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カテゴリ: 虚  第一章
(何だ・・・・・?)
どくん、と大きく心臓が脈打つのを咬(ぜん)は感じた。
奇妙な二人組みの男が坂の上からこちらを、咬をじっと見据えていた。
奇妙な、というのは姿形のことではない。
男たちの容姿は特に目を引くものではなかった。
それでも奇妙な、と感じるのは男たちの持つ雰囲気だ。
上手く言えないが、無理に表すと、“堂々としすぎている”というところか。
二人とも他を圧する気配を放っている。
何というか・・・・・、血生臭くて、生々しい眼をしているのだ。

そんなに長く生きているわけでもないが、こんな眼は今まで見たことがなかった。
と、ふいに男の一人がこちらに歩を進めてきた。
手を伸ばせば届くところまで近づいて来、咬の真正面で立ち止まった。
驚きよりも不審の方が先にたつ、それを隠しもせず目に不快を表し、咬は男を睨み付ける様に見上げた。
すると男は本気で楽しげに声を上げて笑った。
「・・・・・・・・・。」
反して咬は醒めた眼に戻る。
あの時と場所を選ばぬ狂夢のせいで、死にそうなほど疲れているのだ。
わけのわからぬ男の、しかも面識もない奴らなど相手にしてやる気も、義務もこちらにはない。
男をよけ、坂を上ろうと横をすり抜けると突然後ろから腕を掴まれた。
「っ、いいかげんにっ・・・・・・!」

咬が坂を上がったせいで目と眼が同位置になる。
思わず息を詰めた。
夕闇で今まで判らなかったが男の片眼が青い。
その眼に引き込まれる様に咬は無意識に、今まで統御していた意識の深層を手放した。
男の意識がそれに無理に肉薄する。

