今から約50年前、地方の大学を出て京都の会社に入った青年がいます。
就職難の時代、青年の喜びは大きかった。
でもそれが色褪せるに、時間はかからなかった。
会社は赤字続きで給与遅配も珍しくない。
コレに対して、労働組合は頻繁にストを繰り返した。
会社を辞めると決めて実家に連絡した。
「働くところもないお前を雇ってくれた会社に何の恩返しもせず、辞めるとは何事か」
実家からの手紙にはそう書かれていた。
その叱責はズシリとこたえた。
よし、この場こそ最高の場と考えよう。
生活を一変させた。
会社に布団から炊事道具まで持ち込み、寝る間も惜しんで仕事に没頭した。
労働組合からは非難、罵倒された。
それでも青年は自分の任された仕事を放棄すると
この会社は潰れてしまう。
それこそ、組合員も仕事を失ってしまう。
その姿に組合幹部も心を動かし、スト中もこの青年の仕事の続行を黙認した。
京セラ創業者、稲盛和夫さん25歳の話だそうです。
この逸話が掲載されていた本に、執念につい書かれていた。
人が事をなす上で欠かせないものは執念である。
努力は誰でもする。
その努力が執念と呼べるものになって、事は成る。
成功者と不成功者の差は紙一重。
その紙一重の差は粘りであり、執念である。
話題の書である「ビジョナリーカンパニー」では
成功した創業者の座右の銘の多くは
「絶対に絶対に絶対にあきらめない」コトであると書かれている。
百歳の時に、三十年分の仕事の材料を準備した彫刻家、平櫛田中さんは
こんなコトバを残しています。
「実践実践また実践
挑戦挑戦また挑戦
修練修練また修練
やってやれないコトはない
やらずに出来るわけがない
今やらずしていつ出来る
わしがやらねば誰がやる」
そういえば、子供の頃に読んだ偉人やスパースターは
常に過酷な環境から生まれていた気がします。
PR
Keyword Search
Comments