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気が付けば最後の日記から半年経っていて、気が付けば大学を卒業して一年が経っていました。 どうもこんちにわ、お久しぶりのケイタです。みなさん、お元気でしょうか? さて東京では昨日桜の開花宣言が出ましたね。 最近何か『開花』したものはありますか? 私は最近眠っていた才能に花開いてきてしまいました。 それは・・・・・ お酒を飲んで・・・・・・ 記憶を飛ばすこと。 学生時代の楽しく、時に寂しい思いがまた最近甦ってきてしまいました。 お酒を飲んでも飲まれない方法を誰か教えて下さい。 see you next time!
2007.03.21
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週末はヒゲを伸ばして、アゴヒゲを抜くのが些細な趣味のケイタです。 どうもこんばんは。 五本に一本は茶色いヒゲで、全部茶色だったらブラット・ピットも夢じゃないかなって思っています。 そうそう、携帯の予測変換機能で『ぶらっと』とまで入力したら『ブラット・ピット』と出てきます。 他には『とむ』で『トムクルーズ』『トムハンクス』 『みやさ』で『宮崎駿』がでてきて黒沢明が予測されないことにささやかな憤りを感じます。 変わったところでは『また』→『また仕事』『また飲み』 なんか嫌々感が出ています。 『たも』→『タモリ』『タモさん』 みのもんたでさえ『みのさん』とは変換されないのに・・・ 他にも予測変換機能でたくさんの人名・店名・企業名等々が変換されますのでヒマな時は一度お試しあれ。 今の日本での様々な知名度が計れるかもしれません。 では。(今日の俺は何をしたかったんだ??)
2006.07.10
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富山での生活も板についてきたケイタです。 どうもこんにちは。 七月に入っても相変わらず工場での研修を続けております。 まぁだらだらと毎日を過ごしています。 気ままに定時上がり生活。 いままで一番ゆったりとした時間を過ごしております。 いいですよ~ 最近のお気に入りはパートのおばちゃんと会社の裏事情について情報交換すること。 おばちゃんはおばちゃんでネットワークがあるし、 僕は曲がりなりにも正社員ですから、それなりに会社の裏事情も耳に入ってきます。 それをひっそりと秘密の場所で内緒話。 アンダーグラウンドな感じで楽しいですよ。 会社にはしゃべりに行ってます。 胸を張ってそう言えます(かなりダメ発言?) ただ・・・ この生活ももう終わってしまいそうなんです。 いよいよ、ってかやっと? 東京に戻ってくることになりました!(パチバチパチ) 七月の十八日から東京で営業します。 みなさん、関東人の僕を宜しく。 では。
2006.07.06
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何気なく立ち読みしたマンガの1フレームの1台詞。 『歴史的使命感』 やけにこの言葉が気に入りました。 社会人始めて二ヶ月ちょいが経ち、未だ確固たる目標もないまま研修生活を頑張っています。 そんな生活を、僕は理由も無く頑張ることが唯一の目的としています。 ただ人生の目標、目的はあります。 どれだけ多くの人の人生を背負い、幸せにすることができるか。 それが僕の目的であり、目標です。 この世に生を受けたのですから、人の幸福の為に生きていきたいと思ったりします。 知り合った人全て、なんてことは思いませんが、 僕が出会って感謝する人・好きな人には幸せになって欲しいと強く祈ります。 その為に今自分ができること。 自分のインスピレーションに従い頑張っていきたいです。 老いた時、自分の人生を振り返って『歴史的使命感』と言えるたらいいなって思います。 大それたことでも間違っていても、それでも今はいい。 そう思う自分はリアルな魂の叫びだから。 とにもかくにも頑張るしか無いです。 明日も一日頑張ろう。 久しぶりの日記でした。 では。
2006.06.12
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環境の変化。 自分の変化。 変化することが好きだった。 変化させるのが好きだった。 会社と学校。 社会人と大学生。 一週間の中で使い分け、生活しているライフスタイル。 結構充実してます。 生きてるって感じ。 僕は止まると生きられない人だから。 絶えることの無い大きくて複雑な流れの中を精一杯生きていこうと、 ふと思った。 僕の人生の根底にある、変化を楽しむ好奇心で まだまだこれからも頑張りたいと ふと思いました。 では。
2006.05.24
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タメの皆様はそろそろ配属が決まってくる頃合いでしょうか? 僕はまだまだ研修中です。 早く正式配属されたいですね。 ちゃんと社会に出たいです。 研修生活って社会人と学生の中間ぐらいで なんだか物足りません。 そうは言っても覚えることがたくさんあって 全部なんて到底覚えきれません。 だからまだまだ頑張るしかないっすね。 ちょっとショックな事がありました。 それでさっさっと配属されたりしたいと思うのですが。 久しぶりに人格を否定されたのでなんだか哀しい気分です。 まぁそんな人にも認められるべく、頑張るしかないっすね。 では。
2006.05.09
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このGWほど『連休』というものを意識したことはなかったし、 大切だと思えたことは無い。 ただ一緒にいられるだけで幸せだと心の奥底、魂がそう感じた。 これから長い人生を共に過ごしたいと前よりももっと確かに思えるようになった。 何があっても大丈夫。 二人で乗り越えよう。 最初の試練は『・・』 近い確かな将来の為に、ちゃんとしたプロセスを。 僕、頑張ります。
2006.05.08
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一生懸命。一所懸命 魂がそう叫ぶから。 僕はそれを言葉にする。 相手に届く音と温度で。
2006.05.02
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単純なもんで疲れていても笑顔が見れたら元気になれたりします。 声が聞けるだけで安心したりします。 会えなくても、ただどこかに存在しているっていうたった一つの事実が、僕の支えとなります。 それでも一緒にいるに越したことは無いのだけれどね・・・
2006.05.01
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例えばの話。人に感謝して涙したことがあったとする。 僕はそれはとてもとても豊かな事なんじゃないかと思う。 人が人として感じる豊かさは、物ではなく心の中にあると思うんだ。
2006.05.01
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三ヶ月ぶりに更新します。どうも皆様お久しぶりでケイタです。只今富山県にて一人暮らしを行なっていて、ネットに繋がらないので、更新できないでいました。この三ヶ月は色々なことがあったなぁ。就職するってことはモチロン大きな変化ではあったけど、仕事は就職する前からずっとしていたことだし、その環境が変わっただけでやることはそんなに変わりません。でも僕の生活の中で確かに変わったことが自分の中に大切な人が出来たって事かな。僕は恋愛を生まれて初めてしています。・・・なんて言ってみたりして。まぁ充実した日々を過ごしています。また生活も少しずつ落ち着いてきたから今日からは少しずつ更新していこうかな。では。
2006.04.30
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エッセイシリーズ「人が人を好きになること」今回は第六回『ステップアップ』です。随分久しぶりにこの話を続きを書くので、温度差が出ないように、では今日もいってみましょうか。では忘れてしまった人(自分)もいるかと思いますので今回のテーマの文章のピックアップから始めましょう。『置き場に困る小学校の卒業証書のように、どうすることもできない、でもその想いを捨てることができない。そんな人が人を好きになることもある。どうすることもできぬ想いは、自分には寂しさを、相手に侘しさを与えてしまうどうすることもできぬ想いは、「ステップアップ」のステップとなるどうすることもできぬ想いは、「過去」の想い』いつかのコメントでも書いたのですが、三つの想いの中で僕はこの「過去」に対するものが感じることができないと思っていました。だから第六回を書けずにいました。でもあの夏よりも、もう少しだけ自分と出会うことが出来ている今の僕にはやっと第六回を書けるようになったようです。あと、実は僕の中でさえも今回のテーマは二通りの解釈があります。叶わぬ片思いのやるせなさと過ぎ去ってしまった現実に対する想い。感じ方は人それぞれだと思うのですが、今回は後者の過ぎ去ってしまった現実をテーマとさせて頂きます。さて、色々物議を醸し出しそうですが、僕は今回のテーマは凄く男性的なテーマだと思います。もちろん、女性にだってステップアップになった人がいるでしょうし、男性だけがそんな人がいるだなんて思いません。でも、男性のほうがほんのちょっとだけ、過去に縛られやすいのかなって思うのです。なぜなら・・・「男だから」この一言を誇りとし、その言葉にすがり、この言葉の通りにあることを願う生き物が男性だと思います。(まぁ個人的意見なので落ち着いて)この言葉を使えば使うほど、思えば思うほど、いつかの誰かに対する想いで心が満ちてしまう。その満ちた想いに少し喜び、少し悲しみ、残りの大体は感情は押さえつける。男性のほうが未練って残りますからね。押さえつけたその感情の分だけ、長い間、心の奥底のどこかにちょっと消化不良なその想いを残したままなのかもしれません。あんまり他の人とこんな話をするわけじゃないのですが、他の人もこんなところがあるんじゃないでしょうか?さてそんな男性的恋愛感から文章の掘り下げに入りましょうか。この中で僕の好きなフレーズは自分で言うのもアレですけれど、「どうすることもできぬ想いは、自分には寂しさを、相手に侘しさを与えてしまう」って一文ですね。結局何も生み出さない。だってどうすることもできない、それは過去の話なのだから。その想いに自分が気付いたとき、そこには寂しさがただよう。その想いに相手が気付いたとき、そこには侘しさがたたずむ。でも僕の中でそれに続く文章で自分に対して答えを出しました。過去に囚われてどうしようもないことにすら、僕は「意味」を見つけたいと思ったんです。自分なりの意味を。それが「ステップアップ」の『ステップ』なんです。階段を上る為には、階段自体が存在しなければいけない。当たり前のことかもしれないのですが、僕にはとても大切なことのような気がするのです。何が大切かわからない、ではなくて、全てが大切で、どこかで何かが連結している。人生ってそういうものなのかなって最近は思います。きっと皆潜在的にはそう思っていて、だから人は人を好きになるのかなって思うのです。辛いことだって人生の糧にできるくらい人って強いんです。僕はその人の強さを表現したかったのかもしれません。イマイチまとまりに欠けますが、若い青二才が今考えられる、それが精一杯の答えです。今回のテーマは今の僕にはやはり荷が重いようです。まだまだこれから続くの僕の人生の中で、少しづつ、足らない何かを見つけていきたいです。人が人を好きになること第六条~辛いことすら人生の糧となれる可能性に満ちている~See You Next Diary!!
