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クアラルンプールの周囲はどこでもヤシの木がたくさん生えています。ヤシの森ではありません。植えられたヤシです。その昔マレーシアは天然ゴムで有名でした。ゴムの木がたくさん植えられていたのです。でもいつしか天然ゴムは合成ゴムに凌駕されていき、ゴム園はヤシ園に変貌したそうです。飛行機がクアラルンプールに着陸するときにもたくさんみえました。下に降りてバスの中から見て、ヤシの木だとわかったのでした。そういえばマレーシアは錫の漂砂鉱床で世界的に有名。それを目指して英国人や華僑が大量に押し寄せました。でもいまはほとんど別の仕事に。実は昔は金山でも有名でした。マラッカの近くです。日本の黄金の国ジパングと同じです。そう、マレー半島は結構たくさんの花崗岩地帯があります。錫や金はそれらが起源のようです。土はそこらじゅうが赤土です。真っ赤です。場所によってはラテライトになっているんでしょう。農業には向いていなさそうです。日本とは全然違いますね。そうこうするうちにバスはドライブインに。ここでおいしいフルーツをいただきました。マンゴー、パパイヤまもちろん、マンゴスチン、ランプータン、ジャンクフルーツ、アップルマンゴーもありました。ウォーターアップルはリンゴよりみずみずしくて食感がしゃきしゃきで超美味。ついつい買ってしまいました。
2012年02月26日
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また死亡事故です。事故といっても手術中に家族が輸血拒否をしたために、出血対策としての緊急輸血ができなくなり、死んでしまったというものです。ニュ-スで知りました。以前より私はこの輸血拒否がおかしな話だと思っています。信者自体はどうしようと自由ですが、その家族まで進行の犠牲にすることは法的に問題です。これはどう見ても不作為の殺人というか、それ以上、未必の故意による殺人ですね。刑法では処罰に値するはずです。エホバの承認がカルトと言われるゆえんだと思います。
2013年04月17日
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一湖の周りを歩いていて、ふと足元を見ると、木の古い切り株の中に、食虫植物の「多分もうせんごけ」が。結構蚊が多いので、ご馳走にもありつけるのでしょう。なつかしい~。野生では尾瀬以来のご対面です。(^^)
2009年08月07日
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知床一湖の次は二湖。でもここが二湖だったか一湖だったか?ちょっとあいまい。いずれにしても、この美しさ。ため息がでます。来てよかった~~知床連山を借景に、豊かな自然に囲まれた絶景。まるで東山魁夷の絵のよう。白馬がどこからか出てきそうな・・・(^^)。それとも近づくと、湖底に横たわっている、オフェリアが見えるかも・・・(^^;;;。
2009年08月08日
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帰りに立ち寄ったのは、例の工事中止だの続行だので世間をにぎわせた八ッ場(やんば)ダムの場所です。巨大な橋が沢にかかっていました。背景の山々に映えて大変美しい橋です。フランスのミョー橋を連想させる美しさです。でも、本当にこれだけ立派にお金かける必要があるものなのかと、疑問にも思えた風景でした。おそらくそれだけ橋げたを高くしないとだめなほどダムの水深は深いということでしょうか。この辺りは昔から地滑り地域と言われているようであり、ダムなんか作るとなおさら地滑りを誘発しないか疑問です。それにせっかくの美しい吾妻渓谷を水没させるなんて愚かな人間の所業です。投入した多額の税金はすぐに土砂で詰まってしまうでしょう。諸行無情の響きあり・・・本当に愚かです。
2014年03月30日
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北京ダックですが、柔らかくって自由の隠し味が・・・香港ダックということで。前回とほぼ同じパターンです。個人的にはそれほど美味しいものだとは思わないです。ーーーーーーそれにしても、なぜ今、集団的自衛権を強引に決めたいのか、わからないです。確かに国際的には認められた権利なのかもしれませんが、日本の憲法では自衛権だって放棄しているのです。それを無理やり個別的自衛権だけ認めたのが経緯です。(そうでないと自衛隊が違憲になるから)そもそもこの時点で憲法改正が必要なのです。それをさらに集団的自衛権にまで拡張するのを、また解釈の変更という姑息なやり方ですり抜けようとしています。やるなら堂々と憲法改正に訴えるべきです。多分通らないと思いますが。対中国、対北朝鮮などを考えても、集団的自衛権は戦争に巻き込まれるリスクを高めるだけのような気がします。それよりも選手防衛=個別的自衛権の中でも敵国への攻撃は許容されるはずであり、そのための武器の保有は抑止力として必要悪だと思います。
2014年04月06日
