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2008年12月01日
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カテゴリ: 古代史
大仙公園で説明を受けて いよいよ 御廟山古墳へ!

DSCF0461.jpg

調査の為に橋が架けられていますが、
これは終わると外されてしまいます。

DSCF0460.jpg

斜面には 葺石 (ふきいし)がびっしりと並べられており、
このテラスと呼ばれている部分には 埴輪 がぎっしりと置かれていた
そうです。

これが

DSCF0467.jpg


これは筒の形をしているので円筒埴輪ですね!
思ったより大きいです!
考古学ファンではくても感動しますね。

DSCF0468.jpg

全景はこのような感じです。
1の斜面がくずれているので葺石が落石しているわけです。

ちなみに「葺く」とは屋根を覆うことを指します。

台形と円のつなぎめの部分に
飛び出したところがあります。

DSCF0466.jpg

「造り出し」と呼ばれるこの部分は
死者を弔う儀式が行われた場所ではないかと
考えられています。

円筒埴輪ではない、形状埴輪が出土している
そうです。

DSCF0470.jpg

円形部分を正面から見たところです。
円形の中心部分に御霊が眠っていると言われています。

しかしながら、完璧な円形です。

存在した、ということですね!
わたくし達が思っているよりも
古代はずっと進んでいたのですね!

一番の興味はここにどなたが葬られているのか?
ということになりますね。

これは円筒埴輪を他の古墳と比較すると
「仁徳天皇陵の埴輪よりも造りが丁寧で若干時代が古い」
とされるそうです。

それから古墳の大きさで葬られた人の地位が決まってくるのですが、
(古墳が大きいほどその人の地位も大きかった)
ところがこの古墳は今よりももっと大きかったとされる、
という調査結果が出て来ているのだそうです。

今のところは
十五代 応神天皇の初葬地 か
十六代 仁徳天皇の后妃
を葬ったとされる可能性が高いとされています。

要するにまだよくわかっていないのです。


最新の技術をもっている現代でも解明しきれないところが大きいのが
現実なのです。面白いですよね。


わずか20分の古代への時間旅行ではありましたが、
とても大きな経験をさせて頂きました。






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最終更新日  2008年12月02日 03時03分12秒
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