2006.01.25
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今日は珍しく二回目の日記を書きます。どうもこんばんわ、ケイタです。一日中パソコンとにらめっこしてました。今日を簡単に表すと課題・炊事・日記・課題・炊事・課題・日記です。なので気晴らしに日記でも書こうかなって、とても気軽なピクニック気分で今日もいってみましょうか。今日は「貪欲さ」について話してみましょうか。いつかここでも書いたような気もしますし、結構色んなとこで話しているのですが、僕はどうやら貪欲なようです。昨日友達に言われました。僕の良い所は貪欲であることだそうです。まぁなんとなく納得しましたね。気になると、どうしてもそのことが知りたくなるんですよね。例えば旅行に行ったとして、その日にまわる予定のスポットについては大体下調べをしてから行きますね。気になるんですもん。でも大事にしていることは自分の目で見たこと。五感で感じたもの全て。宿なんかを予約するときも口コミっていうものをやたらと調べて行きます。でも最終的に大事にするのは自分の目で見たこと。五感で感じたもの全て。何に対して貪欲なのかと聞かれたならば、僕は「経験」に対して貪欲なのでしょう。それは人間関係においても同じことなんです。この人どんな人なんだろうって興味津々に色んな人と接します。人の評価なりはあまり気にしません。だって僕が大事にするのは自分の目で見たこと。五感で感じたもの全てなのだから。昔からそうやって人と付き合ってきたのですが、ある人に聞かれたことがあります。「人に踏み込んで怖くない?」答えは怖いです。小心とか臆病とかではないけれど、僕だって人なんで人に踏み込むことは怖いですよ。推測で見た人ってとってもいい人ですからね、本音を知ってショックを受けたくないって思いますよ。でもね、そんなことよりも大事なことが僕のなかには確固してあるんです。それは事実。真実ではなく、ただ淡々とそこに在る事実。だって僕が大事にしているものは自分の目で見たこと。五感で感じたもの全てなのだから。でも事実って怖くても目を背けては生きていけないモノだと思うのです。どうせ逃げられないのならば、僕は自ら飛び込んでいきたいと思うのです。けどね、自分が怖いとか以上に、人を傷つけることのほうが多い気がします。誰にも踏み込んではいけないところがあるし、出したくないことの一つや二つはありますよね。でも、もしも僕に人には出してくれないものを出してくれたのならば、そこには信頼が生まれると思います。それは経験よりも得がたいものなんだと、最近やっと思えるようになりました。だから僕はこれからも貪欲にいろんな経験をしていこうと思う。得がたい信頼を探しながら。僕にはそれが自分にとっての良いところだって自信を持って言うことは無いだろうけれど、自分にとってとても大切にしていきたいとは思っています。それだけで、僕にとっての「貪欲」ってことは意味のあることだと思うのです。まだまだ貪欲に生きて行きたいと思う今日この頃です。See you next diary!!
2006.01.22
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どうもこんにちわ。試験と課題に負われるちょっと学生っぽいことしているケイタです。昨日はやたら雪が降っていましたね。すってんころりと転んだ方も多かったのではないかと思います。寒いですからね、怪我に注意しておかないといけませんね。そんなことを言いつつも、実はどうでもよかったりする最低な僕ですが、今日もいってみましょうか。雪が降ると懐かしさを感じます。何気に雪が降るところで育ったんですよ。そんなことはおいといて、最近僕は同い年の人達と飲んだり喋ったりする機会が多いです。昔は、ほんの半年ほど前までは全くなかったわけではないのですが、あまりなかったですね。でも最近は同い年の人達といるのが楽しくてたまりません。皆良いんです。魂が綺麗って言い方が僕の中では適切なんですが、分かりづらいと思うので少し解説。まず、考えている。自分のことや人のこと。次に、想っている。自分のことや人のこと。だから、輝く、魂が。奇麗事ではなく本気でそう想います。最近は色んな人と話すのが楽しくてたまりません。とくに今まで知ってるようで知らなかった同い年なんかはこのまま知ったかぶりで卒業することにならない人がちらほら出てきたので、とても嬉しいし楽しいんです。では今日は少し日常的な話でもしましょうか。タイトルの通り昨日は宴をしまして、その後に独りになって僕の中に残ったものは「清涼感」なんです。すがすがしい想いでした。僕はきっと昨日一緒にいた人を本当の意味で信頼しているし、好きなんだと感じます。一緒にいて楽しい、よりも心地良い。そんな人が僕にとってできたことに心から感謝しています。その出会いと触れ合いに感謝する気持ちが、清涼感へと繋がったのだと思います。これからもどうぞよろしく。では。See you next Diary!!
2006.01.22
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久しぶりに日記を綴ります。どうもお久しぶりです、ケイタです。決して飽きたとかめんどくさくなったとかそんな理由で日記を書いてなかったわけではないので悪しからず。言い訳がましいと思われそうなのでちゃっちゃと今日もいってみましょうか。新年一発目だしね、前向きなテーマで始めたいと思います。※今日はラジオ人生相談、みたいな形で進行していきます。明日は関東の平野部でも雪が降るらしいですね。どうもこんばんわ、ケイタです。一年で一番寒い時期、大寒。大学を目指す学生諸君達には大詰めとなってきました。頑張った過程がちゃんと結果に結びつくといいですね。受験生の皆さんは理想の大学、果てはその先の理想の人生まで見据えているかもしれませんね。さて、そんな受験生の想いに少しは乗って今日は「理想」をテーマにしてみましょうか。理想が高いとかよく聞くじゃない、最近僕には疑問に思ってしまう言葉なんですよね。理想が高いってどういうことなんだろう?”自称”理想が高いと言い張るファンクさんからお話を伺いましょう。どうもこんにちわファンクさん。ずばり理想が高いってどういうことですか?理想が高い=強がり(個人的に)あれまぁ言い張っちゃいますね、大丈夫ですか?反感とかたくさん買っちゃいそうな感じですけど・・・ん?なんですか?このメモは????これを読めってことですか?なになに?俺が抱く高い理想とは自分の出来ない自分できないから、それをしたいって思って。できるようになりたいって強く想う為に「理想」って言葉でその想いを表現する。カッコ良いじゃない『理想』って言葉。だから使うんだよね。でも、だからこそ、俺にとっての『理想』とは強がりなんだよだってできない自分を知ってて誤魔化す為に使うんだもん。強がりとしか表現できないね。あれまぁ。なかなか暗い考えですねぇ。でもまぁ僕は今のファンクさんのメモを見て何が悪いんだろうって思っちゃいますね。ちなみに辞書で理想って言葉を開くと「人が心に描き求め続ける、それ以上望むところのない完全なもの。そうあってほしいと思う最高の状態」だそうです。強がるって言葉って結局は自分や他人や何かしらに嘘、この場合は虚勢を張ることでしょ。でもね、こうありたいって強く想った自分ってものは確かに存在する偽りない存在じゃない。でもその存在があまりにも眩しく想っちゃうときもあるよね。だって辞書にも載ってるじゃない「理想=最高の状態」って。そりゃ眩しいよね。最高だよ最高。僕は最高って実際には存在しないんじゃないかなって思うのさ。近い言葉はある思うんだ。それは「最良」。最も高いなんて僕には嘘臭いんだよね。でも最も良いことなんていくらでも積み重ねることができると思うんだ。最も高いその高さを測るヒマなり余裕があったら僕はその分最も良い瞬間を常に求めて生きていたいって思うんだ。話が横道にそれちゃったから戻すと、色んな想いが「自分」っていう一つを表現するなかで、自分の汚さみたいなのに嫌気がさすことはもちろんあると思うのさ。理想を強がりって思う、そんな瞬間があってもいいと思う。だってそう思っていく過程で確実に「理想」ってものに近づいていると思うのさ。思考の方向が+であれ-であれ『理想』ってものに対して強く思うことは必ずその人にとっての成長に繋がってると僕は思います。だから自分がどう思ってもちゃんと自分を受け止めて上げて下さい。自分の想いから逃げることはしちゃいけないって思うのさ。辛くても、逃げないでこれからも生きてくださいね。きっと明日は今以上に頑張れる自分がいますからご安心を。では本日はこのへんで。See You Next Diary!
2006.01.20
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その情熱が冷静さを失うことがないように、 その冷静さの中から情熱が消えてしまわないように、 僕は日々バランスをとっている。どちらにも傾かないようにと。 これは一つの処世術。自分を形成する要素の一つ。 そして今年うまく出来るようになったことの一つ。 正否は判断できないが、成長には違いない。
2005.12.05
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今日の朝は格別に寒いですね。 頬に感じる痛いほど冷たい風が、12月になったことを身体に告げるかのようです。 おはようございます、ケイタです。 早起きは三文の得なんて諺がありますが、僕は損しても寝ていたいです。 まぁ愚痴ってもしかたないのでせっかくですから今日は『損』をテーマにしてみましょうか。 では今日もまたいってみましょうか。 僕はわりかし得して生きているほうだと思います。恵まれているって言い換えてもいいですね。 でもどんな人だって生きていくなかで得することもあれば損することだってありますよね。 それはきっと生まれてきた環境でも同じことだと思います。 わりと昔から僕は損してきているそうなのですが、本人の自覚がなければ当たり前の話ですが損とはいいきれません。 なんでもかんでも『損』してるって思うくらいなら、どう考えたら『得』するかを考えたいです。 人生の損得を分けるものの一つに、間違いなく人の想いのその思い方があると思うんです。 だから僕は今日もポジティブに一日を過ごしていく。 See you next diary!!
2005.12.03
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久々の更新です。 季節は本格的に冬になり、あの秋の実りの匂いは少し前の話。 今は少しずつ確実にあの張り詰めた冬の空気になりつつありますね。 どうもこんにちわ、けいたです。 『今年』という一年の最後の一ヶ月に入り、 なんとなく思考の方向もこの一年の総決算的なこと意識してしまいます。 さてそこで今回は『反省』をテーマにしましょうか。 では久しぶりに今日もいってみましょう。 自分が何かしらの行動をしたとします。例えばサークルでのイベント。 それに大切なことが反省だと思います。 最後をどのように締め括るか、そこで自分がどう思ったかを考えることで、 そのイベント事を通しての自分へと返ってくる『成長』が全然変わってくると思います。 楽して生きていけたらいいって、どうしても考えてしまいますよね。 苦しいことからは逃げたいですよね。 でも自分が思ったままに行動すべきときとそうでないとき。 その判断の見極めを天然のセンスでできる人もいるかとは思うのですが、 僕のような凡人にはただひたすら積み上げた絶対的経験の上でしか、一歩先の自分が正しかったと判断できる決断ができません。 経験をその人の持っている『センス』にまで昇華させる為に『反省』が僕には必要なんです。 センスの為だけではないですね。 僕は『経験』ってものに対して貪欲な人だと思います。 たくさんのことをたくさん経験したいと常日頃思っています。 そんな一つ一つの『経験』をちゃんと自分のものにするために、一つ一つに対しての『反省』が必要なんです。 大切なのは覚えることではなく、想うこと。 一つの経験を一つの想いにできているかどうか。 今月は新しいことよりも噛み締めることを大切にしていきたいです。 See You Next Diary!!
