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日本を襲う官製不況

◆日本を襲う官製不況の嵐 (08年5月) 経営コンサルタント 大前研一氏◆

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日本が今も不況に向かって「着実に」歩を進めていることは、衆目の一致するところだろう。この不況の原因として、米国のサブプライムローン問題をやり玉に挙げるエコノミストや政府筋関係者は多いが、それは明らかに間違いである。まったく無関係であるとは言うまいが、少なくともサブプライム問題が起こる以前、昨年の8月くらいから日本の景気が下降していたのは否めない事実なのだから。

有り体に言おう。日本が不況に向かう真の道筋・原因をつくったのは、サブプライムローン問題ではない。役所・官僚・政治家である。つまりこの不況は「官製不況」と呼ぶのがふさわしい。この言葉は今から15年ほど前に、金融不況をつくりだしたのは当時の大蔵省を中心とした官僚たちであった、という記述の中でわたしが使い始めた言葉だ(「新大前研一レポート」(講談社、1993年)のp.56)。

日本の現実で最も深刻なのは、今回の円高100円である。これは、日本の官製不況に対する“ポツダム宣言”だと言っていい。それを無視し、国民生活者や世界をまだだませると思って今の調子でやり続ければ、市場暴落、金融破綻という“原爆”につながる可能性さえある。

日本経済が世界の経済常識からどれくらいかけ離れたものになっているかは、先に挙げた本や、「利用者の立場に立った証券・金融市場改革」(大前・丸山著、プレジデント社、1991年)などのなかでさまざまな面から検証しているので、ここでは多言を要しないと思う。いずれにしても、政策当局者がこれを正確に理解していないことの方が問題は大きいのだ。以下、日本の現実を整理して見ていこう。

これほど深刻な日本の現実

「官製不況」指摘から15年後の今日、事ここに及んでもなお、政府はまだ不況に向かっていることを認めてはいない。遺憾なことではあるが、これもまた「いつものこと」である。1993~1994年にかけて不況に突入していたときもそうだった。はじめのうちは政府も「不況じゃないよ」と否定をしていた。手前味噌になるが、当時のわたしは、「不動産不況で100くらいの銀行がつぶれ、株も1万2000円、下手すると9000円に下落、東京の地価も10分の1になる、不良債権は100兆円を下らない」と月刊誌などで繰り返し指摘していたのである。

にもかかわらずである。当時の大蔵省は、自分たちで軟着陸させられると豪語していたのだ。不況の程度を軽く見ていたのだろう。大蔵大臣であった武村正義氏は、不良債権の額を13兆円程度と発表していたくらいだから。もっとも、その13兆円は後の政府発表では27兆円になり、半年くらい前には日銀総裁だった福井氏が、国民が不良債権に払った額は300兆円だったと言っている。

わたしの計算では、300兆円というのは最悪のシナリオのケースだった。計算の仕方にもよるが、わたしは150兆円、思いきり大きく見積もっても280兆円と計算していた。福井氏が言った300兆円という額はそれを超えている。福井元日銀総裁の計算根拠は分からないが、わたしの計算根拠は「日本の真実」(小学館、2004年)のp.237などに掲載している。

いずれにせよ、その膨大なお金を支払ったのは、国民である。国民が「金利をもらわない」という世にもまれなやり方と、そして税金で支払ったわけだ。このような芸当ができるのも、日本人が世界的にも珍しいほど、おとなしい国民だからということにつきる。0.1%という金利でも、日本から逃げずにじっと我慢していたのが日本人なのだ。

「小泉改革への反動で不況が始まる」はごまかし

さて、本題である「官製不況」に移ろう。

現在の政治を見ると、小泉改革への反動が感じられる。小泉改革といえば、規制緩和や構造改革、民営化などが「成果」として挙げられる。ところが現在の自民党、あるいは役所では「小泉改革はやり過ぎた。だからその反動で企業の不祥事などが起こっている」という認識のもと、小泉改革への反省が起こっているのだ。

