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その日、両さんこと葛飾署の名物警官・両津勘吉は、全国警察署対抗野球大会の決勝を戦うために大阪に来ていた。
会場の大阪ドームを見て、「たこ焼きみたいな形だなァ。」とか、「でかいフェンスだ!」などと大きな声で感想を述べていた。
そして、後輩の中川圭一巡査や本田速人巡査が、「この球場ではあまりにフェンスが高いので、フェンスの2階席以上の高さに当たった打球は皆ホームランと言う扱いらしいですね。」などと解説していた。
「そうか。それなら一番上の階のフェンスに当ててみたいもんだ。」勘吉は豪快に笑いながらそう言った。
「何言うてんのや。できるもんならやってみい!」
勘吉の台詞に挑戦的な言葉が返ってきた。中川はその声に聞き覚えがあった。
「何ィ…アっ!お前はチビ太!」
勘吉はムッとしながら声のした方向を振り返った。するとそこにはチビ太こと通天閣署の御堂春巡査がいた。
「なんや、今年もまた東京もんの所と試合かいな。」

「こっちだっておまえの所となんか試合したかねーよ!」
勘吉も負けずに言い返した。
この2人が顔を合わせると口喧嘩が始まるのはお約束だった。
中川巡査と本田巡査は呆れた表情を浮かべながら2人のやり取りを見ていた。

プレーボール前からの激しい前哨戦を象徴するかのように、試合は白熱した展開だった。
勘吉・春の投げ合いはともに譲らず、0対0のまま試合は9回表まで進んで行った。
葛飾署最後の攻撃は先頭打者の勘吉から。
疲れが見えてきた春の初球を捕らえ、2階席に豪快にブチ当てた。
「両津よくやったぞ!」
大原部長と葛飾署の署長が同時に絶叫した。
「ワハハハハ!プロも顔負けだろう!」

「出会い頭や!エラソーにすな!」
疲労困憊の表情を見せながらも春は強気にそう叫んだ。
勘吉の1発で最後の気合が入ったのか、春は後続を抑えて最少失点で切り抜けた。
9回裏通天閣署最後の攻撃は早くも2アウトになった。
3人目の打者は通天閣署の署長だった。

もうアカン…そんなムードが漂い始めた中、勘吉は振りかぶって第1球を投げようとした。
すると、通天閣署々長はお得意のギャグをかました。
意表をつかれた勘吉は思わずスッポ抜けの棒球を投げてしまった。
通天閣署々長はそれを捕らえ、出塁した。
「やったー!署長、ナイスバッティング!」
通天閣署ナインは絶叫した。
「汚ねーぞ!」
勘吉は怒りながら叫んだ。
しかし、捕手の擬宝朱纏(ぎぼしまとい)や一塁手の中川や三塁手の本田になだめられ、取りあえずは落ち着きを取り戻した勘吉はネクスト・バッターズサークルに目をやった。
そこには春の姿があった。
だが、その姿はいつもの威勢の良さはなく、疲労の様子が有り有りだった。
「春ちゃん、代打送ろうか…。」
芦原レイがそう訊ねてきた。しかし、春は首を振った。
ベンチに残ったメンバーには勘吉の剛球を打てそうな選手はいなかった。
そんな中、通天閣署ベンチに大きな声がコダマした。
「ゴメン、遅れてもうた!」
「ルミちゃん!」
「飛行機の到着が遅れてな。堪忍してや。」
「ええがな、ええがな。」
ルミちゃんと呼ばれた女性は、通天閣署のメンバーだった。
彼女はレイや通天閣署のメンバーと挨拶を交わすと、スコアボードに目をやった。
「負けとるンか…。次のバッターは?」
「ウチや。」
「春ちゃん!」
「久しぶりやな、ルミちゃん。」
ルミは春と挨拶を交わし、その疲労困憊した様子から、悪戦苦闘の跡を感じ取った。
キッという表情を浮かべると、ルミは審判に自分が代打で立つことを告げた。
「通天閣署、選手の交代をお知らせいたします。御堂春選手に代わりまして、代打・藤井寺ルミ選手…。」
「藤井寺ルミ…どこかで聞いた名前だ…。」
場内アナウンスを聞いた纏はそう心の中で呟いた。
「誰が出てきたって一緒よ!ガハハハハ!」
勘吉は余裕綽々で豪快に笑いながらそう言った。
しかし、勘吉の思惑とは裏腹に、思わぬ苦戦をした。
簡単に2ストライクを取ったものの、その後ファールで粘られ、見せ球や釣り球のボールにも手を出さず、カウントはいつの間にか2-3になっていた。
「このスイング、確かにどこかで見ている…。」
9球目をファールしたルミのバッティング・フォームを見て、纏はそう思った。
そんな半ば空ろな状態で纏はうっかり先ほど外野へあわやホームラン級のファールを打たれたコースへ投げるようサインを出した。
「さっきの仇を取ろうってのか。面白れえ。」
勘吉はサインに頷くと要求された所へこの日1番の剛球を放った。
「あ、いけね!」
纏は球が投げられた瞬間そう思ったが、しかしもう遅かった。
シャープでコンパクトなフォームから繰り出される風を切るようなスイング。
それは勘吉の放った剛球を捕らえると、快音を轟かせながらボールを外野フェンスの3階席にぶち当てた。
「やった~!さよならホームランや!」
通天閣署々員一同は大喜びで絶叫した。
「さっきの先輩のホームランより上の階に持っていった…。」
中川と本田は打球の飛距離と高さに唖然としていた。
大原部長と葛飾署長は声も出なかった。
両津勘吉はマウンドの上で石になっていた。
「勘吉、悪かったな…。サイン出し間違えちまった…。」
纏はマウンドに駆け寄り、頭をかきながら勘吉に声を掛けた。
勘吉は纏の声も耳に入らないくらいのショックで固まっていた。
「さすがルミちゃん、元全国リトル・リーグ大会の優勝選手や!」
春とレイが歓喜の声でそう叫んだ。
「リトル・リーグ・・・そうか!」
春やレイの声を聞いて纏は思わず大声で叫んだ。
その声に驚いた通天閣署の一同と葛飾署の一同はそちらを注目した。
勘吉はマウンドの上でまだ固まっていた。

