
「ヴァーターランドという村があるんです」
と私は言った。
「世界で一番、美しい村なんです。・・・・・」

彼の中の欠落している部分を私が埋めていく。
埋めて埋めて埋め尽くして、それでも足りずに、彼自身を飲み込んでしまう。
彼自身を私の子宮の奥底深く、隠してしまう。

ヤンは・・・、テーブルの上にあった白い紙ナプキンに
「De Witte Swaen」
と書きつけた。
・・・・・。僕とリュウヘイは帰りにスワンの店に入って、パンケーキ、食べました。
りんごとベーコンのシロップがけのパンケーキがとてもおいしかったです。

私は泣きながら微笑んでいる。・・・・・。
ヤンが心配そうに私を見る。「大丈夫? ミキ」
「大丈夫」と私は言う。

ヴァーターランドの家を思い描く。
行ったことのない村の見たこともない家。
そこで自分と遼平とが、日々繰り返される生活を営んでいる。
互いがかつて体験した悲しみや痛み、絶望や孤独のすべてが、
静かな泡のようになって消えていく。
彼の中にあって、
長年彼を苦しめてきた熱い風も、少しずつ凪いでいき、
そのうち、
そんなものが吹き荒れていた、という記憶すら薄れていく・・・。

・・・・・、美しい村の小さな家は、生涯、永遠に自分の中に生き続けるだろう。
そして自分を支え続けるだろう。
注:テキストはすべて小説「熱い風」(小池真理子作)からの引用です