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2005年11月03日
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カテゴリ: 虚  第一章
「妾はそなたを呼んだ覚えは、無いのだがなあ・・・・・。」
生ぬるい恫喝を孕んだ声は、それでも艶やかに美しく・・・・・・・。
白炎(びゃくえん)は、弄ぶ調子でその紅い唇の上で、呪詛を紡ぐ。
明らかな憎悪とどす黒い妬心を、白炎は有家(ありえ)に向けながらも、その視線だけは咬(ぜん)から外される事は、無い。
まるで、救いを求めて祈る殉教者のように。
其れ故に白炎の憎愛の情は異様さを増して見える。
「・・・・・・・・。」
それを眼に捉え、有家はぎりり、と白炎だけに視線を引き絞った。
こころなしか咬を抱く腕に力がこもるのを、有家は自覚する・・・・・・。

そして、はんなりと白い指を、有家に向かって伸ばす。
其の手を動かし、やんわりと眼の前で握りこんで見せた。
有家の身体を握り潰す様に。
「そのむごい姿、・・・・・・・妾の血界を破って来たのかえ?」
この路地には誰も入って来れないように、白炎は自らの血で結界を張り巡らせてあった。
<喚魂者>である白炎の結界は強く、何者であろうと、容易には破る事はできない。
だが有家は此処に、居る。
どこをどうしたらそんな風になるのか、と聞きたいほど服は乱れ、其れにはおびただしい血が付いていた。
其の血は全て、有家自身の血であろう。
有家は自身の身体で、白炎の結界を破る代償を払ったのだ。
髪型も崩れ、額に掛かり落ちる男の前髪はけれど、真性の殺気を生み出す獣のような有家の眼を隠し切れていない。

其れだけではなく、有家の左の肩がぐずぐずに潰れている事も。
(あれでは、左腕はほとんど動かないであろうに・・・・・。)
それでも其の腕で、有家は咬を抱き上げているのだ。
不可能、どころではない。
正気の沙汰でもない。

一瞬息を詰めて、白炎は眼を見張る。
睨み据える有家の視線の真率さに。
其の腕の中で意識を手放している“唯一つ”の人の姿に。
心臓を割って滲み出る、苦さ。
それを、厭というほど白炎は味わう。
こんな筈ではなかった。
こんな筈ではなかったのだっ!!
(今生でもまた・・・・、今また再び妾の邪魔をするか!!有家っ!!)
「そうまでして、元虎様の御為に此処まで参ったのか?これは・・・・・さすがの忠臣・・・・・・元虎様の懐刀とまで云われただけはある・・・。」
白炎は激情を瞳のみに表し、有家の血まみれの姿を指して、やんわりと口唇を笑ませ、褒めて見せる。
そうして指を取って返し、
「じゃが、今生のそなたの主は・・・・・・妾ではなかったか。」
と、有家に眼を向ける。
「そなたの今の身体、妾が与えたが忘れたか。」
白炎の其の瞳に真性の憎悪が宿るのを、有家は冷たく底光りする眼で一瞬見やる。
「そうかもしれませんね。」
冷静に、と言うには怖すぎて、憎しみに、と言うには獣の本性のような殺気に満ち満ちている声が、有家から静かに発せられた。
其の声に、白炎と咬の伯父である男は思わず背筋が凍りつく。
それを気にもせず、有家はけれど、と続けた。
「其の事で貴女に縛られるのなら、今直ぐにでもお返ししますよ。」
何とはなしに告げられた暴言に、白炎ではなく、咬の伯父の方が驚愕した。
其の驚愕のまま、伯父は得体の知れない眼の前の男に、掠れる声で叫んでいた。
「貴様・・・・自分でっ、自分で何を申しておるか判っているのか!?」
「其の身体を失えば貴様は・・・・・・・っ!!!」
分けの判らぬ懼れに、伯父は駆られ空転する言葉をそれでも振りかざす。
其れを見、初めて有家は表情を動かした。
唇を歪めて、笑う。
「“分からないのか?”可哀想な男だ。」
何かを暗示させる言葉を有家は紡ぐ。
そして束の間、有家は腕の中の咬に視線を落とした。
「自分の命より、大切な人だ。」
囁く様に、祈る様に、そして白炎と伯父に告げるようにしながらその実、咬だけに捧げられる言葉だ。
「けれどこの人を守る為にある自分のこの身体も、俺にとっては大事だ。だが、この程度の想いではこの人には、届かない。」
(この強い人は振り向かない・・・・・けれどこの人はいつも自分の後ろから抱いてくれる手を求めている。)
助けを、求めている。
其の時に手を差し伸べられないなら、自分に生きている意味など無いのだ。
今が其の時だ。
其の為には自分が死んでも構わない、否、生き続けなければならない。
けれどこの与えられた身体が、この人を守る枷になるのなら、こんな物はいらない。
それならいっそ、この身体を殺し、他の人間から奪ってしまえばいい。
この街の人達を皆殺しにしても良いほど、愛している。
この人が、男でも女でも、植物でも機械だったとしてもどうでもいい。
“この人”を愛している。
この人に対して以外、良心は働かない。
この人を傍で守る為なら、俺は何千、何万という人の身体を奪うだろう。
自分は紛れも無く狂人だ。
心中で密かに自嘲する。
故に白炎を裏切ることなど、自分は何とも思わない。
必要があれば、この人自身でさえも俺は・・・・・・・。
「・・・・・・清、綱・・・・・。」
掠れた、けれど比較を絶する声がすぐ近くで有家の名を呼び、呪縛する。
咬だった。
身体の激痛に膿んだ熱っぽい声だ。
(・・・・・・手当てをしなければ。)
と、其の声に有家は思考を引き上げられる。
「・・・・・・・・・・。」
未だ絶句している伯父を無視し、有家は咬を抱き上げこの路地裏から出ようと踵を返す。
そのまま歩き出し、その場から段々と遠ざかるが、ついに白炎から引き止められることは無かった。
強く吹いた一陣の風が、まだ止まらぬ有家と咬の血を吹き攫い、二つの血を交じらせる。
強く香る血の匂いが、何かを暗示していた・・・・・・・・。





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最終更新日  2005年11月03日 17時53分33秒
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