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  けぶるような砂埃、カラカラと渇いた喉がゴソゴソとした厭な音をたててた。
  三年前、七歳だった頃の夏。
  戦場に捨てられた私はその暑さをひどく憎んでいた。
  私の神である男に捨てられた私はそれでも守人の本能から主である男の下へ戻るため、死に
  かけていた身体を生に繋ぎ止める為、飲むものも食すものもない荒野の戦場で戦死者の肉と
  臓腑を貪り、血を啜った。
  主の下へ帰るために。神を命を賭して守るために。その一心で。

  歩いては食し、這いずっては飲み啜り、けれどそれは長くもたなかった。
  騙し騙し酷使していた身体はピクリとも動かなくなった。
  降りそそぐ灼熱の太陽に耳が痛くなるような沈黙。
  死をまじかに感じた私の前にふ、と太陽が翳った。
  太陽光にいたぶられていた身体にその影は心地よかった。
  神様の死に逝く私への素敵な贈り物のように思えた。
  頬に何か冷たいものが触れた。
  それは頬を伝ってひび割れた唇へと染み入って来る。
  それはとても甘かった。

  (水だ。)

  顔を地から上げようと思ったが動けなかった。

  心臓から突き上げる衝動に私は砂を掻いた。
  爪がもげる音がしたが頭にはそんな瑣末なことは入ってこなかった。
  耳元で音がした。
  靴が砂地を噛む音だった。
  人がいたのだ。

  水はこの人間のものだったのかもしれない。
  陽光を遮ってくれた影はこの人のものだったのだ。
  肩に手が掛けられるのが分かった。
  優しく抱き起こされその水のかかった涼しい心地よい手を身体に感じる。
  逆光でよく顔は見えない。
  その人は再度水を飲ませてくれようとした。
  けれど私には水を飲む力はなく唇の端を冷たい水が滑り落ちていった。
  それをとても悲しく思い目を瞬かせる。
  ふ、と影が再び濃くなった。
  唇にひやり、とした体温を感じる。
  そう自覚した時、喉の奥に冷涼で爽やかな水が沁みた。
  それを二度三度繰り返してから、口移しで水を飲ませてくれた人の身体は
  私から離れた。
  普通こんなに暑ければ近寄られていたら苦しいほど熱いと感じるのにその人の
  周囲の空気は何故かひやりとして涼やかで心地よく、逆にその人が身体を離すと
  私は苦しい暑さに襲われた。
  いつの間に太陽が雲隠れしたのか先程まで死にそうになるほど自己主張を繰り返していた
  太陽は空から消えて見えなくなっていた。
  だから逆光になっていたその人が唇を袖口でぬぐう姿が見えるようになる。
  その人の水に濡れた唇は整っていて紅く形よい。
  けれど下唇には噛まれた痕があり、少し血が滲んでいる。
  たぶん、私が水にがっついた時に付けてしまったのかも知れない。
  けれどその血だけではない。
  きっと私が口にした臓物と血がこびり付いたのだ。
  この時私は背筋が凍るような罪悪感と心臓が震えるような歓喜が走ったのを覚えている。
  私が触れた場所からその人が汚れていってしまうように感じたのだ。
  この時はその激しい感情の意味が分からなかった。
  けれど今はその意味が分かる。
  「疾風(ハヤテ)。」
  その唇が小さく笑みを形作り、涼やかな声をもらす。
  その声に一体何時から其処にいたのか黒の良馬がその人に忠実に近寄った。
  そして甘えるようにその首をその人の手に寄せる。
  彼らの間にはお互いに対する信愛と敬意があった。
  それを見、不意に羨ましく思う。
  私と私にとって唯一無二の主の間にはそんな情はなかったから。
  だから、捨てられたのだろうか。
  いらないから、捨てたのだろうか。
  と、その人が馬の背に乗せていた荷物の一部をほどいてそれを手に此方に再び近寄る。
  “何・・・・・”と思ったときにはその人は私の前に膝をつき、起こされた私の幼すぎて
  細い・・・・・・・というには聞こえが良すぎる虚弱な身体を、始めて見たような綺麗な
  着物で包まれた時・・・・・・・・・・・。
  その人の顔を私は始めて見、そして認識した。
  (・・・・・・・黒髪の、天使・・・・・・・・。)
  その時、どうして異国の本で一度しか見たことのない天使を思いついたのかは分からない。
  けれど思ったのだ。
  水を含んだような綺麗な瞳に、私が汚してしまっても・・・・・否、だからこそ美しい
  ゆるく笑みを刻んだ紅い唇。
  硬質な綺麗さとその眼に映る光の渦の悪流、凄烈で凛と冷涼な空気。
  黒髪の、私の天使。
  そして、その人はその着物の紅が私に良く似合う、と再度瞳で笑んだのだ。
  その時から私の中で紅が私を表す色になった。
  その人の瞳と同じ、・・・・・・“赤”の色が・・・・・・・・・。