2005.12.01
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最近日記を書こうと思うと楽天のメンテナンスに引っかかってしまう、わりと間の悪い男、けいたです。言い訳としてはバッチリでしょ☆でもふっと頭に浮かんだテーマは最近携帯にメモをしています。書く内容にはことを欠きませんので、さぁ今日もいってみましょうか。今日のテーマは「嘘」悪いことだから絶対に嘘をつかない、なんて胸を張って生きて行くほど、僕は純粋ではいられません。善いからことだからする、悪いことだからしない、なんて奇麗事だと思いません?それでも僕はできるだけ奇麗事を言い続けたいので、『嘘』と向き合ってみようかと思います。わりと嫌いな言葉ですが、「一般的」には嘘はいけないことですよね。そんな分かりきったことなんて、ひねくれてる僕としては小さい頃から疑問を抱いていました。『本当に嘘はいけないのかな?』小学校まではこう訪ねても、いけないからいけない。なんてなんの答えにもなっていないことを言われました。きっと子供だからってなめられていたんですね。中学校のころは嘘はいけないことかどうかなんて気にも留めていなかったのですが、先生に一言聞いたことがあります。答えは、小学校のころとなんも変わりませんでした。思春期って一番聞きたい事が聞けず、一番聞きたくないことだけを言われるように感じる時期だと思います。そう感じていましたしね。どうせ思春期だからって関わらないようにされていたのかもしれませんね。高校に入って、今までと随分交友関係も変わってきて僕の問いに、やっと色んな形の答えが返ってくるようになりました。一人の友人は頭を抱えてこう言いました。「・・・わからない」あぁ僕と同じだって、そう思ったもんです。違う友人はこう答えました。「わかったつもりの嘘はつきたくない」僕はこの人の中に一つの正義を見た気がしました。でもいい奴だなって思ったのですが、物足らないって思ったのも事実です。僕は「なんで」嘘がいけないのかが知りたかったのです。嘘に対する人の人間臭さを感じたかったのです。彼の言葉はあまりも格好良過ぎて、だからこそ、僕は共感できませんでした。少しだけ年上の友人はこう答えました。「嘘はついてもいいって決めた自分がいるのならそれはいけないことにではない。でも嘘をつく相手が嘘をいけないって決めたのなら、いけないことになるのさ」僕はそのときはよくわからなかったし、今でもなんとなくとしかわかりません。なのでこれは「僕」にとっての答えにはなりえませんでした。「その人」にとっての一つの答えの気がして、羨ましいって思いましたけどね。ある人はこう言いました。「人を傷つける嘘はしてはいけない嘘。人を守る為の嘘はしてもいい嘘」これは結構共感しましたね。ちょちちょい使いましたもん。でも最近はこれもなんだか、格好良過ぎるように感じますね。結局いいなって思ったのはこれが答えのように感じたわけではなく、適当に人間臭くて、適当に格好良いって感じたからかもしれませんね。いや、そうなんです。誰かがこの問いに答えました。「みんながいけないっていうから嘘はつかない。誰かが傷つくから嘘はつかない。でも嘘をつかないと守れない自分はココに確かに存在するから誰にも気づかれずに嘘をつく」なんか納得しちゃいましたね。僕はこの言葉を待っていたのかもしれません。他人の口からこの言葉を聴きたかったのかもしれません。奇麗事を言う為に「嘘」自体のことを考えていました。でも僕は世間では汚いイメージのある「嘘」と同時に綺麗な「嘘」も確かに存在するような気がするのです。結果として嘘で固めた人生は、何も生み出さないし、何にもならないのかもしれません。でも生きて行く人生の過程において、そんな汚い嘘、綺麗な嘘が在ってもいいと思うのです。僕の中の奇麗事とは、嘘を認めて受け止めることにあるようです。綺麗な嘘の存在を貴方は信じることができますか?See you next diary!!
2005.11.07
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昨日は四年コンお疲れ様でした。たまにはこんな入りでもいいかなって思う今日この頃です。どうもこんにちわ、ファンクです。今日は少し『夢』について話してみましょうか。では今日もいってみましょう。小さいことから大きいことまで。人は夢の塊でできていると思います。「こんなことしたい」「あんなふうになりたい」「もうすこしこんなことができれば・・・」夢が職業だけの話だなんて思いません。自分が抱く理想はイコールで僕は夢になると思います。誰だって一つ以上の理想を抱えていると思うのです。だからね、人は夢の塊だって思うのです。でも今日はあえて職業的な『夢』の話をしましょうか。前置きとは関係ない??言いたいだけだったので悪しからず。将来なりたいものが僕には二つあります。一つは社長。一つは作家。どちらがより成りたいかって問われたならば、僕は社長と答えるでしょう。でもどちらの生き方をしたいかと問われたならば、僕は作家と答えるでしょう。僕の中で確かに存在する二つの衝動。僕はこのまま生きていけば必ずどこかしらの会社の社長になれるでしょう。その自信もあります。でも、作家はなれるかどうかまったくわかりません。でも、なろうとしなかったのは事実。だから一本、本気で小説を書いてみようかと思います。やろうとしなかったことを、夢だなんて語りたくないから。いついつまでに作るとか決めず、一年後になるか二年後になるか。でも、なろうって努力をしたいと、そう思います。気が早いですけれどタイトルは決まってるんです。『人はそれを罪と呼ぶ。 僕はそれを罰と呼ぶ。』自分で想った夢だからこそ、その夢に対して責任をとりたいんです。一年で一番空が高い秋の空は、僕にそう決意させるようです。夢を語れる人に僕はなりたい。あなたは語れますか?See You Next Diary!!
2005.10.28
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ちょっと気を抜くとすぐに日記を更新しなくなるケイタです。 どうもこんにちわ。 留年留年って言っていても何も変わらないし、始まることなんてないので、 いつもの感じでさぁ今日も行ってみましょうか。 最近の僕はかなりなアルバイターです。 週五で働いています。 学校・バイト・家の三つをぐるぐるぐるぐる。 何も感じずに過ごしてしまうことが多くなるような生活です。 でも、だからこそ小さなことに気付けるようにアンテナの感度を上げて日々過ごしています。 今日はそんな日常で気付いたことを一つ。 例えば今僕は学校に居るんですが、何故今学校にいるのか?って誰かに問われたときに自分が納得できる理由は説明できません。 卒業するため?単位をとるため?学校があるから学校にいく?etc・・・ 当たり前のことって当たり前過ぎて考えても考えても『当たり前だから』って答以外思い付きません。 でも当たり前って思うからこそ逆に学校ってものがつまらなくなってしまっているような気がするのです。 それじゃ人生つまらないから、無理矢理違う解釈をしてみようかと思います。 とりあえず自分の中で当たり前過ぎてつまらないこと、その一つ一つに当たらしい解釈を。 例えば学校に来て授業を受けることは RPG的なレベルアップ作業だと思って過ごしてみようかと思います。 くだらないとかつまらないとか呟く人ってたくさんいるし、僕もその一人ですが 少しは自分の人生を、もっと楽しむ努力が必要だと感じます。 今の今を楽しんでいますか? See You Next diary!!
2005.10.25
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昨日はかなり衝撃的な内容の日記だったのでないかと勝手に思っています。どうもこんばんわ、ケイタです。昨日はあぁちゃらけないと書けないことだったので、ふざけていたのですが、まぁ今日から路線は胃がもたれる感じで、じゃぁいってみましょうか。まぁ決まってしまったことをああだこうだ言うのは好きではないので言いたくないのですが、少しここに僕の想いを残しておく必要がある気がします。だから僕は『今』の僕を綴り残そうかと思います。今回のことで一番申し訳ないと思った対象は父親ですね。就職のことで面倒を見てもらったので。正直な話、留年するってこと事態はそんなにショックなことではないです。まぁしょうがないか、みたいな。結構ゆるゆるですね。でもね、就職が絡んで、それに対してたくさんの人に多大なる迷惑をかけたことが、本当に申し訳ないと感じます。その筆頭が父親です。当たり前っちゃー当たり前なんですが、なんとか卒業できないものかと色々と粘ってみました。でもそれは迷惑をかけたくないって思いからのものだったのではないのかなって思います。自分の為にって想いではないように感じます。だから自分のことを考えたいとか、自分の将来しか考えられないとか口に出しているのは、そうしたいって思う自分の一つの願いなのかもしれません。どこか他人事に留年というもの感じてしまう自分が居ます。自分のことなのにね。そんな僕が危機感を感じるのは迷惑をかけたという一つの事実のみ。確かに自分自身を反省することが多々あることに気づかされました。でもその想いのベクトルは、迷惑をかけたこと、もっと言えば面子を潰したことに対する謝罪へ向いている。こんな僕の考えが正しいと間違ってるとかそういう次元の話ではないような気がしているんですけどね、なんかしらの答えが欲しかったりします。○か×か。是か非か。結局突き詰めていけばこの二択で物事を決定していたことが、僕の弱さなのかもしれません。答えにならないことを考えることができても、考えることしかできない。結局は考えた先に自分で答えを用意する。いや見つけてしまうといったほうが正しいかもしれませんね。答えっていうわかりやすい意味を僕は欲しがってるんだと思います。でも今回のことでほんの少しですけどね、無意味の意味をやつを理解できるようになれるかもしれません。まだその理解には時間がかかるし、もっと色んなことを理解するには時間が欲しいと感じます。こういうときは一杯時間を使ってとことん考えてみようかと思います。思考と理想と現実と、うまく混ぜ合わせていきたいです。まだ留年が確定した直後だし、多分今の僕はまともな状態ではないのかもしれないのですが、とりあえずの今の僕の現状把握はこういう感じですね。またこの続きがどんな形になるかわかりませんが、いずれここで綴ることになるでしょう。その日の自分を楽しみにできる日々を積み重ねたいものです。では。See You Next Diary!!
2005.10.15
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どうもこんばんわ。ファンクとケイタです。本日は重大な発表をこの場をお借りしましてしたいと思います。ではいつか好評でしたインタビュー形式でその一部始終を報告したいと思います。司会はケイタ、ゲストはファンクで。では今日いってみましょうか。ーケイタどうも皆さんこんばんわ、『憩いのWIND』の時間がやってまいりました。本日はWIND四年代表のファンクさんにお話を伺いたいと思います。ファンクさん、どうぞ宜しくお願いします。ーファンクこちらこそ宜しくお願いします。ーケイタ早速ですが、質問に入らせてもらいますね。こちらの資料では、卒業までの単位がかなりギリギリだということですが、どうですか?卒業への意気込みの程は?ーファンク・・・・・・その話はNGで。(少し顔を下に向けながら)ーケイタいやいやそんなこと言わないで下さいよ~(業界人がするような笑い)ーファンク・・・ーケイタ・・・ーファンク・・・ーケイタ・・・いやなんか答えてくれないと番、ーファンクうるせー!ーケイタびっくりした~(業界人がするような笑い)あらら、どうしちゃったんですか?まさかあれですか?ーファンクうるせー!!留年しちゃったんだよーケイタなんか最後ごにょごにょ言ってませんでした?なんて言ったんですか??ーファンクいちいちやかましい奴だな。そんなに知りたいなら教えてやるよ。留年確定なんだよ!来年も大学生だよ!まいったか!!!!ーケイタいや~じつに分かりやすい文字の大きさ、っと失礼声の大きさですね。大変ですね、いや~大変だぁ~(業界人がするような笑い)ーファンクへっへっへ。後輩諸君。来年も目の上のたんこぶは健在なんで、よろしく頼むよ。へっへっへ。ーケイタ・・・ちょっと収拾がつかないようなので、一旦スタジオにお返しします。っというわけで留年することとなりました。早いですが来年度も宜しくお願いします。では。See You Next Year School Life!!
