。早い話しが、専門職などの知的な仕事は人間よりもAIがやった方がコストもかからないし、正確である。3.他方で、物理的にモノを動かしたり形を変えたりするブルーカラーの労働についても、テスラが行っている「Optimus(オプティマス)」のような「ヒューマノイド・ロボット」へ置き換えられることになる。4.要するに、知的労働と肉体労働の双方が同時に機械(AIとロボット)へと移行し始める時期の到来が今年であり、これはとりもなおさず社会構造の根本的な変革の幕開けとなる。5.さらに、AGI到達からわずか3年から5年の間に、知的労働と肉体労働が合体する医療分野においても世界中で実施されたすべての手術データを学習・共有したヒューマノイドロボットが、人間界の最高峰の外科医をしのぐ精度で日常的に手術を行うようになる。ひえ~! ここまでがイーロン・マスクの予測する近未来の序の口である。この予測が荒唐無稽かと思う方は、これ以上このブログをお読みになられる必要はない。18世紀半ばから英国で起こった産業革命も当初は誰もが社会構造の根本的な変革となるなど予想していなかったのである(この項続く)。
April 15, 2026
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中日とヤクルトはどうしたんじゃ プロ野球が始まって対戦相手が一巡しただけだが、中日とヤクルトはどうしたんじゃ。 記憶違いだったら申し分けないのだが、巨人の球団創立90周年と阪神も同じく創立90周年にともにセリーグ優勝を果たしている。 そして今年は、中日創立90周年。 そういう分けでもないのだろうが、名古屋スタジアムは外野席にラッキーゾーンを設けたり、地元放送局はテレビ中継を増やすなどして中日の優勝ムードを盛り上げてきた。 おいらのペナントレース予想も今年は中日と爆弾的予想をしたが、これまでの成績は3勝11敗とダントツの最下位。何じゃこりゃ。 蓋を開けてみれば、広げたホームランゾーンで生じるホームランは圧倒的に相手チームが多く(阪神はホームラン量産でホクホク)中日自慢の投手陣は壊滅状態。名古屋スタジアムの改装費用は阪神に払ってもらえばよいとまで言われる始末である。 で、こういうときの対策は一つしかない。「お祓い」である。それしかなかろう。トホホ。 次に、ヤクルトの快進撃である。おいらの予想は最下位である。それが上位でふんばっている。 ヤクルトは村上が抜けて戦力ダウンのはずであったが、もともと打線はあなどれなかった。 そこに、池山監督は野村監督譲りの「弱者の兵法」を打ち出し、バントはしない、さらに、走るなどの小技も使い、終わってみれば勝っているという野球を実践している。 ヤクルトは首位から滑り落ちたが、チームの雰囲気はすこぶる明るいとうから、このままいけばヤクルトお家芸の最下位==>翌年優勝==>翌年最下位==>翌年優勝という過去のパターンを踏襲するかも知れない。 いやいや、ペナントレースはまだ開始して間がない。このまま横一線となるほどプロの世界は甘くない。だから、野球は面白い。 付録。中日が「お祓い」をするとしたら、どこだろう。やはり、熱田神宮だろうなぁ。何のこっちゃ。
April 13, 2026
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買いだめなどはしたくないが トランプのバカ殿によって世界中で石油が入手困難になりつつある。 世界中で一番困っているのはどうやら東南アジアらしい。石油備蓄などしていないからのようだ。 今の文明が動いているのはほとんどが油のお陰だからである。 日本でも備蓄がありながら、今の国際状況は読めないから(第三次世界大戦の前夜だと評する高名な学者の予想もある)、日本が東南アジアと同じにならないとは言い切れない。 何が言いたいのか。 備蓄できないナフサのことである。備蓄できないのだから、いずれ入手困難になろう。 その昔、PL(製造物責任)問題が発生したとき、アベイラビリティとアフォーダビリティの議論がなされたことを思い出す。 アベイラビリティとは、今では「システムやコンピュータなどを使っていい人が普通に使える状態を、どれだけ維持しているか示す指標(IT用語)」とされるが、早い話しが入手可能性のことである。 ナフサ製品、例えば、シャンプーや洗剤、ゴミ袋などはなくなる、つまり、それらがそもそも入手できなくなる可能性のことを言う。 これに対して、カネを積めば手に入るのをアフォーダビリティと呼ぶ。シャンプー一本が例えば、一万円などになることを言う。コスパなどとは無縁の世界である。 いやいや、アベイラビリティとアフォーダビリティの話しが再燃するとは思わなかったよ。 運よくホルムズ海峡問題が早期に解決したとしても、石油に起因する諸製品は今後も値上がりする公算が強い。ここでもインフレだよなぁ。 買いだめなどはしたくないが、庶民のできるささやかな抵抗は一回分くらいは買い置きすることくらいか。トランプのバカ野郎。
April 10, 2026
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散る桜 義母が亡くなったのは、4年前の3月中旬だった。葬儀のときは満開の桜が散り始めだった。 三島由紀夫が自決したのは、11月25日である。寺山修司は「何で桜の散るときに死ななかったんだ」という趣旨の言葉を残している。 これは分かるなぁ。おいらも死ぬときは桜の散り始めがいい。母さんは、いいときを選んだ。 4年前の葬儀の担当者から家内に「遺影でいいですから、水無川の桜を見せてあげるといいですよ」と当時、言ってもらった。 家内と遺影の三人で水無川(神奈川県秦野市)の川沿いをドライブした。 見事な桜である。川沿いに延々と桜並木が続く。同じ神奈川では海軍道路(横浜市瀬谷区)の桜が一番だと思っていたが、規模が違う。一説によると、ここの桜が「神奈川一」である。 爾来、桜は水無川と決め、毎年、義母の遺影とともに車内からの花見を欠かさない。写真上が今年のそれである。今年の水無川は雨で車の渋滞もなく、ゆっくりと桜見物ができた。 散る桜、残る桜も散る桜。拙宅の玄関先に咲く桜も葉桜になろうとしている。
April 8, 2026
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金と銀は、原油と負の相関関係 今月初め、米大統領というより、トランプ大統領がイランに総攻撃をかけると表明したものだから、これを受けて、原油価格が高騰し(イラン攻撃開始時からは5割超えの上昇)、金と銀の価格が下記の通り下落している。 原油の上昇は誰しも理解できるが、金と銀の価格の下落には?となるよなぁ。 だが、事実は小説より何とかで、銀は最初の攻撃以来約4分の1価値を失い、金も約1割下落した。 これについて、多くのアナリスト達は、「従来は政治的緊張が高まると貴金属価格は高騰すると言われてきたが、今回の攻撃では原油価格が高騰し、マネーの流れが原油に向いた」のが原因と述べている。 要は、「金と銀は原油と負の相関関係にある」とも指摘されており、地政学的な不確実性が貴金属の下支えになる可能性はあるが、原油が安全資産としての需要の多くを吸収している限り、上値は抑えられたままと考えられているようだ。 へぇ、そういうもんなんだ。金は今まで完全資産と言われてきたが、現状では価格が上昇するものではないらしい。 だが、この戦争によって、時代は確実にインフレとなった。インフレだとモノを持っているものが勝つ。だから、長期的にみれば、金の価格は今後も上がる可能性が高いだろう。 忘れていた。おいらが持っている金は、例の10万円金貨くらいだ。以上は、おいらにとって関係のない話しだった。シャンシャン。
April 6, 2026
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step upなんて知らないよ 野球が始まった。ヤクルトが5連勝である。春の椿事か。それとも。 だが、本日はそういうことではない。 気になったフレーズがあったので、書く。それだけである。 先月の高市・ドナルド会談の記事を読み返していたら、米大統領がイラン情勢をめぐる日本の対応を評価する文脈で、"They are really stepping up to the plate" と言ったのを見つけたのである。 何じゃ、こりゃ! 知らんがな。「彼らは本当にプレートの前に踏み出している」が直訳。 しかし、これはアメリカ人なら誰でも知っている、野球慣用句らしい。 忙しいので、簡潔に述べる。 この「plate」とは、野球のホームプレート(本塁)である(ホームベースではない)。 そして、打者がバッターボックスに入り、ホームプレートの前に立ってバットを構える一連の動作を"step up to the plate"と呼ぶのである。 何が言いたいのか。 打者は打席に入り、投手と一対一で真剣勝負を行う。そのとき、打者はチームの全責任を負うのである。投手と打者はお互いに「覚悟しいや!」とホームプレートの前に立つのである。その姿こそが、"step up to the plate"なのである。 だから、ビジネスや政治の場でもこの表現が使われ、「困難な局面で責任を引き受け、行動する」「求められる役割に対して正面から向き合う」という意味となる。 高市・ドナルド会談に戻る。 記者からイラン情勢に関して日本の支援に満足しているかを問われた米大統領は、"They are really stepping up to the plate"=「彼ら(日本)は本当に、きちんと役割を果たそうとしている」 と、答えたのである。 つまり、NATOとは異なり、日本の姿勢を高く評価し、同時に「step up to the plate」には、「これから先も、困難な局面でちゃんと役割を果たせ」と念を押したのである。 米大統領は野球好きなんじゃのぅ。なんのこっちゃ。
