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January 22, 2013
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カテゴリ: 音楽
ふと音楽制作スペースをみると
T'sLABは各拠点で個々にピアノ鍵盤をマスターキーボードにしていることに気がついた.

TOM:MOTIF XF8
NORI:S90ES
StusdioT'sLAB:KX8

いつの間にかすごいことになっていた(苦笑)

よく考えてみると私たちは幼少期からアップライトピアノに触れていた.
たどり着いた先にピアノがあることは特別ではないのかもしれない.

たまに質問される.

私はドラム,ベース,ギター,ストリングスそしてシーケンスパターンに至るまで
全部ピアノ鍵盤で打ち込むので問題ない.

まーT'sLABのステージでもお馴染な感じだが
SynthLeadのソロもピアノ鍵盤1台でやるしねー

ということで今日もピアノ鍵盤で打ち込みしているわけだが
こうやって電子楽器に向き合っていると震災前の部屋が懐かしく思う.
理由はアップライトピアノの存在.
震災で倒壊しそうな部屋にアップライトピアノが置いてあり
手放す以外の方法がなく急遽売りに出したわけだ.

燃料不足が騒がれていたせいで査定に至らなかった.
(車を出すことが命取りとまで言えるレベルだったため)

実質タダで引き取ってもらったわけだ.
馬鹿だと言われてしまうかもしれないが部屋が倒壊するよりマシということで
なくなく手放した.

25年あまり家で最も活躍した練習用ピアノだった.
湿気の多い部屋でもあり,チューニングは1年と持たず


最後の頃は鍵盤も相当軽くなっていた記憶がある.
ただ,弾き心地はやはり電子楽器のそれとはまったく違く
まさに"弾いている"というダイレクト感があるし.
アンプラグドで音が鳴るという意味では
どんな電子楽器にもまねができないクイックさがある.
思い立ったら鍵盤に向かって音を鳴らしているあの頃が懐かしい.

今,第二の人生を歩んでいることを刹那に願う.


ピアノを弾き始めてからかれこれ20年を超えてしまったわけだが
ここ8年近く決して技術が巧みになることなく過ごしてしまった.

初めて個人レッスンに通った頃,
ピアノが大嫌いだった.
私は譜面も読めないし演奏もうまくはなかった.
ただ,ひたすら「やめるか?」という親の文句に
『やめない』と言い張っただけ・・・
そのまま小学校4年まで続いたんだから
頑固な性格は折り紙つきと言えそうだ.

譜面も読めずになぜレッスンができたかというと
そのからくりは簡単なものだった.
私の教わってた先生は必ずこれから演奏する曲を一度演奏してくれるのだ
指の練習に使うハノンですら必ず一回見本を目の前で演奏してくれる.

長編の曲はテープに録音してくれた

これが私を支えてくれたのだ.
そう,耳で聞いて目で見て覚えて練習していたのだ.
音符の位置はわかったので後は自宅でひたすら
耳で覚えたその曲を再現していく.

譜面は記憶を呼び戻すためのスイッチの役割だった.

恐ろしいことに私は気が付いたら
いつの間にか意識もせずにデフォルトでそれをこなしていた.
今でも続く耳コピー技術(最近は退化する一方だが)はここから確立していた.

結局,電子オルガンを並行で習うようになっても
譜面が徐々に読めるようになっていたが
耳コピが圧倒的に早かったせいでこの癖は直らなかった.

また,練習も大嫌いで
ある程度,再現できるようになると
サボり始める.

ただ,家は兄がレッスンを先にはじめていたため
昔からアップライトピアノがあった.
夕方には家にいる母親がピアノの音を聞いて
『今日も練習しているな』って思っていたため
音を出さないわけにはいかなかった.

そこで編み出した技が右手で曲を弾きながら
左手で漫画を持ち漫画を見るという技術

もちろん,曲になってないと耳障りに感じる性分になっていたため
曲は弾くのだ.
ただ,漫画を読んでないと退屈になるから漫画はしっかり読むのだ.

私はマルチタスクだったのだろうか?
おかげでブラインドで演奏できるようになったし
後に自分の音を聞きながら周りの音を聞く余裕を作れるようになったわけだ.

悪知恵の働くガキだったことは間違いないわけだが
我ながらすごいと思う.色んな意味で・・・

と,まぁ
こんなのが続いても
周りが授けてくれた苦難(?)や協力(???)が見方をしてくれて
音楽を続けていられた.

負けず嫌いな性分だったから
当時,グループレッスンで一緒だった子が
小学校の同じクラスだったのは幾分辛かった.
いい加減なレッスンを続けていたから
全くレベルが追いつかなかったし
クラスでもその子はズバ抜けて上手いのに
私はペーパーテストもびみょーな点数で・・・
ライバル意識なんて持つ気になれなかった
少しでもそれが芽生えていれば
あの頃から技術力を磨く努力もしたのだろうけど
それをひっくるめて自分なんだと思う.

結局,そんな幼少期を送っていたせいで
音楽家なんてのはもちろんのことながら
自分が音楽に目覚めるなんて思ってもなかった.
その証拠に,小4くらいまでは将来のことについて
音楽については一切触れていなかった.

転機が訪れたのは小5の頃
当時グループレッスンから電子オルガンの個人レッスンに変わって
引き続いた先生がグループで出る県大会の選抜演奏チームに
私が呼ばれたのだ.

兄貴が出ることが決まっていて
家の親が後押しをしたのだろうと思う(詳細は知らない)

それまで,年一度の発表会に出ていたが
300人キャパの小ホールでの演奏が最大級だった.
もちろん,演奏なんて下手だし,人前に出るのは何よりも苦手だった私は
発表会は好きじゃなかった.

そんな私にとって県大会は想像をはるかに超えていた.
練習の時は何も考えられなかったんじゃないかと思う.
想像すれば足が竦んで何も手に付かなかっただろうし

数週間後,いざ大会会場に出た時は驚いた・・・
お客さんの数やホールのキャパがデカ過ぎで恐怖を通り越しよくわからなかった.
言ってしまえばTVの前で好きな女優さんに「好きだー」って言うくらい離れた世界に思えた
(ん?そんなこと言ったことないけど,ていうか今までに女優さんで好きな人いたっけなぁ;)

いやー
まいったまいった
緊張はするんだけどね
なんかすがすがしい感じ
終わった後,拍手されても実感なし
自分に向けられているなんて思えないし

でも,決定打は最後の表彰だった.
初舞台で審査員特別賞をもらった時初めて
「あ,人前で弾いていたんだ」って
これで火がついたわけだ.
「人前で演奏すると爽快だ」と感じた

結局,これがきっかけで
ステージに目覚め現在に至る(間は端折る!)


今ではステージに立ってる時
最初にステージに立った時とは違い
お客さんをよく見るようになったけど
当時から変わらず思うことがひとつある.
「ここが自分のプラットフォームだ」と・・・


最近は年々時間が限られてきているせいで
準備不十分のままステージに立つことが多いことで非常にストレスになり
ここ1年あまりステージそのものを楽しんだことはない.
常にお客さんに申し訳ない気持ちでいっぱいだ.


今年はT'sLABで復帰したいと思う.
また初心に帰って「プラットフォームだ」と言えるように・・・





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最終更新日  January 22, 2013 11:50:33 PM
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