2005.10.14
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初の携帯からの更新になります。初ってだけでなんだか緊張してしまう小心者のケイタです。 どうもこんにちは。 今日は世間は休みだというのに、1限から授業です。 でも単位がギリギリチョップな僕としては不満を言う権利もありません。 だから学校に先生に従順なふりをして、今日も行ってみましょうか。 さて携帯での更新となるのでタイトルが入るのかどうなのかわからないのですが本日のテーマは『理解への道』です。 他人を、そして自分を理解するときに僕が大事にすることの一つに人の長所短所があります。 昔からの持論で長所と短所には必ず関係性があると思っています。 もしも関連付け出来ないことがあったらそこに自分でも気付かない特性が潜んでいることが多いように思えます。 じゃ今回も例を挙げてみましょうか。 長所が真面目に真っ直ぐ物事に取り組むことだと言える人がいます。 ではこの人の短所はどんなことだろうか。 多分大体の人が想像している通り、『堅い』ってことだと思います。まぁわかりやすくいうなら柔軟な考えを持ちづらいってことになるかと思います。 では長所が明るいって言う人ってよくいますよね。 じゃこういう人の短所はなんだと思いますか? 僕は自分自ら長所を明るいと言う人は程度の差はあると思うのですが、人の目から写る自分に囚われてしまっているって思うのです。 モチロンこれは僕のかなり個人的な意見ですからね、人の目を気にすることが悪いっていうのは色々と嫌悪される方も多いかとは思います。 でもどんなことであれ『囚われる』って状態は自然な状態ではありませんからね。 だから僕は短所かなって思うのです。 自分を説明する全ての言葉はどこかしらで、その人の本質に触れている。 僕はそう思うから、人との会話が限りなく好きです。 いつもあれこれ考えてるわけじゃないんですけどね、たまに考えると楽しいですよ。 では。 See You Next Diary!!
2005.10.10
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どうもこんばんわ、すっかり季節は秋になってきましたね。秋になると少し切なくなるのは僕だけでしょうか?秋ってあんまり好きじゃないんですけど、10月は好きです。一年で一番空が遠く澄んでるから。・・・なんてくさいことを言いつつも、さぁ今日もいってみましょうか。先日「出会いの価値」ってタイトルでミニエッセイを綴ったかと思います。あまりにも当たり前のことを書いたのは実は理由があるんですね~。本題は今日のお題「出会いのその後」です。先日、出会いの価値は必ずあるって綴ったのですが、それは出会い自体ではなく、出会った瞬間のその後が大きく関係していると思うのです。わかりやすく例を出してみましょうか。A君とBさんがいるとします。主役はA君で。きっかけはおいといて、A君とBさんはある日出会います。そしてお互いに惹かれあう、なんて小説の中の主人公みたいなことではなく、ごくごく普通に話す関係が続きます。A君は特にBさんのことが気になるわけではありません。Bさんも同様です。仲がいいわけでもない、でも悪いわけでもない。こんな関係を言葉で淡々と綴るとつまらないですが、大体の人間関係ってこんなもんだったりしますよね。これをパターン1とします。ではパターン2は、A君がBさんのことを好きになってお互いの感情が結びついて付き合うって形になった場合です。付き合ってるんですから、いろんなことがお互いの間にはありますよね。付き合わなければ知りえなかったことがたくさんあることをお互い実感するはずです。これはそんなに多くの人とは築き上げることはできないかとは思いますが、人間関係の形として確かに存在するものかと思います。続いてパターン3。A君はBさんのことを付き合うとか、好きだとか、そんな目では見ていません。ただ人として好ましいと思っています。Bさんもまぁそんな感じで思っていて、二人は親交を深めていきます。きっとその先にはなんでも話し合える絶対的な「友達」として確立されることでしょう。これは僕が多いパターンですね。こういう人ばっかりです。いやこうなっていくことばかりなのでしょう。どんな人にもこういう人っていてもいいのかなって思います。まぁ3パターン以外にもたくさんパターンはあるとは思いますが、あくまで例なので悪しからず。では先日の出会いの『価値』って論点からこの3パターンを考察すると、僕にはどれも等しく大切なものだと感じるのです。なぜなら、出会った瞬間のその先のストーリーなんですよね、どれも。だから大切なんだと感じます。じゃあもっと煮詰めていきましょうか。出会いの数は本当に数え切れないほどあると思います。でも出会ったその瞬間で終わってしまうこともたくさんあると思います。例えば同じ高校で一回も同じクラスにならず、関わりがなかった人。確かに出会ってますが、瞬間しかその人との間にはありません。この人達をパターンXとします。間違いなくここに属する人達との出会いが人生の出会った人達の総数のほぼを占めていると思うのです。だからこの3パターンはホンの一握りの偶発的な出会いだと思うのです。凄いことですよね、人と出会ってさらにその後の人生を少しでも共有するって。そう感じるから奇麗事かもしれませんが、出会いの価値は全てに等しく与えられていると思うのです。その価値の利用の仕方であったり感じ取り方であったりは人それぞれだとは思うのです。でもそんな風にどのようにも捉えることが出来る自由さもまた、限りなく価値あることだと思うのは大げさですかね?でも大げさでもいいんです。僕がそう感じるのですから。価値があることと意味があることは同じ意味では無いと思います。価値はもう決まってるもの。意味は自分で決めるもの。でもとても価値あることをとても意味あることとして、両方とも大切にしたいなって、そう思うのです。大変だとは思うけど、もっともっと人生が面白くなる。そう確信できるから。だから僕は出会う、そして交わる、色んな人と。See You Next Diary!!
2005.10.08
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いや~かなりお久しぶりです。どうもこんにちわ、ファンクかケイタです。どうも最近考えることが結構あって、それを文章にするまで煮詰められなかったしていました。なんてことを言っても言い訳でしかないので、とっとと今日もいってみましょうか。最近自分よりも年上の人と交流を深く持つ機会に恵まれています。もうすぐ卒業で就職な僕としましては、この機会はとても意味のあるものだと思っています。どうしてもね、いつも同じ、いつも変わらない、ではどんどん視野が狭くなっていってしまうと思うのです。それに年上っていうのも重要ですね、自分より長く喜怒哀楽に満ちたこの世の中に生きているのですから、学ぶこともそれだけ多かったりします。出会いの価値に値段をつけることは出来ないけれど、価値は必ずあると思うのです。その価値は僕にとっては人生の価値と等しいようです。では。求めようさらなる出会いをもっと求めよう掘り下げよう出会いの価値を磨くため立ち止まろう自分自身に出会うため振り返ろう昔の出会いも一つの出会い出会いの価値は人それぞれ価値を見いだせなくても仕方ないでも、価値は必ず全てにあるとそう思うのさSee you next diary!!
2005.10.05
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ども只今酔っ払ってます、ケイタです。みさなんお元気ですか?生中にやられるとはおもってなかったです。最近ちょっとお酒に弱くなった気がします。酒に呑まれる呑まれる。ここに辿り着くまで何回誤字の訂正をしたことか・・・まだちらっとまともなようなので寝る前に今日の書きたいことだけ書いて寝るととしましょう。ではくだらないとはわかっていても、今日もいってみましょうか。今日ね、バイトの後輩と飲んだのさ。んで色んな話をする中で、だんだん感じたことがあるんだわさ。それは、その子(男)は頭良いのさ。色んなことがちゃんと見えてる。でも話を聞いてても、なんか気に食わない。その子の話は分かるのさ。理解できるのさ。でも、でも腑に落ちない。帰り道になんで腑に落ちないのか。考えた。んで気がついて、誰かに話したくて電話をかけてみても誰も出ないからココに書いてみよう。僕はね、こんなこと僕が言うとちゃんちゃらおかしいかもしれないけれど、基本的に愛が無い人は嫌いなのさ。どんなにそっけなくしても、突き放すようなことを言ってもどこかに愛がある。そんな人になりたいと思っているし、そうなるようにしてる。で今では無理なく少しはそうなれてるんじゃないかって自分で思うのです。でも、だからこそ、どんなに人のことが見えようと、どんなに自分ことを見えようと、その人(その人自身を含め)に愛が無い人には嫌悪感を抱いてしまうのです。嫌いとかそんな次元ではなく、ヘドが出る。そんな感じ。ここでいう「愛」って、どれだけ人を見えるかってことじゃなくて、その人のことを考えることができるかってこと。どれだけ想えるかってこと。それが無い人って、どれだけ正確にその人のことを把握しようがしまいが、僕は認めたくないですね。不器用なんて言葉でくくるに値しない。自分を犠牲しないで、人のことがただ見えてるなんてただの逃げなんだと思うのさ。見えているなら、それなりの行動で示して欲しいと思うのさ。まぁなんていうか、一つの押し付けなんだろうけどね。僕はそう思うのさ。だからココで書く。想うから書く。ちょっと今酔っ払ってるから、また機会があればここらへんの話をするかもしれないし、しないかもしれない。今は、ちょっとした興奮状態なのでしょう。うまく言葉で自分の気持ちを表現できません。なので、こんな日は寝ます。すいません、こんな感じで。次はちゃんと書きます。See You NExt Diary!!
2005.09.16
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エッセイシリーズ「人が人を好きになること」今回は第五回『知る喜び』です。前々回に出てきた話の中の未来に所属する知る喜び。今回はその話を掘り下げそうと思います。では今日もいってみましょうか。では前回と同じくまた今回のテーマの文章をピックアップしてみましょう。『適当にやって解けたパズルのように、何もわからないまま、それでも人が人を好きになることもある。何もわからぬ想いは、その人をわかることもできない何もわからぬ想いは、「知る喜び」に満ちている何もわからぬ想いは、「未来」の想い』相手のこと、自分のことがワカラナイって怖いですよね。怖くない人もいるのかもしれないのですが、僕は怖いですね。でも怖いからこそ、それを乗り越えたときに喜びに変わる。わりと自分で言うのもなんですが、自分のことは把握していると思っているのです。でも人を好きになったり、その人のことを想えば想うほどに色々なものが見えなくなってくる。思考の視野が狭くなってることに気づいたり気づかなかったり。そうなってる時点で普段の自分ではないのです。その普段の自分にない「揺らぎ」みたいな不安定さが、怖さを感じさせてしまうのでしょう。でもその不安定さが逆に、恋を深みへと誘うのかもしれませんね。逆に言えば不安定になるくらいが、恋としては良い恋なのかもしれないし、強い恋なのかもしれませんね。人が人を好きになること第五条~ワカラナイことに、人を好きになる醍醐味が含まれている~See You Next Diary!!