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午後にフランス領ポリネシアの首都となっているパペーテの街に出かけました。南フランスの香りがする街です。きれいな教会が目につきます。大きな市場です。「タヒチ君」が日本人が経営する有名なお土産店ということで、ここで置物をゲット。その後は相棒が黒真珠の店を見たいということで、散々あちこち聞き聞きめぐりました。行くと、お高いネックレスなど勧めるお店が多くて困りました。そんなお金ないです。目の保養にはなりましたが。最後の店はボラボラのホテルにもあったお店で、残念ながら日本語店員がいなかったのですが、私が下手な通訳で、ペンダントの玉ひとつだけ買いました。ピンクとグリーンつまりピーコックカラーで、傷もほとんどなく、なかなかの良品でした。好きな球をたくさんの中から選べるのが良いです。日本に帰ってからお店で比較してみましたが、やはりタヒチの方が安いし良いです。でもいまだに玉のままの状態。いつペンダントになるのやら。その後ルロットと呼ばれる屋台村のような所で、お安く夕食。中華やイタリアンやローカルなど様々。おなかを壊すことはないとのことで、2店でおなかいっぱいいただきました。中華が無難で美味しかったです。その後、空港に向かい、楽しかったタヒチ旅行もおしまい。次は香港・マカオです。
2014年03月25日
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朝目が覚めると素晴らしい晴天です!朝食後さっそくホテルを出て、約20分の短い間ですが、駅の周りをウオーキングしました。駅の方向に、かの有名なピラトス山がうかびあがっていました。美しくも怪しい雰囲気です。あの、イエスキリストの十字架処刑にかかわったローマ総督ポンテウス・ピラトス、この名前が元になっているそうです。こちらは昨日船から最後に見た橋です。つまりこの右側にルツエルン湖がひろがっています。スイス国旗が美しいですね。この山が名峰ピラトスです。ちょっと異様にも見えるほど威厳を感じませんか。迫力がありますね。こちらは朝霧にかすむホーフ教会です。カレンダーの写真みたいです。カペル橋です。ここもあそこもカレンダー写真の中にいるかのようです。美しき古都ルツェルンを後にして、これからヨーロッパの屋根ベルナーオーバーラント地方の玄関口インターラーケンに向かいます。
2012年09月30日
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すっかり夢の中でした。来た道を戻り、電車に乗って、デイスニーランド側に戻って、送迎バスに乗ってから、ふと気がつきました。マフラーがありません。頭の中で逆再生してみると、最後から2何目のショーを夕食後に見たときに、石の上にマフラーを乗せて、その上に腰かけたのですが、それっきりでした。大事なマフラーなのです。当夜はもうどうしようもないので、翌日、会社からこっそり電話をかけて、遺失物センターに事情と遺失物の特徴を申し伝えました。すると、「該当するものが届いております。」とのありがたいご返事。着払いで届けていただけませんかとお願いしたら、郵便で届けられるので郵送料は不要ですとのこと。ひたすら携帯をかけながらお辞儀をしていました。さすがデイズニーです。震災の時の対応でも名をあげましたが、やはり対応が違います。だから私もうれしくてついついここでも書いてしまいます。たかが毛糸のマフラーではありますが、もうぼろぼろでもありますが、学生時代から愛用していた、愛着のものなので、値段ではない価値があります。他にそういう長く手元にあるものはもう一つもありません。3日後に、郵便受けにちゃんとはいっていました。感謝!これだもの、また行きたくなりますよね。
2012年11月24日
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窓のない部屋でなんとか7時ごろ起床。本館でコンチネンタルブレックファストをいただきました。といっても名ばかり。スライスパンを自分でトーストで焼いて、イチゴジャムを塗って食べる、インスタントコーヒーを自分で作って飲む。これだけ。絶句ですね。さすがは韓国格安は違います。挙句の果てにトイレが詰まってしまい、管理人を探しましたが見当たらず。部屋の下に住んでいる老女に話したのですが、ちんぷんかんぷん。そのうちに今日のOPツアーが来たので、そのガイドさんに状況を話して韓国語で通訳してもらいました。その結果、戻るまでに直すという確約が得られたので、安心してツアーに出かけることができました。ツアーは家族3名と私達2名のこじんまりツアー。その家族の両親と娘なのですが、娘はなんと今年韓国5回目だとか。びっくりです、そういう方がいるんですね。彼女がいうには、韓国のホテルでは排水管がよく詰まるからトイレットペーパーはトイレに流してはいけないということ。知りませんでした。韓国3回目で初めて聞く話です。日本とこんなに違うトイレ事情に驚きです。OPツアーは景福宮=キョンボックンです。14世紀末に作られた韓国の王宮です。快晴で紅葉も見事で最高の日より。最初に大統領官邸である青瓦台を見ました。この中にパククネ大統領がいるのですね。最近はさぞかしおつかれなのでしょう。キョンボックンの裏口である神武門から中に入り、古代王の住居だとかオンドルなど説明を受けました。