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2006.07.10
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カテゴリ: 物語


 わたしは言った。おじさんが雇われているのは郵政公社だね。郵政公社はコンピュータの普及による郵便事業衰退を懸念して、鳩を使った新通信事業を立ち上げようとしている。鳩を使えば人件費輸送費の削減も可能となる。
「しかし」みどりは言った。従来の鳩では郵便事故の多発が予想されるため、日本全国に研究所を置いて優秀な鳩を観察、選別し、さらにはクローン技術を導入して優秀な鳩を量産、世界に先駆けた鳩事業の立ち上げを狙っている。
「これまで研究は秘密裏に進められてきた。組合の突き上げ、あるいは動物愛護協会からの非難が予想されるからだ」
「そこへバス会社と商店街からの苦情が舞い込む。鳩に餌をやらないで欲しい」
「おじさんは苦悩する。事業立ち上げが発案されてから十年、鳩おじさんと呼ばれ、地元の人たちにも親しまれてきた。今までうまくやってきたのに、仕事のせいで社会から隔離されようとしている」
「日がな一日鳩と向き合う仕事はそれでなくとも孤独だというのに。おじさんは上司に相談する」
「上司の反応は冷たかった。地元の下らない評判と研究とどっちが大事なのかね。そり残したひげを親指と中指でつまみながら上司は言った」
「家の二階を餌場にしたらいいじゃないか。家の中でやってることまでとやかく言わんだろ、あん?」

「鳩の研究を取ったら、おじさんには何も残らない。おじさんは宙を仰いだ」
「自分はこの十年何をしてきたんだろう。おじさんは……」
「おじさんは?」
「だめ。これ以上続かない」わたしはがっくりと肩を落とした。
「弱いなあ」とみどりが笑った。
 この手の遊びはいつもわたしが負ける。
「鳩おじさんはだめよ。男だもん」
 わたしはすたすたと歩き出した。登場人物は女のみ、と決めたばかりだった。
「公演はいつがいい?」わたしの後を追って、みどりが横に並んだ。
 駅はもうすぐそこだ。その後わたしはバイトがあって、みどりは所属している劇団の演出部に顔を出すといっていた。
「あったかくなってからにしない?」わたしは言った。「そのほうが客足が伸びる」

「四月は忙しいかも」わたしは言った。
 それまで三年働いてきたバイト先への社員としての就職話が出ていた。もし社員になるなら四月からになるはずだった。社員になりたいと思っていたわけではないが、このまま今の暮らしを続けていく自信もなかった。いずれはプロにといって芝居中心に暮らしている先輩たちはバイトで食いつないでいる。公務員になって芝居を続けている先輩もいるが、彼らは趣味と割り切っている。どっちに寄ることもできず、宙ぶらりんのまま、大学の卒業を控えていた。
「じゃあ、三月にしよう」みどりが言った。
「なら、そろそろ劇場を押さえたほうが……」
「あっ!」







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Last updated  2006.07.18 23:19:08
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