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2003年J1昇格を決めた時に、「21世紀の新潟におけるおとぎ話の第1話がここで完結した」って語ったソリマチ監督が、ついに退任を発表した。「来季もJ1で出来る手ごたえを感じたところで使命は終わった」第1話:昇格第2話:残留、となぞえれば、第3話は定着、第4話はタイトル争い、第5話はタイトル奪取、と続いていくのかな。こちらの「反町監督勇退記者会見」全文、何度読んでも、泣けてくる。Jリーグ発足当時、華やかなプロ選手の中で、全日空社員でプロ契約してなかった反町康治選手。変わった人がいるもんだな、って当時思ってた。Jリーグにはまるで興味のなかった私も、03年シーズンの開幕から新潟の虜になったわけだが、あの時の選手が監督かぁ、って少し感慨深く感じ、大学も先輩だし全日空から内々定をいただいたことのある身として、非常に親近感を感じた。(結局大学院進学のため入社せず)J1昇格後、評論家のコラムや雑誌のコメントでは、新潟の評価はやはり低い。酷評されてる記事もしょっちゅう。それでも、反町監督の、自分達のチーム、戦術を信じ、相手チームのウィークポイントを的確に指摘してくれる言葉に、何度救われた思いをしたことだろう。それから、サポーターへの感謝の言葉は絶対に忘れない。国会答弁の用意された言葉ではなく、気持ちのこもった言葉で。新潟で、真っ先にJ1の資格があるのは、サポーターだと、言ってくれたこともあった。勇退記者会見の中でも、5年間で一番印象に残っていること、「セレッソに長居で負けて(02年第43節)、J1の昇格を果たせなかったときの悔しさというのが今、不意に思ったんですけれどよく覚えています。というのは、終わってからもサポーターがほとんどみんな半ベソをかきながらチームの応援を止めなかったと。遥々アウエーまで来て、そうした応援をしてもらったという、その声援は今でも頭の中に残っています。」だなんて、実は顔には出さないけれど、サポの気持ちがわかる、とても心の温かい人なんだな、と思う。使い古された言葉ではあるけれど、「ソリマチ、オトコマエ」、真の男前だと思う。新潟のおとぎ話が、第4話、第5話へと続くためには、避けて通れない局面がついにやってきたな、ということ。私達もいつまでも甘えていられない。反町監督が築いた礎が、未来につながっていることを信じ、「5年間お疲れ様ありがとう」で見送りたい。そして第4話第5話で反町チルドレン(藤井、河原、アトム達)が、優勝トロフィーを掲げて万代橋を凱旋する姿を、いつか一緒に見れること祈ってます。泣けてくる…「勝手に選んだアルビレックス新潟殿堂」入り。本日、我が家の第2子、男の子であることが判明しました。名前は、「康治」にしようかな。
2005.11.29
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こちらが私の戦闘服です(笑)。03年にアルビレックス新潟を応援し始めて、即ネットで買いました。確か籍を入れる直前で独身バブリーだったため、「ホームもアウェイも買っちゃえ」の勢いで買った覚えがあります。妻には、「2人で着ていけるようにだよ」なんて言ったけど、結局着てくれてません。まぁいいんです、私が気分次第で着分けてます。(戦略どおり)05年に、マイナーチェンジしたユニですが、やっぱり、03年のJ2優勝の思い出の詰まったこのモデルが好き。アウェイ用の背中には、アルビレッジに初めて行けた時に、ケイジ、船越、ハギ、宮からもらったサイン入り!ふふふ。スタジアムで目にするは、やっぱりこの03年モデルが一番多い気がします。んーそれでも、背中にMSNが入った05年モデルも増えてきたなぁ。だけど、私的に気になるのが、オレンジと青のストライプモデル。かっこいいなぁ、いつのかなぁ、欲しいなぁ、と思っているのですがが、来年の卓上カレンダーの裏面には、このように↓、アルビレックス新潟の歴代ユニホーム一覧が!・96年、97年の北信越リーグ時代は、 Mizunoで「CORONA」・98年のJFL時代は、 Mizunoで「DIREC TV」(背中には「亀田製菓」?)・99年~02年のJ2時代は、 Kappaで、ついに「亀田製菓」・03年から、 adidasのユニだったわけです。往年のアルビサポのみなさんには、やっぱり懐かしく、いろいろ思い出されるんでしょうね。あぁ羨ましい…歴代の選手は、こちら、「背番号列伝」にまとめてあります。ストライプのユニを着た選手達がみてみたい!歴代ユニを着てOB戦とか、そういう企画して欲しいな。他のクラブの歴代ユニ一覧もみてみたい。
2005.12.18
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