2005.09.09
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あまりにも慌しい日々がやっと終わり、楽しかった夏とおさらば。明日からまた現実に戻ります。どうもこんばんわ、ファンクとケイタです。今日はファンクとケイタによるここ半月の振り返りトークでもしていきましょうか。司会はファンク、インタビュアーはケイタがお送りします。では今日もいってみましょうか。ーファンクどうもケイタさん。夏休みの予定もほぼ消化して、今はやっと一息ついたって感じだそうですが、どうでした、ここ最近の旅行ラッシュは?ーケイタ確かにしんどかったですね。でもね、凄く楽しい日々を過ごすことができました。大学生活を振り返ってみても酒酒酒。楽しいことは楽しいんだけれど、写真に残すような確かな思い出になるものではなかったと思うのです。でもこの夏はシャッターチャンスがあるある!(笑)思い出の一ページ一ページを重ねて小冊子になるくらいになる夏になりました。静岡・山梨・栃木。どこも新鮮で、あぁ旅行っていいなってしみじみと思いました。ーファンクなるほど。今年の夏は大変充実したみたいですね。ちなみにどこが一番よかったですか?ーケイタバカヤローあっ、すみません・・・でもこれだけは言いたいのですが、思い出に一番もへったくれも無いのですよ。どれもこれもたった一つしかない大切な思い出。僕の大事な宝です。ーファンク・・・いやークサイですねぇ。いやいや、どうもすみません。それにしても、なかなかケイタさんってロマンチックなこと言いますね。さぞ女性の方にもモテたりするでしょう?今回の旅行ももしかしていい人と二人で行ったりしたんですか?ーケイタそうだったらいいんですけどね・・・実際は大学で仲の良い友達と静岡と栃木に行きまして、山梨なんてサークルの合宿ですからね。旅行とすらいえません。でも楽しいからいいんだ・・・(遠い目)ーファンクあぁそうだったんですか。それは失礼しました。でも充実していたことには変わりないのでしょ?なら良かったじゃないですか。むしろそれだけ充実していて羨ましいぐらいです。学生生活最後の夏休みも残りわずかですが、あとはどのように過ごすのですか?ーケイタバイトーファンクえ?なんて言いました?ーケイタだからバイトだって言ってんだろ!!ーファンクあぁ寂しいですねぇ。ご愁傷様です。では虚しいでしょうが、残りわずかな夏休み頑張って働いて下さいね。では今日はどうもありがとうございました。See You Next Day!!
2005.09.07
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エッセイシリーズ「人が人を好きになること。」今回は第四回「輝き」です。前回三パターンの「好きになること」を紹介しました。今回から先三回はその一つ一つを掘り下げていこうかと思います。ではまず始めに前回の文章から今回のテーマの文章をピックアップします。『地平線のその先まで続く一本道のように、ただひたすら真っ直ぐな想いで、人が人を好きになることもある。真っ直ぐ過ぎる想いは、問題を乗り越える器用さに欠ける真っ直ぐ過ぎる想いは、「輝き」がある真っ直ぐ過ぎる想いは、「現在」の想い』自分でも自分の想いが眩しくなることってありませんか?僕みたいなひねくれた人は他人の真っ直ぐな想いはモチロンのこと、自分の想いすら眩しくて直視できないことがあります。でも・・・そんな自分の想いがあることが、嬉しく思えたりします。そんなとき、器用さがないことなんて分かっていたりするんですよね。でも自分でもどうすることもできない真っ直ぐな想いはそんなことはどうでもよくなる。そんな決意もあるから、『輝き』があるのかもしれませんね。人を好きになることって人生観すら変えてしまうパワーがあると思うのです。真っ直ぐな想いは、純粋な想い。真っ直ぐにならなければきっと純粋さの大切さに気づけないのでしょうね。まぁ僕個人の話ですけどね。貴方は今、輝いていますか?人が人を好きになること第四条~真っ直ぐ純粋に人を好きになったとき、誰にも負けない輝きを放つ~See you next diary!!
2005.08.28
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エッセイシリーズ『人が人好きになること』第三章~想いを思う~今回は人が人を好きになる、その想いを思ってみようかと思います。地平線のその先まで続く一本道のように、ただひたすら真っ直ぐな想いで、人が人を好きになることもある。適当にやって解けたパズルのように、何もわからないまま、それでも人が人を好きになることもある。置き場に困る小学校の卒業証書のように、どうすることもできない、でもその想いを捨てることができない。そんな人が人を好きになることもある。真っ直ぐ過ぎる想いは、問題を乗り越える器用さに欠ける何もわからぬ想いは、その人をわかることもできないどうすることもできぬ想いは、自分には寂しさを、相手に侘しさを与えてしまう真っ直ぐ過ぎる想いは、「輝き」がある何もわからぬ想いは、「知る喜び」に満ちているどうすることもできぬ想いは、「ステップアップ」のステップとなる真っ直ぐ過ぎる想いは、「現在」の想い何もわからぬ想いは、「未来」の想いどうすることもできぬ想いは、「過去」の想い貴方は、そして僕はどんな想いを持っているのですか?人が人を好きになること第三条~それは想いの欠片のその断片~See You Next Diary!!
2005.08.22
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明日(ってか今日)は朝の五時に起きなくてはいけないのに眠れません。静岡に旅行に行くのですが、興奮して寝れないのです。車を運転するのでお酒を飲むことすらできません。非常に緊急事態なけいたです。どうもこんばんわ。石黒君に言われていた通り、独りで徹夜して出発することになる模様です。寝たら朝起きれないでしょう。はぁ・・・なんでいっつも大きなイベントごとの前の日には寝れないんですかね。小学校のときから今もずっとそうなんです。いや、眠いんですよ。でも寝れないんです。貫徹して静岡まで車を走らせる元気が果たして僕にあるのでしょうか?甚だ疑問です。実に緊急事態です。誰か僕を大人にして下さい。切実な願いです・・・・・・
2005.08.21
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「人は誰でも宿命を抱えて生きている」明後日から静岡に旅行に行くケイタです。どうもこんにちわ。先日僕がDVDをコレクションしている話をしましたね。最近また新しいのを買ったのですよ。去年TBSでやってたドラマ「砂の器」DVDBOX。その話のテーマが『宿命』だったのですね。このドラマ事態も好きなのですが宿命って言葉やけに印象的なんですよ。ドラマの最後に出てくる一文、「宿命」とは、この世に生まれてきたこと、生きているということ。色々と考えますね。僕にとっての宿命のこと。自分ではどうすることも出来ない運命を、一つまた一つと受け入れる。受け入れるしか選択肢には無い。逃げることが出来ぬモノ。正しくそれは『生きる』ことなんでしょうね。葛藤・崩壊・再生・誕生凄く好きな歌の一つ、Gloria Gaynorって人の『I Will Survive』の歌詞に「生き抜いてやる」っていう意味の歌詞があります。まさしく僕は僕で生き抜いてやるって、そう思うのです。See you next diary!!
2005.08.20
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雨が好きだった。強制的に濡れる行為をしたかった。乾いた瞳を潤して欲しかった・・・どうもこんばんわ、ケイタです。今日はひどい二日酔いでバイト先で吐いたことは内緒話です。そんな今日はおいといて、最近過去に浸ることが多いです。じゃあ今日も浸ってみましょうか。自分の想いを人は何故忘れてしまうのですかね?大切なことだったはずなのに、月日は確実に想いを風化させてしまいますね。冒頭の文章は昔の日記に書いてあった文章です。これだけしか書いてありませんでした。僕は詩でも書いたのかなって思いました。でもよくよく考えてみれば違いました。ちゃんとした日々の想いでした。最近よく泣いちゃう人なのですが、まったく涙が出なくなる時期がありました。映画を見ていたら前だったら涙が流れたはずなのに、瞳は乾いたまま、ずっと画面を見つめていました。自分の変化に気がつくのに時間は必要ではありませんでした。感情が枯渇している自分を、見つめる自分がいたのだから。そんなときに雨が降っている公園にふいに独りで出掛けました。家の隣が大きい公園でしたからね。ふっと思い立って行ったのです。傘は差していませんでした。濡れたかったんです。いや・・・泣きたかったんです。感情を取り戻したかったんです。涙腺を天に委ねれば、戻ってくると信じてたのです。でも、戻ってくるわけもなくただひたすら天を仰いで願いました。・・・嘘から開放されることを。人と人との繋がりがあまりにも嘘くさく思えていました。真っ直ぐな瞳なんて世の中に存在しないと思っていました。でも、違うんですよね。嘘は自分の想い。誰かの想いをリピート再生。真っ直ぐな『つもり』の瞳で人を見つめては、素直な自分を喜んでいました。演じてただけなのにね。そんな自分の嘘が嫌いでした。だから感情を表現できなくなったんだと思います。だいたい、感情を『表現』したいって思う時点でそれはデジタルな近距離操作。自分のリモコンを握り締め、他人と接した事実。そんなこんなを壊したくて雨に願ったんですよね。いやー若い。でもあの日は自分に誓いました。『素直さ』の言葉の意味ではなくその意義を求めることを。そして自分探しの旅を始めようと。そう決意した日でした。あれから何年も月日が経った今、僕は素直に生きています。正直かはわかりませんが、素直に真っ直ぐ生きています。そうしたいと思っているから。出来ないときだってもちろんあるけれど、それでも真っ直ぐだと思える日々を、僕は積み重ねています。あのときのあの想いは覚えていなかったけれど、確かに僕の中で息づいています。静かにゆっくりと確かなテンポで。あの日の自分を許せる日が、ようやく来たようです。See you next diary!!