April 3, 2026
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ブログ更新が不可か(予期せぬ出来事ありや)「予期せぬ出来事ありや」である。 今のパソコン(インターネット)は、何でもかんでもセキュリティ対策である。 現にこの拙ブログも一昨日、更新のためログインしようとしたら、見慣れない表示が出てきた。 曰く、「メルアドにPINを送付するので、その番号を入力してください」である。 今までは自動的にログインが完了していたので、イヤな予感である。 だいたいそういうことを言うのは水くさいではないかとPIN入力に指定されたメルアドを見ると、おいらが昔使っていたメルアドではないか。おいおい~。 昔使っていたメルアドを立ち上げるのは面倒だよなぁ。が、パスワードを書き連ねた手帳を探し出し、何とか立ち上げた。 ブログのなりすまし対策のため、セキュリティを強化したのだろう。面倒だが、今後もこういうことを繰り返さないといけなくなるかも知れない。 何が言いたいのか。 後期高齢者のおいらにこれ以上シチメンドクサイ作業を課されると、ブログ更新以前においらがブログそのものにログインできなくなるかも知れん。 これを「予期せぬ出来事ありや」、というのである。 いやいや、セキュリティ対策はイタチゴッコである。こういうことは、立派な想定の範囲内であり、「予期できる出来事あり」である。 やな渡世じのぅ。 そこで、諸兄よ、このブログがある日突然、更新されなくなったら(あり得るよなぁ)、考えられることは二つである。 一つは、おいらがケガや病気または西方に召されるなど物理的に書けなくなった事態の発生である。これはあり得る。 もう一つは、おいらがブログにログインできなくて途方にくれている状態である。これも十分あり得る。 だけどねぇ、現時点では後者の可能性が十分高いよのぅ。トホホ。 結論。 このブログがある日突然、更新されなくなったら、諸兄は予期せぬ出来事、いや、以上の予期できた事態が発生したと推察されたい。よろしゅうに。何のこっちゃ。
March 31, 2026
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最近、地震のニュースが多くないか 最近、地震のニュースが多い。 テレビを観ていると、「地震情報」のテロップがよく表示されるからである。 それで週刊ポストの最新号(2026年4月3日号)の見出しを見ていたら、「4月中旬に首都圏でマグニチュード6級の地震の恐れ」というのがあった。おいおい~。 寺田寅彦ではないが、「天災は忘れたころにやって来る」のだろう。しかし、同氏の至言は、「モノを怖がらなさ過ぎたり、怖がり過ぎたりするのは優しいが、正当に怖がることはなかなか難しい」である。 地震と富士山の噴火については、まさしくそのとおりだろう。予知できないから一層難しいのである。 できることはただ一つ。防災グッズの見直しと水、食料品の備蓄である。準備するしかないか。 でも、それが一番面倒である。お知らせ 今週末、小旅行に出かけますので、金曜日のブログはお休みにします。再開は3月30日(月)からの予定です。どうぞよろしゅうに。
March 25, 2026
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恒例の今年のセリーグの順位予想当たらぬも八卦 今週の金曜日から早くもペナントレースが始まる。そこで、今年も恒例のセリーグの順位予想をする。当たるも八卦、当たらぬも八卦。 おいらの予想の根拠は、昨年の実績、メンバーの補強・入替(監督の交代を含む)、春季キャンプとオープン戦の状況による。 まずは、昨年ぶっちぎりの優勝をした阪神はどうか。 今年も優勝候補の筆頭である。不動の1、2番コンビ、それに破壊力抜群のクリーンナップと打線は文句なし。投手陣も盤石だから、死角はなさそうである。 だが、連覇は本当に難しいのである。驕り、慢心、ケガなど予測不能のこともある。だから、おいらは今年の優勝は難しいと勝手に読む。 では、他球団はどうか。 5チームは横一線である。だが、頭一つ出ているのが、中日と横浜。逆に4番が抜けた巨人(岡本)とヤクルト(村上)は少々苦しい。 まず、台風の眼になるのが中日と予想する。 特筆すべきは、本拠地名古屋の球場にラッキーゾーンを設けたことである。広いバンテリンドームが狭くなれば、ホームランが出やすくなる。舶来大砲の補強もあり、貧打の中日が強打の中日になる可能性あり。 だから、おいらの大胆予想は中日の優勝である。 よって、阪神は今年は2位。 するとおいらの贔屓筋カープはどうか。本来なら3位に横浜がいるはずである。だが、横浜は指揮官が代わった。これが読めない。プレッシャーは相当なものである。だから、Bクラスの4位に沈むと読む。 すると、消却法によって広島が牡丹餅上がりの3位となる(本音は安仁屋宗八広島OB会会長と同じでカープ優勝としたいところだが、贔屓の引き倒しとならないよう涙を呑んで3位とした)。 以下、5位、6位はトコロテン方式で巨人、ヤクルト。 結果、優勝中日、2位阪神、3位広島、4位横浜、5位巨人、最下位ヤクルトがおいらの超大胆予想である。 これを当たるも八卦、当たらぬも八卦という。なんのこっちゃ(なお、パリーグは観ていないので予想できない。ソフトバンクと日ハムが抜きん出ており、他はダンゴか)。
March 23, 2026
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カンベンシテヨ 昨夜は3年ぶりに紐育時代の戦友が集まっての宴席となったので、ほろ酔いで帰宅した。 風呂に入って早く寝ようと思ったが、某国高市首相と某国ドナルド大統領との会談があるので、朝の3時までテレビを観ていた。 いずれ誰かが書くだろうから、気になったことを書く。1.ホワイトハウスで出迎えたドナルド大統領に高市首相は飛び上がって抱きついた(ように観えた)。あれはハグではない。どう見ても抱きつきである。度を越している。2.会談の冒頭、高市首相は「世界中に平和と繁栄をもたらせるのは、ドナルドしかいない。私は諸外国に働きかけ、しっかり応援したい」との旨を発言した。おいらはこれにはのけぞった。 こういうのは、対等な外交とは言わない。強国(実際そうなのだが)に媚びる小国である。1は(百歩譲って、趣味の問題として)愛嬌としても、2は完璧にいけない。他国、特にイランも何を言うか聞いているのである。言うなら、非公開の席上である。そこが分かっていない。 これ以上もう言わない。テレビを観ていて、酔いが醒めたので、結局、深酒になった。カンベンシテヨ。
March 20, 2026
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高市首相またもや変節。今度は愛子天皇否定 この人は権力を手に入れると変節するようだ。もういいよ。 高市首相が今度は愛子天皇を国会の答弁で否定した。「文藝春秋2022年1月号」で女性天皇を否定しないと述べていたが、またもや変節である。彼女に信念はないのかのぅ。 おいらは、男系天皇に理解をしている人物の一人である。京大の変なおばさん竹内久美子の理屈に一理ありと認めているからである。 すなわち、皇室は、理論上(生物学上)は男系男子が継ぐのが正しい。 だが、その理屈と現実の天皇への畏敬のあり方とは別問題である。 庶民感情というのを大切にしなければならない。早い話し、男系男子天皇であっても、敬愛できる天皇が天皇になられなければ皇室の存在そのものが危ぶまれることになりかねない。 要は、生物学上の呪縛に縛られる必要はなく、人間性がよくて国民の信頼が厚ければ女系であっても良いではないかという考え方である。結局、女性天皇の是非は、社会が決めればよいというだけである。 愛子天皇の国。良いではないか。だが、後期高齢者のおいらの眼が黒いうちに実現できるかのぅ。まだ死ねないのぅ。 ところで、どうでもいいことだが、高市女史の「あの作り笑い」だけは何とかならんかのぅ。眼が笑っとらんのぅ。 もう一つ。米大統領の中継でトランプ氏の周りにいる側近の揃いも揃った「どや顔」も何とかならんかのぅ。イエスマンばかりだとああなるのかのぅ。A FEW GOOG MENではない。どう見てもFEW GOOD MENじゃのぅ。 世も末か。長生きするとこうなるのかのぅ。