振り返って周囲の山の形や岩肌を見ると、花崗岩の山だとわかります。このキョンボックンの地面を見ても花崗岩が風化してできたマサです。石材もすべて花崗岩です。ここは典型的な花崗岩地帯、つまり筑波山と同じなわけですね。池の周りには紅葉が美しい。リスが遊んでいます。いにしえには王族がここで遊んでいたのでしょう。池を見た後で博物館に入りました。ガイドさんの説明はいちいち韓流ドラマに出ていた〇〇といういいまわし。同行した家族の娘さんはあいづちを打っていましたが、韓流を知らない私には何の事だか分りません。中では古代からの韓国の生活、家、文化などの展示を見ました。日本の古代とよく似ていて、両国の文化は同根だとつくづく思えてきます。曲がり屋ですよね。日本の曲がり屋建築は韓国由来なのかな。蓑ですね。日本とかわりません。まるで沖縄のエイサーそのものです。でもエイサーって日本から沖縄につたわったもので、韓国や中国からきたものではないので、???です。ただし、雨戸を上に持ち上げる方式、鳥の軒下に作らせない邪魔する細工、オンドルなどは韓国独特だという説明がありました。雨戸が引き戸ではなく、上に持ち上げるというのですが、そのどこが良いのかわかりません。でも確かにオンドルは便利ですよね。印刷も韓国が世界で最初のような説明でした。あれれ?でも活字を使った活版印刷そのものは中国の発明ですから、正確には活字の材質として金属を採用したことにより耐久性を上げたということではないかと思います。こういうのは発明というより改良の類ですよね。それよりも、世界に誇れるのはハングル文字でしょうね。日本語のひらがなとよく似ていて、要するに発音記号ですね。日本語のひらがなは日本人の発音の種類をせばめたといわれますが、逆にハングルは広げたように思います。日本人の外国語にがての要因はここにも原因があると言われます。だからかな、韓国人のほうが英語話せる人が多い印象です。みごとな黄葉です。建物は美しいし、空も透き通って、紅葉も最高の時期。前回ツアーを予約しながら時間を間違えて来れなかった場所。今回来れてよかったです。最後に入口の光化門で11:00より衛兵交代式を見ました。以前台湾で見た交代式のようなすごさはありませんでしたが、ちょっぴりいにしえの韓国を垣間見たような観光でした。 日韓両国ともに小さな国でしかも隣国。もっと仲良く助け合えれば良いなと思いました。旅はまだまだ続きます。
2015年01月31日
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サンモリッツは一年での晴天率が300日以上ともいわれる天候のよい場所だそうです。確かに最高によい天候に恵まれました。モルテラッチ氷河見物の後に乗った列車で、サンモリッツの一つ手前、ポントレジーナで下車して、ここから再びハイキングをすることに急遽予定変更。昨日まったく予定がこなせなかったので、その取り返しのつもりです。1時間30分ほどという資料があったので、途中の小さな湖を経由して歩いてサンモリッツに戻ることにしました。ところがいざ出発してみると、ルートがよくわからず。地図と実際の道がくいちがっているような。ちょうど同じ方向を歩いてきた体格の良い女性が通りかかったので、聞いて確認して進みました。でもその方はとても進むのが速くてついて行けず、あっと今に見えなくなりました。このコース、予想に反してのぼりが多く、再び息が切れてきてかなりきついのです。しかも景色の見えない森の中さ迷いハイキング。途中で引き返そうかと思うほどでしたが、なんとか我慢しながら森の中を1時間以上上ったところでようやく下りに入り、少し経つと目指す湖が見えてきました。レイダシュターツ(シュターツ湖)です。小さな沼のような湖ですが、山の裾野にカラ松のような林が添えられて、その姿が鏡のような水面に映りこんで美しい。秋には黄色く色づいてもっとすばらしい景色になるのでしょう。そこを左にみながらさらに歩くこと1時間弱でホテルのあるサンモリッツ湖になんとかたどり着きました。なんだか写真を見ると、どちらも湖の周りの景色は似てますね。サンモリッツ湖はそこそこ大きいので、見えてからがまだあります。ホテルにもどるまでは全行程約2.5時間。予定をはるかにオーバーしてしまいました。夕暮れのサンモリッツ湖も背景が写りこんで高原のような雰囲気が印象的でした。こちらはホテル街が見える方向です。夕食は昨日の隣のレストランでいただく。昨夜は外でジャズコンサ-トをしていた場所です。昨日は魚だったので今日は肉料理、ポークとサーロインをいただく。飲み物は私がビール、相棒がワイン。肉に添えられたポテトチップが多くて閉口。結局ポテトは大半を残しました。悪玉コレステロールが多いので普段から油はさけています。トマト、モッツァレラ、バジルソースの定番サラダは美味でした。ホテルに戻ると、昨日お世話になったスタッフがいたので、体調が戻ったこと、旅程など話して、お礼を伝えましたら、とても喜んでくれました。ありがたや~。ついでに明朝のスーツケースの運搬について聞いたら、人間+スーツケースごと朝駅まで車で運んでくれるとのこと。ありがたや~^^。明日はサンモリッツを後にして、古都ルツェルンへ向かいます。
2012年09月29日
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