~タロット日和~ by 常葉 了

~タロット日和~ by 常葉 了

PR

×

Free Space

ツイッターとかもやってもます。

Profile

常葉 了

常葉 了

Favorite Blog

『鶏の平飼い・素エ… New! エーテル医学さん

きっとこれからね G. babaさん

firefly 和泉 真言さん
上原麻実のつれづれ草 MU@沖縄さん
「うつを克服するメ… オラクル川上さん
2006/02/19
XML
カテゴリ: 記憶の保存
 トキワです。(^^)/ 丑三つ時は既に過ぎました。


 お噂はかねがね聞いていたのですが、トキワにもとうとう回ってきました。
 バトン!

 響 醒司郎さんからのバトンタッチ。

 お題は【観念】・・・初体験にしては、難しくありませんか(^^;

 でも、張り切ってやっちゃいます。(^^)/
 さあ、来い!



 えーっと・・・
 【観念】
 1.観察思念。目を閉じて気を静めて、心に仏の相好、諸法の実相を思う事。
 2.覚悟。諦める事。
 3.イデア
 4.我々の意識の内容となっているあらゆる対象。人間の心の中にある表象・想念。
 5.考え方。意見

 ・・・・なるほど。4と5の辺りかな?


Q1.PCもしくは本棚に入ってる『観念』は?

 書籍名で言うならば、
 第一に【旧約・新約聖書】

 第三に【その他、ヘルメス学関連書籍】
 第四に【小説関連】
 ・・・・本全てが【観念】かも知れませんね。(^^;
 それぞれの書籍は、その執筆者の観念の現れで、それを読み込んで、自分の観念の形成に至ります。
 PC内には、私が作成した文書が多く入っているので、私の観念が現れていると言う事になると思います。




 妄想ですか・・・(^^;
 そうですねー。
 やはり、占い師として常に考えているのは【運命の操作術】でしょうか。
 【操作術】と言うと、ちょっと傲慢に聞こえるかも知れませんが、つまり、我々人間に与えられた自由意志と、魂の尊厳として守るべき戒律と、人生の道連れとも言える【運命】への配慮とを全て兼ね備えた上で、如何に効果的に動き、成果を得ていくのか、と言う方法論でしょうか。

 【観察】→【分析】→【理解】→【構成】→【行動】


Q3.最初に出会った『観念』は?

 厳密な意味で【最初に出会った観念】は、やはり【親】と言う存在だと思います。しかしながら、出会いの時期が、物心付かぬ子供ですから、なかなか思い出せませんね。(^^;

 物心付いてからと言う意味であれば、【自他の差と関係】でしょうか。
 自我の成立に伴い、必ず出会う観念ですね。


Q4.思い入れのある『観念』は?

 うむ。(^^)

 ヘルメス・トリスメギストゥスのエメラルド碑文より
 【上なるモノは下なるモノの如くして、下なるモノは上なるモノの如し】

 エンペドクレスが提唱したと言われる【四大論】

 象徴論全般

 新約聖書 コリント人への第一の手紙 第13章4節から
 【愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。】


 こんな所でしょうか(^^)

 さてお題を振りたいと思うのですが・・・・

 すみません。ひろタローさんお願い致します。
 お題は【占術】です。
 気が向いた時にでも、バトンを拾ってやって下さい。(^^;


 さて、これで〆ようと思うのですが、折角なので、新約聖書 コリント人への第一の手紙 第13章 の全文を引用させて貰おうと思います。
 トキワは、聖書の中で一番美しい文章だと思っています。
 人によってそれぞれの捉え方があると思いますが・・・皆さんは【愛】をどう解きますか?(^^)

 【例えわたしが、人々の言葉や御使いたちの言葉を語っても、もし愛がなければ、わたしは、やかましい鐘や騒がしい鐃鉢(にょうはち)と同じである。例えまた、わたしに預言する力があり、あらゆる奥義とあらゆる知識とに通じていても、また、山を動かすほどの強い信仰があっても、もし愛がなければ、わたしは無に等しい。例えまた、わたしが自分の全財産を人に施しても、また、自分のからだを焼かれるために渡しても、もし愛がなければ、いっさいは無益である。
 愛は寛容であり、愛は情け深い。また、ねたむことをしない。愛は高ぶらない、誇らない、不作法をしない、自分の利益を求めない、いらだたない、恨みを抱かない。不義を喜ばないで真理を喜ぶ。そして、すべてを忍び、すべてを信じ、すべてを望み、すべてを耐える。
 愛はいつまでも絶えることがない。しかし、預言はすたれ、異言はやみ、知識はすたれるであろう。なぜなら、わたしたちの知るところは一部分であり、預言するところも一部分にすぎない。全きものが来る時には、部分的なものはすたれる。わたしたちが幼な子であった時には、幼な子らしく語り、幼な子らしく感じ、また、幼な子らしく考えていた。しかし、おとなとなった今は、幼な子らしいことを捨ててしまった。わたしたちは、今は、鏡に映して見るようにおぼろげに見ている。しかしその時には、顔と顔とを合わせて、見るであろう。わたしたちの知るところは、今は一部分にすぎない。しかしその時には、わたしが完全に知られているように、完全に知るであろう。このように、いつまでも存続するものは、信仰と希望と愛と、この三つである。このうちで最も大いなるものは、愛である。】


 (^^)/

ranking  押しておくれ(^^)







お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2006/02/20 03:46:27 AM
コメント(2) | コメントを書く
[記憶の保存] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: