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2008.09.30
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あるがままとは

 花を見て きれいという 言葉がでるまでのものだろう。

 言葉に ならない 感情。言葉に できない 想い。

 言葉は、どうしても 二分法の思考から逃れることはできない。

 確かこのことを、西田幾多郎は絶対意識とかいう言葉を使ったと思うが、

 言葉にしたのでは 伝わらないのでしょう。

 僕たちは、言葉にならない感情を 言葉にして伝えるほかはなく、この日記でも

言葉の羅列で、言葉以外を 伝えることは出来ない。

 一つの結論として



 しかし、それは、幸せになりたいと 努力しているひとに対しての思考法に過ぎないのかもしれない。

 幸せになりたい人は なれないーいまを 幸せでない状態に 自らしている

 しかし、

 すでに 幸せであるとの 想いもまた、どこかで 幸せでない状態を 意識せざるをえないのだ。

 つまり 世の中に 幸せであることと 幸せでないことを 分けることなしに、幸せであると思えることはない。

 言葉が相対的なものであり、より多くの幸せであるという気持ちと より少ない不幸せという気持ち をさして、幸せであると感じるほかない。

 言葉は 事場 であり、その事の場所を区切るものだ。

 しかし、その区切りこそが 判断でもある。

 いいと悪いを 分けること、

 幸せと 不幸せを 分けること、

 絶対的な幸せとは、幸せという思いが ないことだろう。



 世界が 言語により分節されていて、相対的思考の限界を思うことなしに、

 言語を超えることはできないでしょう。

 ですから、

 幸せになりたいために 努力する  から

 すでに 幸せであったことを 知り そして いきていくのに



 ただ あるがまま なんだ と

 いう、意識の流れが必要な気がします。






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最終更新日  2008.09.30 09:23:46
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