Nij

2007.07.15
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カテゴリ: 短編小説





何十年か昔のことになるけれども、アフリカのある砂漠で、井戸が見つかった。煉瓦で丸く整えられたきれいな井戸だ。井戸のあるあたりは常に風が吹きっさらしになっていて、ほかのどこからも隔たりを持った誰も住んでいない土地だった。

どんな学者にもそこにどうして井戸があるのかもわからなかったし、それにその井戸は限りなく深かった。何人かが井戸の探検に挑んだけれど、どれだけ命綱を長くしたところである一定の場所まで行くとどうしようもない劣等感や空腹感に襲われるのだという。それによって誰もが井戸から押し出されるような形で、唸りながら地上に戻ってくるのだ。


井戸が発見されて1000日あまりたった頃、そこをある少年が偶然通りかかった。南の方から来た、右手の小指のない少年で、彼は彼が誰であるか知らず、彼が誰の子であるか知らなかった。彼は16歳だった。僕は昨日生まれた、と彼は額に流れる汗を真っ黒の袖で拭いながら言った。少年はどうしてこんな広大な砂漠に学者たちがいるのか不思議がったため、ある学者が井戸のことを教えた。すると少年は僕が潜ってみますよ、と言った。学者たちは目を丸くして少年を見た。「君にできるのかい?危険だよ。君が思っているほど簡単じゃない」

「昼の光に、夜の闇の深さがわかるものか」少年はそう呟くと学者に縄を頼みます、と残して井戸に潜っていった。

少年は小柄だったため、スムーズに下へ下へと下りて行くことができた。それまで井戸の探検に挑戦した人は、太陽の光が見えるうちに例の巨大な黒い感覚に耐えかね、上に戻るというパターンが全てだったけれど、彼はその光が点よりも小さくなって、ポコリと音を立てて消えるのを見届けた。深くまで来たな。そう呟くと静かに流れる地下の湿気を肌で感じた。


少年は光を見失ってから間もなく、横に続く穴を発見した。さらに下まで行くか、それとも横に行くか数秒迷い、彼は下に続く穴よりも随分広い横に続く道を選んだ。

どれほど歩いただろうか。3時間かもしれないし、3日間かもしれないし、3年間かもしれなかった。少年の腕時計は止まってしまっていた。不思議と彼はほかのだれもが経験した粘り気のある毒々しい不信感を抱くことはなかった。代わりに心地の良い薄い膜が彼をある種の空気として包んでいた。あるいは少年はその膜によって、自己に対する嫌悪感から守られていたのかもしれない。そのためか、彼は少しも空腹感や疲労感というものを感じなかった。不思議な力が少年を包んでいた。


やがて、彼は上に続く穴を見つけることになる。さて、僕はどうして今まで歩いてきたのだろう、上に戻ってしまうなんて。と少年は考えたけれど、もともと探検の目的は井戸の下がどのようになっているか知る、というものだったし、今さら分岐点まで戻って、さらに下に行く、というのも面倒だった。そんなことを座り込んで考えた末、少年は上を目指してのぼりはじめた。

のぼりはじめてから地上の光がリコポ、と現れるまで、そう時間はかからなかった。少年は光を見つけると喜び、スピードを上げてのぼり続けた。体中汗だくで、彼を包んでいた不思議な膜は徐々に剥がれていった。





少年は地上につくと、すぐさま周りを見渡した。砂漠ではない。そこにはかすかに文明のあとが残っていた。上半分がもがれたビルやら、永遠に息を吹き返しそうにない、斜めに立った電柱やらが揺れていて、霞みはじめた若かりし頃の記憶のような風が吹いていた。


「やあ、いつ振りだろうね、君を見るのは」という声が聞こえた。少年は周りをぐるりと見て、それから頭上を見上げた。空には、死にかけて濃いオレンジ色に変色した巨大な太陽がうなだれていた。「ちなみに、僕は風だ。あるいは太陽の代弁者、かな」と風は言った。



「いったい、何がどうなったんだい?」と少年は空に向かって尋ねた。まだ息が切れていた。一気に空腹感と疲労感が襲ってきた。「あと200年で太陽は爆発するよ。ポコリ、パチン…OFF、ってね。200年ってのは、簡単にいえば大した時間じゃない」風は答えた。


「どうしてそんな急に…?」と少年は力のない声で尋ねた。風はなぜそんなことを聞くんだい?といった色をした声で言った。「急なんかじゃないさ、君が地面の奥底を歩いている間に3億年が経過していたんだよ。光陰矢の如し、ってね。君の歩いてきた井戸は、時間の歪みにそって掘られていたんだ。だからね、僕らの、もちろん君も含めてさ、僕らの今いるところっていうのは、時間と時間の間なんだな。ここでは何も変わらない。宇宙的には変わるよ?太陽は爆発する。それでも僕らには生もなければ死もない。風だ」


「質問してもかまわないかな」少年は言った。

「ああ、問題ないよ」

「君は何を学んだ?」

「悪くないね、そういう質問」そう言うと風は黙り込んだ。

少年は弾がひとつだけ残っている古ぼけた銃を3億年ぶりにポケットから取り出すと、こめかみに銃口を当て、引き金を引いた。






ポコリ、パチン…OFF、ってね。





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最終更新日  2007.07.15 19:30:44
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