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こちらが眠っているだろうと分かっているはずなのに、一寸の遠慮もないノックの音に、氷翠王は眠りから無理矢理引き摺り帰された。

だとすれば誰なのか。
・・・・・・・思い当たる人物が多すぎて、氷翠王には判断できなかった。
少しの間を置いて意識をはっきりさせた後、部屋のすぐ外に待つ人物に声をかける。
「入っていい。」
偏頭痛のするこめかみを押さえ、一瞬目を細めるが、それも入ってきた人物を見て寸分忘れる。
「・・・・・・・・良将【よしまさ】?」
驚く氷翠王に、相手は大型犬が尻尾を盛大に振っているように嬉しげな顔をして笑いかける。

氷翠王のことを正式な名を貰う以前の名で呼ぶのは、今はこの人物しかいない。
他の者は、氷翠王の父が便宜上とはいえ自分の弟の名を氷翠王に与えたのが気に入らないのだ。
父の弟であった朱樺邦友【シュカ クニトモ】は稀な才を有していたが、碌な死に際をしなかったので。
にっこりと昔の名を呼んで笑む良将に、氷翠王も歓迎の意をこめて微笑みかける。
「おかえり。」
「うん。俺がいない間も元気だった?」
言いながら良将は軽い抱擁をしてくる。
これはほとんど儀式に近いものだった。
再会した時と、別れる時、良将は必ず忘れることなく抱擁をしていく。
接触はそれのみ。
あとは迂闊には触れてこない。

「何時?」
「ん?」
「何時帰ってきたんだ?」
頬にあたる髪がくすぐったく思え、氷翠王は目を細める。
それを面白げに見返しながら良将は目元を笑ませながら、返事をしてくる。

