~タロット日和~ by 常葉 了

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常葉 了

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2007/10/05
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 こんばんは、トキワです。(^^)/

 また暫くご無沙汰してしまいました。(^^;

 あいも変わらず健康体とは言えないトキワですが、細々と生きております。(--;


 さて、まずご報告でーす。(^^)/
【きゃっと てーる】 のサイトを更新しました。
 今回は 【太陽のAタイプ解説】 を投入。
 更に、 【2007年度グループ総会議事録】

 是非ご覧下さい。
 ちなみに、上をクリックすると、直飛びしてしまいますので、【右クリック→新しいウィンドウで開く】をお勧めします。(^^)

 さて、それでは・・・・・



 本日のお題は、信仰における【事実】と【真実】です。

 久方ぶりだと言うのに、また難しいお題ですね、(--;
 どのカテゴリに入れるべきか迷いましたが、一応【オカルティズムの世界】に投入。

 さて、これをご覧の皆さんは、特定の信教をお持ちでしょうか?
 若しくは、宗教・宗派に属していなくても、何らかの神仏に信仰をお持ちですか?

 今回は、信仰における【事実】と【真実】の差について、スバッと切って見たいと思います。

 ちなみに、辞書を引きますと・・・・

 【事実】:その壱 実際のある時、ある所に起こった事柄。また真実の事柄。

      その参 法律上の効果を発生する現象。

 ふむふむ・・・

 【真実】:その壱 偽りでは無い事。まこと。ほんとう。
      その弐 仮では無い事。絶対の真理。真如。

 なるほどー。



 この二つの差をハッキリと意識する為に、こんな例えは如何でしょう。

 ある人が、【巨大な蛇】を見たとします。
 この時、巨大な蛇を見たと言うのは【事実】であり【真実】です。

 しかしこれが【巨大な蛇の幻】を見たとしましょう。
 そして、その人が誰かに対して【巨大は蛇を見た】と言ったとします。
 この時は、【事実】ではありませんが、【真実】ではあります。
 実際に、ある時、ある場に【巨大な蛇が居た】と言う客観的事実はありませんから【事実】ではありません。しかし、彼は幻であっても【巨大な蛇を見た】ので、それは偽りで無く、その部分で言えば【真実】なのです。
 勿論、【巨大な蛇の幻を見た】と言えば、それは【事実】であり【真実】でもあるでしょう。


 さて、信仰の話です。
 例えば・・・
 聖母マリアが、処女の状態で、イエス・キリストを身篭り、生んだと言う神話があります。
 これは【事実】でしょうか?

 ・・・客観的に言って、それは【事実】ではありません。
 しかし、信仰者にとって、それは【真実】と成り得ます。

 【事実】と言う視点に立てば、女性が、異性の介在無くして子供を身篭り産む事は【有り得ません。】
 怖い話をすれば・・・・イエス・キリストには、肉体の父親となるべき人物が居るはずです。
 ですが、マリアが妊娠した時、ヨセフと言う夫が居ました。
 ヨセフが、マリアを性交渉をしていないと言い張ったとしましょう。
 となると・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 怖い話でしょ。(^^;
 正直、キリスト教徒であれば、受け入れ難い事実であるはずです。

 しかし、【事実】と【真実】は、必ずしも一致するとは限りません。
 【事実】は同時に【真実】ですが、【真実】は同時に【事実】であるとは限らないのです。

 イエス・キリストには、肉体の父親が居たのでしょう。
 そして、その時点で言えば、聖母マリアも【処女では無かった】と言う事になります。
 恐らく、これが【事実】でしょう。
 もう一つ考える事が出来ます。
 例えば、マリアが処女であり、ヨセフが断固として性交渉をして居ないと言うならば、イエス・キリストは【拾い児】と言う事になります。
 これが【事実】かも知れません。


 ですが、信仰にとっては、【事実】は然程重要ではありません。
 重要になるのは【真実】

 そして、辞書の引用に見る通り、【真実】は【事実】の上位概念に当たるのです。

 【真実】は、【絶対の真理】だからですね。
 で、ちなみに、事実は【略確実に実証可能である】反面、真実は【目に見えない可能性があり、実証不可能の場合もある】のです。

 聖母マリアが、処女懐胎し、神子イエス・キリストを産んだと言うのは、充分に【真実】足りえるのです。


 ・・・難しい? (^^;
 私もそう思います。

 さて、世の中の神話や、現代でも起こりえる【奇跡】は、大抵この【真実】であって、大抵【事実】ではありません。

 不思議を否定し、科学を重視する方の多くは、【事実】だけを注視し、【真実】を見落としがちです。
 逆に、信仰やオカルティズムの中で生きる人の多くは、【真実】だけを注視し、【事実】を見落としがちです。
 まあ、それ位なら良いでしょう。

 しかし、片方だけを注視した後、【事実】と【真実】を等号(=)で結んでしまおうとする人が居ます。

喝!


 厳しい事を言いますが、これは【無知】です。
 しかも、積極的な【無知】です。
 これは【事実】と【真実】の両方を侮っています。

 例えば、イエス・キリストの出生について、神話通りに信じており、それを【事実】だと思っている方の場合。それは良いでしょう。それが信仰であり、信仰の告白であると思います。
 しかし、イエス・キリストに、肉体の父親が居ると言う【事実】を提示された時、それを否定するのは、愚かです。
 そして逆に、それを【事実】として認めた時、信仰を失ってしまうのも、愚かです。
 イエスに肉体の父親が居ると言う【事実】を前にして、イエスが神子であると言う【真実】を見失うのであれば、その信仰は、たかが知れています。

 また、イエスに肉体の父親が居ると言う【事実】を知っていて、それを信じている人は、それはそれで良いでしょう。
 しかし、それでイエスが神子であると言う【真実】を否定しようとするのは愚かです。
 それは、木を見て、森を見ないのと同じ。【事実】を取り巻き、その背後に存在する【真実】を無視する行為は、限界の知れた行為です。
 また、イエスが神子であると言う【真実】を受け入れて、【事実】への確信を揺らがせるのも、愚かです。


 【事実】と【真実】のそれぞれを正しく見詰め、それを受け入れる。
 そこに【信仰・オカルト】と【科学】の接点があり、我々が生きる、この二つが混合した世界が成立する事を知る必要があります。
 もし片方でも否定すれば、世界の半分を失うに等しい。
 信仰者は、神仏の創造したものの半分を否定するので、それは既に、信仰者とは言えませんし、科学者は、研究すべき世界の半分を否定するのですから、それは既に、科学者とは言えません。


 こう考えて見ると、【事実重視】の科学者も、【事実】に対する【信仰】を持っている事が解かりますね。
 【事実】こそが世界であると言う【信仰】です。



 さて、皆さんは、皆さんがお持ちの【信仰】について、【事実】と【真実】を両立させて居るでしょうか?(^^)


 最後に、謝罪させて頂きます。
 【愚か】だとか【無知】だとは、偉そうに失礼な発言をしてしまいました。(^^;
 実際には、私も【愚か】ですし、多分に【無知】です。

 あくまでも、書き物・読み物なので、ご容赦下さい。m(--)m


 以上、信仰における【事実】と【真実】でした。(^^)/

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Last updated  2007/10/06 04:32:50 AM
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