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故に、先ほどの台詞になる。
『で、蒼炎。お前から見た“アレ”はどんなだ?』
その焔蝶の言葉に、
『・・・・・・・、健やかな方ですね。』
ほんの少しの躊躇いを見せ、それでも、蒼炎は相手を尊重する響きを保ち、こう返した。
“健やか”・・・・・・・・堅気ではない限り、それは褒め言葉にはならない。
蒼炎も丁重な態度ではあるが、話に振られた相手を褒めてはいなかった。
昨日の朝、九年ぶりに会った成長した“彼”・・・・・・・氷翠王の姿を焔蝶は再び思い浮かべる。
『ほぉ・・・・・随分大きくなったな。小鳥遊【タカナシ】。』

“彼”がどういう気性に育ったかのかを把握したかったからだ。
九年前に与えられた蔑称・・・・・・・たかがそれだけと言えばそれまでだが、だがその蔑称のせいで名を呼ばれる度に真名をワザと避けられ、侮りと蔑みを込めてそう呼ばれる。
朱樺家でいた時には、厳しい躾と次期宗主として育てられていたのだ“彼”のこと・・・・・・敬愛する父君のつけた名を我が名として名乗ることもできず、わずか五歳の時から毒のある蔑称に日々堪えてきたとは言え、幼い“彼”には酷い打撃だったであろうことは想像に難くない。
その発端を起こした人物が憎くないわけはなかろう。
そうしてその本人がまた、その名で呼ぶのだ。
蒐家の屋敷に“彼”が移ってきたその初日に。
それはこれからも“彼”の呼び名が此処で定着することを示す。
激怒して掴み掛かるか、悲しげに目を伏せるか、諦めの表情を浮かべるか、卑屈な追従で擦り寄ってくるか、皮肉で切り返すか、逆に冷笑を浮かべるか・・・・・・・・。
色々な思惑の孕んだこの問いに“彼”がどう反応を返すかでその人となりが分かる。
例に挙げた一番前なら先を読めぬ愚物、前から二つ目と三つ目なら覇気がないどころか自分のことすら何を成そうともせぬ怠惰ぶり、後ろから四つ目なら論外・・・・・・。
これが一番こちらとしては都合が良いが・・・・・・・これなら思う様朱樺の地を食い潰せる。

後ろ二つなら、焔蝶にとっては面白いが、“彼”の先は失われるだろう。
だが、氷翠王の態度はこのどれとも違った。
『御目を汚し、申し訳ありません。先の年と変わらず御健勝とのこと、数ならぬ身ながら影より嬉しく思っておりました。』
奥ゆかしい、殊勝なその言葉は一歩間違えれば卑屈なものとして映っていただろう。
だが、氷翠王の瞳にはまっすぐなまなざしと微笑が浮かんでいて、そのようなマイナスの印象を微塵も寄せ付けはしなかった。