March 18, 2026
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mn=k mn=kである。kは一定なので、mが大きくなればnが少なくなる。 何が言いたいのか。 今年の花粉の飛沫量である。予報によると、今週は相当派手に飛ぶらしい。おいらのように花粉症アレルギーがひどい人間には地獄である。 何もしないのに、鼻水がすすーと垂れてくる。何もしないのに涙が落ちてくる。眼鏡に涙が付着する。カンベンシテヨ。 だが、朗報もある。 今年の花粉は飛ぶ時期が早かったことと、飛ぶ量が多かったことで、花粉の残りはもうあまりないという見立てがなされている。 つまり、花粉の飛んだ量mが多いから、花粉の残りnは少ないという計算である。 何だ、それなら単なる引き算ではないか。シツレイシマシタ。 ところで、一部マスコミによれば、某国AのT大統領と某国IのN首相は、某国Iの後継者をなきものにしようと画策しているらしい。 だが、某国Iは「目には目を」という宗旨だから、逆に某国AのT大統領と某国IのN首相も同じ目に合う可能性はないのだろうか。 こういう物騒な話しが普通に俎上にのるというのは、世も末である。 もう一つ。 逃げたらあかん。某国JのT首相は八方ふさがりになると、すぐ病気やケガになる。19日には某国Aとの首脳会談が予定されているので、堂々と自国の主張をすればよい。外交とは自国の国益を守りながら、相手のメンツも潰さないで他国と付き合いをすることである。逃げたらあかん。
March 16, 2026
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パスキー設定で難儀(後篇) 作業が終了したので、ログアウトする。 さあ、これからはパスキーでログインするぞと、念のため、再びネット証券を立ち上げる。パスキーを入力する。「PIN(パスワード)が違います」 無情にもそういう表示が画面に現れる。おいおい~。6桁の番号を間違えた!? だが、パスキー設定時の番号入力ミスは考えられないので(間違いなく慎重に行った)、もう一度、PINを入力する。「PIN(パスワード)が違います」 ゲゲ! 三度目の正直というのがあるので、もう一度やってみるか。でも、これでもダメなら本日はもうダメになるかも、と恐る恐る入力する。「PIN(パスワード)が違います」 うへ~。撃沈! 幸い、画面が「使用不可」とはならなかったので、一旦は安堵する。やれやれ、おいらは冷静になって画面を眺めると「PINを忘れた場合」がある。おもむろにそれをクリックし、再度PINを入力することにする。 ところが、この作業がなぜか出来ないのである。 おいらは考えたのである。システムの関係上、先方のコンピュータはまだ機能していないのかも知れんのぅ。少し待つか。いや、明日からワークするかのも。おいらは、能天気である。 こういうときに万能なのが一旦、電源を落とす方法である。溺れる者は藁をも掴むのである。電源を落として3分待ち、再びパソコンを立ち上げる。すると、変な表示が出て、パソコン立ち上げのPINが違うというではないか。おいおい~。 だが、何とか操作して、パソコンを立ち上げた。再び、ネット証券にログインしようとしたが、状況は変わらない。無情にもPINが違います、だ。トホホ…。 これが何でもないアカウントならおいらもここで諦めるよ。命に別状はないからである。しかし、ネット証券である。わずかではあるが、金子(きんす)を預けてある。これが動かせなくなると少々面倒である。しかも、おいらはもう一つ別のネット証券の口座も持っている。冗談ではない。 途方に暮れたおいらはそう思いながらも問題解決のため、やむなくネット証券のカスタマーセンターに顛末を記したメールを送ることにした。タスケテチョー。 同時に、メールを作成したおいらは「パスキーに関しては電話受付のみ」とされた記載を見つけた。フリーダイヤル番号も記載されている。地獄で仏だ。 早速、子供電話相談室とする。フリーダイヤルは混んでいたが、5分程度で繋がった。捨てる神あれば、拾う神あり。 先方の担当者は、「神」対応であった。指示に従ってパソコンを操作し、パスキーは上手く使えるようになったのである。 では、何が問題であったのか。 ここがポイント==>パスキーのPIN(6桁の数字)はパソコンを立ち上げるときのPINと同じ番号にすること! おいらはネット証券のパスキーに新しい番号を入力したからワークしなかったのである(余談だが、パソコン本体を再起動したときに変な表示が出たのはそのため)。 だけどね、こんなことって知らんがな。あ~、ひどい目にあったのぅ。でも、電話の担当者には世話になったのぅ。まったく後期高齢者には難儀な世の中になったもんじゃのぅ。パスキーって、ところで何者だ(この項終わり)。
March 13, 2026
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パスキー設定で難儀(前篇) ネット証券を使っていることは先に述べた。 例のネット証券騒ぎでログインする方法に「ワンタイムパスワード」が導入されたのは、記憶に新しい。 ところが、年が変わり、今度はそれが「パスキー」に変わることになった。 パスキー、何じゃそりゃ。と、いうことでほっておいたのだが、某ネット証券が今月中にパスキーを設定しないと取扱いができなくなると脅してきたのである。 後期高齢者は、やれやれ厄介ごとがまた増えたわいとパスキーをネットで検索する。 すると、「パスキー認証は、従来のパスワードに代わる新しい認証方法で、より安全かつ簡単にログインを行う仕組みです。この認証方法では、ユーザーがパスワードを覚える必要がなく、代わりに生体認証(指紋認証や顔認証)、PINコード、またはパターン認証を使用します。 パスキーは公開鍵暗号方式を採用しており、認証に必要な秘密鍵はデバイス内に安全に保存されます。一方、サーバーには公開鍵のみが保存されるため、秘密鍵が外部に漏れるリスクがありません。 認証時には、秘密鍵を使用して電子署名を生成し、サーバー側で公開鍵を用いてその署名を検証します。この仕組みにより、フィッシング詐欺や総当たり攻撃などの脅威に対して高い耐性を持っています(以下略)」とある。 これが、文章明瞭・意味不明瞭の典型で「レーザーディスクは何物だ」と同じである。早い話しがよう分からん。 元システムエンジニアの友人に聞いても大丈夫とだけで要領を得ない。全く高齢者にとって厄介な世の中になったものだ。 そうはいっても仕方がないので、パスキー設定をするためにしぶしぶネット証券を立ち上げた。 指示に従い、パスキーに6桁のPINを新たに入力する。おいらしか分からない新しい番号にした。すると、ものの3分で設定が終了。案ずるより産むがやすしとはこのことだ。 天下泰平である。 しかし、ここから地獄が始まるのである(この項続く)。
March 11, 2026
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辞書マニア 辞書マニアである。下の写真は、おいらの使っている英和辞典の一部である。 中でも一番使ったのが、上段右から二冊目の「ジーニアス英和(皮装。改訂版。大修館)」である。紐育駐在が始まったときから使い始め、駐在中にボロボロになった。 暇があるときに読む(引くのではない)のが、上段左から二冊目の「斎藤英和(新増補版。岩波)」である。これは一冊目がダメになったので、二冊目。 何が言いたいのか。 先日の拙ブログで、「2026年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック。どうでもいいことだが、どうして名称に「クラシック」が入るのかがよう分からん。ウイキペディアにも記載なし)」と、カキコしたら、親友のKさんから「小学館 ランダムハウス英和大辞典には、clas・sic adj〈文学・美術・映画・音楽作品などが〉第一級の,最高水準の,きわめて優秀な[重要な],最高傑作の(classical)例 a classic piece of workとあります」との貴重なご指摘をいただいた。 これは嬉しかったねぇ。博学博識のKさんのことだから、労苦をいとわず、早速調べていただいたのである。持つべきものは良き友である。 そこで、「そうだったんだ」と辞書マニアのおいらの心に突然スイッチが入り、おいらも調べまくったのである. すると、ライトハウス(研究社)、ウイズダム(三省堂)などはパッとしなかったが、ジーニアス(大修館)、特にその中でも「プラクティカルジーニアス(初版第2刷、2005年)」(そういう辞書があるのだ)に用例を発見したのである。 それによれば、名詞2として、「2 伝統的(に有名な)行事;スポーツ用語 (伝統的な)大試合」とされ、用例として、the midsummer pro baseball classic (米)(プロ野球)オールスターゲーム、the Fall Classic (米)(プロ野球)ワールドシリーズとある。(プロ野球)は(メジャーリーグ)の方が今では適切な訳だが、米国のスポーツでの慣用的な表現と分かると、WBCはストンと腹に落ちたのである。1.良かったこと ==>ブログに素朴な疑問をカキコしておいて良かった。親友のKさんが調べてくれたので。2.反省したこと ==>Kさんから教わった「調べる」ことをサボったこと(Kさんのことはこのブログで再三カキコしているので、再びは語らないが、Kさんは知的生活でのおいらの師匠である)。 Kさんには鄭重な礼を述べたが、おいらはどうして自分で調べなかったのかと辞書マニアながら恥じた。 初心に帰るべしと思いながら、Kさんの笑顔が浮かんだ。また、4月に入ったら一緒に吞みたいのぅ。何だ、結局、それか。
