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カテゴリ: 虚  第一章
人は容易に嘘をつく。
自分にも・・・・・・・。
『どうして・・・・どう、・・・・してッ、俺は生きてるんだ・・・・。』
何度も何度も・・・・・咬(ぜん)は死んで生き返る・・・・。
呪いの言葉と己の吐瀉物と血反吐にまみれながら。
こうまでして、まだ・・・・・俺は生きている。
己の記憶と心を騙して。
人は容易に嘘をつく、自分と、自分の記憶にさえ。
咬はただ一つの大切なものを守るために己の心に一つ・・・・大きな嘘をついた。

死ぬ、痛い、死んでしまう!
どんなに願っても叶わないことを。
『泣かないで。・・・・・悲しい夢を見たんですか?』
かすかに瞳を細め、返る温かな血の通う声はもう二度と返らない。
夢じゃ、ない・・・・・。
(おまえが、いない・・・・・・・。)
温かな声も、思いやりに満ちた其の腕も、二度と帰らない。
涙も血も渇いてしまうほど叫んでも、悲嘆が哄笑へと代わっても。
喪失の痛みで、死んでしまう・・・・・・・。
どちらかの死での決着など、自分は願ってはいなかったのに。
だが其の悲痛な願いから咬は・・・・・・・元虎(もととら)は直ぐに解放された。

己の温かな血潮が、自らの身体を徐々に濡らしていくのをひどく安らいだ瞳で追った。
自分の血の温かさがただ一人を・・・・・・、夕闇の瞳のただ一人を思い出させたのだ。
ただ其の事にのみ、元虎は安堵した。
そしてゆるゆるとやって来る眠りに、幼子の様に身をゆだねた。
(あのとき、死ねばよかった。)

けれど消滅は、<喚魂者>たる元虎には許されなかった。
今までの記憶も、想いも全て引きずってまた元虎は新しい生を選ばなければならなかった。
<喚魂者>の死は死ではない・・・・・・半ば強制的に“守り人”としての生を永劫の時と共に与えられる。
元虎は先に道のない生を歩み続けなければならなかった。
けれど堪えられないことは分かり切っていた。
絶対に失えないモノ・・・。
堪え切るより先に死ぬ、痛くて死ぬ。
過去だと忘れることなど、できない。
去るものは日々疎くなる、など・・・・・。
(怖い。)
何時かこの痛みも忘れるのだろうか。
(できない。)
何時か過去だとこの痛みを癒す者が他に現れるのか。
(・・・・・・・・・ッ!!!)
此れを考えるたび元虎は身体を裂かれる様な恐怖を覚える。
違う。唯一だった、あいつだけが・・・・・っ。
あいつだから心に入れることができた、あいつだから唯一だった・・・・ッ。
過去だと認めるぐらいならっッ・・・・・・・・!
そして元虎は全てを無に帰した。
魂の記憶を封じ、<喚魂者>の力を手放し、其処とは違う異界に転生した。
やり直そう、と思ったのだ。
死んでしまった存在は決して帰ることはない。
けれどそれでももう一度・・・・・・、自分の生を・・・・。
死による決着ではなく、生による答えを。
新たに生き直そう、と。
そう願っての大きな嘘と忘却だった。
<界のほとり>と呼ばれる新たな世界は、元虎に生を与える場所のはずだった。
(あの時、諦めていればよかったのか・・・・・・・・?)
喪失は消えなかった。
幼い頃から、狂夢を見る度身体中の血が涙に代わるほど泣いた。
夢への恐ろしさに、では無く“誰か”の微笑と喪失に。
泣いて泣いて、泣き疲れても涙は止まらなかった。
分けの分からぬ喪失の痛みに幼い身と心は血を流した。
泣いて泣いて、病弱な母の手には負えぬほど一日中泣き続けた。
病院に連れて行かれ、何かの薬を打たれる日が続いた。
現実からに逃げたツケを払うのは元虎の・・・・・・・咬のこの涙だった。
成長と時と共に封じる力は育ち、記憶は思い出されることは無かったが、喪失感は失われなかった。
朝目覚める時、夕暮れの街の雑踏にむせぶ時、夜眠る時、咬は必ず“誰か”を探した。
唇に名も乗せられぬ“誰か”を何度も呼んだ。
・・・・・・・・死にそうだった。
こんなに失えないと叫ぶのに。
(・・・・・新たに生き直そう、などと思うべきでは無かったのか?あのまま・・・・・、同じ痛みにのた打ち回るのなら、全てを負ったまま生きるべきだったのか?・・・・・けれど思い出した今でも自分は変わらなかった。)
全てからの忘却は逆に咬の首をじわじわと真綿で絞めていった。
自業自得だ。
此処まで愚かだったのか、と嘆くよりも嘲笑えた。
此処までくれば他に自慢でもできるのではないか、道化のほうが自分のしていることが分かっている分はるかにマシだった。
束の間の目覚めに其れでも元虎は咬の身体と心で慟哭する。
もう少し経てば、完全な目覚めは来る。
・・・・・・“刻”は近かった。
まどろむように元虎は思う。
(もう・・・・・・・・・。)
・・・・・そして代わりに咬が目覚めた。





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最終更新日  2005年09月10日 16時02分48秒
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