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数刻前まで。
夜陰の藍、血の朱色、明けの橙に緩やかに空が染まり。
空の光の色にゆるり、と染め上げられていっていた雪原は。
今はまだ朝の空気を残しているとはいえ、高くなった太陽に徐々に雪は溶けかけている。
・・・・・・・九時ごろ、だろうか。
朝五時ごろに此処で鍛錬を済ませ神生【カミオ】と話したこの場所へ、補給部隊への指示を終えた氷翠王【シャナオウ】は再び戻って来ていた。
一つ、確認をすることがあったからだ。
禁足地を包んでいる結界の気が多少歪んでいるこの場所は、その道の人間ならば外へ抜け出すことは決して難しくはない。
現に情報収集を旨とする隠密部隊はこの場所から禁足地の外へと向かわせていた。

その場の状況を一端把握し直し、氷翠王は視線をざっと滑らせる。
最初に目に映ったのは、こちらに向かって歩いてくる男の姿だった。
剣戟は響かない。
銃声も轟くことはない。
だが、これほど離れた距離にありながらも男からは腐った血の匂いがした。
その死臭に誘われたように、鞘に収められているはずの刃からは刃鳴りの音が響いたように感じた。
冷めた眼でそれを見やった時、氷翠王の瞳には暗い愉悦の光がよぎっていた。
だがそれに気づく者は此処にはいない。
禁足地にある村の中では常に穏やかで慈愛に満ちた瞳は、今は氷翠王にはない。
だからか、氷翠王が穏やかな中にも冷厳さを兼ねそろえていることを知る者は皆無に近い。
敵には容赦がないことも。

だが氷翠王は刀を抜かなかった。
裏切り者には制裁を、という認識がなかった、と言うより。
小者に割く労力が惜しい。
その氷翠王の視線に気づいたのか一瞬男は肩を揺らしたが、再び上げられた目には不逞の開き直った光が宿っていた。
「これはこれは・・・・・・。誰にも気づかれず綺麗におさらば出来ると踏んでいたんですがねぇ。」

悠然とした態度で男は刀の間合いがほんの少し届かぬ所で立ち止まった。
“綺麗に・・・・・・”と告げた部分には誰も殺さずに、という意味が含まれている。
「ですがねぇ、あなたも此処で待ち伏せていたからには私がどなたの命で動いているのか分かっている筈でしょう。」
暗に、男に手を出せばどうなるか・・・・と脅してくる男に氷翠王は興味が失せた眼を向けた。
「自らが駒になっている事も知らずに踊っているとは・・・・・・・、ものの道理も分からぬ田舎武者が欲を出すからこうなるのですよ、あなたも。この禁足地では王であるあなたも私たちの手の上で遊ばされていたに・・・・・・・・・。」
浮薄な男だ。
“この世で最高の悦びは他人の生死を握ること”という自らの理論に酔い、自らが他人の駒であることに気づいていない。
自らが“どなたの命で動いているのか”と口にしたにもかかわらず・・・・。
そもそも一社会に組み込まれて生きている以上、駒でない人間などいないだろうに。
(哀れな男だ。)
だがこの男は禁足地の情報を外部に流すに当たって、その論理を忘れたのだ。
いや、元々気づいていないのか。
そんなことはどうでもいい。
このうるさい口を閉じさせたいだけだ。
「黙れ。」
呆れたように言葉を投げ捨てただけだが、少しの沈黙の後に男を取り巻く空気がガラリと変わるのを感じた。
殺気と怒りだ。
飄々とした人格を見せかけてはいるが、この男は自分が侮られることに関してはかなり気が短いのだ。
今まで裏切りは知っていたが、背後関係を調べるために泳がせ、一応部下として使っていたのだ。
性格の把握はしていたが、ここまで露骨に示されると驚きを通り越して相手をするのも面倒くさい。
「うちの臣下でないのなら下賤と聞く口はない。去れ。」
一瞬、氷翠王のその言葉を聴いて男は頭に血が上り刀を抜きかけたが、氷翠王の眼を見て手を止めた。
悪魔のように冷然とした朱金の眼。
ゆるく傲然と笑んだ紅く形のよい唇。
此方を見てゆらりと無造作に瞳と頬にかかる前髪を梳きあげる様は傲慢なサタンの“それ”------凄絶な美しさだった。
「・・・・・殺されなかったことを有り難く思ってください。」
どこか捨て台詞めいた言葉を残して結界の外に消えていく男を見送って、氷翠王は軽く笑った。
「“殺す”?・・・・・・・笑止。取るに足りぬ。」
そして氷翠王は足元に視線をふと向けた。
其処には癖のある足跡と武器を引き摺った跡があった。
瞳を上げ、森の先を見据える。
この先には、闘犬がすでにいるらしい。
男は、その事実に気づいたかどうか。
・・・・・・・・・どちらにしろ関係のないことだ。
あの男は、すでに禁足地の手を離れた者なのだから。