March 9, 2026
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アメリカが嫌いになっちまった 第二次大戦後、世界は同様の過ちを繰り返さないようにするため、幾多の平和のためのシステムを構築してきたが、トランプのせいでそれらが皆、反故にされてしまった。 ロシアがやった武力行使はその是非は別として、実質的な独裁者が起こした戦争だから、起こり得るべくして起きた。 しかし、アメリカが同様の暴挙をするとなると話しは違う。 野蛮人の国に成り下がったのである。おいらは死ぬ前にもう一度紐育に行こうか(今年の秋口ごろ)と準備を始めていたが、止める。アメリカを見損なったからである。 だけど、残念だよなぁ。アメリカはおいらの尊敬するケネディの国だったし、高校時代にフルブライト奨学制度を知ったときから焦がれの地だったからなぁ。 会社に入って最初に海外に行ったのもアメリカだったし、駐在員経験も紐育でしたのになぁ。 結局、アメリカの本質は原爆を日本に二度も投下したときと全く変わっていないのかなぁ。 本性は野蛮人。今頃気付くおいらがバカだった。トホホ。
March 7, 2026
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WBCの中継はテレビで放送されない WBCの中継はテレビで放送されない。 2026年のWBC(ワールド・ベースボール・クラシック。どうでもいいことだが、どうして名称に「クラシック」が入るのかがよう分からん。ウイキペディアにも記載なし)は、日本では動画配信サービス「Netflix(ネットフリックス)」による独占配信となった。 要は、スポーツ大会の放映権は主催団体が各国・地域ごとに販売する仕組みであり、放映権は最も条件の良い企業が契約を結ぶということである。 だから、テレビ局が放送しないではなく、配信サービス「ネットフリックス」が150億円を提示したからテレビ局がネットに負けただけの話しである。 毎日新聞によれば、大会を主催するWBCI(World Baseball Classic Inc.が日本国内でNetflixと契約した理由について、世界中でネット配信の視聴習慣が広がっている、若い世代にリーチしやすい、幅広い世代が利用しているとし、要は、動画配信サービスを通じて新しいファン層に野球を届ける狙いがあるとしている。 これが世の流れなのである。スポーツ中継でも配信サービスはテレビより、ネットなのである。 しかし、それでいいのかのぅ。前回はテレビで観られたから、それまで見向きもしなかった人達が野球っていいものだって思ったのである。老若男女を問わず皆で観たから一体感を作れたのである。 好きなヒトだけネットを契約してでは、野球ファンは増えない。大会主催者は150億円儲かるのでウハウハだろうが、角を矯めて牛を殺しては何もならない。 幸い、ニッポン放送(ラジオ)では日本戦の全野球中継をやるとのことである。アナウンサーの徳光和夫氏は「ニッポン放送にかじりつきますよ。意地でも映像は見ない」とラジオ支持を宣言されている。 徳光和夫氏は筋金入りのジャイアンツファンだからおいらと贔屓筋が違うが、見直した。おいらも意地でもネットは観ない。明日6日の初戦(チャイニーズ・タイペイ戦)はニッポン放送だ。
March 5, 2026
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信なくば立たず「社会人として最も大切なものを一つ上げよ」と問われたら、おいらは躊躇なく「信用」を挙げる。 実際、おいらが仕事をしているときに目標にしたのは、「〇〇(おいらの名前)に任せておけば、大丈夫」だった。百パーセントそうであったかと問われれば、無論そうではないが、上司から「お前なら安心して任せる」と言われたときほど嬉しかったことはない。 何が言いたいのか。 政治家に信用はあるのか、である。 高市総理のコラム削除事件のことである。詳細は省くが、事の発端は彼女が「消費税の減税は悲願だ」という発言が某誌の検証でウソだと分かったことである。 都合が悪くなると、過去の発言を削除する。しかし、彼女が公式サイトに掲載していた過去のコラムはアーカイブサイトに記録が残っている。 だから、SNSでは「この人の最大の敵は過去の自分か?」と言われ、彼女の言動に対する信用は揺らぎ始めている。 おいらは思うのである。 政治家にはウソをついてもよい場合がある。公定歩合や外交上の秘密は、その性格上、ウソは許されるのである。正直に言う必要がないと世間(市場)が容認しているからである。 それで思い出すのが、大野伴睦(おおのばんぼく。「政治は義理と人情だ」の名言を残した寝業師型政治家)である。 彼はウソをつく場合は、「誠心誠意、ウソをつく」とした。大野伴睦、アッパレである。 だが、今の世に大野伴睦はいない。いるのは信用できない政治家ばかりである。ああ、やな渡世だなぁ。
March 3, 2026
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世にも奇妙な物語(後篇) 寒い日であった。北風である。 バレンタインジャンボ発売の最終日ということでもあるのか、宝くじ売り場は列をなしている。 やっとの思いでおいらの順番が来た。先ほどのおばさんだった。おいらは205円と外れ券を見せながら、さきほど300円をいただいたものですが、と事情を説明する。 おばさんは当方の事情説明への理解が早かったのだが、「変ですねぇ、当売り場では5円玉を取り扱っていません」との回答であった。 だが、こういうことはままあるらしく、「本日の営業が終了しましたら、勘定を締めますので、その後、売り場の管理部門の担当者からお客様に電話させてください」とのことであった。 おいらはそれに納得し、おいらの電話番号を伝え、帰宅した。夕方、どういう電話が来るのだろう。 そう思っていたら、午後7時半、某社某支店の担当者から電話をいただいたのである。 内容はいたって簡単で、「勘定が合っているので、当方に落ち度はない」とのことであった。そう言われても300円のはずが、205円では当方は納得がいかないよねぇ。だが、先方は勘定が合っているとの一点張りであった。 おいらも忙しいのである。95円のためにウダウダ言っても仕方がない。どうしてこうなったのか、理由を知りたいだけなのに、勘定の話しをされてもらちが明かない。クレーマーではないので、あっさり、了解しましたと伝えて電話を切った。 こういう日の寝つきは悪いわ。酒を飲みながら、例の100円玉と5円玉を手に取ってみたら、ほとんど大きさが同じことに気付いた。これって、もしや。 翌日のおいらである。 ネットで消費生活センターを調べ、電話してみた。 年配の担当者が親身になって聞いてくれる。どうでもいいが、当方の職業と年齢を聞かれたので、後期高齢者無職、年齢は75歳と答えると、「いや~、75歳はまだまだ若い」と言われた。よっぽど高齢の相談者が多いのか、年寄は経済生活の上でカモにされているのだろう。 で、ここでも結論は変わらない。その場でおカネを確認していなかったことに落ち度があったと言われても仕方がないからである。 ただし、ということでアドバイスを受けた。 宝くじ売り場を管理している会社はみずほ銀行から業務を委託されているので、委託元のみずほ銀行のお客様相談センターに電話してはどうか、であった。 おいらはそう言われて、みずほ銀行OBのNさんを思い出した。句友である。数日後に句会があるので、彼に聞いてみよう。こういう話しは銀行での「あるある」だろう。おいらは消費生活センターに鄭重にお礼を言って電話を切った。 話しが長くなった。 結論から述べると、Nさんは所用で句会を欠席された。だが、おいらはあえてみずほ銀行に電話するほど暇ではない。 思いだすのは、法律を学んだ大学生のときの究極の課題である。「正義のためなら、たとえ一円だけのためであっても訴訟を起こすか」というのがあった。訴訟を起こすとかなりの訴訟費用を負担することになるが、それでも一円を勝ち取るか(正義を取るか)、というものである。 おいらももはや書生ではない。この話しはこれでオシマイ。それにしてもどうして100円玉が5円玉になる?これで誰が得をしている?(この項終わり)
February 26, 2026
