日清戦争後、義和団が、蜂起して北京で排外暴動。
北京の55日;各列強の公使等が篭城します。
この時、大活躍したのが紫五郎武官でした。
日本人の活躍 有名な話ですね。
モリソンも負傷しますが、伏せていながらロンドンタイムズに長文の記事を書いた 。
モリソンは すっかり日本贔屓になった。
モリソンは日露戦争の扇動で活躍します。
篭城組は、 2ヶ月近く防衛、
各国は救出に向かいますが、連絡がつかない。
紫五郎が送った密使が日本軍と連絡に成功。
連合軍が組織されるが、北京まで向かったのは日本、アメリカ、イギリス、ロシヤ、しかし、途中で離脱した国もありました。
救出は成功しますが、その前 天津に集結した国は、以下のようです。
日本 兵数 10,000 砲数 54
ロシヤ 兵 4,000 " 16
イギリス 3,000 " 12
アメリカ 2,000 " 6
フランス 800 " 12
ドイツ 200
オーストリア、イタリヤ100
で、終結後の各国の清国に対する賠償要求額は、
ロシヤ 180 【単位・百万円】
ドイツ 130
フランス 106
日本 65
アメリカ 45
イタリヤ 30
ベルギー 12
オーストリア 5
これに、オランダ、スペイン等合わせて合計 6億2400万円 。
清国側負担 約4億5000万両
救出にあまり活躍しなかったロシヤは日本の3,6倍の要求。
フランス(被害が大きかった)
アメリカは賠償金を清国のインフラに寄付した。
抜書きは短く 実情は伝えられませんが、
ウッドハウス瑛子女史が6年以上モリソン研究の結果を以下の著書に纏められた。
1: 北京も燃ゆ 義和団事変とモリソン:1989年初版
2; 日露戦争を演出したモリソン:上下2冊:1988年
東洋経済社発行
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