特に福田内閣になってからその傾向が強い。小泉改革に対する反省という言葉がよく聞かれるようになっている。ライブドアショックのような企業の不祥事、産地偽装、耐震耐火偽装、年金不祥事、二極化、格差、ワーキングプア‥‥。これらがすべて小泉改革に原因があるといわんばかりである。もちろんそんなはずはない。小泉改革が原因で二極化が進んだというのか。もしそうなら「ずいぶん早く二極化は進むものだ」とわたしもびっくりである。

政府は表向きの対策として、消費者保護、投資家保護、労働者保護、弱者保護などのルールをつくっていこうとしている。それ自体は結構なことだろうが、ここで注意したいのはルールをつくるプロジェクトメンバーに「日本の経済のパイを大きくしよう」という人は一人もいないことだ。福田内閣はもとより、役所にも、識者の中にもほとんどいない。そのためプロジェクトは「どうやって産業を伸ばすか」ではなく、「どうやって産業を規制していくか」という方向に向かっている。驚くべきことである。お役人にとって企業とは「放っておくと悪いことをするもの」なのだ。日本史の教科書で読んだ天保の改革、寛政の改革をほうふつとするのはわたしだけだろうか(念のため書いておくと、この二つの改革はどちらも成功したとは言い難い)。どうもこの国のリーダーの頭の中は、江戸時代からさほど進歩していないらしい。

グランドデザインのない消費者・投資家・労働者の保護

さて、このプロジェクトを遂行していくとどうなるか。考えるまでもない。官庁は消費者保護を名目に、食品安全、建築安全、上限金利の制限――といった新ルールを設けることになるはずだ。しかしそれを経済的な視点から見れば、高コスト化、需要減退、認可遅れ(=機会の損失)、中小企業倒産――などにつながる。

誤解のないよう書いておくが、わたしは消費者保護が悪いというのではない。プロジェクトのグランドデザインを欠いたまま一方的に企業を規制しては経済が悪化する可能性がごく高くなり、ひいては肝心要の消費者保護も反故になるということを懸念するのである。そういう視点は官庁にはあるのだろうか。

投資家保護も同様だ。投資家を保護するのは当然、非常に重要なことである。しかし、その目的でつくられた金融商品取引法は、極めて厳格・複雑、かつ思慮が浅い。「米国でSOX法が出たから日本ではJ-SOX法だ」などと言って、そのまま持ってきてしまう。だからいくらも経たないうちに矛盾が噴出して、ファンドの規制などが起こっている。その結果、外国からのお金が日本に入ってこなくなり株価の低迷が始まっているのだ。またお役所に行ってみれば文書の山で、とても企業にJ-SOXを押しつけられる仕事の仕方をしていない。重要文書の紛失や廃棄はお手のもので、下々に要求しているような透明性や再現性を自分たちが心掛けているとは言い難い。民間企業に難しい仕掛けを要求しながら、自分たちの仕事のやり方は旧態依然としている。

政府の考える労働者保護も、労働力不足と人件費アップを招こうとしている。このままでは企業が国内から逃げて、人件費の安いベトナムへ行こうということになるはずだ。結果、国内の雇用が駄目になる。これを象徴するのが経団連会長の御手洗氏の発言だろう。彼は労働者保護について、「企業の人間としては反対だが、政府として、あるいは経団連としては賛成せざるを得ない」と言った。

企業のトップとしてはその発言はいかがなものかとわたしは思う。本来であれば「企業の考えはこうである」と、企業の立場で発言しなくてはいけない。だが、経団連としては、いろいろな方向に遠慮して予定調和な発言をしてしまう。それでいながら、キヤノンはちゃっかりベトナムの地盤を強化している。もし「派遣社員を正社員にしろ」と言われたら、キヤノンはベトナムへ行くだけなのだ。