 *

鳥の鳴き声がして、紅丹【ボタン】は眼を覚ました。
寝台から身体を起こし、未だぼんやりとしている瞳をこする。
けれど頭は可笑しいほどに冴えていた。
今まで見ていた夢のせいかもしれない。
氷翠王【シャナオウ】と初めて出会った頃の夢を見ていた。
そこでふ、と思い出し紅丹は隣を見る。
昨夜、紅丹を抱いて眠ってくれた氷翠王の姿は既に其処にはない。
布団を触ってみたが、其処にはもうほとんど熱は感じられず冷たい。
だいぶ前に起きたらしい。
寝台の横のサイドテーブルを見る。
時計はまだ午前七時を指していた。
ずいぶん早く氷翠王は起きたらしい。
と、寝室から続く扉の隣室から物音が聞こえた。
たぶん給仕の者が食事の準備でもしに来たのだろう。
紅丹は眼をこすりながら隣室に続く扉を開ける。
やはり其処には氷翠王の給仕を担当している者の姿があった。
美味しそうなパンの柔らかい香りがする。
「・・・・・氷翠【シャナ】は?」
給仕の女性に声を掛けると、彼女は少し驚いたように眼を見張ったがやがて朗らかに笑みを向けてくる。
「お早うございます。氷翠王様なら、五時ごろに鍛錬に出掛けられてそのまま補給部隊の方にお仕事に行かれましたよ。医師殿と薬師殿の所によってから戻るとおっしゃっていましたから、もうすぐお戻りになられると思いますわ。」
「・・・・・・・そう。」
少女・・・・・・・紅丹は何か考えるように瞳を窓の外へと逸らせた。
少女の白銀の髪は朝陽を綺羅綺羅と撥ね返し、血の青い筋が透けそうなほど白い肌もそれと同じ風情を感じさせる。
相反するようにそっと紅に濡れた口唇が、はんなりと美しい。
思わずこちらがゾッとするような感情を宿す瞳は、目が覚めるような湖面の碧。
とても十歳には見えない。
その紅丹の貌は神の悪戯のように恐ろしいほど整い、肌や瞳、髪の色と相まって人形のような冷たさと無機質さ、小奇麗さを見る者に与えている。
その紅丹の瞳がある一点で留められた。
「・・・・・・あれ、何?」
「あれ?」
紅丹が指差す先には丹精に作られた鏡台があり、その前には懐紙に包まれた艶やかで美しい黒髪が置かれてあった。
「・・・・・ああ。あれは氷翠王様が朝に・・・・・。」
「氷翠のっ!?」
察しがついて微笑みながら口にする給仕の女性の言葉を切り裂くように断ち切って紅丹は声を飛ばす。
だが、もう慣れている給仕の女性は笑みを絶やさずまるでその光景を思い出すようにうっとりと言葉を続けた。
「ええ。とても似合っておいででしたよ。短い御髪も。」
その女性の言葉に紅丹は逆に頭を抱えた。
思い出した、この村の者たちは氷翠が何をしようが諸手を振って賛成するのだ。
髪を短くすることが継承権の放棄になろうがなんだろうが、氷翠が笑って幸せそうならそれでいいのだ。
そこではた、と気づく。
自分も何も慌てる必要もないのだ。
(そうよ。何を慌てる必要があるのよ。私はいいのよ、氷翠の味方だから。氷翠がなにしたって全部許す。狗王【クオウ】みたいに説教なんてしてらんないわ。氷翠が何をしようともうそう決めているならそれが一番大事だから。あとのことなんか、私は知らない。)
いきなり寝起きの所に遺髪のように置かれている黒髪を見てしまったから動揺し、慌ててしまったのだ。
「もう。人騒がせなんだから。」
そっと息をついて朝食の用意されたテーブルにつく。
よく気のつく給仕の女性は、すかさずコーヒーを注いでくれた。
香りよいそれをぼんやりと飲みながら、紅丹は考える。
(けど、もう氷翠の長い髪を弄れないのは残念ね・・・・・・・・・。)
何にせよ、夢に出てきた三年前とは比べ物にならないほど、紅丹の今の日常は平和そのものだった。





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最終更新日  2006年10月03日 20時05分26秒 コメントを書く
[サンセツキ  <本編>  第三章] カテゴリの最新記事


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