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世にも奇妙な物語(中篇) 歳を取ると、賢くなることがある。 人間はミスをする動物だ、と学習するのである。 だから、若いときは電車を降りるときに座席を振り返ることはない。忘れ物をする、つまり、ミスをするなど考えたことがないからである。 おいらが今でも思い出すのは、家内とシンガポールに旅行したとき、出国する前の都内の地下鉄の荷物置きの上に薄手のジャケットを置き忘れたことがあった。今から30年以上も前のことである。 幸い、シンガポールは暑かったので上着は不要であったが、帰国して地下鉄の忘れ物置き場で発見したときは嬉しかったことを昨日のように思い出す。 何が言いたいのか。 一つは、それに凝りて、電車を降りるときは必ず座席を確認するようになったのである。 もう一つは、「お釣り」の確認である。 日本ではまず間違いがないが、おいらが紐育在住のときはお釣りを用心しなければならなかった。かの国では平気でお釣りをごまかされるからである。 説明が面倒なので割愛するが、20ドル紙幣を出して買い物をする場合など、その場で確認しないと10ドル紙幣を出したことにされたこともある。 また、タイに行った場合などは、銀行のキャッシュディススペンサーも信用できないと教わった。例えば、10万円引き出しても9万円しか出てこないのである。タイでの「あるある」らしい。 やれやれ。おいらは日本に生まれてよかったよ。日本人のパンクチャルな国民性と、性善説の国だから、である。 だからという分けではないが、「日本では、銀行に間違いはない」とおいらの頭にはインプリンティングされているのである。繰り返す。背景にあるのは、日本の銀行だから信用するということである。 だから、トレーに載せられたお金を確認などすることはない。そこには300円あるはずだった、である。おいらは無造作にトレーの上のお金を手に取ったのである。 それが、どうして、日本の銀行に準じる宝くじ売り場で「300円もらえるはずが、205円になったのだろうか」。 おいらは、そう思いながら、再び、宝くじ売り場に立った。宝くじ売り場では、こういう場合、どういう対応をするのだろうか(この項続く)。
February 24, 2026
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世にも奇妙な物語(前篇) 世にも奇妙な物語である。一言で述べれば、「謎」である。 今週火曜日の午前中、おいらは某宝くじ売り場にいた。年末ジャンボに外れた300円を貰うためである。普段なら放っておくのだが、たまたま宝くじ売り場の近くまできたので、300円貰おうと思ったのである。 寒い中、順番を待つ人が数人いた。売り場のポスターを眺めるとバレンタインジャンボ最終日と大きく書いてある。5分位並んで売り場のおばさんに「外れ券」ですと10枚を渡した。 トレーに300円と外れ券9枚が乗せられ、「バレンタインジャンボは如何です」と言われたが、「ありがとうございます」と言いながらおいらはそれらを鷲掴みにして娘が待っている車に戻った。300円と外れ券9枚をそのまま車のトレーに置いた。 どこにでもある普通の光景である。 そのまま車を出し、娘を目的地のショッピングモールまで送った。 娘を降ろし、車の中での雑用を終えたので、300円を手に取ろうとすると「オヤッ」と思った。205円しかないである。100円玉2枚と5円玉1枚である。 あれっ、どうしたんだ。 トレーには何も置いていなかったのだが、それでも100円がどこからか出てくるかも知れないと思い、もう一度見直したが、205円があるだけである。 おいおい、最初から205円だったんだ。再度、確認したが、間違いない。おいらは車のエンジンをかけ直し、宝くじ売り場に戻ることにした。 やれやれ、95円のためにガソリン代を使って宝くじ売り場に戻るか?と自問した。 思い出すことがあった。 以前、神奈川中央バスに乗車したときのことである。車内で両替機に千円札を入れたところ100円玉8枚と50円玉1枚、10円玉6枚がでてきたことがあった。 要は、100円玉の中の一枚に10円玉が入っていたことになる。 これは車内では分からなかった。小銭が大量に出てきたので、一々数えはしないからである。バスから降りて勘定が合わないことに気付いたのである。 すぐにバス待合所の事務所に行き、事情を説明したら、「ハイ、分かりました」と100円玉1枚をくれたのである。10円を渡そうとしたら、「大丈夫です」とのことであった。公共交通機関では微銭の場合、こういう対応をするのかなと妙に感心したことがある。 だが、今回は宝くじ売り場である。宝くじ売り場とはいえ、銀行の末端組織であろう。1円違ってもその日の勘定が合わなければ、銀行では行員全員が帰してもらえないと昔は言われたものである。 さて、この話し、この先はどうなるんだろう。95円が惜しいというのではない。おいらはこの事実の真相を知りたいのである。宝くじ売り場はどういう対応をしてくれるのだろう?おいらの怖いもの見たさの続きは、次回に。全て実話のことである(この項続く)。
February 21, 2026
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円は過去のような安全通貨ではない 日本円が弱い。 と言っても何が根拠かと問われれば、1.マーケット(市場)は、円をどう見ているのか。2.円の実力は、結局「国力がどうであるか」である。 の二つの指標から考えるしかない。 その市場では「弱い円」を予測する声ばかりである。総じて言えば、高市首相の財政・金融政策では円高に転換する絵は描けないということである。 借金には良い借金と悪い借金があり、担保の裏付けのない借金は悪い借金である。結局、国にとっての担保とは自前のお札を擦り続けることしかなく、無限に擦り続ければ貨幣価値はなくなる。つまり、借金を踏み倒すのと同じである。 次に国力である。国力を端的に表すものとして経済力があるが、今やGDPは誰が見ても落ち目の三度笠。早い話しが、円安は日本の経済力の低下を反映しており、もはや円は過去のような安全通貨ではない。 また、エマニエル・トッド氏は国力の予測を主として人口の増減としてとらえ、日本はもうどういう施策をとったとしても構造的に人口は減り続けるとされる。要するにここでも日本はもう手遅れなのである。 トホホ。「日本列島を、強く豊かに」って、絵に描いた餅なのかよ~。
February 18, 2026
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DIE WITH ZERO ビル・パーキンスの提唱する「DIE WITH ZERO」(「DIE WITH ZERO 人生が豊かになりすぎる究極のルール」ビル・パーキンス。ダイヤモンド社。2020年)の考え方、つまり、生前におカネを使い切るという思想は理解できないわけでもない。 だが、人間死ぬ確率は1(必ず死ぬ)にもかかわらず、いつ死ぬかは誰にも分からない。だから、少々の貯えは残しておかなければならず、そう簡単に「DIE WITH ZERO」、つまりおカネを使い切って死ぬことなどムリ。 そう思っていたが、後期高齢者になってみると事情は変わる。 自分だけはいつまでも健康だと思っていても、誰しも歳を取る。要するに、老いるのである。 経年劣化によって足腰は弱るし、脳も劣化する。茹で蛙と一緒で、気付いたら歩行が困難になっている可能性がないわけでもない(おいらの諸先輩を見ていると、転倒されたり、病気になられたりで今や外出困難になられたお方も多い)。 そうなると、カネがあってもカネがないのと同じである。好きな温泉に行きたくても体を動かせない。旅行など夢のまた夢である。日本全国の温泉巡りをもっとしておくべきだったと嘆いても後の祭りである。「健康はカネでは買えない」と言うのは、「健康のうちにカネを使っておけ」という意味でもある。ビル・パーキンスの提唱する「DIE WITH ZERO」とは、突き詰めると「今しかできないことにお金を使え」ということである。 そうであれば、答えは決まっている。時間と健康はおカネでは買えないのである。今しかできないことだけにお金を使おう。そう思えばおカネの使い方が楽になる。 ただ、そうありたいと思っても、事実上セイフティネットのない国である。自分のことは自分で始末をつけなければならない日本(別名、貧乏国)であれば、おカネを使い切って死ぬことなどムリである。落としどころが難しいのぅ。
February 16, 2026