試合終了後、葛飾署と通天閣署の一同は春の実家の串カツ屋で祝勝会と残念会を兼ねた親睦会を行っていた。
藤井寺ルミは纏とかつてリトル・リーグの全国大会の決勝戦で2度も雌雄を決した間柄だった。
そして、御堂春や芦原レイとは小学校の頃からの親友だった。
「ウチとレイちゃんとルミちゃんの3人は『はれるや娘』って呼ばれていたんや。」
春はそう言った。
『はれるや娘』とは、もちろん春、レイ、ルミの3人の名前から捩ったものである。
「かしまし娘みたいな顔してか。」
さっきのホームランのショックからやっと立ち直った勘吉が半ば八つ当たりのようにそう呟いた。
「やかましいわ!さよならホームラン打たれたくせに!」
春がそう言い返した。
勘吉はまたショックで固まった。
本田がまた勘吉を必死に励ました。
纏とルミの2試合は最初の時は纏が勝ち、そして2度目はルミが勝った。
そして、中学で決着をつけようと誓い合ったが、纏はソフトボール、ルミは男子に混じって軟式野球をやっていたので直接対決する機会が無くなってしまった。
「せっかくリトル・リーグの決着がつけられる思うとったのに、ソフトに行くんやもん。拍子抜けやわ。」
ルミは纏に言った。
「そっちこそソフト・ボールやりゃ良かったのに、なんで軟式野球なんかやってたんだよ。」
纏も負けずに言い返した。
「しゃあないやん、ウチの中学ソフトボール部なかったんやもん。纏こそ野球続けてたら良かったやんか。」
「こっちは逆に野球部が無かったんだよ。女子校だったからな。」
2人は小学校卒業後のお互いの状況を語り合った。
そして、纏は女子校の高等部を卒業する時、ふとした切っ掛けで警察官になり、ルミは高校卒業後野球がやりたいからと言う理由で通天閣署に勤め始めたことを語った。
「ここの警察署は野球部があったさかい、勤めたい思うて採用試験のこと聞きに来たら、即採用されたんや。」
ルミはそう語った。
「ウチの署は大阪府警とは別個に独自採用しとるさかい。ルミは野球が上手い言う理由で即採用したったわ。」
通天閣署の署長は笑顔でそう語った。
「は、はあ…。」
中川はあっけにとられてそう言うのが精一杯だった。
「良いのかよそんなことで採用して…。」
纏も呆れながらそう呟いた。
「エエんちゃう…。」
レイが小さく2人に言ってきた。
「ウチの署、ギャグがおもろいとか、宴会芸が楽しいからとかそんな理由で採用になった人もおるから…。」
店の奥で宴会芸を披露している通天閣署の先輩を示しながらレイはそう言った。
その光景を見た纏と中川はもう言葉が出てこなかった。
大原部長と葛飾署長はしこたま酒を飲んだのか、すでに眠っていた。
両津勘吉はまだ固まっていた。
採用の経緯には多少の問題はあるものの、警察官としてのルミは優秀で、勤務態度を始めその他の功績を認められ、大阪府警の本部、そして警察庁へ研修と言う形で出向していた。
ルミはエリートと言っても良い警官だった。
そして、その研修が終了し、東京から飛ぶようにしてこの日の試合に駆けつけたのであった。