簡潔な挨拶を乗せる口唇と顔には無表情一歩手前のストイックな涼やかな真顔。
肩にも掛からない短い、けれど艶やかな黒髪は細い首に掛かっている。
少し長めな前髪はけれど目を伏せた時に瞳に掛かる程度でしかなく。
男でもなく女でもないと云われる無性体という割には、見た目は少年には見えるが少女には見えない。
恐らく、その涼やかさ故に。
綺麗に通った眉と鼻筋。
睫は長く、目元に深い影を落としている。
それに彩られた瞳はくっきりとしている。
色は燃え立つ溶岩のような狂おしいまでの強い紅蓮に、それを押し込めるような蕩ける様な琥珀。
その二つが交じり合った瞳は朱金。
その激しい二つの色の鬩ぎ合いが、見る者に身体に直接触れられているようなセクシャルな興奮を与える。
それらの硬質な綺麗さを与えている顔のパーツとは唯一異なった、少しぽてっとした唇は幼く可愛らしいような、欲情してはれぼったくなった後の何とも云えない艶があるような、危うい色気がある。
陽の華やかな印象と、生粋の硬質な綺麗さ、美しさの両方を兼ねそろえた顔立ちだった。
それに合いまい、出だしの冷静で丁重な挨拶の切り返しと今まで見たこともない美貌に焔蝶は驚いたが、それだけだった。
悪印象など受けようもない、水の澄んだような涼やかさと爽やかさ、高い好印象な若者。
だが、代目を継ぐ人物としての印象としては普通すぎた。
小奇麗な顔をしたただの子供。
これが過不足のない焔蝶の感想だった。
そのまま、その日の夜が明けるまで氷翠王と過ごしたがその印象は変わらなかった。
曲がりなりにも朱樺家宗主の・・・・・・あの男の血を引いているのだから、こちらの心の臓に響くようなカリスマなり気概なり見せてくれるものと踏んでいたが、肩透かしだった。
良くも悪くも普通の若者だ。
素直な喋り方と慎み深い面、拗ねたり怒ったり時折照れるような素振りを見せたりという面も、共に時間を過ごせば、まあ、可愛らしくはある。
しかし、裏世界の人間をそんなもので従えられるわけもない。
だが、あの初めの言葉の切り返しなり、落ち着いた冷静な態度なりを見せられていたので、逆にこのあまりの普通ぶりは演技のように思え、本性を引き出してやろうと押し倒して構ってみたが反応は変わらない。
(まあ、俺の身体に傷を入れたのは多少は刺激的だったがな。)
左手の親指の付け根を焔蝶は軽くなぞった。
硬い歯の感触がよみがえる。
意外と咬み痕は深く、血はなかなか止まらなかった。
本気で噛み千切ろうとしていたのかもしれなかった。
その時を思い出す。
その瞬間の時、“彼”の眼に強すぎる色【感情】が宿ったのだ。
身体中の血が滾るような。
リアルすぎて息の根が止まりそうな強い、色【感情】が。
決して、“普通”の子供が浮かべる種類のものではない類の危ういながらも獰猛な“何か”が。
だがそれは、焔蝶の氷翠王を見つめる眼差しが険しく色を変えた刹那の一瞬に失せて無くなった。
「・・・・・・蒼炎。」
それに、幼いながらもあんな波乱万丈な生き方を強要されながら、あの不自然なほどの普通な育ち方はあまりにもおかしいように思うのだ。
「何ですか?焔蝶。」
焔蝶が名を呼ぶと間を置かず、蒼炎は応えを返す。
蒼炎がその柔らかい口調で自分の主である男をクヌギ、と名前を呼ぶのは二人きりの時だけである。
長年の旧友である蒼炎に敬称で呼ばれるのが慣れず、焔蝶がそう命令したからだ。
その蒼炎に視線を据え、焔蝶は愉しげに笑って見せた。
「“アレ”をおまえに預ける。」
「・・・・・氷翠王殿をですか。」
少し驚いたようだが、蒼炎の穏やかな表情は揺らがない。
だが少しは困ったように眉を上げた。
そして微かな遠慮も無しに言う。
「困りますね。」
「だが、断らねぇだろ。」
にやり、と笑う焔蝶に蒼炎もにっこりと笑って返した。
「ええ。僕は焔蝶の犬ですから。」
それに視線を返す焔蝶は実に愉しげだった。
「“アレ”をどんな風に扱ってもいい。うちの育ちすぎた愚物の長男はもうどうにもならん。人の性なんざ変わるもんじゃねぇからな。だが“アレ”はまだ幼い。育て直しもできるだろ。」
「猛る虎の風格でも、抗えない白蛇の淫らな色香でも、慈愛に満ちた菩薩でもなんでもいい。荒くれ者どもが納得するほどの風格ならなんでもいい。おまえのいいように色をつけてみろ。刺青でも何でもお前好みにすればいい。ただし、愚物と獅子【王者】の風格はいらない。」
焔蝶の険しくも愉しげな眼差しは煌々と強い光を宿している。
実に、愉しげに。





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最終更新日  2006年07月19日 20時15分17秒
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