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2007年08月29日
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カテゴリ: 日常生活
今日、『家世』という単語を習った。 
どういう意味でしょうね?

私の安い辞書にはこの言葉が載ってなかったので
自分の解釈で言うと、『お家柄』ということだと思う。

新しい単語を習う時、先生はいつもその単語を使った質問をしてくる。
今回の質問は
『あなたは、交際や結婚の時にお家柄を気にするタイプですか?』
という質問だった。

その後、クラスメートでお互いにたずねあったり、討論して、

さまざまな年齢、さまざまな国、さまざまな宗教、さまざまな環境、
そんなクラスメートを理解しあいながら、
ボキャブラリーも増えていく・・・と、そういう授業なのだ。

20代前半の華僑の子が多い私のクラスでは
『お家柄なんて気にしな~い!自分たちが愛し合ってれば
家柄なんて、ぜ~んぜん重要じゃな~い!!』
というのが、私を除いた全員の意見だった。

何故か先生はいつも最後に私の意見を聞いてくる。
『馨はどう思う??』

私は・・・・・・相手の家柄を気にする・・・たぶん、すごく。

みんな、すごく意外そうな顔をして私を見つめた。

『そんなもん気にしてるから、相手の本質が見えなくなって
やれ離婚だ、やれ慰謝料だ、やれ養育費だって、揉め事が絶えないんだよ!!』
などと、勝気なことを言って、みんなで
『そ~だそ~だ!!』など言い合うことを期待していたのだろうな。

よっぱど私のキャラに無い事を言ってしまったのだろう(^^;)

と、質問返しをしてきたので、私は昨日感じた事をクラスで話し始めた。


今、私の彼が里帰りをしていて、たまにメールを送ったりするのだけど、
昨日は彼、お家で撮った2枚の写真をメールに添付して送ってきた。

私と彼は付き合って2年半になるのだけど、ずっと台湾なので
お互いの家に行ったり、家族に逢ったりしたことはない。
だから、お互いの会話でどんな家族かは知ってるけど、実際には知らない。

その写真は、とても天気の良い午後という感じで、
どちらも一人で写っている写真。
1枚は自分の家の庭でガーデニングしている写真、
もう一枚はガレージの車の前で笑っている写真。

その写真を、とても注意深く見ながら
私はウチノメサレタのだ。

濃い緑の芝生の、ビックリするほど広い広い庭で、
短パンに裸足でガーデニング。
そして、ガレージには2台の車、PEUGEOTと・・・
もうひとつははっきり確認できないのだけど、どちらも
古く、よく乗込んでいるのがわかるし、
キチンとメンテナンスをしていて、愛情をかけて乗っているのが良くわかる。

ソコには見慣れた彼しか写っていなかったにもかかわらず
私には彼の家族が、お互いにふんだんな愛を与え合って
生きてきた事が痛いほどに良くわかった。

そうでなければ、たかだか自分の家の庭で、
あんなに満ち足りた顔ができるだろうか?

たかだか自分の家のガレージで、
あんなに誇らしげな顔ができるだろうか?


私はいつもそうなんだ。
恋人だけでなく、友人でさえも、
その人の実家へ行ったり、家族に逢ったり、
若しくは、そういう光景を写真やビデオなんかで見せられると
ひどくウチノメサレタ気持ちになる。

普段は個人 對 個人として付き合っているので
相手のことを個人として見ているけど、
その人物にも、当たり前だけどやっぱり両親や家族や親戚がいて
生まれ育った思い出いっぱいの場所がある。

そして、私のいないその場所で、私の見たことのない顔をしたりする。

それが幸福そうであればあるほど、私はウチノメサレル。
それが身近な人間であればあるほど、私はウチノメサレル。

なぜなら、私は自分の両親の家に帰ったとしても
きっと、そんな顔はできないからだ。
細かい話はしても仕方ないし、それぞれの考え方があるのでやめておくが、
どんな事にでも冷静に、真剣に、
遊び心と思いやりを持って対処できればいいなと心がけているはずなのに
自分の家族と呼ぶべき人間と、
ひん曲がっている自分の或る部分へのトラウマだけは
ナカナカ拭い去る事ができない。

誰を攻めるわけでも、恨んでいるわけでもなく、
ただ、どうしようもなく関わりたくないと思ってしまう。
人間がフト発生する手品のコインみたいな存在だったらいいのに。

私には、彼ら自身と、そして、彼らと共に過ごした時間にまつわる記憶を
愛する事ができない。
そして、愛さなければいけないという呪縛から開放されたい。
世間で言うように、本当に時間が解決してくれればいいのに・・・。

だから私は、愛のある場所で、愛に包まれた笑顔のできる、
愛のある人を見ると、相手の人生に毒を撒き散らしてしまいそうな自分と
それに対して、心から失望している相手の家族が頭に浮かんで
自分の大好きな人や、その大切な人たちを傷つけたくない、と
深く深くおもうのだ。

だから、私は相手の『お家柄』が気になってしまう。
相手の『お家柄』が良ければ良いほど
ウチノメサレタまま、心がドンドンと独りぼっちになっていくからだ。

こんな事を私のクラスメートが、私のつたない中國語で
理解してくれたかどうかは知らないけど、
人生には正と負の二つ以外にもたくさんの答えがあって
ほとんどの答えは正解でも間違いでもなくて、
みんな正解を知りたくて、でもわからなくて、
あがいているのだと言う事を感じてもらえたりしたら
私は少し救われた気分になる。





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最終更新日  2007年08月30日 02時46分47秒
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