男は先を急いでいた。
結界を抜け出す時、氷翠王に気づかれたのは誤算だったが、慈悲深く甘いあの人物のこと。
追っ手もなく、直に山を抜けるだろうと踏んでいた。
だが、先程の氷翠王との会話を思い出し、ふつふつと腸が煮える怒りと憎悪を男は苦い口中で噛んでいた。
『黙れ。』
『うちの臣下でないのなら下賤と聞く口はない。去れ。』
身の程も知らぬあの男でも女でもない半端者に思い知らせてやれば良かった。
あの瞬間殺すつもりだったのだが、不意に見せた悪魔のような凄絶な表情に気が殺がれたのだ。
今ならば一太刀で動かぬ肉塊にしてやったものを・・・・・・・。
と、ふいに目の前に小山のような影が現れ男は立ち止まった。
すぐ目の前である筈にもかかわらず、その場所だけ太陽が当たらぬように暗く影が濃い。
(おかしい・・・・・・・。)
氷翠王への怒りで今まで気づかなかったが、山中であるにもかかわらず何の音もしない。
どころか、生きている物の気配もない。
静寂が重く。
揺らめくものがない。
まるで話に聞く死者の国のように。
が。
唐突に何処からか息苦しいほどの殺気が急速に湧き上がり、それと同時に何かが風を切る音と男の首筋あたりに凄まじい衝撃が走った。
辛うじて急所を避けたものの、それに吹き飛ばされ男は雪にまみれた地面に叩き付けられる。
衝撃に息が詰まりながらも、幾度も修羅場をくぐって来た男は周囲に気を払い立ち上がった。
「九鬼【クキ】、・・・・・・・。」
小山のような影、と感じたのは鍛え上げられた恐ろしいほどの屈強な肉体を持つ隻腕の男であった。
その黒眼はぎらぎらと陽光を蹴散らし、闇の中の白刃のように爛々と輝いている。
七尺ほどはあろうかと思うほどの体躯。
九鬼の左手にはそれと同じほどの長さの鉄の太い棒があった。
それに男は吹き飛ばされたのだ。
掠っただけであろうのに。
その高さ、その眼で上から睥睨されれば凄まじいほどの威圧を感じる。
だが驕りと相手への侮りをその心に飾り立てている男は慎重さを忘れ、刀を抜き放った。
「哀れな半端物の主が所有の闘犬が、たかが一人のために相手の身分も読めず牙を向けるかっ。この阿呆共が!」
その怒鳴りに、九鬼は静かな声音で言葉を返した。
「己の代わりなど幾らでもいる。」
「・・・・・・何だと?」
「貴様と我等は同じだ。何故それに気づかぬ。唯一無二は仕える者にはなく仕えられる者にある。それを守る我等は壁だ。死んでも死んでも代わりはいる。むしろ死ぬためにいると言えよう。」
「ぬかせ、闘犬がッッ。」
「然り。考える能力など要らぬ。」
考えるのは上の人間だ。
武人は君主を守る為戦う。
それのみに終始していればよい。
九鬼はその執念のためだけに生きている。
「お喋りは仕舞いだ。・・・・・我が主君の御為、その命貰い受ける。」
その九鬼の言葉を合図に、男は切りかかって来る。
それを避けもせず、待ち・・・・・。
九鬼の戦い方は徹底している。
一切を防御には払わないのだ。
それは氷翠王の戦い方が徹底しているのと同じく、九鬼も目的のために手段を選んでいるのだ。
先程、男に述べた目的のために。
「才と貴に溺れ、心なく我が主を愚弄した愚物。相応しい惨めさで死ね。」
襲い掛かってきた男の刃を鉄の棒で叩き上げる。
その九鬼の動作に男の刃は高く浮き、そのため男は敵の踏み込みを許し・・・・・・・九鬼はそのまま深く踏み込み男の下方から切り上げる。
そして正眼から、男の喉を狙って突き刺した。
踏み込みを許し、己の刀が宙に浮いた状態では男はまず防御は不可能だったのだろう。
あっけなく息絶えた男は今際の叫びを上げることも不可能だった。
それを見下ろし、九鬼はやや雑な動きで男の喉から鉄の棒を引き抜く。
ごぼごぼと厭な音を立てて血が湧き出し、雪を汚す。
同じく血で汚れた棒を振り血を弾けば、周囲にはもう山中の音は戻り九鬼の周りの闇も消えていた。





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最終更新日  2006年10月05日 21時44分09秒
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