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ヴェネチアは、元々はラグ-ン(湿地帯)で人の住める場所ではありませんでしたが、6世紀頃にゲルマン人のイタリア本土への侵攻により、イタリア本土からやむなく逃げ延びた人々がヴェネチア湾の中の島に街を作りました。沈まないように木の杭をたくさん湿地帯に突き刺して基礎を作りそのうえに建物を載せました。その杭の姿はまるで「逆さの森」といわれました。その後、商業面で発展し、ヴェネチアングラスでも成功して千年の長きに渡り都市国家が続きました。ヴェネチアは「水の都」とか「アドリア海の女王」と呼ばれ、イタリアの誇る世界遺産でもあります。港には世界航海途中といわれる巨大な豪華客船が停泊していました。世界のセレブリテイが乗船しているのでしょう。私達は港から水上バスでヴェネチア島へ渡りました。港に停泊していた豪華客船です。水上バスです。大鐘楼が見えてきました。そろそろ近いです。天気もよくて最高です!
2009年12月15日
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ヴェロ-ナを去り、お宿のあるパトヴァに到着。ここはヴェロ-ナとヴェネツイアとの中間点です。朝出発の時、ホテルの脇にあったオリ-ブの木に実がなっているのを発見。オリ-ブに木は、モクセイ科で、いわばきんもくせいの親戚筋に当たるそうです。どうりで葉の形や色合いが似ています。このオリ-ブの実からできるオリ-ブオイルは、椿油の次にリノ-ル酸の多い高級食用油で有名ですね。3月に訪れた伊豆大島を思い出しました。オリーブの枝は、ハトとともに平和の象徴とされますが、その理由は旧約聖書のノアの箱舟伝説にあります。・・・大洪水のあと、陸地を探すためにノアの放ったハトがオリーブの枝をくわえて帰ってきた。これを見たノアは、洪水が引き始めたことを知った。・・・この一節から来ているようです。イスラムの国々でもオリ-ブの木を植えてほしいですね。アメリカや中国にも必要かな?
2009年12月15日
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12月12日に池袋のサンシャインシテイで開催されている国際ミネラルショ-へいきました。今年は新宿は6月は風邪でいけず、10月は旅行でいけず。京都も大阪も最近はご無沙汰。でも池袋は最初(2004年から)に行ったショ-ですし、新宿よりもゆったりしているのが好きで、都合をつけて毎年足を運んでいます。今年ももうクリスマスという雰囲気の中、行ってきました。もう殆ど買わず、見る方専門です。ほとんど同じ業者がほとんど同じものをもってくるので、その大半はすでに見たり買ったりしたものですから。最近の興味はいつも瑪瑙、アゲ-トです。沸石、水晶、方解石、宝石鉱物などには殆ど触手が動かなくなりました。今年は11時過ぎに到着でしたが、入場券を買う長蛇の列が出来ていました。それが3時過ぎても続いていました。私が行った中では一番多い人数ではないでしょうか。今年は3階も去年より広くて、参加店舗も最多ではないかと思います。会場には4時間程いまして3個買いました。加藤昭先生の話は受講料が必要と聞いてやめました。多分復習のようなお話でしょうしね。購入品は、、、、1.クレイジ-レ-スアゲ-トの切断品(カケラ)210¥也。去年も同じ店で同じものを買いましたが、ついついまた買ってしまいました。2.モノクロクレイジ-レ-スアゲ-ト(ペンダントトップの形の磨き品)1000¥也。コンゴミネラルさんからです。結構美品だと思います。3.モノクロプル-ムアゲ-ト?(内包物は不明)(長方形の形の磨き品)1000¥也。これも去年ほかでもっとずっと高い¥で売られていました。モノクロの花火のネガを見ているようで不思議な魅力があります。3箇所とも別のお店。いずれも安価でしかもモノクロで一見地味な印象ですが、なかなか美しいです。そのうちアップしますね。期待したアメリカのクリスタ-レ社にはプル-ムアゲ-トの良品はありませんでした。ロシアもむかしのよい品がありましたが、良いアゲ-トがなかったので買いませんでした。インド、中国、マダガスカル関係はぱっとせず。ブルガリアからのピンクカルサイトクラスタ-が高価な¥で売られていました。業者が買うのかな?そういえばシャ-レンブレンドのかけらがどこかのお店で安く売っていました。瑪瑙のような模様が好きで、迷いましたが結局買いませんでした。とにかくこうして池袋ショ-が過ぎて、今年も暮れて行きます。はやいですね。
2009年12月13日