グレーゾーン金利廃止が招いた中小・零細企業の倒産

次に倒産件数を見てみよう。直近の3年間は「景気がいい」と言われているのは周知の通りだが、実は倒産件数は増えているのだ。

では、どういう企業が倒産しているのか。主として金融関係と建築関係だ。

特に資本金1億円未満、負債額1億円未満の倒産が急速に増えている。つまり、中小・零細というところが危機に陥っている。ここに大きく影響しているのは、改定貸金業法なのである。

改定貸金業法は、グレーゾーン金利の撤廃と上限金利20%、毎月の返済上限を月収の1/3と決めた。しかし当連載の71回、『まじめな消費者に負担を強いる、サラ金/銀行の“不まじめ”』でも述べたように、実は上限金利20%ではあの手の会社は経費倒れになってしまうのだ。逆に見れば「もうけすぎだった」ともいえるわけだが、つまりはそれだけの経費がかかるという前提で回っていた業界なのである。それが上限金利20%と決められてしまったから、たいへんなことになっている。その影響で中小・零細企業にしわ寄せが行っているのだ。まさに官製不況だ。

もちろんこれでサラ金の被害がなくなったわけではなく、今では違法な貸し金業者が年率20%はおろか50~100%で貸して、雪だるま式に膨れる金利を暴力的に取り立てるヤミ金融が跋扈(ばっこ)するという異常事態をも併せてつくりだしている。政府は何を解決し、何を達成したかったのか? 商工ローンやサラ金地獄にあえぐ企業や個人の苦しみをマスコミが伝え、それを退治するために業界のコスト構造も理解しないで上限金利を設定した。そして問題は見えなくなったが、無くなったわけではない。業者の倒産が増えて、かつまた違法業者がはびこるようになっただけである。

建築基準法の改定で着工件数は4割減

また改定建築基準法も似たようなものである。耐震偽装が明らかになった姉歯事件から社会的な関心が高まって、二重チェック、確認書類の増加、設計変更の厳格化というルールが定められた。しかし、あまりにも時間のないなかで進められたために、突然の官製不況が起こったのである。例えば、信じられないことにマニュアルの発行が法施行から2カ月後だった。こうなると、だれもどうしていいか分からない。それで認可だけが滞った。

わたしも経験したのだが、こういう状況では途中で設計変更しようとすると業者がパニックになる。というのも、設計変更するためには、もう一度、資料を初めから出し直しになるのだ。つまり、一番後ろに並び直さないといけない。「もうすぐ順番が来て認可が下りる」と思っていたときに設計変更が起こったりしたら、また並び直して2カ月、3カ月というはめになる。それで業者はどうするか。「いったんこのままやってしまいましょう。認可が通ってから、このあたりを直しましょう」ということで逃げるのだ。

それでも建築基準法が変わったとたん、着工件数は4割減になってしまった。それに伴う倒産も去年(2007年)は多く発生している。着工件数の減少はどのようなところに影響するかといえば、実は多種多様な業種へと波及しているのだ。例えば、住設機器、建材、家具・家電、外食チェーンなどだ。

なぜ外食チェーンに影響が及ぶのか疑問に思う読者もあろう。チェーン店は新規店舗をつくり続けるものである。ところが、新規店舗をつくるために申請を出しても、役所での認可に果てしなく時間がかかるものだから、出店計画が立たないのだ。このことで2007年のGDPは0.3%(1.5兆円)減少したという試算もある。決してばかにはならない数字だ。

投資家保護のはずが企業防衛の指針に

数年前のことだが、経産省が『買収防衛指針』というものをつくった。これはもともと敵対的買収に対する企業の過剰防衛を戒めるためのものだった。ところが逆に企業の買収防衛導入策を促進させることになった。本来、企業の過剰防衛を戒めるためのものだったのが、逆に敵対的買収に対する防衛策を強化することに働いてしまったのだ。