2005.08.18
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最近、長電話のときのトイレの仕方について悩んでいます。そんなことに困るくらい長電話してしまうケイタです。どうもこんばんわ。高校生じゃあるまいし、三時間越えても長いって思えなかった自分に呆れてしまいます。そうそう、僕のブログってわりかし長文じゃないですか。で長いからこそ書けない、みたいなことが多々あるのです。そこで僕自身が書きやすくするためにショートコメントシリーズを立ち上げます。(パチパチパチ)ってわけで今日もいってみましょうか。・行動デジタルな機械的行動はアナログな人情的行動より弱いだから僕はアナログになりたい・緑茶緑茶が好き、苦いから。人生あまちゃんな僕はせめて飲み物くらい苦くせねばいけないのだ。・タバコ新しいタバコが出るとすぐそっちに移ってしまう。浮気性とか言う人は誰ですか?※あぁなんて楽なんだ。携帯で更新するときはこんな感じでいきます。では。
2005.08.16
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人には不思議な能力がある。一つのことを決意する能力。とても日本的に言うならば腹を据えるというやつだろうか。その中でも死に対する決意は僕の想像がつかない部分であろう。きっと怖くてたまらないのだろう。でも彼は決意したのだろう。・・・死を受け止めることに対して。きっと自分の人生を受け止めているのだろう。だって彼は笑って自分の人生を振り返っているのだから。そして僕に微笑みかける。人生の素晴らしさと少しの後悔と愛を込めて。少し・・・照れたような、そんな笑顔だった。でも・・・その笑顔があまりにも儚くて・・・僕は切ない気持ちになるのです。僕は初めて儚いって言葉の本当の意味を知りました。そして切なさの本当の意味をこれから知るのでしょう。いくつもの死を体験してきました。クラスメートの葬式も中学と高校で一回ずつありました。・・・寂しさがそこにはありました。儚さと切なさがこんなにも悲しみに近いものだったなんてそのときは気づけませんでした。ただ・・・ただ寂しいだけでした。悲しみは寂しさではないのですね。恥ずかしながら、僕はやっと悲しみについてほんの少しだけ理解できる人間になれるようです。肉親でなければわからないことってあったんですね。悲しみの切なさって辛いですね。儚い悲しみってどうしたらいいかわかんないですね。涙って自然と流れるものなんですね。最近は初めて知ることがたくさんあります。さて、悲しんでばかりもいられません。彼は決意したのだから、僕もしなければいけません。残された日々はあまりにも限られている。僕は何もできないのだろう。でも想うことだけが、僕のたった一つのできること。どうかそのときが来ましても、笑顔でいられますように僕は笑顔であって欲しいと強く願います。間違いなく、愛する人なのだから。僕は彼を想うことを決意する。最後の時の、その先までも。
2005.08.15
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では本日の前半では過去の日記を転載してみました。それでは本題の「振り返り」をしてみましょうか。仮面を持っているっていうことに対しては今でも考え方は変わっていないかと思います。自分の中の多面性を言葉で表現すると『仮面』って言葉になるかと思います。ただこのときと今とで決定的に違うことは、肯定的か否定的かだと思います。今では僕は僕の多面性をこよなく好いているし、もっと言えばこのときは自分が嫌いでしょうがなかった。でも今は好きでしょうがない。認めることができたっていう言い方のほうが適切かもしれませんね。それにしてもこのときの僕は病みに病んでますね。自分を見つめなおしていく過程で、どうにも自分が嫌いになっていってしまっていたんですよね。仮面を持つことが嫌いだったわけではなかったのです。このときは自分で自分のアラを探っては、自分を責めていたのですよね。ちゃんと相手を信頼していたと振り返っては思えるのですが、そう思ってはいけないんだ、みたいな。そんな風に思っていたんだと思います。でもこういった想いを抱いた過程があるから、今の僕は物事をポジティブに考えられるのだと思います。そういった意味で、このときの自分には感謝していますし、このときのこの想いが嫌いってわけではありません。過去を振り返るときに通るチェックポイントみたいなものですね。今の自分を形成するために通ってきた道は、どんな道であれ宝なんですよね。
2005.08.11
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前々からどうしても文章で表現したいことがありました。過去の自分についてです。昔の自分の想いを昔の自分は受け止めることはできませんでした。でも今ならできるはずです。だからこのブログを通して向き合ってみようかと思います。シリーズ「過去の自分との出会い」今日はその第一回『2001/12/19 22:53』との出会いです。『仮面』僕は僕自身があまり好きでは無い。いくつもの仮面をつけて生きる生物・・・それが僕だからである。ちょっと仲良くあると自分の内面についてよく話したり、話されたりする。人を信じるほうだから、相手は真面目に自分のことを話していると思う。でも僕は内面をさらけ出すということはまずしないししたとしても、いくつかの仮面の中の一つの内面なのである。最近の詩でも書いているけど、そんな仮面を持った自分自身が世界で何よりも忌むべき存在、許す事の出来ぬ存在の一つでしかない。仮面を持つのは理由がある。昔から友達はころころと変わっていたし、その種類も変わっている。種類というと聞こえが悪いけど明るい、暗い、とか同じ人間でも色々なタイプの人がいる。そういった意味での種類ってことです。話を戻すと、その新しい友達が出来たとき始めのうちは人に合わせるってことがどうにも出来なくてそれで違う性格の『自分』を演じることに決めた。確かそう始めて思ったのが小学生のときだったと思う。それから僕は新しい友達と仲良くしようと思う度、また新たな仮面を作ってきた。それでも僕は僕自身の本質は変わっていないと信じている。仮面は変わっても、その下の姿は変わっていないのだから・・・でも、だからこそそう思える自分が時折、嫌で嫌でしょうがなくなる。どうすればいいのかがまるで見えない進む道の先が見えていない・・・今の僕はこんな感じ。一年後の僕はこれを見てそう思うのだろう。少しは変わった気持ちで見れることを期待して今宵は睡魔と共に眠ろうか・・・※そのとき書いた文章をそのまま転載しました。この文章についてのコメントはまた今夜行います。それでは。
2005.08.11
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エッセイシリーズ「人が人を好きになること。」今回は第二弾『発生』です。そもそもの「好き」っていう感情をほんの少しだけ掘り下げてみようかと思います。そこから始めなければ、何も語れません。「好き」って感情って幾通りもあると思います。家族に対するものであったり、友達に対するものであったり、恋人に対するものであったり、はたまた友達以上恋人未満なんてものも、一つの「好き」って感情なんじゃないかと思います。前回はその中でも友達を好きになる気持ちをテーマの中心においていたかと思います。でも、そもそも好きになるってどういうことなんでしょうね?これは人それぞれ、十人十色でしょう。僕の場合は、正直ワカラナイのです。わからないからこそ、僕はこのシリーズ「人が人を好きになること」を立ち上げたのです。独りのときに自問自答します。「好き」って感情について。答えはいつも出ません。本当はまだ僕は人を好きになったことがないのかもしれません。でもそんなことも無いような気もするのです。嫌いって感情は凄くよくわかるのです。人ってマイナス方向の感情はよく理解できてしまうから嫌ですね。一緒にいて楽しくなかったり、イライラしかしなかったり。これはもう完全にダメですね。一緒にいたいと思えない人。そんな人はもう「嫌い」って感情以外の何者でもないのです。じゃあ「好き」って「嫌い」の反対か?これがどうも違うみたいだから難しいですね。「好き」ってもっと大きいですね。「嫌い」も含めて「好き」でいることができる。もっと言えば「嫌い」な部分ですら「好き」なんですよね。まぁ僕にはよくは「好き」って感情はわかりませんから、自分の中では「苦じゃない」ってことなんですけどね。でもこれは振り返ったときに初めて気づく事。振り返ったとき、もしくはその最中にどれだけ許せるかは、自分のキャパシティに大きく左右されます。だから人が人を好きになるには、自分自身の度量ってもんも必要なのでしょうね。僕は思うんですよ。初対面で凄く好きになるって僕の中ではとても「弱い」ことなんですよね。何が弱いか、それはその「好き」っていう想いが弱いのです。「あぁ一緒に居たい」そう自然に思えること全てが、もしかしたら僕にとっての「好き」って感情なのかもしれません。それは恋愛とか友情とか、そんな全ての「好き」に共通しているものなのだろうと思います。人が人を好きになること第二条~その感情は求めて発生するものではない。自然に発生するものなのだ~僕は僕の中で自然に発生した「好き」って感情を大切にしたいと強く思います。
2005.08.05
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二週間ぐらい更新していませんでした。すみません。言い訳します。本当に忙しかったんです。独りの時間なんて持てなかったんです。やっと今一瞬持てた自分の時間を駆使して日記を更新してみようかと思います。さて先日ブログの書き方を変えるみたいなことを言っていましたが、それもそれで書く日もあれば、いつものような感じで書く日もある、みたいな。そんな自分で自分を縛ることのない感じで進めていこうかと思います。さて本当に久しぶりに今日もいってみましょうか。今、七月の日記を読み返してみました。やっぱり病んでましたね、最近は。疲れが溜まっている感じがします。まぁまだ完全に復活とは程遠いし、一日っていう「今」に追われてしまっている現状は変わっていないのですが、幾分か今日はましな日なので、とりあえずほっとしています。もう少しだけ、そう、もう少しだけ、時間が欲しいです。ちゃんと考えたことをココに綴るため。まとまらない考えを綴ることすら、今はできません。何を書いたらいいかワカラナイというより、独りになると言葉が何も浮かんでこないのですよね。考えたいこともあまり浮かんでこないのです。・・・やはり休息が必要なんでしょう。少し休むとします。それでは。
2005.08.02
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先日ブログの勉強をすると息巻いてみたものの、現実は試験に追われるファンクです。ネットの勉強よりも試験の勉強、みたいな。もうすぐ待ちに待った夏休み。そこからでもいいかなって思います。では今日のテーマ「人が人を好きになること~第一章~」どうもこのテーマは長くなるし、一日で書くのはあまりにもしんどいので、何回かに分けて書いていこうかと思います。ではまず第一回サブタイトルは「基盤」とでもしておきましょう。今回は僕自身の過去を振り返り、今の自分の見つめ直してみましょうか。"交友関係の幅"で人との付き合い方を振り返ってみるに、好き嫌いは激しいですね。でも激しいからこそ、すぐに深く僕は人を好きになれます。これは昔からそうでしたね。そうですねぇ、人との付き合いを真剣に考えるようになったのは高校生のときからだからそれからかな?高校生のときなんかは今よりももっと貪欲に人を求めていました。東京に出てきて知り合いもいない状況だったので「人」を欲していたんだと思います。結構寂しがり屋なもんなんでね、まぁそこはどうでもいいですけど。元々持っていた僕の「人が好き」っていう資質にプラスして、高校から東京に出てくるっていう状況が重なって、より強く人を求めるようになったのだと思います。でも人を求める気持ちと並列して、人の好き嫌いも激しくなりました。怖かったんだと思います。異境の地に独りで立ち向かうように思えて。地方から出てくるとそういった気持ちを持つみたいですよ。そういった東京に出てきてすぐに持った、人が欲しいけど欲しくないっていう感情は今もありますね。それが今の僕の同い年やら先輩やら後輩やらと、関わりを持つ基盤であると思えます。人が人を好きになること第一条 ~人に対する貪欲さ~どんな人にも当てはまるなんて思いませんけどね。僕は人を欲する僕の想いが、人を好きにさせる原動力の一つだと思うのです。では今回はこのへんで、こんな感じのシリーズものを何個か立ち上げて行く感じになるかもしれません。See you next diary!!魂が人を求めている魂が誰かを求めている誰でもいいわけではきっと絶対無いのだけれど・・・近くにいる誰かと未だ出会うことの無い誰かを強く寂しく求めているんだ
2005.07.21
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一冊の本に出会った・・・その本は今の僕の悩みを解消してくれるものだった。最近このブログを継続させていくにあたって悩んでいたことがある。別にアクセスアップなんて望んでいるわけじゃない。万人にウケることよりも、ただ自分自身が納得するものを綴りたいと思って始めたこのブログ。でも最近は、自分の言葉が自分に響いていなかった。ただその場の流れに身を任せて、無駄に長い文章を綴っていた。でも先日その惰性の限界に気づいてしまった。テーマ「人が人を好きになること」このテーマをちゃんと書きたいと強く思っていた。いや・・・このテーマだけじゃない。自分が思ったこと、テーマにしたいと思ったことをちゃんと言葉で表現したい。そう強く思っていた。でも、それが最近できていないって思っていたんだ。知ってはいても目をつむっていた。そうした想いを胸に抱えて、その日もまたバイトに向かった。そう、その日もいつものようにバイトをしていた。変わらない一日であったはずだった。そしていつもと変わらず、何気なくお店の状況を確認していたときのことだった。一冊の本に出会った・・・その本は今の僕の悩みを解消してくれるものだった。「ウケるブログ」最初は鼻で笑って一蹴した。でもなんとなく中をパラパラっとめくった。内容はタイトルからのイメージとは違うものだった。それはWEB上での文章の表現の仕方が書かれていた。まさしく僕は文章の表現について悩んでいた。もっと読みやすいものを作りたかった。自分だけがよければいいって思っていたけれど、それは間違いだったのかもしれない。大きく分ければ違うことは無いのだけれど、誰かにとって読みやすいものは自分にとっても読みやすいものであるって思ったんだ。だから僕はその本を買った。そして読んだ・・・そして今回のブログへと繋がります。これからはエッセイスタイルで書いて行こうかと思います。まだまだ勉強の余地がたくさんあるのですが、試行錯誤しつつやっていこうかと思います。See You Next Diary!!