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ヴェロ-ナは人口25万ほどの町ですが、古代ロ-マ時代から交通の要衝として栄えたところ、いまや世界遺産の町です。街中の広場にはカ-ニバルのマスクも売っていました。そのロ-マを連想させるのがイタリアで一番保存状態がよいといわれるアレ-ナ(円形競技場)です。ロ-マのコロッセオよりもすこし古い紀元前のもの。今でも夏には野外オペラが開催されるそうです。そして次に有名なのが、ロミオとジュリエットのモデルとなったジョリエットの家です。そこへいたるトンネルの壁面には無数の手紙がぎっしり。片思いの方への慕情がつづられているのでしょうか。Why are you Romeo?で有名なあのバルコニ-です。あの映画でオリビアハッシ-がささやいたせりふが聞こえてくるようです。2人の愛は2人の死を突き抜けて生き続け、今も多くの人々を感動させていますね。左側で人々が像の胸をさわって写真を撮っている様子が写っています。このジュリエット像の胸をさわると、幸せになったりお金持ちになったりと、いいことがあるといわれているそうです。どこでもありそうですがついついやってしまいます。夢の時間はまだ続きます・・・・
2009年12月10日
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ミラノを後にして、ヴェネチアへ向かう途中、ヴェロ-ナに立ち寄りました。ここは中世の町並みが世界遺産になっていて、中心部には古代ローマ時代の円形競技場(アレーナ)があります。「ロミオとジュリエット」の舞台としても知られる町です。サッカ-ファンならよくご存知の町でもあります。道を歩いていると、足元のあちらこちらにアンモナイトのような化石が見受けられます。ここは、アドリア海に近い地域。という事は、そう地中海のその昔の姿=テチス海の化石があるところといってよいでしょう。ここで地球史を紐解けば、超大陸のパンゲア大陸が約2億年前ごろに南のゴンドワナ大陸と北のローラシア大陸へと分裂し始め、テチス海が誕生したのです。その後、ゴンドワナ大陸からアフリカ大陸とインド亜大陸が切り離されて北上。インド亜大陸とユーラシア大陸が衝突してヒマラヤ山脈を形成し、アフリカ大陸とユーラシア大陸が接近してテチス海は消滅した。現在残っている地中海、カスピ海、黒海、アラル海などは、テチス海の名残とも考えられているのです。という事は、ヒマラヤで発見されているアンモナイトと同じアンモナイトをここヴェロ-ナで踏みつけているという事にもなるわけです。なんともったいない。いくつか撮った写真を載せてみます。町の風景などは次回のせます。
2009年12月08日
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ミラノの歴史は紀元前6世紀ごろにケルト族による建国以来の長い歴史があるそうです。ここはスフォルチェスコ城。15世紀の半ばに作られ、スフォルツア-家の居城になりました。その後ミラノ公国はスペイン領、オ-ストリア領など変遷し、イタリア王国統一時にすこし遅れてイタリアになりました。スフォルツア-家がすんでいたころはミラノも栄え、あのレオナルド・ダ・ビンチもやってきたそうです。ミラノの歴史をじっと見てきたお城なんですね。噴水がきれいで何枚か写真撮影しました。ミラノはオ-ストリアに支配されていた時期が長いせいでしょうか。イタリアが結構いい加減な民族性といわれるのに、そんな感じをあまり受けません。むしろスマ-トな印象です。日本の姉妹都市が大阪ですが、むしろ東京や横浜に近い雰囲気。一方、ナポリのような危険な雰囲気もありませんし、南イタリアの人なつっこさも感じません。イタリアといってもいろいろなんですね。
2009年12月06日
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サンタ・マリア・デレ・グラツイエ教会の中に、それはありました。外観もたいへん美しい教会です。午前中にも教会の中に一度入ったのですが、完全予約制であり、午後1時半から再度名画鑑賞のために入りました。チケットは記念にいただいてきました。中に入るには何度か入口と出口が閉まる小部屋のような道を通過します。かなり厳重な管理になっているようです。名画がある薄暗い部屋に入ると、タイムスリップしたような不思議な感覚になります。15分見ることが出来ます。この名画「レオナルド・ダ・ヴィンチの最後の晩餐」は何度も修復を繰り返し、最近根本的な修復を行ったようです。できるだけダ・ヴィンチの作品に戻したようです。でも実際にダ・ヴィンチが描いた時には、彼の他の作品から類推すると、もっと精緻なタッチだったのでは?と思います。思っていたよりかなりボヤッとした描き方だからです。最後の晩餐に対向する壁にも同じ位大きな絵が飾ってあり、キリストの処刑の様子が描かれていました。作者の名前は忘れましたが、最後の晩餐とほぼ同じころの作品だとか。でも、「最後の晩餐」の方が圧倒的にすごいです。中世という時代を超越しています。直に見ることが出来て、一生の思い出です。イタリアってお宝だらけのすごい国ですね。
2009年12月05日