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国立劇場の名品には唸るばかり 国立劇場の名品には唸るばかりである。 国立劇場のロビーには日本画の傑作が展示してある。国立劇場を訪れる愉しみの一つであるが、同劇場は再整備等事業のために閉場されている。 そこで、平塚市美術館では国立劇場内を彩ってきた日本画36点がこの15日まで展示されている。 当たり前のことだが、これらの日本画が一堂に展示されることなどない。平塚美術館のホームページを拝見すると、伊東深水、鏑木清方、小倉遊亀、東山魁夷、加山又造などそうそうたるメンバーの名品が展示されている。 おいらは展示終了間際の先日、平塚美術館を訪問した。おいらは日本画の良さに惚れ惚れし、美術は心を潤すことができることを再確認した。 今回の展示でよかったのは、写真撮影が可能な作品が6点あったことである。 以下、それを紹介する。 展示場の入り口にのっけから展示されている伊東深水の「娘道成寺を踊る吾妻徳穂」である。 これは迫力満点。おいらはこの作品を10分以上鑑賞した。アップで観る価値あり。 続いて、森田曠平「ひらかな盛衰記(笹引の段)」。時代物浄瑠璃であり、由来(長くなるので割愛)を知らなければこの作品の良さは分からない。 川端龍子「天橋図」。構図が斬新である。 加山又造「紅鶴」は解説不要。 森田曠平の「小さん師匠像」と「老妓」。巧い。 撮影可の基準が今一つ分からないが、ホームページ上では小倉遊亀の「月」も掲示されている。月が出ていないのに、月の光を思わせる。名人芸じゃのぅ。 いい作品に触れると心が満腹になる。テレビを点けるとオリンピック以外は高市人気ばかりである。日本はアジアで韓国、台湾に負けてこの先、北朝鮮にも負けかねない貧乏国になるのかと思うと憂鬱になるが(我が国の貧富の差は今後も激しくなる)、世の中には芸術がある。おいらはそう思いたい。
February 13, 2026
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紅旗征戎、我が事にあらず「紅旗征戎(こうきせいじゅう)、我が事にあらず」とは、藤原定家が「明月記」に残した言葉である。 博識の旧友Tさんから「『紅旗征戎、我が事にあらず』と思っていても、この国の将来のことを考えれば憂えずにはいられません」という趣旨のメールをおいらが貰ったのである。 念のため解説すると、「紅旗征戎、我が事にあらず」は、源平の争乱や幕末の維新など、政府軍が錦の旗を掲げて賊軍を征伐することは自分(定家)の関与することではなく、ひたすら和歌の道に打ち込むという意味である。 要するに、国家の一大事に和歌などにうつつをぬかすとは非国民だとするのではなく、正義の戦争などありえない、もっと広い目で人類の文化や社会に皆が貢献すべきだという優れた思想である。 紅旗征戎、我が事にあらず。おいらは、そう思うことにしよう。こういうときこそ、いや今こそ、自分がしっかりとしていることが必要である。
February 12, 2026
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死に票 自民党圧勝の総選挙が終わった。 日本人は自民党を選んだのである。もう好きにしてもらうしかない。 ところで、選挙のたびに思うのが小選挙区制のあり方である。 小選挙区では一人しか選ばれないので、負けた方の票数がいくら勝った方に肉薄していたとしても全て死に票になる(比例復活の場合があるが、比例に搭載されていないと復活できない)。 いわば親の総取りであり、負けた方に投票した民意は加味されない。 だから、選挙データを分析してみれば、実際の投票数の差では与党と野党の差がここまで多くはないことが考えられる。 二大政党制をめざした小選挙区制ではあるが、野党の凋落がここまで来ると選挙制度を再考しなければならない時期が来ているのかも知れない。 健全な与党と野党があり、それが論戦することによって民主主義が果たされるのである。与党一辺倒では大政翼賛会と同じである。アクセルばかりでは、車は暴走するよなぁ。
February 10, 2026
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民度の問題 この原稿を書いている現在は、2月7日(土)の深夜、正確に言えば、2月8日(日)未明、すなわち衆議院議員投票日の当日である。 で、今夕(2月7日(土))、気心の知れた友人と痛飲したのだが、今回の選挙の結果が与党圧勝という予測を目の当たりにして、二人ともヤケ酒になったので、おいらの心境を吐露する。 今夕のテレビ特番は開始5分で恐らく「自民圧勝」、おいらはテレビを消すよなぁ。 トホホ、民度の問題である。 以前もカキコしたと思うが、個々の日本人に問題はない。だが、集団となると異なる。太平洋戦争では圧倒的な物力の米国に軍人も国民も負けると分かっていながら、日本が戦争に負けると言う人間を「非国民」と断じたのである。 アフリカ大陸のヌーの群れと同じで、皆が行けばその先が断崖絶壁であってもそのまま進んで行くのである。 だから、75歳のおいらはもう言わないよ。この先、生きていても余命はたかが知れている。 ドイツのワイマール憲法はよくできた憲法であったが、「緊急事態条項」によって破綻の道を歩んだ。おいらは思う。「国民は好きにしていいよ。政権与党も好きにやっていいよ。だけど、そのツケを支払うのは、結局、現役世代の国民と未来を担う子供たちだよ」 政治家が責任を取った例は、寡聞にしておいらは知らない。 結論。 民度の問題だよなぁ。日本人というのはこういうことを繰り返すのである。今晩はもうこれ以上カキコしたくない。ごめんなさい。酒が不味い。荷風さんよ、どうしたらいいの。よそう、答えは分かっている。
February 8, 2026
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伝説の映画監督、アウトロー長谷川和彦 長谷川和彦が逝った。26年1月31日、誤嚥性肺炎による多臓器不全のため東京都内の病院で死去と報じられた。享年80歳(写真は「日刊スポーツ」26年2月3日)。 長谷川和彦自身が映画のようだよ。デビュー作「青春の殺人者」(76年。水谷豊、原田美枝子)と第2作「太陽を盗んだ男」(79年。沢田研二、菅原文太)がキネマ旬報ベストテン1位と2位という華々しいスタートにもかかわらず撮った映画はその2本だけ。 次回作が見たい映画監督ナンバーワンと言われ続けてきたが、結局撮らないまま帰らぬ人になった。 寡作になった理由は、本当に撮りたい映画以外は撮りたくないと思うようになり、依頼された企画を見送っているうちにどんどんハードルが高くなってしまったからだという。 目標が高すぎて目指す作品が創れない。これは、わかるなぁ。 誰か長谷川和彦をモデルにした映画を撮ってくれ。長谷川和彦役は役所広司しかいないか。 そう考えているうちに広島の「横川シネマ」で4年前に観た映画「愚か者のブルース」が脳裏に浮かんだ。 寡作だったので、このブログで紹介している。その一部を再掲する。「この『愚か者のブルース』は広島で撮影された映画である。 中国地方に唯一残ったストリップ劇場は『広島第一劇場』であったが、閉館が決定したことによって、そこを舞台にした幻想的なストーリーの映画『彼女は夢で踊る』が新宿武蔵野館で上映されヒットし、全国公開された。 今回の『愚か者のブルース』も同じストリップ劇場を舞台とし、その続編と考えることもできる。 主演は、加藤雅也(ハリウッドスター。「GODZILLA」出演)と熊切あさ美。 監督は、横山雄二(映画監督、俳優、歌手など多才多芸。映画「孤狼の血」にも出演。本職は、RCC中国放送アナウンサー)。 で、おいらの感想。 男が一生をかけてやりたいことがあるのに、ぐずぐずしてそれをしない。この映画の場合は主人公が映画監督で第1作が大当たりしたのだが、2作目が酷評されて以後、女のヒモとなって映画を創ろうとしない。まるで長谷川和彦である。 その主人公が変則四角関係となって、映画を創りたいと思う最中に命を奪われるのである。 だから、鑑賞後、胸にせまるものがある。しかも、ロケは全編広島市内。脚本がいまいちの部分もあるが、鑑賞の価値あり」 長谷川和彦へのオマージュのような映画である。 余談だが、長谷川和彦は広島出身で、被爆2世。今村昌平の弟子で映画の虫。まるでおいらの弟(佐々木和也)のような経歴だ。 長谷川和彦、生き方自体が映画そのものであった。こういう化け物はもう出ない。合掌。
February 4, 2026
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当たるも八卦、当たらぬも八卦 来週の日曜日の夜には、判明する。 そう日本の行く末を決めるであろう衆議院総選挙の結果である。 この予測が週刊誌と新聞とで異なっている。 オールドメディアの代表である新聞(読売、日経、共同通信)はこぞって「自民、単独過半数うかがう(読売)」、「自民、単独過半数の勢い(日経)」、「自維が過半数の勢い(共同通信)」と報じている。 他方で、週刊誌は「自民維新の与党は過半数に1議席届かない(文春)」、「自民党の単独過半数は無理だが、維新と足して過半数はいく(新潮)」と自民単独過半数には否定的である。 こういうのを「当たるも八卦、当たらぬも八卦」というのである。 関ヶ原の合戦は長引くと思われたが、あっさりと東軍勝利で決着した。 令和の関ヶ原は、さてどうなる。答えは簡単である。日本人の民度が問われているのである。個々の人はまともな人が多いのだが、全体となると人が変わるのである。 歴史は繰り返す。いや、同じ歴史を繰り返すことはない。歴史は韻を踏むのである。だが、戦争前夜という韻を踏むのだけはご勘弁願いたい。