2005.07.18
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どうもこんばんわ、ファンクです。今日はSANNOサンクスデーやら三ヶ月ぶりに行ったカラオケやらで完全にのどの調子が悪いです。こんなんで、明日のボール納めでコールをたくさん言えるか心配です。でもきっと後輩が僕以上にコールをかけてくれることを期待して、さて今日もいってみましょうか。・ノットコラム最近コラムっぽく色んなことを書いていたのですが、今日はそこまで言葉を昇華させる余裕がないので、いつも最後に書いてる言葉っぽく、さらっと行かせていただきます。「扉」心の扉の鍵なんて最初からないのかもしれないただ誰かに開けて欲しくて、でも開けて欲しくなくて、そんな迷いが扉に鍵がかかっているように見せているだけなんだと思うだから今から僕の心の扉を開けよう扉の先の、その光を信じて・・・「酒気」一杯また一杯とアルコールを吸収するたび少し、また少しと自分の距離が離れていく悩んでいるときに飲む酒は、ただ酒気に自分自信を濁しているだけ酒気で自分を解放し、酒気で自分を見失う良いって思ったり、良くないって思ったりそこらへんが優柔不断ですただ・・・そんな日があってもいいと、そう思うのですだから今は酒気と自分を融合させよう※今日もなんか中途半端ですかね?まぁこんな日もありつつで。See you next diary!!
2005.07.13
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ど~も~、ファンクで~す。はい、友達の軟弱さんみたいな感じではじめてみました。やっぱり文字にしても軟弱ですね、かわいそうな彼・・・さて、最近ここの冒頭もなぁなぁになってきたので、少し長めにいきましょうか。僕の近況は、最近よく家にいます。お酒もあまり飲んでいません。・・・こんな生活を二・三日しかしていないのにもう飽きてきました。本当にダメな人ですね、僕って。おまけに最近家にいるせいか、体調が芳しくありません。もうこれは病気ですね、完全に。外で活動していないとどうも調子がよくありません。もうこれは病気ですね、完全に。忙しくしたい病です。でも今は寝たい病みたいです。本当はこの先を随分書いていたのですが、眠くて書けないのでまた今度の機会に書きます。テーマだけ書いておくと「人が人を好きになること」では。
2005.07.12
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どもこんばんわ、最近映画熱が舞い戻ってきたファンクです。そういえば映画が大嫌いっていう人って聞きませんね。みんななんだかんだで好きなものなのかもしれませんね、映画って。さて映画映画っていってても始まらないので今日もいってみましょうか。・コラム「孤独」さて今日は昼間にもブログを書いたのですが、内容がライトだったのでまた書いてみようかと思います。冒頭は昼間の流れでライトですが、ここからは重くいこうかと思います。暗い話とか苦手な人は今日の内容はお勧めできなくなるかな?んじゃ今日のテーマは「孤独」孤独って一言で言っても、その捉え方って人それぞれなものかと思います。特に「孤独」みたいなマイナスなイメージの言葉ってそういう「差」みたいのが如実に現れるかと思います。今回の話はそんな「差」を踏まえて頂きたいです。また、今回は超個人的な感性的な話をするので悪しからず。では本題に入っていきましょか。口調も書きやすくして行かせていただきます。『常に感じて、ふいに忘れることができるもの』それが僕にとって「孤独」ってものを言葉で表す形になるだろう。さて、この言葉を掘り下げる前にいくつか前置きが必要になるだろう。まず僕の中の大前提が「孤独」=「寂しい」ではないこと。別に孤独って言葉に寂しさなんて微塵も感じません。この寂しさって言葉はまたいつか別の機会に綴るとして、兎にも角にも決して「=」ではないのです。ちらっと寂しさについて綴ると、寂しさは「空虚」からきていて、その「空虚」は孤独から来るのではなく「隙」からくるものなのです。まぁ長くなるのでその話はまた今度。また「孤独」=「嫌い」なわけではないのです。好きなのかって言われると困っちゃうけど、別に嫌いではない。そう、この二つを前提に置くとわかりやすくなるかとは思うけど、上の方にに孤独はマイナスなイメージって書いておいてだけど、僕の中ではマイナスな言葉ではないのです。だからと言ってプラスなわけではないけれど、「孤独」って言葉、感情は僕にとってとても当たり前の感情なのさ。どんなことをしていても常に孤独を感じるし、かといってそれが嫌いなわけじゃないからね。まぁわかりやすく僕の内情を綴るなら、常に自分を振り返る自分って人がいて、その人は常に孤独と共に僕の中に在る。その孤独さが僕って人を冷静に見つめているのだろうと思うのさ。この人は僕意外の人には影響されないからね。だって他を受け入れないから。だから僕がその人の分も他人の考え・想いなどを自分の中で消化して、その人に反映させる。もういつのころからだろうなぁ、その人が心の中に居ることを自覚したのは?まぁ中学生ぐらいからかな、長い付き合いです。その人が僕の孤独さを全て引き受けているのかもしれない。だから僕は孤独に対しての感情が薄いのかもしれない・・・あっ!!そうそうあと言いたいこと一つだけある。僕は人恋しくなるし、とても寂しがりやだけど決して孤独が嫌いではないのです。僕はこの孤独さが僕を成長させているたくさんの要素の中の間違いなく一つではあると知っているから。だから孤独を嫌うようなことはしょっちゅうしてるけれど、それは寂しさが嫌いだからなのです。孤独と寂しさの差って曖昧に見えるけれど、言葉にしずらいけれど確かにそこには差があり、違いがあるのです。皆様にとって孤独は幸福ですか?僕にとってはそうであると言えます。ただ寂しいのは嫌ですね。さぁもうすぐ夜が明けるそして孤独な一日がまた始まるのだ※なんだか書いてる途中からわけわかんなくなってすみません。でもこれを読み返した僕にはきっと全てが伝わる、そんな今日のブログでした。ではSee You Next Diary!!
2005.07.11
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今日は久しぶりに映画をみて気分爽快、これからバイトに行く感じのファンクです。どうもこんにちわ。こういう独りになる時間が本当の休日って感じがします。忙しくしているのも考え物ですね。さて今日はあんまり時間が無いので駆け足でいってみましょうか。・趣味冒頭でもいったのですが、今日は久しぶりに家で映画鑑賞なんてものをしたので、今日はちらっと趣味の話でもしましょうか。先日行なった占いでもばっちり当てられていたのですが、趣味は独りの空間で行なうものばかりですね。読書もそうだし、映画だって人と見ることはあっても基本的には独りでみたりするのが好きなんです。あとは物を書くのも好きですね。小説なんてものを書いたり、その設定を考えたりするのも好きです。ご存知の方も多いとは思うのですが、僕って人好きじゃないですか?だからかな?趣味になると逆に独りで出来るものがいいって思うのは。少しネクラな感じで家で過ごすのが好きなんですよね。そんな面もあって、明るい面もあってで人らしいってもんですよね。そうそう映画鑑賞の話をしたので意外な話を一つ。何気にDVDのソフトを集めたりしているのです。今のコレクションの数は数えたら20本持ってました。でもまだまだ欲しいものがあるので年内には倍くらいしたいかなって思っています。そうそうなんでコレクションしているかって、レンタルで借りるのもいいけど、やっぱりふとしたときに映画って見たくなるじゃないですか。そんなときにわざわざレンタル店になんて行くのってめんどくさいじゃないですか。だからコレクションすることにしたのです。単純な理由でしょ。昔まで無趣味だとばかり思っていました。でも昔から映画好きだったし、本を読むのも好きだったし、好きなことを好きなときにやるのが趣味なんだろうなぁって思います。だから滅多に無趣味の人なんていないのだろうって思うのです。皆様は趣味の時間をちゃんと取れていますか?生きて行く上での糧には間違いなくなるだろうなぁって、そう今思います。独りだからするんじゃない好きだからするのさ寂しいからするんじゃない楽しいからするのささて今日は何をしようか・・・See you next diary!!
2005.07.10
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最近ブログの冒頭がバイトの話が多いなって気づいてしまったファンクです。ども。何が悲しくて金曜日の夜中に日記なんか書いているんでしょうね。そんな僕は週の半分ぐらいしか家にいれない悲しい男なのです。でも充実はしているって思えます。さてじゃ今日は先日たくさんテーマがあるって言っていたことですし、まぁ気軽にいってみましょうか。・友達と仲間友達はたくさんいるほうでした。でも今はあまりいないのかなって思ったりしています。代わりに仲間が増えたのかなって、そう思うのです。さて今日はそんな「友達」と「仲間」の話でもしましょうか。仲間ってなかなか言いづらい言葉じゃないですか?言葉にするとなんだか軽く扱っているみたいで。高校生のときには気軽に「お前ら皆仲間だよ」って言っている人が嫌いで嫌いでしょうがなかったです。お前に仲間の何がわかるんだよ、みたいな反発精神の塊みたいな反応をしていました。そんな僕も今では「仲間」って言葉を気軽に言えるようです。いや、気軽ではないのですけどね。その言葉を言うだけの決意が出来た、みたいな。今思うとどうやら僕にとって「友達」の発展系が「仲間」みたいですね。そう思うと高校のときのは、あながち嫌う必要もなかったように思います。ただ、振り返っても思うのは昔から僕は人より、人との繋がりを大事にしていたっていうか、重いものとして捉えているのだろうと思うのです。だから軽はずみに仲間って言葉は言えなかったし、「軽はずみ」って思ったのだと思います。「友達」一緒に居て、ある程度は楽しい人「仲間」一緒に居て、思い出を共通させたい人僕が大学に入ってから出会った人達はほとんど仲間であると言えます。産能に入って良かったと思えることは「仲間」に出会えたこと。特に常に行動を共にするK.I君とK.I君には感謝してます。きっと君らに出会わなければ、サークルをやめていたかもしれません。「友達」も「仲間」も言葉で表現できること。でもそのさきの進化系はもう言葉で表すことができません。そんな関係を持てていることに、感謝しない日はありません。やっぱり友達の話をするとこういう話になりますね。気持ち悪いとは思いますが軽く流してやってください。ちょっと言いたくなる気分だったのです。今のこの関係は運命でもなんでもなく自分たちで作り上げて、育て上げたものだからこそ強いのだろうSee you next diary!!