「黒曜【コクヨウ】から?」
「そうだよ。」
皓【コウ】国と大陸を二分する黒曜国には、自国の紋章を象った旗を掲げる私掠船の存在が有名だった。
簡潔に言えば、海軍とは別に国王陛下が掠奪を認めている海賊たちのことである。
鎖国を旨とする皓国とは異なり、黒曜国は海に通じさかんに他国との貿易をし、かつ海を越えた領土の拡大を着々と図っている。
黒曜国の海軍は無敵と謳われるほど世界では恐れられていた。
そのトップに君臨すると云われるのが、黒曜の海賊であった。
良将は、その中の船の一つを任されている人物だ。
安騎良将【アキ ヨシマサ】、と云われれば知らない者はそうはいない。
軽い抱擁を解き、氷翠王は目の前に立つ男を見返す。
わざと不揃いに伸ばした獅子のような豪奢な金の髪は、長身に野生的な顔立ちに映え、驚くほど見栄えがする。
美貌だが、物騒な光を宿す鷹のような鋭いターコイズブルーの瞳が荒削りの印象を良将に与えている。
手足も長く鍛え上げられた逞しい身体に、動きやすさだけを追求したような身体の線にゆったりと沿う洋装は豪奢な金髪と容貌を際立たせていて、この男が自分の魅せ方を知っていることを見る者に知らせる。
此処、【禁足地】はちょうど皓国と黒曜国の中間にある。
良将は黒曜の港に船を停めた勢いで此方に顔を見せたのだろう。
そうなんともなしに考えていると、氷翠王は良将がふ、と眉根を寄せたのに気づいた。
「・・・・・・どうかしたのか?」
「どう、って・・・・・・・邦友さんこそどうしたの。」
「どうもしてないが・・・・・。」
そう答えると、良将の目つきが一瞬の内に鋭くなる。
何がだ、とかわしてみせたが、誤魔化されてくれる気はないらしい。
「・・・・顔色が悪い。それに、・・・・何、さっきからこめかみ押さえて。」
「別にどうもしない。」
目を逸らしもしない氷翠王に何を思ったのか、良将は厳しく目を細めた。
「こめかみってことは、風邪じゃないな。」
良将は氷翠王が精神的な疲れを覚えると酷い偏頭痛と微熱に悩まされることを知っている。
だが誤魔化しではなく、一種の慣れた者だけが言う強い否定を告げる氷翠王に良将はしかし追求を弱めなかった。
「何かあっただろう?」
「・・・・・・・・・・・・・・。」
良将の問いに氷翠王は何も言わず、ただその怜悧な瞳に微笑を佩いた。
その笑みは、澄み切りすぎて痛く、
「・・・・・・そんな顔して笑うのよしなって。」
「・・・・・・・・・?」
自分がどんな表情をしているのか分からず、氷翠王はまるで幼な子のように首を傾げる。
「皆の前でもそんな顔してんの?」
広い肩を上下させ、宥めるように声を発した良将が、目を合わせるようにかがみ込んでくる。
そうして、じっと目を合わされて、氷翠王はくすぐったいように目を細める。
その仕草に反してきっぱりとした声が発せられた。
「していない。」
「何でそう思うの。」
「今はもう、これ以上の数の作り笑いができないから。」
ようするに、数をこなしすぎて今は上手く笑えない、と悪辣な冗談のように氷翠王は何の気なしに言ってのけた。
自分でも、一体これはどうだろう、と思う自覚は在る。
これも、たぶん甘えているのだ。
まるで子供のようだ。
叱って欲しい、など。
彼の正しすぎる言葉が、何より欲しいと思う。
予想通り、良将は頭が痛いとでも言いたげにこめかみを押さえて首を振った。
「辛くないの。」
「分からない。」
似合っていない、とどこか哀しげに良将は言う。
「邦友さんはそれでいいの。」
良将に昔の名を呼ばれるのは好きだった。
今、この場に居るのではなく、昔の何も知らなかった頃に戻った気がしたから。
良将がこう呼ぶ時はいつも、特別だというニュアンスが、そこだけ柔らかくなる声の響きにも、揺らぐ吐息の強さにも分かるから。
その響きで、声で呼ばれ、自分こそが痛いような顔をした良将に静かに問われて氷翠王は何も言えなかった。
「“自分が走り続けなかったら誰が朱樺を守るんだ”って、朱樺の地のことを話してた時のこと、俺は覚えてるよ。あんな嬉しそうな幸福そうな、きらきらした顔してまでずっと守ってきた人たちに、自分だけ表面だけみたいな付き合いして、本当の自分を見せずに相手を偽って、それで本当に満足できるの。」
俺は嫌だよ、と良将は大きな手のひらを両肩にかけてくれる。
「・・・・・・・・ねぇ、それって偶像崇拝だよ。」
彼らは、と続ける良将を氷翠王はかすかにかぶりを振って見上げる。
良将の言葉が胸を抉る。
本当は彼らと思いを重ねたとき、根本的に全てがかすかにずれていって、最後には大幅なずれと歪みがあることは本当は分かっていた。
お互いにもう、互いの姿が見えた時期は過ぎに過ぎていたのに、その事実に気づいているのもまた、氷翠王しか気づいていないのだ。
もう取り繕えない薄い絆を躍起になって取り戻している心地さへする。
自分を抱いていた想いが、もう何処に在るかも分からない所にいってしまったと、そう考えるだけで、本当は彼らのことが心配でたまらなくなる。
彼らがこのことに気づいた時の、彼らの受ける傷の深さを思って。