こうなってしまった背景には指針書をつくった作成メンバーに秘密があった。経産省が呼んできた人は、経営者8人、法律家7人、機関投資家や金融関係者ゼロというメンバー構成だったのだ。

実はこのモデルは英国にあった。同国ではイングランド銀行が主体となって、シティバンクの重鎮3人、産業界、労働組合、会計士各1人、機関投資家28人というメンバーを集めて、指針書を作成したのだ。メンバー構成から分かるように、機関投資家のためにつくった指針書である。だからこそ企業の過剰防衛を戒めるための指針書が出来たわけだ。

ところが日本の場合、機関投資家はゼロである。買収されたくないと思っている企業の経営者や法律家でつくったものだから、もう大本営発表のようなものだ。企業にとってごく都合のいいものが出来上がったのである。当然、この指針書は、経営者にとっては買収防衛を正当化するための指南書になってしまった。スティール・パートナーズが日本の企業を買収しようとしたときなど、裁判所はこの指針書を基準にして、スティール・パートナーズを乱用的買収者だと決めつけた。

ほかにもこの指針書では、非常に安易なことが書かれている。例えば防衛策を発動するとき、本来は株式総会での認証が必要とされるべきなのだが、指針書では、取締役会において経営陣だけの話し合いで決めることができる。さらに、「我が社を買収したいというのであれば経営企画書を持ってこい。我が社をどうやって経営するのか明らかにせよ」という項目まである。

よく考えてほしい。経営計画をつくるのは経営者だ。買収を仕掛ける側は、その時点ではまだ経営者ではない。これは全世界共通の認識であろう。ところが日本では「買収したければ経営計画書を持ってこい」と買収を受ける側の経営者が言うのだ。真面目に考えれば考えるほど頭の中は「?」で一杯になる。

米国の投資会社であるスティール・パートナーズがサッポロHDを買収しようとした時、サッポロHDはこの指針書にのっとって経営計画書の提出を要求した。スティール・パートナーズは(律義にも!)それに従ったが、サッポロHDは「このようなものは経営計画とは呼べない」と一蹴(いっしゅう)した。つまり、こういうことだ。スティール・パートナーズは、経営計画書を提出しなければ買収の窓口にすらたどりつけない。しかしその経営計画書の是非を判断するのは買収される側であるサッポロHDだ。同社の経営陣が「非」と判断すれば、やはり買収はできない。もう「むちゃくちゃ」である。市場の健全性を何だと思っているのだろうか。もはやマンガの世界だ。

同じくスティール・パートナーズによるブルドックソース買収劇のときは、スティール・パートナーズは買収後の経営計画書を提出しなかった。ために、裁判では「乱用的買収者」と決めつけられてしまった。歴史的に見れば、こちらのケースがより重要である。

このときブルドックソースはポイズンピルを発動した。ポイズンピルとは新株予約券を発行し、買収する側の持ち株比率を相対的に下げる買収防止策のことだ。ブルドックソースはスティール・パートナーズ以外の人に20倍の株を与えて、スティール・パートナーズにはそれに見合うものを現金で払うというやり方で買収防止に一応成功した。

スティール・パートナーズの株式のシェアは著しく下がることになった。そしてこのことは、日本のアンフェアさを世界に印象づけるに十分だった。

果たしてこのケース以降、日本には外資系ファンドが入ってこなくなった。同じような例がいくつか出てきて、日本市場から外国人が次第に消えていったのである。Jパワーの株式買い増しを打診したTCIも同じく経営計画を持ってこいと言われている。当然、持っていっても、経営側は「だからアブナイ」と難癖を付けるか、「こんな計画は荒唐無稽だ」と言うことは見え見えである。

このように、35年も経営のアドバイスを生業としているわたしでさえも絶句するような指南書や法律が、次々に産み落とされているのである。

(出典:日経BPnet SAFETY JAPAN)


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