February 1, 2026
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喜寿だという おいらが勤めていた企業には「社友会」というのがあり、OBは自動的に入会させられている。 その会報が昨日届き、ペラペラ捲っていたら、喜寿を祝うというコーナーがあった。驚いた。おいらの名前が掲載されている。 おいおい、喜寿かよぅ。 喜寿は「数え」で勘定するので、今年のおいらはそういうことになるらしい。 さて、戦後生まれのおいらは、迷信や過去のしきたりを信じないで育った。米軍が押し付けた教育というのは、そういう合理性を前提にしている。 だから、一昔前のおいらであれば喜寿だと言われても何の感慨もなかった。 だが、還暦を超えるころから宗旨替えをするようになった。 日本に古くから伝わる風習にはそれなりの伝統がある。それなりの背景や理由がある。それを教養というのである。 柳田國男を持ち出すまでもなく、そういう伝統が生まれた経緯を配慮しないで喜寿を無視するのはババリアンに等しい。ある意味で、無知ほど恥ずかしいことはない。 人間と動物の差異は、人間にはユーモア(笑い)と教養があることである。 だから、素直に喜寿を喜ぶことにしたい。先日のおいらの定期健診でも特に異常はなかった。今年は、数年ぶりに海外に出向こうかとも思う。未来とは、今、思っていることである。 Where there is a will, there is a way. 喜寿、上等。
January 28, 2026
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プルデンシャル生命は「犯罪者集団」なのか プルデンシャル生命は「犯罪者集団」なのかなぁ。しかし、ここまでひどいとは思わなかった。 プルデンシャル生命元社員らの「プルゴリ」106人が計498人の顧客に投資を持ちかけて、総額30億8千万円のカネを詐取し、このうち約22億9千万円が返済されていない事件である。 若干の解説をすると、「プルゴリ」とは「バリバリ稼ぐ強引な営業マンを象徴する『プルデンシャル・ゴリラ(=プルゴリ)』」のことである。「プルゴリ」による不祥事は1991年から始まっていたが、社員が客への詐欺容疑で続けて逮捕された2024年になって、会社は重い腰を上げて調査を開始した。 昨年4月に金融庁がプルデンシャルに保険業法に基づく報告徴求命令を出し、プルデンシャルは1月16日にこの結果と社長が交代するとのリリースを出すことによって逃げようとしたのである。 だが、事案が悪質すぎるため、プルデンシャルに説明を求める声が高まると国会解散と同じ23日にしぶしぶ記者会見を行うことになった。 その会見でもプルデンシャルは注文をつけた。記者クラブに属していない「集英社オンライン」が参加を申し込むと、プルデンシャルは「日銀記者クラブと弊社がお付き合いしている経済紙を優先的に質問していただく」としたのである。 さらに、会見開始直前に異議を唱えたとみられるメディアの記者に対しプルデンシャルの社員が「(質問制限に)同意していただけますか」と大声で連呼し同意を迫ったという。 これには、当の日銀記者クラブ所属の記者さえも「これだけ不祥事を起こして(クラブ外の記者に)高圧的に質問するなら出ていけとはどういう意味だ。反省する形を示しているのか」と叱責したのである。 だが、それでもプルデンシャルの司会者は終了間際までクラブ外の記者に質問のマイクを回さず、抗議を受けようやく2問だけ許す異様な会見となったという。 しかも、記者会見をしたプルデンシャル経営陣は肝心な情報について「開示しない」という回答を連発したのである。 聞き捨てならない、もう一つ。「プルゴリ」のなかには自分の顧客を他の業者に紹介し、業者からキックバックを受けた者もいるという。 例えば不動産業者に「家を買いたい客を紹介するから、そっちは保険に入りたい客を紹介してよ」と持ちかけるのである。不動産業者は「お客さんを紹介してもらえれば手数料として1人あたり例えば100万円のキックバックをお支払いします(1億円のマンションの場合、1%が手数料となると100万円)」となる。 これについては、記者会見の席上、「キックバックを受けた営業マンはいないのか」と聞かれたプルデンシャルのコンプライアンス担当者は「いる」という回答に追い込まれたが、その詳細については「回答は差し控える」と説明を拒んだのである。 さらに先週発売の文春砲によれば、枕営業まで指摘されている。 終わりだな、プルデンシャル。余談。 どうでもいいが、永田町に立つと、「プルデンシャルタワー」はひときわ目立つのぅ。死者多数の大惨事を起こした「ホテルニュージャパン」の跡地に建つビルである。しかも、千代田生命が建設中だった高層ビルを、同社の経営破綻から買収したものである(2002年竣工)。プルデンシャル生命は潰れかけた生保や弱小生保を買収してのし上がったという歴史を持つ。プルデンシャルを辞書で調べると、「慎重な、用心深い、分別のある(ウイズダム英和辞典第2版)」とあるが真逆である。気分のいいものではない。
January 26, 2026
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最後の決戦 75歳のおいらにとって、おいらが死ぬまでの最後の決戦になるんだろうなぁ。 メディアが連日、報じている来月早々の衆議院議員選挙のことである。 要は、「政権交代ありや、なしや」である。 思い起こせば、おいらが40代のときに導入された「小選挙区制」である。この導入によって政権交代を目指す「二大政党制」が可能となったのである。 その結果、2009年に政権交代となり、民主党政権が誕生した。しかし、この政権交代は大外れとなり、3年後には自民党が政権奪還となった。 ご承知のとおり、これ以降、政権交代はない。日本には「二大政党制」など根付かないのだとおいらは諦めていたのである。 ところが、急転直下、今回の選挙では「自民維新連合」対「中道連合」という構図が誕生した。 二大勢力の公約は似たり寄ったりとなっているが(消費税減税など両勢力とも同じポピュリズム)、その実態は「右派」対「穏健」である。 であれば、この選挙は意味が深い。「右派」も「穏健」も双方の主張に一理があるが、その本質は「水」と「油」である。どちらを取るかは決断である。恐らく、今回の選挙で日本の未来は十年先まで決まる。 さて、この結末は誰にも分からない。今の日本人はどちらを選ぶんだろう。 ニヒリズムの永井荷風が生きていたら、こういうだろう。「どっちを選んでもそれが日本人だ」 では、おいらが少なくとも言えること。 おいらはこの歳まで生きていて良かった。おいらの一票によって未来の一端を担うことができるからである。同時に、未来の入り口を知ることができるからである。 未来の本音。戦争だけはしたくないのぅ。
January 24, 2026
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それって白紙委任? 朝生師匠のお通夜に参列したので、1月19日の同時刻に開催されていた高市首相の衆議院解散演説を拝見することが叶わなかった。 過去の衆議院解散で見事だったのは、小泉純一郎氏である。天下一品であった。おいらもまんまと乗せられるところであった。 で、1月19日の記者会見をネットで調べてみると、冒頭、「高市早苗が総理大臣でいいのかどうか、今主権者たる国民のみな様に決めていただく。それしかない」と述べたという。 その心意気や良し。 だが、具体的に何を言ったのかのぅと調べてみると、「国論を二分するような大胆な政策、改革にも果敢に挑戦していきたい」と訴え、「重要な政策転換について国民の皆様に正面からお示しし、その是非について堂々と審判を仰ぐことが、民主主義国家のリーダーの責務」が解散の理由だとのことである。 しかも、冒頭の発言以外にも、質疑応答で三回にわたって「国論を二分するような大胆な政策」という表現が登場したとされる。 ん?「国論を二分するような大胆な政策」 それって、何じゃい? しかし、肝心の「その改革とは具体的に何を指すのか」については、記者会見では最後までその具体的内容を明かすことはなかったようだ。 おいおい、何だよぅ~? それって「白紙委任状を出せ」ってことか? もし信任されたら、白紙委任状を貰ったので何でもありか? おいらは少しだけ法律を齧ったことがあるので言うが、白紙委任をするということは命もカネも預けるということである。それを知ってそうするなら自己責任だから問題はないが、知らなければ「無知の涙」である。 言いたくはないが、高市首相は筋金入りのタカ派である。しかも、総務大臣のときには、あの「うやむやになったグレー案件」の当事者でもある。危なかっしいのぅ。 おいらは、こういうときの格言を一つしか知らない。「君子、危うきに近寄らず」
January 21, 2026
