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何故 何故 何故何故先生の所だと貼り付けられないのでしょう。PCをいじり過ぎて文字変換の所の設定が違うのかもしれません。半角英数字で打っていても「直接入力」に自然と変わってしまうのです。本によると「直接入力」でも「半角英数字」で打てると出ていましたが解りません。
2006.07.31
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今だそれって何なの 信じられない此方に引っ越してきて六年ご近所の家庭菜園家のご主人さまから新鮮なお野菜を頂きます。その中で今だ解らないのは、「紫蘇の葉」を少し頂ければとお願いしましたら、畑に草の如く生えて居るからと、大きな木になつた紫蘇の木を3~4本程抜いてきて下さいました。その翌日も、又一日置いて沢山に持って来て下さいます。いくら好きでもお薬味、ついに主人が音を上げてしまいました。頂いたもの捨ててはいけないと、色々工夫しても是にはギブアップでした。今朝は犬の散歩帰りに呼び止められて、「お盆だから、ほうずき を畑から持って来たので、要りますか?」と私「先日頂きましたので、・・・・・」と申しますと、「知っていますよ、でも要りますか?」「其れでは2~3本頂けますか・・・。」「そんなに上げないよ」と一本下さいました。 時時ベルが鳴るので、出て行きますと、農協あたりに置いてある、お花のパンフレットをわざわざお持ちくださいます。 今だお気持ち理解出来ません。先日主人が用足しにでかけました。車をスポーツクラブに置いて電車でいったそうです。帰りにお腹が空いたので、お店に入りましたら、昼間の時間を過ぎており、仕方なく外に出て「お蕎麦屋さん」でも探そうとしましても中々見つからず、駅に来てしまったので、車を取りにとホームに行き待って居ましたら、ホームのベンチで女性の方が「お結び」を出して食べ始められたので、つい 主人が「そうか コンビニでお結び買ってくれば良かった」と言ってしまったそうです。 主人はスポーツクラブに行ってか、車の中でとおもったのでしょう。その方が「どうぞ」とお結びを下さったので、二人してホームのベンチでお結びを頂いたそうです。その話を聞き 娘と私は「大きな声でえーー信じられない」と叫んでいました。想像するだけで、「娘は私のパパなのよ やめて」「 私も絶対一緒に歩かない」「其の人が私の夫?」信じられない事でした。でもご親切な其の方にお礼を申します。
2006.07.31
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元戦死者の妻支援先日の新聞に載っていた記事です。 半世紀以上も前に戦死者の妻への支援策として出来た制度が、まだ生き残っていたんだね。でも「亡き夫の線香代」とか「男性なら稼げるはず」とか税金つて公正な理屈がある様で、案外人間的と言うか、ある意味、思い込みが、支えている感じ。安心したような、不安が増したような、複雑な気持ちです
2006.07.24
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今日は横浜も午後から大雨注意のはずでした?午前中に用を済ませ、午後からは此方も大雨と覚悟していましたが、今だ傘をさして居る方はそういません。気温は低いのでしょう、肌寒く、この様に温度差 湿度さ身体に応えます。お年寄り 病人の方は大変でしょう。 ここ数年の気候はどうなっているのでしょうか。文句を言っても相手は自然 自然の力にはどうする術もありません。そうとて長い年月人類は自然と戦い続けているのですね。/font>
2006.07.21
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各地での災害久しぶりで東京へ出かけました。各地で大雨災害の注意は何処えやら今日の此方は曇りで汗もかかずに過ごせた一日でした。多摩川を渡る時車窓からの川は穏やかで、水かさも多くなく、中州には木々が僅かながら、葉をなびかせていました。人の姿も見当たらず、昔の懐かしさに浸る間もなく、雑踏の中に、放り込まれました。用を済ますと一目散に電車に飛び乗り、又多摩川を渡りました。帰りの窓から見えたのは、一人の方が釣り糸を垂れて居る姿でした。東京生まれの東京育ち夫婦共親戚にも田舎は無く子供の時はそれが寂しく「田舎のお婆ちゃまの所へ行くの」という言葉に 羨ましさを覚えたものです。親戚中で一番遠いのが、湘南でした。田舎ってどんな所だろうと想像に胸を膨らませたものでした。しかし今日一年ぶりで二子玉川へ行って両親が居た時の懐かしさ、生活していた頃が懐かしく生まれ故郷の「世田谷」に戻りたいとただ無償に願っている自分にドキットしました。あれや是やと思って居る間に電車はあつと言う間にビルの立ち並ぶ味気無い風景の中を走っていました。田園都市線 どこが田園都市なのかしら・・・とそういえばこの電車も昔は、大井町から溝口まででした。それが少しずつ伸びて開け、すなわち田園都市なのです。そんな こんなを考えて居る間に自宅近くに来てしまいました。不思議な事に空気が爽やかで、緑に癒されて居る自分に「はつと」しました。住めば都 人生の半分近くを横浜で生活している私は何時の間にか 横浜の人 になつていたのです。
2006.07.20