その時、店の扉が急にガラガラと元気に開いた。
そして次には春の弟達が入ってきた。
「おかだ!かけふ!あんたらどないしたん?店入ってきたらアカンやろ!」
春が弟達をたしなめ、そして訊ねた。
「姉ちゃん、テレビ壊れてもうたがな。」
「阪神の試合見れへんがな。」
この日は交流戦のタイガースとマリーンズの試合が行われていて、それが春の家で受信しているケーブルテレビで放映されていた。
しかし、自宅の方のテレビが良い場面の時に急に壊れてしまい、続きが見たくて見たくてたまらない弟達は店のテレビを見せてくれと頼みにきたのだった。
春は困って返事を躊躇した。
しかし、「阪神の試合」と言う単語を聞くや否や、署長を始めとする通天閣署のメンバーが一斉にテレビの前へ疾風のような勢いで集まり、そしてチャンネルを合わせた。
「西岡の同点タイムリー!阪神、千葉ロッテに同点に追いつかれてもうたー!」
春の家のニュースは元より、ドラマでさえ大阪弁に吹き変えて放送するケーブルテレビのアナウンサーが悲鳴気味に絶叫しながらそう実況した。
「ああ~~~!」
今度は通天閣署のメンバーが悲鳴を上げた。
「なんで阪神はロッテにこうも相性悪いねん!」
「ロッテ」と言う言葉を聞いて今度は固まっていた勘吉が急に元気になり、テレビに猛ダッシュで向かっていった。
「ロッテ同点に追いついたのか!よし、行け!」
勘吉はテレビ画面に向かってそうエールを送った。
「エ、なんや東京もん、ロッテファンやったんか!?」
春が驚いて訊ねた。
「あたぼうよ!東京スタジアムをオリオンズの本拠地にしていた頃からのファンよ!」
勘吉は得意げにそう言った。
「よし、ほんならこの試合が通天閣署と東京もんとの代理戦や!」
「望むところだぜチビ太!中川、本田、纏、オマエらもロッテを応援しろ!」
いつの間に用意したのか、応援グッズを勘吉は中川や本田や纏に渡した。
3人は強引で急速な展開に呆然としていた。
そして、通天閣署のメンバーもいつの間にやらタイガースを応援するスタイルになっていた。
少し調子の狂ったメロディーの勘吉の音頭で、ロッテの独特のスタイルで応援する勘吉ならびに無理矢理加えられた3名。
そして六甲颪を大合唱する通天閣署のメンバー。
狭い店内はさながら球場の外野席のような喧騒となった。
しかし、そんな騒ぎに加わらず、ルミだけが唯1人ポツンと寂しそうにしていた。
「ええなァ、皆はプロ野球が楽しゅうて…。」
ルミは遠くをみつめる悲しい目をしながらそう呟くと静かに席を立ち、暗い表情をしながら店から出て行った。
「ルミちゃん!…」
「どないしたんや、あいつ…。」
通天閣署のメンバーは驚いて口々に叫んだ。
勘吉や纏や葛飾署のメンバーも呆然としてルミの後ろ姿を見つめていた。
「あ、そうや!…」
レイが急に叫んだ。一同は彼女の方を振り向いた。そしてレイは言葉を続けた。

-(.Ω.)たこ焼きドームが泣いた日(2)へ続く-





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Last updated  2008.01.05 20:38:46
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