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春風亭一之輔、ほぼ毎日酒を飲む アエラの電子版(© AERA dot.)で「春風亭一之輔、歳をとると無条件で楽しい飲み会はないのか 「気持ちも身体もだるいなあ」 50近くになってそんな夜が多くなってきたワケ」を読んだ。 これが面白い。春風亭一之輔師匠が自宅で酒を飲むときの描写が巧い。サミングアップするのが面倒なので、そのまま転載する。「ほぼ毎日、酒を飲んでいる。 家で飲むときは350ミリのビールを2缶、調子がよければそのあと芋焼酎ソーダ割りを2杯くらいか。 晩飯のおかずをツマミに、録り溜めたNHKの朝ドラ、大河ドラマ、「映像の世紀 バタフライエフェクト」、「未解決事件」、BSよしもと「花王名人劇場」などを観ながら、2時間くらいかけて飲む。 リビングでは子どもらがスマホを開いたり、宿題をしたり、カミさんと喋ったり。それにチャチャを入れ、うるさがられたりしつつ23時過ぎにはTBS「news23」を観ながら、うとうとして一日の終わりを迎える。完全なる初老、いや、老人と言ってもいい」 晩酌の典型例だが、この文章のシメがいい。「うとうとして一日の終わりを迎える。完全なる初老、いや、老人と言ってもいい」の部分である。酒を飲んでそのまま寝落ちする。年寄り、だと読んでいる自分も年寄だと気付かされる。 おもてで飲むときの話しも面白い。寄席や落語会の打ち上げの話しが続くので、それはネットでご覧あれ。 何が言いたいのか。 太宰治の言葉を思い出したからである。歳を取らなくても太宰は一日の仕事が終わり(いい原稿が書けて)、夕方から晩酌をする愉しみを至福と表現していた。 いい仕事、いい家族、いい晩酌。ぐだぐだ言っても、結局、人生はそれに行き着く。人生とは、その人の「仕事と家族と余暇」である。
January 19, 2026
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追悼 笑角亭朝生師匠 今週14日に、笑角亭朝生(しょうかくてい ちょうしょう)師匠がお亡くなりになられた。急逝である。今週初めに誤嚥性肺炎で入院され、二日後に帰らぬ人となられた。享年90歳。あまりにも急なので、おいらには心の準備ができていない。ただ、ご冥福をお祈りするばかりである。 笑角亭朝生師匠。おいらの落語とジャズの師匠である。出会いは、昭和55年の仕事場に遡る。 おいらが最初の本社勤務のとき、隣の課にS課長が赴任された。当時のおいらの上司はまれに見るパワハラのM課長(ただし、仕事は出来た)であったが、S課長は上品で軽妙洒脱、泰然自若としておられた。 そんなおいらがM課長にシボられていたある日の夕方、「おい、ちょっと一杯やらないか」とS課長から声をかけてもらったのである。笑角亭朝生師匠との長い付き合いの始まりである。 今から考えてみると、どうしておいらに声がかかったのかは不思議でしかない。だが、S課長にしてみれば、好奇心の塊であるおいらに興味がわかれたのだろう、案の定、おいらはS課長の落語の蘊蓄に虜となった。S課長の古典落語の造詣の深さは趣味の域を遥かに超えて、プロ裸足であったからである。 早速、おいらに声がかかり国立小劇場で「古今亭志ん朝」の講座に同席させてもらうことになった。S課長は落語の世界では顔が広く、同好の士である横浜銀行の役員などもそこで紹介してもらうことになる。 爾来、おいらが中国営業推進部(広島)に赴任したり、紐育に単身赴任したりした後も、本社に戻ると再び酒付合いが始まった。おいらのS課長への呼び名もいつしか「師匠」となっていた。拙ブログでのおいらの落語の蘊蓄は全て師匠譲りである。 師匠との付き合いはおいらが会社を辞めても続いた。話せば長くなるので割愛するが、師匠とおいらのほかにもこのブログでたびたび紹介済みの「鈴木理夫」さん(漫画評論家)、それにおいらが職場でご一緒していた「関治光」さん(後、「関ネットワークス」社長。故人)の4人でそれぞれの名前の頭文字を取って「4S会」と称し、毎年季節の変わり目の4回、会合を継続していた。それも師匠の今回の鬼籍入りで二人会となってしまった。寂しい限りである。 さて、師匠から授かった秘伝のもう一つがトラッド・ジャズである。 これも拙ブログでたびたびカキコしているので多くは語らないが、ジャズは体で感じなければならないとして、現場に何度もお連れいただいた。そう、「新宿ジャズ・フェスティバル」などのジャズライブ演奏詣でである。 特にトラッド・ジャズでは「ニューオリンズ・ラスカルズ」(神戸発祥のジャズバンド)を一押しされていた。リーダーの河合良一氏(クラリネット。故人)ともご親交があり、演奏会では河合氏の楽屋に出入りされる仲でもあった(おいらも楽屋入りさせてもらった)。 師匠との思い出を語ればキリがない。師匠は今年の正月もジャズを愉しんでおられ、師匠がお亡くなりになられる直前までおいらとメールでジャズについてやりとりをしていたほどである。 師匠は落語とジャズのほかにも十八番である「蕎麦」と「酒」、無論、仕事でも手抜きはなく、また、ご家族も申し分なく、存分に人生を謳歌して大往生されたのだと思う。 ちょっとシャイで、ユーモアが大好きで、文化人なのにそれをひけらかしせず、誰にでも愛された師匠。お世話になりました。ありがとうございました。師匠はおいらの心の中でいつまでも生き続けておられます。あちらの世界でも蕎麦を肴に日本酒三昧でせうか。落語三昧、ジャズ三昧でせうか。あちらでも愉しみは尽きません。合掌。
January 17, 2026
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今年も毎年恒例の酒断ちを 昨年もよく吞んだ。しかも、年末はご多分に漏れず暴飲暴食、だが、酒が旨いのは元気な証拠だと嘯(うそぶ)いていた。しかし、胃腸と肝臓は働きパナシで、加えて老体である。 そこで、今年も年明けから今週末までの酒断ちを開始した。1月17日(土)に定期健診を予定しており、都合16日間、連続して酒を飲まない(因みに本日が14日目)。 この習慣はもう20年程度続いているので、今更どうのこうの言うつもりはない。 だが、こうして一定期間の酒断ちをして思うことは、おいらは(まだ)アル中ではないと気付くことである。ホンマカイナ。 確かに飲みたくなることはあるが(酒が切れると思われる一週間目などはさすがに酒が恋しくなる)、手が震えたり、フラッシュバックとなるなどの禁断症状などはない。 だから、検診が終わったらまた飲むつもりではあるが、血圧も上がったし、後期高齢者にもなったので、酒との付き合いは適度にしなければならない歳になったことは間違いない。 今年からは再び週二回の休肝日を設けて、昔からそうありたいと願ってきた「死ぬまで酒を飲み続けたい」ができるように養生しようと思う。「週二回、年間百日の休肝日」である。連続16日の酒断ちを思えば、無理難題ではない。休肝日ノ翌日ニ飲ム酒ハ、マタ格別デアル。 余談だが、年末に高校の同期同窓のTさんと久しぶりに痛飲した。席上、久しぶりに「森伊蔵」(写真上)を飲む機会に恵まれ、その味に悶絶した。「森伊蔵」は入手困難なので、味が似たような芋焼酎で値段が手ごろな酒を探したところ、「薩摩宝山」(鹿児島 西酒造)に出会った。無論、「森伊蔵」の味には遠く及ばないが、禁酒後の酒なので、格別であろう。今週末の夜が愉しみである。酒ナクテ何ノ人生ゾ。何ダ、結局、タダノ酒飲ミデハナイカ。
January 14, 2026
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寒中見舞い 寒中見舞い申し上げる。 この連休、寒すぎるからである。だが、一年で最も寒い時期は二月である。まだ、これからもっと寒くなるのかのぅ。 と、いう分けでもないが、今年は寒中見舞いが目立つ。年賀状が来なかった人から、である。例年、賀状が来なかった人からは年末に身内が不幸になったとかの理由が添えてあるが、今年は単純な寒中見舞いが多い。 これは、要するに年賀状を出さなくなった人が増えたからではないか。年賀状は出さないが、それが来た人だけには寒中見舞いを出す、そういうことではないか。 一つの考え方ではあるが、そうすると、当方の立場としては、翌年に年賀状を出すことを遠慮したくなる。年賀状が来ないからである。 だから、この寒中見舞い方式は一見合理的のように思えるが、年賀状仕舞いに等しい。 そう思っている人ならそれはそれでよい。だが、おいらは正月に届いた年賀状をこたつの上に置きながら、友人・知人・先輩・後輩の顔を思い出すのが好きである。 人間は一人で生きているのではない。皆に助けられて生きているのである。そういう人たちに感謝の気持ちを忘れたら、人生は味気ない。おいらは死ぬまで年賀状を出すつもりでいる。余談 写真上は、拙宅の庭に咲く紅梅。今年も鮮やかに色づいた。「耐雪梅花麗=雪に耐え梅花麗し」(野球殿堂入りしているカープ黒田博樹の座右の銘=西郷隆盛が詠んだ漢詩の一節)じゃのぅ。庭の手入れは面倒だが、おいらは花鳥風月が好きなのである。
January 12, 2026
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