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ご注意も聞かず早すぎましたPC触って九ヶ月、自分の実力も解らずHP作りに挑戦しはじめました。始めてみてご注意下さった意味を日々実感しています。もちろん「グッチ先生」と仰る最高の師に教えを乞うております。先生は無茶を言う私にも「写真入りで手取り足取り」のご指導により、何とかローカルにまでこぎつけました。しかし一から復習し様としても、 おや? と今だ迷っています。PCとは何と難しく ややこしい物なのかと思う毎日です。最近では小学生でも、PCを使うそうですが、やはり頭が固くなって居る事を実感しています。夢は先生のなさっていらっしゃる様に「両親のお墓参り」が出来るようになれば・・・。何年先でも良いのです。東京 広尾に有る菩提寺ですが、行く気になれば何時でも行かれますが、何れは行かれなく成るのですから、今から準備です。 笑いそれ以上の事は高望みと、心得ています。
2006.07.18
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最後のコメントWカップが終わって久々に中田英寿にご対面。歳がいもなく中田ファンの私は彼の過去のプレーを振り返りながらのコメントを聞きながら、うなずいたり、見入ったりと暑さも忘れての一時をすごしました。初めて日本を離れ1人で異国での暮らしは彼を少しづつ大人にしていった事を感じていました。帰国する度にセンスも磨かれ、顔付きさえも大人になって行くのはファンとして頼もしくも楽しくもありました。今回を最後に引退した彼は立派な紳士に成長して多くのファンに色々なメッセージを残してくれました。是からは「世界一周」をして今までの角度とは違った角度で色々見たり 感じたりしながら、「何をしたいのかがわかるでしょう。」と29歳若い方には叔父さんかも知れませんが、私達には子供より若い彼の姿が輝いて見えました。是からも素晴らしい大人の1人として何処かで立派に活躍してくれるものと信じて心より拍手をおくります。 本当に有り難う お疲れ様 と
2006.07.15
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梅雨はまだ明けて居ないのですね今日の東京は35℃だったそうです。梅雨明け宣言はまだ一週間後だそうです。毎日うだるような、暑さの中朝と夕方との二回の犬の散歩は応えます。でも「運動」と自分に言い聞かせながら、歩いています。次に応えて居るのはPCでの勉強です。写真の写し方からそれをPCに取り入れる事「少しづつは解るのですが」そして貼り付け、集めた写真や イメージキャラクターを自分のHPの中に取り入れることに暑い中とりくんでいます。其のためブログを書く事が出来ませんでした。自分の未熟さをまざまざと見せ付けられました。一人前になれるのは?そして楽しいブログが書ける様に成れるのは・・・。それが私の今の課題です。
2006.07.13
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こんな事有っても良いの法の番人 それが弁護士であり 検事なのではないでしょうか。一般の者は司法の場には縁遠いものでしょう。しかし「司法の場」にもいろいろと有ります。又警察も検挙率が悪いと言われていますが、被害者の方々が一時過ぎればほって置かれるのですから、検挙率も良くならないでしょう。次々に起こる犯罪確かに人手に限界が有る事は理解できますが、余りにも無責任です。ある事で何人かの弁護士さんをお尋ねしましたが、一方的に書類に目を通すだけで、何のアドバイスもありません。中には「殺されなかったでしょう」 余りの言葉に唖然としてしまいました。「桶川事件の様に」訴えても取り上げてくれない、途中で止めてしまう、そして最後に悲しい結末となるのです。被害者の会が出来るのも納得しました。一人では戦えないのです。弁護士も「お金」次第だという事が身にしみて解りました。偉くなれば成るほど、相談料も高くなりますし、乗りたくなければ断られます。 「サラリーマン」とは違うんだそうです。新手の「成りすまし詐欺」にご注意 「地獄の沙汰も金次第」を痛感させられました。「法の番人」弱者を苦しめるのではなく、助けるのではないでしょうか。騙される方が悪い、それで弁護士も雇えなく、お金が無ければ「国」か市町村にお願いするしか仕方が無いのだそうです。弁護士には何ら責任はないそうです。事 人の命の問題でも同じです。この歳まで司法は弱者の見方と信じていた自分が情けないおもいです。/font>
2006.07.11
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http://plaza.rakuten.co.jp/kanichan
2006.07.07
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そんな事有り?庶民の味方 人権を守る為の「法の番人」の弁護士さんが電車の中で携帯電話を堂々と掛けていたのには驚きました。弁護士さんも他だの人 それならバッチはせめて外していて欲しいものです。この様な方が正しい弁護活動ができるのでしょうか。
2006.07.05
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悟りの境地人間とは 嬉しい事 悲しい事 困難な事等にぶつかりながら生きて行くのが人生ではないのでしょうか。友人の言葉を借りるならば「全てをひっくるめて生きて居ると言う事」心の中全てを裸にし 全てを許し 全てに感謝 これが「悟り」なのですか。 若くは御座いませんがまだ其の境地には近付けません。怒ったり 悲しんだり 恨んだり そして感激もし 喜びも 感謝もします。まだ生臭い人間なのです。何時の日かそれらの感情も薄らぎ 感謝 感謝の日を迎えられる様心掛けて行きたいと願っております。
2006.07.01
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