ただ、ただ、心配で・・・・・・・・。
心配でならない・・・・・・。
人の“理想”はいつもその人の中に在る。
しかし、その“理想”が過去と今、未来では同一であるとは限らない。
人の“理想”は今生きている“現在”で変わるものだから。
昔は“理想”だった。
けれど。
今は違うかもしれない。
そうして勝手に失望して、人は離れていく。
昔の彼らが救われるために欲しがった“理想”を、まるで本当に自分自身であると演じきった自分は、“本物”でない限り、これから“先”を恐れ続ける。
自分は今、皮肉にも、過去の自分に押しつぶされかけている。
過去の自分に脅かされている。
このまま力を喪うことに恐怖を感じている。
目まぐるしく流れる時が、自分を置き去りにすることを恐れている。
いつも、脅迫を感じている。
だから刹那的になって誤魔化している。
ここで去れば伝説になれると思っている。
「邦友さんには幸せになって欲しいよ。俺じゃなくってもいいんだ。でも、・・・・・・でも、彼らを欺くようなことをして、それで本当にいいのか?」
ああ、彼はどこまでも真っ直ぐで強い。
案じてくれる彼の厳しい言葉は、けれど何より言って欲しかったもの。
「・・・・・それで、かまわない。」
良将に氷翠王は絶えるように真実の言葉を震える唇に乗せる。
(どうか・・・・・・・。)
声が震えていませんように。
・・・・・・言葉は他に、思いつかなかった。
「これだけあれば、それで、いい。」
息が、上がりそうになる。
「でも、彼らは邦友さんの“本物”を見ていない。」
(この切なげに震える、弱い肩も、知らない。)
良将はそう、心に思う。
どう言えばせめてもの慰めになるのか。
目の前の人を担いで逃げられるような地位と権力が欲しかった。
こんなトコロ(禁足地)に捕らえられて逃げられない彼女を柔らかく包み込める、彼女の母の身体が欲しかった。
どちらも、叶わぬ夢・・・・・・・。
どうして神は彼女にばかり苛虐なほどに厳しいのか。
せめて彼女よりも先に生まれていれば、こんな状態にさせはしなかったのに。
「そういうの、平気なタイプじゃないのに、それだけなんて言うなよ。」
「分かってるっ・・・・・・、でも、捨てられない。・・・・・・そんなことはできない。」
“これ”があるから、生きていける。
生まれた時から今までずっと、自分を必要としたのは朱樺の地だけだった。
初めて与えられた、“生きていい理由”だった。
「ない方が、苦しい。・・・・・苦しいんだ。」
氷翠王は無意識に両手で目を覆う。
もう二度と、あの苦しみは味わいたくない。
だから、矛盾ばかりを抱えて、ただ、迷うまま。
「邦友さん・・・・・。」
「そんなことは別にかまわない。“痛い”?“苦しい”?“辛い”?“無理だ”?知ったことか。私は自分の好きにする。」
「私が強くなりたかったのは、自分が“一番”になって誰も私から朱樺を横取りできないほど、“朱樺”というものの“唯一”になりたかったからかもしれない。」
両の瞳を隠していた手をどけ、瞳を上げる。
ゆっくりと、氷翠王は自分の手を見つめた。
自分の本心を探るように。
「そんなこと、できるはずもないのに。でもそう思ってた。父が母に殺された時から。“ここ”を母に刺されてから。ずっと。盲目的に。」
“ここ”と言いながら氷翠王は左の腰骨の辺りを無意識に押さえる。
「“朱樺”を自分一人のものにしたかった。誰にも渡したくなかった。だから蒐【シュウ】家にも忠誠を誓って立て直しまでした。私は“朱樺”に愛されたかった。・・・・・・・・愛される、なんて、“朱樺”は人ですらないのに。」
有機物ですらない、と氷翠王はかすかに思う。
「自分の心のための保身なんてどうでもいい。これぐらいも堪えられないならいっそ、壊れてしまえばいい。私は、朱樺のためになればそれでいい。」
だから自分は朱樺の地を離れることになってでも、朱樺を義兄に任せてきた。
「私が壊れようがどうでもいい。次の朱樺に繋がれば、それでいい。お前こそ、分かってない。私は還る、朱樺に、必ず。私は百、欲しい。百、手に入らないなら、零しかいらない。」
「・・・・・・・・そんなに、大事?」
息を呑んだ良将が問いかけてきて、氷翠王は頷く。
「そう、・・・・・・・なら、俺はもう、何も言わないよ。」
静かな良将の声に伏せた目を上げると、“お節介が過ぎた”、と彼は笑ってみせる。
「ただ、覚えておいて。俺は邦友さんの味方なんだからね?」
優しく肩を撫でられ、思わず良将の肩に額を押し付ける。
「・・・・・・うん。」
・・・・・温かいものが頭に触れた。
良将の大きな手はずっと長い間、温かみを分けるように氷翠王の髪を撫で続けてくれていた。





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最終更新日  2006年05月04日 19時07分35秒
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