2005.07.08
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ちょっと気を抜くとすぐに日記を書かなくなる男、ファンクです。どうもみなさんこんにちわ。何気に七月初日記になりますね、もう七月ですよ七月!!時間は優しくも残酷に過ぎてしまうものですね・・・しみじみとながら、着実に。さぁ今日もいってみましょうか。・歌人それぞれ好きな歌ってあると思います。例えばそれは思い出の一曲であったり、例えばその曲のフレーズが好きであったり、例えばその曲が流行っていたときの思い出を呼び覚ます一曲であったりと、その好きな種類も想いも人それぞれだと思います。今日は僕の好きな曲について書いていきましょうか。時間の流れに関係なく、中学生のときから今でもずっと好きな曲があります。『黒夢「優しい悲劇」』理由はまずタイトルが気に入ったのですよ。悲劇なんだけど優しい。でも悲劇であることには違いない、みたいな。そんなに大した理由があるわけではないのだけれど、なんかびびっと来た、みたいな。あと曲の感じも好きですよ、歌詞とかも。よければいつか聞いてみてください。いや、まじでいいから。今日はとても眠いのでここらへんで、明日からまたコラムのほうを書き始めます。今日はF子に言われたので書いてみました。やっぱり眠いのであんまりちゃんとかけませんでした、すいません。現在のテーマ候補・・・「長所、短所」「親」「友達」「読書」「恋愛」「タバコ」「孤独」「思考」「時」まぁここらへんからチョイスして書いていこうかと思っています。See you next diary!!
2005.07.04
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今日もアルバイト活動に勤しんでいたファンクです。月末は棚卸やらなんやらで色々と大変みたいですよ、ファンクは。さてさて、バイトの疲れた話なんてものは僕自身ですら聞きたくないので、急ぎ足で今日もいってみましょうか。・自分らしさ。最近はこのブログも読み手を意識しだしてしまっているのを痛感してしまっています。僕は僕なり素直で純粋な魂の叫びをココで綴らなければいけないと思うのです。それが僕等らしさだと思うのです。はい、出てきました本日のコラムワード「自分らしさ」では今日は自分らしさの話をしましょう。今日は少し文体も変えてみたりして。僕が僕であるために大事なこと、それは自分らしくあることであろう。自分らしさを発揮できない場面に出くわしたとしても、それは自分ってものを出せない自分らしさなのだ。本音と建前があったとしよう。それを使い分けてしまう少し卑しい自分も自分らしさなのだ。これらの場合の自分らしさとは、自分をより良くする為のものでは全く無い。僕にとっての自分らしさとは、いかに正直な自分を見つめられているか、ということなのだ。純粋な自分と言い換えてもいい。行動一つ一つに自分らしさをだしていきたい。反論があっても構わない。だって僕は僕ってものを貫いた結果なのだから。皆に好かれることがぼくらしさでは無いと思うんだ。自分が自分を好きであれることが、僕の自分らしさなのだと思う。そんな中で僕以外の人が僕に共感したり、好きになってくれたら最高じゃない。それでいいと思う。それでなければ僕って単体はダメなのだと思う。そうでなければ僕は僕自身を見失うであろう。自分を見失うのは凄く嫌なこと。だから僕は僕らしく生きてやる。自分が通ってきた道は、自分らしかったと常に振り返られる道であれ。その道に幸福あれ、魂が自己を応援する。See You Next Diary!!
2005.06.29
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どうもこんばんわ、今日もサークルの日なのにバイトをしていたファンクです。皆様ご機嫌はいかがでしょうか?最近はサークル飲みがあまりないですね。今日もしていないのでしょうか?そろそろしたいとは思っているのですが、その想いはまずおいといてたまにしか更新するヒマがないので、まぁ今日もいってみましょうか。・占い何気に占いって好きなんです。よくヒマを見つけては占ってみたりする一面があったりするのです。意外でしょ?さて今日はそんな占いの中から適当に自分を占ってみてコメントでもしてみましょうか?ではまずは「数秘姓名判断」って占いからいきましょう。性 質打算的で分析能力や適応力に優れています。几帳面で好奇心や知識欲がとても強く、アイデアや発想力があります。そつがないので抜け目のない人という印象を与えてしまいます。 対人関係・仕事運数字に強く、損得が行動の基準になりがちです。自己防衛のためなら平気で嘘をついてしまう傾向があるので、相性の悪いタイプからは信用できない人というレッテルが貼られてしまいます。 幸運の鍵協調性を意識して周囲との連携を深めることを第一に心がけましょう。 ~コメント~うーん、なかなか鋭いところをつかれていますね。多分他の占いでもでるとは思うのですが、よく「協調性」って言葉が出てきます。よっぽど僕って協調性がないみたいですね。あんまり反論できないのが悲しいですけどね。じゃ次!「大自然占い」雷(Thunder)◆全般◆明るく活動的で行動力のある人です。思いついたらまず実践しないと気が済みません。電光石火の早ワザで敏速に結果を出します。常に新しいモノを求め、最新のものには非常に敏感な反応を示します。直感的な閃きで発明や発見することもあります。弁舌に優れ、若々しく爽やかな印象を与える人です。音楽的・文学的才能に恵まれることが多いでしょう。ただ、感情の起伏が激しく、他人の傷つくことを平気で口にしたり、すぐにかんしゃくを起こす傾向があります。持続性にも欠け、じっくりと物事にとりくむことも苦手かも知れません◆得意ワザ◆「他人より一歩先んじる」全てにおいてそうなんです。流行は最先端。持っている電化製品は最新式。友達と歩くときは一番先頭(笑)ススンでる人なのか。単なるせっかちなのか。明朗快活なお兄さんという感じですね。◆あなたに贈る格言◆「口は災いのもと」説明は不要ですね。つい余計なことを口走りがちですので注意です。◆あなたを魔物に例えると◆「雷小僧」「雷神」じゃなくて「小僧」であるところがポイント。いつもにぎやかな、やんちゃ坊主。あばれはっちゃくなヤツです。◆色◆紺碧 ■◆適職◆電気関係・最新技術・バイオテクノロジー・広告宣伝関係・テレビ放送・マスコミ・営業関係・特許・発明・アナウンサー・司会者・音楽商・楽器商・カラオケなど主に電気を扱う仕事や、賑やかな場所の仕事。口や言葉に重点を置いた職業に縁があるでしょう。家業を引き継ぐ人も多いです。◆魅力◆男性:明るく快活でフレッシュなイメージ。さわやかな笑顔が武器?女性:ボーイッシュでさっぱりした女性。細かい物事にこだわりません。案外女性に人気あるかも。~コメント~・・・当たってる(冷汗)ちょっと嫌になりますね、占いで当たっていると。「明るい」とかもよく占いとかやると出てくる言葉ですねぇ。そうそう、占いが好きな理由としてなかなか当たるんですよ、僕。大抵の占いは当たるのです、だから好きなのかな?当たってて恥ずかしくて嫌だけど好き、みたいな。んじゃ次は質問に答えていく感じのやつ。「辛口性格判断」マイホームパパタイプ【あなたはこんな人】 あなたは、「マイホームパパ」タイプです。あなたは、自分の身近な人々の幸せを最も大切にする人です。健康で明るく自己主張ができるあなたは、周囲への面倒見もよく、自分の意見も他人の意見も大切にできるバランス感覚を持ち、あたたかい人間関係が築けていると思います。仕事もきちんとこなし、楽しく遊び、生活をエンジョイできるタイプといえます。多分あまりストレスがたまらないタイプでしょう。しかし、「自分と自分のまわりの人たちだけが幸せであればそれで良い」という考えが強く、何よりまず自分とその周辺を優先させる傾向が強いため、会社や地域など組織への順応性が低く、やや責任感に欠けるといった指摘を多々受けることもあるかもしれません。マイペースなのは良いのですが、もっと広い視野から世の中に興味を持ち、色々な人の考えや立場、気持ちを考えるともっと豊かな生活がおくれるのではないでしょうか?そのためには、少々キャラクターが異なる人の言葉にも耳を傾けていくことも必要でしょう。 【仕事】あなたは基本的に仕事が好きで、今の仕事にも満足しています。前向きに取り組む姿勢は周りからも評価されています。ただし、「出世したい」という気持ちが強いあまり、自分のことを最優先させてしまう傾向があるようです。そのため、組織の中で責任のある地位につくと苦労するかもしれません。 【恋愛】【あなたの恋愛観】自分と周りの人々の幸せを大切にするあなたは、パートナーとも非常に良い関係にあります。恋愛経験は多い方ですが、1回1回常に真剣。一人の人をずっと大切にしたいという気持ちが強い人です。それが「マイホームパパのマイホームパパたる所以」なんでしょうね。一方、恋愛関係ではつい受け身的になってしまうそこのあなた!あなたの「無邪気さ」や「甘えっ子」なところを理解して、楽しませてくれる、ちょっと個性的な人に惹かれることが多いのではないでしょうか? 【ワンポイントアドバイス】「悪循環タイプ」や「かんしゃく玉タイプ」といった、いわゆる「クセのある」もしくは「アクの強い」タイプの人は、あなたが持つ親分肌的な性分が放っておかず、相性がいいようです。結構、合わないような感じがしますが、その実は・・なんてこともあるかもしれません。 【あなたの交友関係・ネットワーク】家族や恋人を大切にするあなたですが、趣味に関しては映画や音楽、本など個人的なものが多いようです。カルチャー関連の関心が高く、トレンドにも敏感で遊び心を持った人と言えます。一方で自然へのあこがれの気持ちもありますが、今の生活が快適なので田舎に移り住んでしまうようなことはなさそうです。 【あなたの消費行動】あなたは貯金や節約が苦手で、とにかく消費してしまうタイプのようです。欲しいものが見つかるとすぐに買いたくなるため、衝動買いもしばしば。関心のある商品は、映像・音楽ソフトやゲームなど自分の趣味と結びついた分野が中心。また、無印良品などのシンプルなものが好きな一方で、ブランドものも割と持っているようです。趣味を大切にするのは良いですが、自分の性格をよく考えてから買い物をしましょう。~コメント~へぇ・・・なんだか自分でも知っていたような知らなかったような・・・でもこの占いっていうか診断はなんだか凄いですね。結果というよりこの内容の充実ぶりにびっくりしています。あとグラフとかが実際の結果表にはついているのでよかったらやってみてはいかがでしょう?まぁ少しは内容に触れてみると、確かに自分というより自分の周りの人の幸せを願ったりすることはありますね。いや、カッコいいこと言おうとかじゃなくてね、本当に。で、実際に診断でそんなようなこと言われると内心ビックリしたりしています。あとは貯金が溜まらないとかもビックリですね。本当過ぎて・・・やっぱり診断系のほうがリアルだったりしますね。今日紹介しました三つの占いなり診断なりは今日見つけたものです。皆様もやってみてはいかがでしょうか?意外によかったので内心驚いております。See You Next Diary!!
2005.06.28
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