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リゾット アラ ミラネ-ゼ=ミラノ風リゾット早い話がコンソメ風味のサフランライスかな。むかし貴族はこれに金粉を振り掛けて食べたのだそうです。それほどおいしいという印象はなかったです。そしてコ-トレット アラ ミラネ-ゼ=ミラノ風カツレツなんとカツレツのル-ツのようなもので、タイヤキのような姿をしていますが、その尻尾部分は骨で、それをつかんで肉(牛肉)をたたいてうすく延ばし、粉をつけて焼くように揚げているそうです。これもさほどおいしいものではなかったです。すこしもジュ-シ-じゃないし、柔らかくもないし、なんだか日本のとんかつの方がはるかにおいしい。このコ-トレット(あばら肉の意味)がカツレツの語源だそうで、とんかつ=豚カツレツからの和製語ですね。これらはミラノと言えばミラノコレクションというのと同じくらい有名な料理だそうですが、イタ飯知らずでごめんなさいでした。というかほかの料理もそうですが、旅行社がケチっているせいかどうかはわかりませんが、日本のイタリア料理店でいただく方がずっとおいしいというのが本音です。まあこれは中華でも同じですけど。さて、この後いよいよ名画にご対面♪
2009年12月03日
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ミラノの大聖堂(ドゥオーモ)は、ガッレリアを抜けると忽然と現れます。ドゥオーモって私の勘ですが、英語のド-ムのことですね。すばらしい石灰岩のゴシック建築です。中の柱や床も美しいトラバ-チン(模様が美しい石灰岩)です。ステンドグラスや彫刻も華麗かつ荘厳で、さすが世界遺産です。プラハやウイ-ンの教会を連想しました。このドゥオーモのある広場の中でジェラ-ト屋が営業していまして、早速イタリア最初のジェラ-トタイム♪早い話が日本のアイスクリ-ムですね。テイラミス味がとってもおいしくて感激。食べているところを店員に写真を撮ってもらいました。この後も度々ジェラ-トを食べたのは言うまでもありません。午後からは世界的な名画鑑賞タイムです♪
2009年12月03日
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それは、ミラノスカラ座のある広場から、ミラノのドゥオーモのある広場に通じる道にあります。こちらではア-ケ-ドではなくてガッレリアと呼ぶそうです。イタリア王国の初代国王の名前=ヴィットーリオ・エマヌエーレ2世にちなんで名づけられたこの場所は、イタリアの建築家ジュゼッペ・メンゴーニによって1865年から1877年の間に建設されました。近代的な鉄枠+ガラスはめ込みのデザインが力強い印象です。中にはマクドナルドも、プラダも、ルイビトンもありました。足元の道にあるモザイクがたいへん美しく、特に交差路の中央にある絵の真ん中に立って写真を撮ると、とってもかっこよく撮れます。さてこれからミラノ大聖堂(ドゥオ-モ、ド-モ)に行きます。お店などあちこち見ていると、さすがにミラノはイタリアンア-ト、ファッション、デザインの中心だけあって、いろいろなものがオシャレでかっこよいです。洗練されています。どこか違いますね。添乗員さんから私に、「ファッションが決まっていますね(^^)」といわれましたが、お世辞率はどのくらいだったでしょうか?
2009年12月02日
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2009年10月3日成田空港94番ゲ-トから、ボ-イング747-400は北イタリアのミラノ(マルペンサ空港)に向けて飛び立ちました。最近は旅行客自身が航空会社のサイトから座席を予約するツア-があるようで、今回初めてやって見ました。7月の北海道行きで体験した2階席が気に入ったので2階の通路側とその隣にして見ました。結果、大正解♪もちろんエコノミ-ですが、2階席は静かで快適でした。今回のツア-は添乗員同行、その添乗員さんも2階席に座っていました。11時間以上の長旅もそろそろ終盤、アルプス越えです。窓から下界をおそるおそる眺めると、とがったアルプスの山々が、日々河川や氷河によって浸食されている様子が手に取るようにわかります。上空10000m以上の高度から見ています。2年前地上から見たアルプスを、今回空から見ることができるなんて!とても感激しました。その場面をお見せしましょう。今頃どうしてイタリアにいけるのか?不景気で会社を首になったのでは?そうではありません。会社で今秋より従業員全員に5日間連続有給休暇取得を促すお達しがありました。なんといういい会社でしょう。感謝感激で早速申請。ちょうどそれにピッタリのツア-があり、ツア-確定していない状態から先行申し込みし、おかげさまで無事行くことが出来ました。イタリアのベストシ-ズンがまさにこの10月上旬だそうです。前後の休みを入れると、後が3連休になっているのでぎりぎり10日取れるのです。ありがたや~。今回で旅行資金も底をつきましたので、年内はこれが最後の旅行です。
2009年12月01日
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