其れは表皮以外の組織から発生する悪性の肉腫の様に咬を蝕んだ。
このまま其れに身をまかせれば、全てから奪われ楽になれる気がした。
疲れきった身体と精神には堪え切れぬ誘惑だった。
男の意識はもう一息のところまで、激しく迫ってくる。
もう少しで堕ちる、という時だった。
この一ヶ月で嫌になるほど突きつけられた、炎かと見まごうほど激しくひたむきな声が咬の頭の中をかき乱した。
脳を直接手でかき回される様な衝撃の嵐に目が眩む。
けれど頭ははっきりとクリアになった。
男の意識を意志の力で力ずくで追い出す。
そのままの勢いで咬は男の胸倉を掴み、地面に引き倒した。
男の上に覆いかぶさる様にして咬は憎悪に近い感情を叩きつけた。
「・・・・・どいつ、も・・・こいつも、人の中に勝手に・・・・、入り込みやがってっ。」
意識内に手加減もなく無理やり入り込まれ、ほんの一瞬で体力が激減した。
其の事実を表す青白い顔で、咬は抑え切れぬ激情を口にした。
其れは自分を手放そうとした己の脆弱さへも向けた怒りだった。
「今度・・・・・同じことをして、みろ・・・・・俺が、・・・・殺す。」
咬の指がじりりとコンクリートで削れた。
咬の血で男の肩口が汚れたが、咬は気づいていないようだった。
見ると、咬の唇にも血がこびりついていた。
唇を噛み切ったらしい。
本気だった。
真性の殺気が男に向けられる。
一切のまがい物が混じらぬ純粋な殺気が眼に宿っている。
其の眼は二十も過ぎていない者がもっていい眼ではなかった。
夕闇を切り裂いて現れた凍った月がその咬の姿を蒼白く照らしている。
蒼白い顔にこれ以上はない血の紅が彩られた咬の姿は凄惨なほどに美しく、扇情的だった。
怒りと呼ぶには生ぬるい激情に震える身体を男から離し、乱れた息を堪えるように整えると咬は静かに立ち上がった。
引き倒した男には見向きもせず、教科書の入った鞄を拾い上げると咬は坂を上るために歩を進めた。
その咬を、今までずっと沈黙を守っていたもう一人の男が見下ろしていた。
其の静かな瞳が何か告げているような気がし、咬は足を止め、真率な目で男を見つめ返した。
青い眼の男の方とは違い、穏やかな温かい目をしている。
燃えるような褐色の肌に、服を押しのける隆起した胸、驚くほど逞しい巨躯をしている男だった。
「夢を・・・・・。」
其の身体に合った低い声が親愛の情を含んで言葉を紡ぐ。
「恐ろしい夢を、見ているのではござりませぬか、咬様。」
驚くほど古典的なしゃべり方も、なぜか名を知っていることも、咬はどうしてか不思議に思わなかった。
暗黙の呼吸が自分とこの者の間にはあった。
怖いほど呼吸が合うのだ。
言葉を紡がなくともこの男が自分の意を介することを咬は何故か知っていた。
懐かしさすら覚えた。
「これを。」
男が何かを差し出してくる。
咬は迷わず受け取った、・・・・・この男からはあの青い眼の男に感じた不審感も警戒も湧かなかった。
「・・・・・これは?」
見ると数珠だった。
月光を映して輝く数珠は美しく、其の数珠玉の一つ一つにはそれぞれ違う仏の姿が彫られていた。
「これが御身をお守りいたします。これを身につけていれば悪夢も遠ざかりましょう。」
男の真摯なまなざしを咬はじっと受け止める。
紡ぐべき言葉は咬の内には見つからなかった。
代わりに自分の左腕に数珠をはめる。
すると数珠玉の一つがしめやかに金の光炎を放った。
やがて其の光炎は咬の皮膚に溶け込み、馥郁とした香りが広がった。
充溢した気が自分の内に流れ込むような温かさに、咬は思わず満足の息をもらした。
其れを見、男の目は敬愛の念を深め、温かく微笑する。
「・・・・弾城(だんじょう)、と申します。」
其の言葉の意味がすぐには分からず、困惑する。
けれど、弾城という言葉の響きが男にあまりにもしっくりきたので、やがて分かった。
「お前の名前か・・・・?」
囁く様に言ったのに、聞こえたらしい・・・・・男ははっきりと頷いて、それから嬉しそうに笑った。
咬は咄嗟に応えが出なかった。
弾城が自分にここまで向けてくる感情の意味が分からないのだ。
そして、性質が悪いことに受けた瞬間はパズルのピースが嵌まる様に理解できるのだが、次の瞬間には其の感覚は宙に浮いてしまっている。
(分からない。)
この言葉をここ最近で何回、心中思っただろう。
半ば居心地が悪くなった。
其の空気を読んだように、突然背後で声が上がった。
「やれやれ・・・・、少しは手加減してくれてもいいだろうに。」
飄々とした声に振り向くと、青い眼の男がすぐ近くまで歩み寄ってきていた。
コンクリートでしたたか打った頭を手でおさえながら、咬に笑いかける。
「容赦がないな。」
「貴殿のは自業自得であろう。」
咬が醒めた目を男に再び向けると、咬を庇う様に弾城は男に向かって言った。
それに男は肩をすくめて返し、咬に向き直った。
「悪いな、君を試させてもらった。・・・・・本人だという保証が欲しかったんでね。」
「保証?」
初めて咬が男の言葉に反応を返した。
「そうだ。」
「嘘つけ。本気だったくせに。」
錐のように鋭く言葉を切り返し、咬はまなじりが裂けるように目を細めた。
「あんた、俺が邪魔だろう・・・・刺桐(しどう)。」
そして咬は露骨に笑った。
他の二人は揃って咬の言葉に目を剥く。
けれど其の驚嘆の理由は二人とも違っている。
「思い出されたのかっ、元虎ぎみ!」
弾城の言葉をさえぎり、刺桐は咬を見た。
「違う、俺が入り込んだときに逆に意識を読んだんだ。そうだろう?」
咬は答えない。
反して弾城が弾かれた様に咬を見た。
(記憶も戻ってない、<喚魂者>としての力も戻っていないこの状態からそこまでできたというのかっ!?)
驚きを通り越して、空恐ろしくすらあった。
咬はそれらを無視し、時計を見た。
もう、七時を過ぎている。
「待つんだ。」
去ろうとした咬を刺桐は引き止めた。
聞く気はない、と咬は踵を返す。
その耳に不吉な言葉が投げかけられる。
「白炎(びゃくえん)、知っているだろう?」
思わず立ち止まる。
それを逃すまい、と声が続けられた。
「君に、話がある。咬。」





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最終更新日  2005年09月10日 16時07分10秒
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